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2+2次元Dirac方程式と確率解釈 ― Dichronautsよんでる

 グレッグ・イーガンDichronautsをよんでいます. やっとあらすじにある暗黒断崖が出てきた. ElenaとIrinaの間の軋轢, Sleepwalkerの騒ぎなどからSider-Walker間の必ずしもうまくいくとは限らない緊張をはらんだ関係が最初のほうで既に明かされていたが, Thantonという都市でSethとTheoはもっと不気味な実例と出会うことになった. このあたりが本書の含むある種政治的なテーマだろうか. ヒト世界には対応物がないけど.

 しばしば感じられるのは, 基本的にSiderのほうが自制があって賢明で, のみならず彼ら独自の「言語」を持っているためホストのWalkerは彼らに従属しているかのようであること. 両者の一見対等な知能はパラサイト側の誘発で獲得されたものなのかも. 『地球の長い午後』を思い出したり.

Dichronauts (English Edition)

Dichronauts (English Edition)

 さて前の記事で「ディラック表現から『非相対論近似』をすることも可能だがそこから特に言えることがあるわけでもない.」と言っていた.
2+2次元Dirac方程式―Dichronautsをよみはじめた - Shironetsu Blog
 ひどい浅慮だ. 実は2+1次元空間のスピノルに関するSchrödinger - Pauli方程式相当の近似式を導くと奇妙なことが明らかになる.

 前の記事で述べた通り, 相対論的カレントの時間成分は2+2次元(と4+0次元)においては3+1次元と異なり正負の値をとりうる. 2+2次元ではこれに加えて, 非相対論近似でもなおスピンの効果を含めると確率が正負の値になる. これは4+0次元では起こらなかった. というのも, 4+0と3+1ではいずれも空間3次元に関しては等価でそのスピンは回転に対してSU(2)で変換して, それが作るスカラーは標準Hermite内積によるノルムになるため.

 翻って2+1次元空間のスピノルはSL(2,R)で変換するためそれが作るスカラーは正定値にはならない. UpとDown(NorthとSouth?)が時間変化で入れ替わるならスカラーの大きさも正負に振れ, それは"確率"が正負に切り替わることを意味する.

 ここに確率解釈の困難が現れる……と思う. これを知る前, 素朴にSchrödinger方程式で直交曲線座標で「水素原子」を解く方法を考えていた*1が, カレントの時間成分と波動関数の絶対値がちゃんと対応するか気になって計算するとこの問題に突き当たった.

 これらの事実を以下で確認していく.



Dirac表現

 前の記事で扱ったのはカイラル表現(Weyl表現)のみだった. ユニタリ変換でガンマ行列をDirac表現に変換する. 目的は{\gamma^t}の対角化である.

 再度カイラル表現のガンマ行列を書いておく. ただし下添え字WでDirac表現と区別する.

{
 \gamma^t_W=\sigma_1\otimes{\bf 1}_2,\ \ \ \gamma^u_W=(i\sigma_2)\otimes(i\sigma_3),\ \ \ 
 \gamma^x_W=i\sigma_2\otimes\sigma_1,\ \ \ \gamma^y_W=i\sigma_2\otimes\sigma_2
}

 計算は省くが({\sigma_1}を対角化するだけ), 以下のユニタリ行列Uを使う.

{
 U=\frac{1}{\sqrt{2}}({\bf 1}_2+i\sigma_2)\otimes {\bf 1}_2,\ \ \ U^{-1}=U^\dagger=\frac{1}{\sqrt{2}}({\bf 1}_2-i\sigma_2)\otimes {\bf 1}_2
}

これによって,
{
\begin{gather}
 \gamma_D^\mu=U\gamma^\mu_WU^\dagger \\
 \gamma_D^t=\sigma_3\otimes{\bf 1}_2,\ \ \ \gamma^u_D=(i\sigma_2)\otimes(i\sigma_3), \ \ \ \gamma_D^x=i\sigma_2\otimes\sigma_1,\ \ \  \gamma_D^y=i\sigma_2\otimes\sigma_2
\end{gather}
}

Dirac表現に移る. 同時にスピノルは

{
\varPsi_D=U\varPsi_W=\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c}
\psi_L+\psi_R\\
 -\psi_L+\psi_R
\end{array}\right)
}
と変換されている.



平面波解

 Dirac表現を使って平面波解を考える. 以下Dirac表現のみを使うため下添え字Dは省略.

{
\varPsi = e^{-ik_\mu x^\mu}\varPsi_0
}

ただし{\varPsi_0}は位置に依存しない定数. これをDirac方程式に代入すると,

{
(k_\mu\gamma^\mu-m)\varPsi_0=0
}

ここで

{
\sigma^x=\sigma_1,\ \ \ \sigma^y=\sigma_2,\ \ \ \sigma^u=i\sigma_3\\
}

と定義する. これらはClifford代数の関係式に従う. すなわち

{
\begin{gather}
\{\sigma^i,\sigma^j\}=-2g^{ij}{\bf 1}_2\\
(g^{ij})={\rm diag}(-,-,+)={\rm diag}(g^{xx},g^{yy},g^{uu})
\end{gather}
}

また, 交換関係は

{
  \lbrack \sigma^i,\sigma^j \rbrack =2\epsilon^{ijk}g_{kl}\sigma^l
}

と表せる. {\epsilon^{ijk}}は添え字{(ijk)}{(xyu)}の偶置換のとき+1,奇置換のとき-1, それ以外のとき0. Pauli行列の場合との違いに注意.

話を戻し, さらに{\varPsi_0}を上下2成分ずつ{\varphi,\chi}に分割すると次のように書ける.

{\begin{gather}
\left(\begin{array}{cc}
k_t-m&k_i\sigma^i\\
 -k_i\sigma^i&-k_t-m
\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c}
\varphi\\
\chi
\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{c}
0\\
0
\end{array}\right)\\
\varphi=\frac{-k_i\sigma^i}{k_t-m}\chi,\ \ \ \chi=\frac{-k_i\sigma^i}{k_t+m}\varphi
\end{gather}
}

ただし空間成分{i=(x,y,u)}に渡って和をとる. これを使うと,

{
\varphi=\frac{k_x^2+k_y^2-k_u^2}{k_t^2-m^2}\varphi
}

から,

{
k_t^2+k_u^2-k_x^2-k_y^2=m^2
}

が満たされる必要があることが分かる.{k_t=E,\ k_i=p_i}と改めて書くと,

{
E=\pm\sqrt{m^2+p_x^2+p_y^2-p_u^2}
}

これが満たされているとき, 解は上の関係で結ばれる任意の{\varphi,\chi}を用いて

{
\begin{align}
\varPsi=\left(\begin{array}{c}
\varphi \\
\frac{-p_i\sigma^i}{E+m}\varphi
\end{array}\right)
 =\left(\begin{array}{c}
\frac{-p_i\sigma^i}{E-m}\chi \\
\chi
\end{array}\right)
\end{align}
}

と表される. 運動量の大きさ{p_x^2+p_y^2-p_u^2}が十分小さいとき{E\sim \pm m}である. 正のとき上2成分が卓越して正エネルギー解:粒子, 負のとき下2成分が卓越して負エネルギー解:反粒子と解釈できる.



電磁相互作用

 ベクトルポテンシャルAが存在するとき, 方程式は

{
(i\partial_\mu\gamma^\mu-eA_\mu\gamma^\mu-m)\varPsi=0
}

と書きかわる*2. 再び上下2成分ずつ{\varphi,\chi}を用いて(ただし今度は位置に依存)

{
\begin{align}
\varPsi=e^{-imt}\left(\begin{array}{c}
\varphi\\
\chi
\end{array}\right)
\end{align}
}

と書く. これを用いると,

{
\begin{gather}
(i\partial_t-eA_t)\varphi+(i\partial_i-eA_i)\sigma^i\chi=0\\
 -(i\partial_i-eA_i)\sigma^i\varphi-(i\partial_t-eA_t)\chi-2m\chi=0
\end{gather}
}

第2式を使って

{
\begin{align}
(i\partial_t-eA_t)\varphi
 &=\frac{1}{2m}(i\partial_i-eA_i)(i\partial_j-eA_j)\sigma^i\sigma^j\varphi+\frac{1}{2m}(i\partial_i-eA_i)\sigma^i(i\partial_t-eA_t)\chi\\
 &=\frac{1}{2m}(i\partial_i-eA_i)(i\partial_j-eA_j)\sigma^i\sigma^j\varphi+\frac{1}{2m}\left\{(i\partial_t-eA_t)(i\partial_i-eA_i)-ie(\partial_iA_t-\partial_tA_i)\right\}\sigma^i\chi\\
 &=\frac{1}{2m}(i\partial_i-eA_i)(i\partial_j-eA_j)\sigma^i\sigma^j\varphi
 -\frac{1}{2m}(i\partial_t-eA_t)^2\varphi-\frac{ie}{2m}(\partial_iA_t-\partial_tA_i)\sigma^i\chi
\end{align}
}

ここまで展開したが, 反粒子成分は小さく, また, 十分低速で時間部分の演算子が2回かかる項は無視できるとする. これにより後ろ2項は落ちて,

{
\begin{align}
(i\partial_t-eA_t)\varphi&=\frac{1}{2m}\left(-g^{ij}(i\partial_i-eA_i)(i\partial_j-eA_j)+\epsilon^{ijk}g_{kl}\sigma^l(-ie\partial_iA_j)\right)\varphi\\
 &=\frac{1}{2m}\left(-g^{ij}(i\partial_i-eA_i)(i\partial_j-eA_j)
 -\frac{ie}{2}g_{kl}\epsilon^{ijk}(\partial_iA_j-\partial_jA_i)\sigma^l
\right)\varphi
\end{align}
}

{A_t=-\phi,\ \pi_i=-(i\partial_i-eA_i),\ B^k=\epsilon^{ijk}\partial_iA_j}と表記すると*3,

{
\begin{align}
i\partial_t\varphi&=\left(-\frac{\pi_i\pi^i}{2m}-e\phi-\frac{ie}{2m}B_i\sigma^i\right)\varphi
\end{align}
}

を得る.これが求めるべきものだった. 2+1次元のSchrödinger - Pauli方程式である. 形を見ればわかる通り, 右辺第3項によって{\varphi}の上下の成分が時間変化で混ざる.

 と簡単に書いたがHamiltonianがHermiteになっていないことにすぐ気付く. というのも{\sigma^x,\ \sigma^y}がHermiteなのにそれらに虚数単位がかかっているため. また, そのせいでxy軸方向の磁場がかかっている系で{\varphi}の成分が発散してしまう.



確率

 そもそも, 確率とみなしたい{|\psi|^2}が座標系に依存するのだ. {\psi}が2+1次元のスピノルであるためこれは当然のことではある.

 Dirac共役がHermite共役そのものではなく右から{\gamma^t}を掛けなくてはならなかったように, 2+1次元での共役スピノルはHermite共役に{-i\sigma^u=\sigma_3}を右からかけなくてはならない*4. こうすることで共役と元のスピノルの積は座標変換に対する不変性が保たれる.

 これを成分で見ると,

{
\begin{gather}
\varphi=\left(\begin{array}{c}
\alpha\\
\beta
\end{array}\right)\\
\overline{\varphi}=\varphi^\dagger\sigma_3\\
\overline{\varphi}\varphi=|\alpha|^2-|\beta|^2
\end{gather}
}

から, ちょうどアップスピンの大きさの2乗からダウンスピンの大きさの2乗を引いた形になることが分かる*5.

 これは2+2次元カレントの時間成分とも近似的に一致している. 前の記事で導入した{\eta}は, Dirac表現でも

{
\eta_D=i\gamma_D^x\gamma_D^y={\bf 1}_2\otimes\sigma_3
}

であり, カレントの時間成分は

{
\varPsi_D^\dagger \eta_D\gamma^t\varPsi=\varphi^\dagger\sigma_3\varphi-\chi^\dagger\sigma_3\chi\simeq\varphi^\dagger\sigma_3\varphi
}

と同じ形になる.



まとめ

 2+2次元においてもDirac表現を用いたDirac方程式の解から粒子, 反粒子とみなせる解が導かれる. これをもとに, 低エネルギーの非相対論極限として2+1次元のSchrödinger - Pauli方程式が得られるが, そのHamilitonianはHermiteになっていない. そもそも2+1次元の2成分スピノルのノルムの2乗は座標不変な値ではなく, 正しく得られるスカラーは正定値にならない. よって2成分スピノルを考える限り非相対論的極限でもなお確率解釈は正当化されない.

 ただ, Orthogonal宇宙で反粒子状態をオミットすることで確率解釈が可能になるように, たとえばスピンがアップダウンに振れないなら, 単純にスカラー波動関数を考えるだけで済むようになって確率密度の正定置性は保たれるかも……どういう状況だろう?軸方向に強い磁場がかかっていてスピンの向きが揃っているとか?

 イーガン自身明らかに, 我々の宇宙の物理法則をわずかな変更を加えただけでそのまま適用したときに生じる問題を認識していて, あえて気にしないことにしておもしろい幾何学的帰結にだけ集中することにしているはず. そのために物語の本筋に関わらない深く突っ込んだ計算は公開していないのだろう. しかしイーガンの辿ったはずの道を再現してみるのも楽しい. Dichronautsを読むのには関係なくても.



参考
 以前『エターナル・フレイム』の計算をした時にも参考にさせていただいたページ.

「4+0次元時空間のディラック方程式について」
http://kuiperbelt.la.coocan.jp/sf/egan/orthogonal/dirac-orthogonal.html

*1:「球対称」;中心からの距離が一定の双曲面上で値が同じ波動関数は明らかに規格化できない. 「球殻」;ふたつの双曲面に挟まれた領域の体積が無限大になるため. ひょっとするとCoulomb散乱の問題で使うタイプの座標変換なら……と考えてみたものの, 規格化の問題で依然として混乱. 結局解決していない.

*2:電荷は(-e). 古典論でのHamiltonianの置き換えを援用するというのもやや正当化するのがめんどくさそう(というか2+2次元の古典論について検討していない)なので, 単に共変性を保つ最も簡単な変更と考えればいいはず. あるいはLagrangian経由か.

*3:この定義によって2+1次元回転のもとでBは擬ベクトルとしてふるまう.

*4:座標変換に応じてスピンを変化させるスピン群の行列との関係について述べる必要がある. Hermite共役に右からかければ逆行列になるような行列は何か, という問題になるが, だいたい3+1次元でDirac共役を考えた場合と並行なので略.

*5:ちなみに4+0次元でのカレントの時間成分は|粒子|^2-|反粒子|^2と書ける. Orthogonal宇宙で確率解釈が正当化できるのは粒子の状態が卓越するときこれが正の値をとるから, ということだろうか.

2+2次元Dirac方程式―Dichronautsをよみはじめた

 グレッグ・イーガン『白熱光』がハヤカワ文庫SFから出版されましたね. もちろん入手したものの既に読んでいた作品だったようだ. そういうわけで今年3月末に電子書籍先行で出版された最新長編Dichronautsを読み始めた. Kindle本棚に並べたのは発売日だったのに積んでいたのだ. 罪深い.

Dichronauts (English Edition)

Dichronauts (English Edition)

 あらすじを読むとハードSF版『逆転世界』ではないかと疑われる本作, まだほんの序盤しか読んでいないが楽しさと同時に, 正気が奪われそうになるのを感じる. (つい最近も『アロウズ・オブ・タイム』の惑星エシリオでそんなことを言っていた気がするが)数学的な設定が簡単かつ映る風景の根幹をなしているなだけに常に悩まされ続けるのだ.

 舞台は2+2次元の宇宙, つまりdiag(+,+,-,-)の計量をもつ宇宙. そのうちの3次元; 世界線に直交する部分空間が同時刻の「空間」として認識されている. そして登場人物たちの暮らす「世界」は一葉双曲面の上に広がる地表. ある意味ここで『逆転世界』とつながる――が, 住人たちの認識はおそらくまったく異なる. 双曲面の広がりは(理想的には)無限だが, 普通のユークリッド空間の球に相当する曲面になるため. すなわち「回転」に対して不変な図形になっている.

 主人公SethとTheoは共生関係にある知的生命. この世界では, 歩行を担当する"Walker"の頭蓋の中で"Sider"が血液の供給を受けながら生きており, どちらもともに人類相当の知能を備えていて"inspeak"(「内話」?)によって二者だけの会話ができるようになっている. SethがWalkerでTheoがSider. Siderの役割はWalkerからは見ることのできない領域の内部――"dark cone"――に何があるかを教えることにある.

 2つの「普通の」空間次元と1つの時間的な次元から成るこの3次元空間, 地表に立つと上下と東西方向; Siderにとっての前後が「普通の」空間次元で, 「軸」と称される南北方向が時間的次元になっている. ここで単純な数学的関係から, ヌル測地線を辿る光*1は「軸」の周りの円錐の内部"dark cone"(「暗黒円錐」?)からは届かないことが分かる. つまり南北方向は電磁波で知覚できない. Walkerにとってのこの困難を解決するのが上で既に触れたSiderの役割ということになる*2.

 ……といったことはイーガン自身が簡潔に解説しているが一応ここまでの理解をまとめておきたかった.

www.gregegan.net

 さてこのDichronauts, Orthogonalを再びやるわけではないらしい(単語検索するとたとえば"equation"はほとんど出てこない――が読み切っていないので何が起こるのかまだ知らない). イーガンのDichronauts解説ページ内にも重力ポテンシャル論以外には数式のある物理的考察はほとんど公開されていない.

 しかし気になってしまうのがSO(2,2)バージョンのDirac方程式. 『エターナル・フレイム』第33章をやりたい, また「幾何学をたどっていくとすべてがうまくおさまるんですね」って言いたい. やろう.



回転

 イーガンに倣ってtで時間, x,yで通常の空間次元, uで時間様の「軸」方向空間次元を表すことにする.

 次の実2次正方行列を考える.

{
X=\left(
\begin{array}{cc}
t+y & x-u \\
x+u & t-y
\end{array}
\right)
}

行列式

{
\det(X)=t^2+u^2-x^2-y^2
}

となることに注意. 実2次特殊線形群SL(2,R); 行列式が1の実2次正方行列が積についてなす群の任意の2つの元を

{
D_L,\ D_R\in SL(2,\mathbb{R})
}

で表すと, 次の変換 X→X' は (t,u,x,y)→(t',u',x',y') の一次変換を定義する.

{
X'=\left(
\begin{array}{cc}
t'+y' & x'-u' \\
x'+u' & t'-y'
\end{array}
\right)=D_LX\tilde{D}_R
}

ただしチルダ~は余因子行列を意味している. いまの場合{D_R}行列式=1なので単に逆行列に等しい.

{
A=\left(\begin{array}{cc}
a & b \\
c & d
\end{array}\right)
\rightarrow
\tilde{A}=\left(\begin{array}{cc}
d & -b \\
 -c & a
\end{array}\right)
}

この変換において行列式は不変である. すなわち,

{
\det(X')=\det(D_L)\det(X)\det(\tilde{D}_R)=\det(X)
}

を満たしている. ゆえにこの一次変換は(t,u,x,y)に対してSO(2,2)の元として作用している. 詳しく調べるとSO(2,2)の元とSL(2,R)×SL(2,R)の元は1対2に対応している. このことはSL(2,R)×SL(2,R)の中心正規部分群N={(1,1),(-1,-1)}によって

{
SO(2,2)\cong SL(2,\mathbb{R})\times SL(2,\mathbb{R})/N
}

と表せる*3.

 この関係が重要で, 『エターナル・フレイム』ではSO(4)とSU(2)×SU(2)間の準同型, SU(2)と単位四元数群の間の同型から輝素波の方程式が導かれたのだった. SO(3,1)はSL(2,C)が不変被覆群となるため点付きスピノル・点なしスピノルなどを導入して多少煩雑になるが*4,SO(2,2)ではパトリジアたちと同様の手順で共変性を持ったスピノルの方程式が導かれる.

 実2次正方行列は4次元実ベクトル空間をなす. その基底を次のようにとる.

{
e^t=\left(\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{array}\right),\ \ \ 
e^u=\left(\begin{array}{cc}
0 & -1 \\
1 & 0
\end{array}\right),\ \ \ 
e^x=\left(\begin{array}{cc}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{array}\right),\ \ \ 
e^y=\left(\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & -1
\end{array}\right),\ \ \ 
}

これを使うと,

{
X=X_\mu e^\mu\ \ \ (\mu=t,u,x,y)
}

と表せる. 2+2計量を改めて

{
g_{\mu\nu}dx^\mu dx^\nu=dt^2+du^2-dx^2-dy^2
}

ととる. ただし光速度はc=1にとっている*5. 実2次正方行列の(不定値)内積を〈X,Y〉で表して

{
\langle X,Y\rangle=\frac{1}{2}{\rm Tr}(\tilde{X}Y)
}

で定義すると次の関係が成り立つことが確かめられる.

{
\langle X,Y\rangle=\langle Y,X\rangle=g^{\mu\nu}X_\mu Y_\nu
}

すなわち,

{
{\rm Tr}(\tilde{e^\mu}e^\nu)=2g^{\mu\nu}
}

これは次の関係からも導かれる.

{
\tilde{e}^{\mu}e^{\nu}+\tilde{e}^{\nu}e^{\mu}=2g^{\mu\nu}{\bf 1}_2
}

 だいたいここまでがカルラが胸にベクトル乗法を描書した部分に対応する. といっても基底間の積すべてを表にする必要はないだろう. {e^t}だけがその余因子行列と一致し, 他の3つは符号が反転することに注意.



ベクトル, レフトル, ライトル

 座標変換に従ってベクトルの共変ベクトル成分*6

{
X \rightarrow X'=D_LX\tilde{D}_R\ \ \ D_L,D_R\in SL(2,\mathbb{R})
}

と変換するとき, 次のように変換する2つの量を定義する.

{
\psi_L \rightarrow \psi_L' = D_L\psi_L,\ \ \ \psi_R \rightarrow \psi_R' = D_R\psi_R
}

パトリジアに倣って{\psi_L}をレフトル, {\psi_R}をライトルと呼ぼう. これらの量は回転と独立に右から行列を掛けることができる(位相に対応する). 次の形のベクトルとの積をとると, ライトルがレフトルへ, レフトルがライトルへと互いに変換される.

{
\begin{align}
X\psi_R \rightarrow X'\psi_R = D_LX\tilde{D}_RD_R\psi_R = D_L(X\psi_R) \\
\tilde{X}\psi_L \rightarrow \tilde{X}'\psi_L = D_R\tilde{X}\tilde{D}_LD_L\psi_L = D_R(\tilde{X}\psi_L)
\end{align}
}

次の微分演算子は共変ベクトルとして変換される.

{
\partial=\partial_\mu e^{\mu}
}

また,

{
\tilde{\partial}\partial=\partial\tilde{\partial}=g^{\mu\nu}\partial_{\mu}\partial_{\nu}{\bf 1}_2
}

が成り立つ. レフトル・ライトル各成分がKlein-Goldon方程式にあたる方程式

{
(g^{\mu\nu}\partial_{\mu}\partial_{\nu} +m^2)\psi_R=(g^{\mu\nu}\partial_{\mu}\partial_{\nu} +m^2)\psi_L=0
}

に従うための一次の連立方程式は, 質量をmとして

{
\begin{align}
\partial\psi_R e^u&=m\psi_L\\
\tilde{\partial}\psi_L e^u&=m\psi_R
\end{align}
}

をとればよい*7. これが2+2次元における自由場のDirac方程式である. この式から, {\psi_L}が左巻きスピノル, {\psi_R}が右巻きスピノルに対応することが分かる*8.

 ちょっと面白いのは実数成分の行列のみで書けていること(それを言えばどんな虚数でも2×2行列に置き換えられるが). 何か意味はあるだろうか.

 上の2式を次のように変形する.

{
\begin{gather}
\partial_{\mu} e^{\mu} \psi_{R}=-m\psi_Le^u\ \ \ 
\partial_{\mu} \tilde{e}^{\mu} \psi_L=-m\psi_Re^u\\
(\partial_{\mu} \tilde{\psi}_{R}\tilde{e^{\mu}})\psi_L=(me^u\tilde{\psi}_{L})\psi_L\ \ \ 
\tilde{\psi}_{R}\partial_{\mu} \tilde{e}^{\mu} \psi_L=-m\tilde{\psi}_{R}\psi_Re^u \\
\frac{1}{2}\partial_{\mu}{\rm Tr}(\tilde{e}^{\mu}\psi_{L}\tilde{\psi}_{R})=0 \\
\therefore \partial_\mu (\psi_{L}\tilde{\psi}_{R})^\mu = 0
\end{gather}
}

{\psi_L\tilde{\psi}_R}の成分は共変ベクトルとして変換する*9. したがってこの式はカレントの保存則を示している. ただし3+1次元のそれと違って時間成分が正値にならない. 実は同様の問題は4+0次元, Orthogonal宇宙でも発生していた.

 歴史的経緯について詳しいところはほとんど知らないのだが, Dirac方程式はKlein-Gordon方程式で問題になった負の確率密度を解消した点に強みがあったはず. 結局確立解釈は使わなくなるとはいえ, これはどう解釈するべきか.

 考えてみれば4+0と2+2で時間成分の正値性が保証されないのは当然で, 座標変換でベクトルの時間成分を正負に振ることができるからである. 一方3+1次元では正値をとっている時間成分を負にするには光円錐を超えてspace-likeな領域を超える必要があるため不可能. これは連続変換で反粒子と粒子が入れ替わらないことも内含する……はず. この問題は変換群の連結性に関わるはずだが, 不勉強にして数学的に正確に述べるための言葉を持っていない.

 思い出してみると, <孤絶>乗員たちが直交クラスターの星に追いついて「ネレオの矢」をそれらと揃え, そのうえ着陸することさえ可能だったのも反物質が物質へと連続的に変換できるためだった. Dichronauts宇宙でも似たようなことが可能ということになるはずだが……それはどういう意味になるのだろう?

 ちょっとこのあたりの議論はあやふや. QFTをちゃんとやってからまたいずれ……. ラグランジアンもこの行列形式で書けるのだが, 相互作用なども含めまた今度.



ガンマ行列

 ガンマ行列を用いた見慣れた表示との対応関係を調べる.

2+2次元
 レフトルまたはライトル{\psi}を次の2成分複素ベクトルと同一視する. なお行列形式との区別のため上矢印を付ける.

{
\psi=\psi_t e^t+\psi_u e^u +\psi_x e^x + \psi_y e^y
\ \leftrightarrow\ 
\left(\begin{array}{c}
\psi_t+\psi_{u} i\\
\psi_x+\psi_{y} i
\end{array}\right)\equiv\vec{\psi}
}

iは虚数単位. 成分を丹念に計算すると, 左から{e^u}を掛ける操作, 右から{e^\mu (\mu=t,u,x,y)}を掛ける操作はそれぞれ次の対応関係を持つことが分かる.

{
\begin{gather}
\psi e^u\ \leftrightarrow\ i\vec{\psi},\\
e^t\psi \ \leftrightarrow\ {\bf 1}_2\vec{\psi},\ \ \ 
e^u\psi \ \leftrightarrow\ i\sigma_3\vec{\psi},\\
e^x\psi \ \leftrightarrow\ \sigma_1\vec{\psi},\ \ \ 
e^y\psi \ \leftrightarrow\ \sigma_2\vec{\psi}
\end{gather}
}

ただしσはPauli行列

{
\sigma_1=\left(\begin{array}{cc}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{array}\right),\ \ \ 
\sigma_2=\left(\begin{array}{cc}
0 & -i \\
i & 0
\end{array}\right),\ \ \ 
\sigma_3=\left(\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & -1
\end{array}\right)
}

これらの関係から, Dirac方程式を4成分複素ベクトル形式に書き換えられる.

{
(i\partial_\mu\gamma^\mu-m)\varPsi=0
}

ただし,

{
\varPsi=\left(\begin{array}{c}
\vec{\psi_L}\\
\vec{\psi_R}
\end{array}\right)
=\left(\begin{array}{c}
\varPsi_1\\
\varPsi_2\\
\varPsi_3\\
\varPsi_4
\end{array}\right)
,\ \ \ \varPsi_i \in \mathbb{C}\ \ \ (i=1,2,3,4)
}

ガンマ行列は次のようになっている.

{
\gamma^t=\sigma_1\otimes{\bf 1}_2,\ \ \ \gamma^u=(i\sigma_2)\otimes(i\sigma_3),\ \ \ 
\gamma^x=(i\sigma_2)\otimes\sigma_1,\ \ \ \gamma^y=(i\sigma_2)\otimes\sigma_2
}

これらはClifford代数の関係式を満たしている.

{
\{\gamma^\mu,\gamma^\nu\}=\gamma^\mu\gamma^\nu+\gamma^\nu\gamma^\mu=2g^{\mu\nu}{\bf 1}_4
}

これはまさしく見慣れた形のDirac方程式で, 特にいまカイラル表現(Weil表現)をとっている.

 これらガンマ行列のHermite共役は,

{
\gamma^{t\dagger}=\gamma^{t},\ \ \ \gamma^{u\dagger}=\gamma^{u},\ \ \ 
\gamma^{x\dagger}=-\gamma^{x},\ \ \ \gamma^{y\dagger}=-\gamma^{y}
}

と時間次元についてHermite, 空間次元について反Hermiteとなっている. そのため, 随伴スピノルは

{
\overline{\varPsi}=\varPsi^{\dagger}\eta
}

をとることになる. ただしηは次で定義される.

{
\eta=i\gamma^x\gamma^y,\ \ \ \eta^\dagger=\eta
}

カイラル表現では

{
\eta = {\bf 1}_2\otimes\sigma_3
}

これを使うと, カレントの時間成分は

{
\overline{\varPsi}\gamma^t\varPsi=(\varPsi_1^*\varPsi_3+\varPsi_3^*\varPsi_1)-
(\varPsi_2^*\varPsi_4+\varPsi_4^*\varPsi_2)
}

と再び正負の値をとることが分かる.

ついでに4+0と3+1のカイラル表現も見ておこう.


4+0次元

{
\{\gamma^\mu, \gamma^\nu\}=\delta^{\mu\nu}
}

これを満たすのは,

{
\gamma^t=\sigma_1\otimes{\bf 1}_2,\ \ \ \gamma^x=\sigma_2\otimes\sigma_1,\ \ \ \gamma^y=\sigma_2\otimes\sigma_2,\ \ \ \gamma^x=\sigma_2\otimes\sigma_3,\ \ \ 
}

これらはすべてHermiteで, 随伴スピノルは単にHermite共役. カレントの時間成分は

{
\overline{\varPsi}\gamma^t\varPsi
=\vec{\psi}_L^\dagger\vec{\psi}_R+\vec{\psi}_R^\dagger\vec{\psi}_L
}

となって正負の値をとる.


3+1次元

{
\{\gamma^\mu, \gamma^\nu\}=\eta^{\mu\nu}(={\rm diag}(+,-,-,-))
}

これを満たすのは,

{
\gamma^t=\sigma_1\otimes{\bf 1}_2,\ \ \ \gamma^x=\sigma_2\otimes(i\sigma_1),\ \ \ \gamma^y=\sigma_2\otimes(i\sigma_2),\ \ \ \gamma^x=\sigma_2\otimes(i\sigma_3),\ \ \ 
}

{\gamma^t}のみHermiteで, 他3つが反Hermite. 随伴スピノルは

{
\overline{\varPsi}=\varPsi^\dagger\gamma^t
}

で, カレントの時間成分は

{
\overline{\varPsi}\gamma^t\varPsi
=|\vec{\psi}_L|^2+|\vec{\psi}_R|^2
}

と正定符号をとる.



まとめ

 直交群SO(2,2)が実2次特殊線形群SL(2,R)ふたつの直積と準同型を持つことを利用して2+2次元のDirac方程式を導いた. 『エターナル・フレイム』33章でカルラ, パトリジア, ロモロたちがSO(4)共変のDirac方程式, 「輝素波」の「回転物理学」に適合した方程式を発見する際に取ったのと同様のアプローチである. 特にこの方法では自然にカイラリティーが現れる.

 カレントの時間成分, 「確率密度」の正値性の有無は粒子-反粒子間の連続変換の有無とおそらく関わっておりいずれきちんとやりたい. 他の次元との比較も.

 意外にきれいにまとまった. しかし物理的な考察がほとんど無い. ディラック表現から「非相対論近似」をすることも可能だがそこから特に言えることがあるわけでもない. 2+2次元世界は想像するのがまだまだ難しすぎる. おとなしく読み進めます.

*1:ということはOrthogonal宇宙と違ってフォトンはゼロ質量なのだろう, たぶん.

*2:反響定位で空間を把握しているという解釈でいいのだろうか…「音」の伝わり方が理解できていない

*3:とくに使わない事実として,{D_L=D_R}なら{t=t'}になる. これはトレースをとることで直ちに確かめられる.このことからSL(2,R)とSO(1,2)が準同型であることが分かる.

*4:やや怪しい発言である

*5:速度とは何か……。ニュートン力学の段階から既にこの問題で困る.

*6:紛らわしいが, 原点まわりの回転という座標変換のような表式で導入したのに対して便宜のためこちらは共変ベクトル成分の変換としている

*7:左辺に{e^u}を右からかけているが, 掛けて-1になる2つの行列を各辺にかけても等価な方程式が得られる. {e^u}を選んだことは基底の取り方を規定しており, またパリティ変換がレフトルとライトルとの単に入れ替えになるといったメリットがある.

*8:『エターナル・フレイム』p.332でカルラがパリティ対称性に言及していることに今更気付いた.「でも、わたしがもっと気になっているのは、回転の左側ベクトルを右側ベクトルとは違う形で扱っていること。このふたつのベクトルの役割を入れ替えるには、単に系を鏡に映して見ればいい。鏡に映したら、物理が違って見えるべき? そのような証拠をいままで見たことってある?」 彼らの宇宙でパリティ対称性の破れは発見されるだろうか.

*9:上で左から{e^u}をかける以外の方法について述べたが, その場合レフトルとライトルの間に適当な行列を挟む必要がある

アニメ「けものフレンズ」の系統樹・覚え書き

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 けものフレンズのアニメに登場する動物たちで系統樹を描いた。誰が誰に近いかなど見るとおもしろいとおもう。「ネコ目」(食肉目)はとりわけ多く出てきたが、こういう関係になっている。シロサイがヘラジカよりライオンに近かったりPPPメンバーの分岐順序などもおもしろい。
 主に参考にしたのは長谷川政美『新図説 動物の起源と進化―書き換えられた系統樹』(八坂書房、2011年)とWikipediaWikipediaは様々な学説が反映されて統一されていないがなるべく色々比較した。(とはいえ素人が本とネットで調べただけなので正確さを欠いていれば指摘してくださるとありがたいです)

 内容について説明すると、まず(1)は哺乳綱の詳細を除く全体図。(2)は哺乳綱の中身。(3)(4)はそれぞれ種数の多い食肉目とクジラ偶蹄目のみ取り出したもの。3叉に分かれている部分は順序がはっきりしなかった。
 オレンジ色の字は作中で文字とともに名前などが紹介された種。つまりこういうのが出たフレンズ。
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順番にメモしたので載せておこう。なおネコ目は食肉目、ネズミ目は齧歯目、ウマ目は奇蹄目とも呼ばれているもの。そもそもこれの意味を理解する目的で系統樹上の位置を確認していったのが系統樹を作成した当初の動機だった。


 1話「さばんなちほー」
ネコ目ネコ科ネコ属 サーバル Serval Cat
偶蹄目カバ科カバ属 カバ Hippopotamus

 2話「じゃんぐるちほー」
ネコ目ネコ科オセロット属 オセロット Ocelot
ウマ目バク科バク属 マレーバク Malayan tapir
ネコ目マダガスカルマングース科フォッサ属 フォッサ Fossa
ゾウ目ゾウ科アジアゾウ属 インドゾウ Indian Elephant
偶蹄目シカ科アクシスジカ属 アクシスジカ Axis dear
有隣目コブラ科キングコブラ属 キングコブラ King cobra
有毛目オオアリクイ科コアリクイ属 ミナミコアリクイ Southern tamandua
キジ目キジ科クジャク属 クジャク Peafowl
フクロネコフクロネコタスマニアデビル属 タスマニアデビル Tasmanian devil
有隣目アガマ科エリマキトカゲ属 エリマキトカゲ Frilled lizard
偶蹄目キリン科オカピ属 オカピ Okapi
ネコ目イタチ科ツメナシカワウソ属 コツメカワウソ Small-clawed otter
ネコ目ネコ科ヒョウ属 ジャガーJaguar

 3話「こうざん」
ペリカン目トキ科トキ属 トキ Japanese crested ibis
クジラ偶蹄目ラクダ科ビクーニャ属 アルパカ・スリ Alpaca suri
コウノトリ目トキ科シロトキ属 ショウジョウトキ Scarlet ibis

 4話「さばくちほー」
ネコ目ネコ科ネコ属 スナネコ Sand cat
未確認生物 ツチノコ Tsuchinoko

 5話「こはん」
ネズミ目ビーバー科ビーバー属 アメリカビーバー American beaver
ネズミ目リス科プレーリードッグ属 オグロプレーリードッグ Black-tailed prairie dog

 6話「へいげん」
クジラ偶蹄目ウシ科ウシ属 オーロックス Aurochs 
クジラ偶蹄目ウシ科オリックス属 アラビアオリックス Arabian oryx
ネコ目ネコ科ヒョウ属 ライオン Lion
被甲目アルマジロ科オオアルマジロ属 オオアルマジロ Giant armadillo
クジラ偶蹄目シカ科ヘラジカ属 ヘラジカ Moose
ネズミ目ヤマアラシヤマアラシ属 アフリカタテガミヤマアラシ African porcupine
ウマ目サイ科シロサイ属シロサイ White rhinoceros
ペリカンハシビロコウハシビロコウハシビロコウ Shoebill
有隣目カメレオン科フサエカメレオン属パンサーカメレオン Panther chameleon
ネコ目クマ科クマ属ニホンツキノワグマ Japanese black bear

 7話「じゃぱりとしょかん」
フクロウ目フクロウ科コノハズク属 アフリカオオコノハズク Northern white-faced owl
フクロウ目フクロウ科ワシミミズク属 ワシミミズク Eurasian eagle owl

 8話「ぺぱぷらいぶ」
ネコ目ネコ科オセロット属マーゲイMargay
ペンギン目ペンギン科マカロニペンギン属 ロイヤルペンギン Royal penguin
ペンギン目ペンギン科マカロニペンギン属 イワトビペンギン Rockhopper penguin
ペンギン目ペンギン科アデリーペンギン属 ジェンツーペンギン Gentoo penguin
ペンギン目ペンギン科フンボルトペンギン属 フンボルトペンギン Humboldt penguin
ペンギン目ペンギン科コウテイペンギン属 コウテイペンギン Emperor penguin

 9話「ゆきやまちほー」
ネコ目イヌ科キツネ属 ギンギツネ Silver fox
ネコ目イヌ科キツネ属 キタキツネ Ezo red fox
ネズミ目カピバラカピバラ属 カピバラ Capybara

 10話「ろっじ」
キツツキ目キツツキ科ハシボソキツツキ属 アリツカゲラ Campo flicker
ネコ目イヌ科イヌ属 タイリクオオカミ Gray wolf
クジラ偶蹄目キリン科キリン属 アミメキリン Reticulated giraffe

 11話「せるりあん
サル目オナガザル科シシバナザル属 キンシコウ Golden snub-nosed monkey
ネコ目クマ科クマ属 ヒグマ Brown bear
ネコ目イヌ科リカオン属 リカオン African wild dog
ネコ目アライグマ科アライグマ属 アライグマ Common raccoon
ネコ目イヌ科キツネ属 フェネック Fennec



一方、黒字はそういうのはなかったり会話の中に出たりした種。それぞれ話数は次の通り。

  • 1話「さばんなちほー」……サバンナシマウマ・トムソンガゼル・ナマケモノ

 かの有名なサバンナシマウマさん。サーバルさんは「シマウマちゃん」としか言っていないがあのフレンズはサバンナシマウマさんというのが定説(?)。
 ナマケモノは「あなたもしかしてナマケモノのフレンズ?」から。けものフレンズアプリ版にも「ナマケモノ」という名前のフレンズがいるがプロフィールによると正確にはフタユビナマケモノ。そもそもナマケモノには絶滅した地上性の大型ナマケモノから派生した2つの系統(フタユビナマケモノ科・ミユビナマケモノ科)があってそれぞれ独立に樹上性に移行したようで、「ナマケモノ」は亜目レベルでの総称になっている。

  • 5話「こはん」……エナガ・ツカツクリ・ニワシドリ・カヤネズミ 

 ビーバーを乗せたあとボスがバス車内から紹介するときに巣が映される。カヤネズミはややあやしい。鳥類かも? そしてその次の巣が分からない。枝と葉を寄せ集めて作った巣のようだが……。
(2017-04-21追記)
 Twitter上でこの記事を読んでくださった@bluetittitさんからこの巣についてオランウータンのものではないかとのアドバイスをいただいた。検索してその画像を見ると、確かに彼らが寝床とする巣の作り方が作中で映ったものに近い。ちなみに巣を作ることは霊長目としては極めて珍しいことらしい。かばんさんが家についてビーバーさんと意気投合する場面が続くのはなかなか意味深。
 オランウータンを系統樹上に加えるならヒトのすぐ隣になる。ヒト科なので。さらに「オランウータン」と呼ばれるのはオランウータン属の現生2種、ボルネオオランウータンスマトラオランウータン。種名でないものは括弧でくくることにしているのでオランウータンもそうすることになる。なお、けものフレンズアプリ版にはボルネオオランウータンさんがいてCV.木村珠莉さんらしい。

  • 6話「へいげん」……ヒト

 あのざわつきを味わわせてくれたハシビロコウさんの発言から。たぶんホモ・サピエンスを意味しているとはいえ「ヒト」というと生物学的にはHomo属の絶滅種を含む。そのため括弧付き。

  • 1~6話OP……ヨーロッパビーバー

 厳密に言うとヨーロッパビーバーが出たとは言いにくいが、OPの「手をつないで大冒険」のところで丸太に手をかけているフレンズの姿はヨーロッパビーバーのそれである。公式のけもフレ図鑑参照。
 そもそもアニメ版のアメリカビーバーさんはアプリ版のアメリカビーバーさんとヨーロッパビーバーさんのハイブリッドのようなデザインに変わっているのでそのあたりの事情が影響しているかも。

  • 7話「じゃぱりとしょかん」……ラクダ

 迷路のクイズから。ラクダも属レベルでの総称になる。

 PPPの初回イベントに来ていた観客たち。この中にはアニメ配信サイトCrunchrollのマスコットキャラHimeも混ざっていた。

 動物の遺物とサンドスターが反応して生まれたフレンズの例としてマーゲイが口にしたのがジャイアントペンギン。放送後の吉崎観音先生のイラストにも描かれていた。

 ヤギはアミメキリンさんの「あなたは……ヤギね!」から。カラカルはボスの映す先代サーバルさんの言葉から。コミック版のカラカルさんを見ると泣いてしまう。

  • 12話「ゆうえんち」…アードウルフ・マイルカ

 アードウルフは1話からか。2人とも声はあるのにフレンズの姿を見せていない。

覚え書き
 作るときに気になった点などいくつか列挙。

  • サーバルの属名は「ネコ属」(Felis)とされているが公式サイトの「けもフレ図鑑」ではLeptailurus servalとされており一貫性がない。カラカル属とする説もあるらしい。Leptailurus属はサーバル1種を含み、由来についてはこういう話があったが定まった和訳がないためそのままにしておいた。

"Etymology Genus Leptailurus From two Greek words; leptaleos meaning "fine or delicate" and aiolos meaning "quick moving" (Brown 1956)"
ielc.libguides.com

  • 白文字紹介ではカバ・アクシスジカ・オカピは「偶蹄目」となっていたがアルパカ・スリ以降は「クジラ偶蹄目」になっている。クジラ類がカバに近いという発見により旧来の「偶蹄目」は側系統群(単一の祖先から分化した種の一部が欠けている分類群)となってしまったため改められ現在は「クジラ偶蹄目」が正式な分類になる。ブルーレイで修正されたらしいが哀れな第3版待ち群のため未確認。
  • そういう理由でマイルカが一番近いのはカバ。
  • 「オーストラリアデビル」(Australian devil?)は検索した限りではあまり用例が見られない。オーストラリア本島に生息していたタスマニアデビルの系統が化石として2種発見されていて、便宜的に「オーストラリアデビル」と呼んでいるのかもしれない。
  • アルパカ・スリは分類階級としては品種になると思われる。アプリ版にはアルパカ・ワカイヤさんもいる。両者は毛並みに違いがあり、スリがさらさらでワカイヤはもこもこらしい。
  • イワビーとプリンセスは同じマカロニペンギン属なので靴がピンクで目が赤で黄色い冠羽があるしそういえば性格もどこか通じるところがあってよいですねと思いながら8話を見よう。
  • アードウルフはイヌ科よりネコ科に近い。これは何度も言いたくなるやつだ。天王寺動物園にもハイエナがいたが展示パネルでネコに近いことが強調されていた記憶がある。一方ズーラシアではリカオンがハイエナの仲間ではないことが書かれていた。写真を撮っていたらある家族が「ハイエナの仲間かな?」と語りあいながらリカオンゾーンに近づいてきてお手本のような反応だと感心してしまった。
  • 「イワハイラックス」はケープハイラックス、あるいはロックハイラックスと同じ。動物園だと「ケープハイラックス」だった。このネズミのような獣が齧歯目ではなくゾウに近いというのもおもしろい。アフリカ獣上目はハイラックスやゾウのほか、ジュゴンやツチブタ、ハネジネズミ(ネズミではない)など「珍獣」と称される種を多く含む。
  • ナマケモノがサルよりアリクイに近いというのも誤解されがちのよう。「異節上目」は従来アリクイやナマケモノの他にセンザンコウなども含む「貧歯目」だったが、センザンコウは食肉目や奇蹄目に近いと判明したため貧歯目は廃止されたらしい。
  • アニメには両生類が出てこないためすべてのフレンズを含む最小の分類群は羊膜類(有羊膜類)になる? ようまくフレンズ。



(2017-04-23修正)
 けもフレ系統樹(3);食肉目(ネコ目)の系統についてまずい誤りをおかしてしまっていた。イヌ科がクマ科よりネコ科に近縁になるように線を引いてしまっていたのだ。イヌはアライグマよりネコに近いのかと誤解させてしまった方がいたらごめんなさい。既に画像は差し替えたが、実際にはこのようにネコ亜目とイヌ亜目は姉妹群の関係で、イヌ亜目はさらにイヌ科のみを含むイヌ下目とクマ科やイタチ科などを含むクマ下目とに分岐する。
 作成時に紙に下書きした図には正しく描かれていたので異なるソースの参照が原因ではないはず……。改めて調べても食肉目の系統についてイヌがネコよりクマに近いという点はほとんど一定していた。

『アロウズ・オブ・タイム』-ライラの理論-アガタの実験

 グレッグ・イーガンアロウズ・オブ・タイム』をよんだ. <直交>三部作完結. おわってしまった. 第1巻『クロックワーク・ロケット』から約14カ月. 第2巻『エターナル・フレイム』から半年. ちょうどいい間隔. ありがとうございました.

 「アロウズ・オブ・タイム」がタイトルになっていることからも分かるように, 本巻ではここまで避け気味に語られてきた「時の矢」の問題に直接向かい合っていくことになる. 時間とは何か?

 時間逆行カメラというささやかな逸脱からはじまり, その応用である未来からのメッセージ受信機, さらには真逆の熱力学的時の矢の流れの中にある惑星エシリオに着陸する. しっかりと構築されてきた科学的背景があるため目の前で進行していく現象は奇妙でありながらも説得力があり, 「説明が付けられる」せいでかえってぞっとさせられて, もちろんめちゃくちゃおもしろい.

 時間の問題に取り組むということは同時に重力について考えることにもなる. 物理学者ライラやアガタはエントロピー勾配が存在する理由という彼ら自身の存在に関わる問題を宇宙の形や曲率の問題と結び付けることを試みる.

 その基礎となるのがライラの重力理論だった. 「ヴィットリオの逆二乗則」としてヤルダ以前の時代から知られていた重力の法則を回転物理学に適合させるための理論で, もちろんこれは我々の宇宙の一般相対性理論に相当するものだ. 問題は<孤絶>で旅を続ける彼らには有効な検証方法がなくいわば土台が不安定なまま先へ進むことを強いられていたことだった.

「それはエレガントなアイデアだ。天文学者たちは、もうそれを検証したのかな?」
「それが最難関の部分です」アガタは認めた。「数学としては美しいのですが、山はじゅうぶんに質量の大きな物体からは遠すぎて、検証方法を考案するのはほぼ不可能です」
(p.74)

 ここでアガタは惑星の近点移動の測定による検証にふれる. 人間の歴史ではニュートン力学で説明できない水星の近日点移動の問題を解消したことで一般相対性理論はひとつの証拠を得たが, <孤絶>には精密な測定データが残っておらず不可能だった.

 しかし好機は入植候補の直交惑星エシリオへの調査計画が持ち上がったことで訪れた. エシリオがその周りを公転する恒星による遠方の母星クラスターからの光線の湾曲を観測することで検証が可能となるのだ. アガタは次のように説明した.

「もし重力がほんとうに四空間の曲率にすぎないなら」アガタが話を進めた。「この恒星の近くを通過する光は、ヴィットリオの理論で予測されるのよりも、曲がる度合いが小さくなります。奇妙な話に聞こえるのはわかりますが、ライラの理論では、恒星周囲の湾曲した空間が遠心力を平坦な空間でのそれよりも強くして、光の軌道を曲げるのがより難しくなります。観測を妨げるまばゆい光がないので、母星クラスターの星の尾がこの恒星の円盤の端に近づくときの見かけの位置を計測することが可能で、それでふたりの予測のどちらが正しいかわかるわけです」(p.177)

 やはりこの実験にも人類の歴史に対応するものがあり, それは皆既日食を利用した太陽のまわりの光線の湾曲の測定だった. まばゆい太陽を覆い隠してその近傍を通過した星の像を捉えるには皆既日食という稀な現象を利用するしかなかったのだ. 一方アガタの実験で用いる恒星は彼女たちとは反対の方向を向く時の矢を持つため暗い円盤でしかない. ただしその旅のために往復12年を探査機の中で過ごさなくてはならない. 理論ひとつの検証のため好機を逃すまいとその身を捧ぐ科学者. 熱い.

 このアガタが行った実験について考えていく. こちらの宇宙のシュバルツシルト解に対応する解を使うことになる.



球対称解

 まずは計量の導出から. cは青色光速. 球対称な計量は次のように表せる.
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μとνはrにのみ依存. 十分遠方でユークリッド計量に漸近するべきであることから, r→∞で
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となる.
 ここからアインシュタインテンソルの消えない共変成分は次のように計算できる
*1.
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 いま真空領域を考えているので, これらがすべてゼロになるとして解くと次のような形の計量が得られる*2.
f:id:shironetsu:20170308190544p:plain:w400
aは定数. この段階では正負は分からない.

 測地線を運動するテスト粒子の軌跡の従う方程式を求める. そのために固有時間の変分をとる.
f:id:shironetsu:20170308190556p:plain:w400
被変分関数を
f:id:shironetsu:20170308190608p:plain:w400
としておく. τに沿ってこの値は常にcである.

 Sがtとφに陽に依存しないことから,
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は定数になる. このことから次のように定数γ, jを定められる.
f:id:shironetsu:20170308190643p:plain:w150
続いてθの変分をとると
f:id:shironetsu:20170308190656p:plain:w200
となるが, θ=π/2はこれを満たして一般性を失わないためテスト粒子はこの平面内で運動するものとする.

 S=cに対してここまでの結果を代入して変形すると,
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が得られる.

 非回転物理(相対論)のヴィットリオの重力理論では
f:id:shironetsu:20170308190731p:plain:w300
粒子の質量, Gは重力定数, Mは重力源の質量, Lは角運動量, Eは全エネルギー. したがって, rの十分大きいところで両者が一致するためには
f:id:shironetsu:20170308190749p:plain:w100
となることが要請され, aは正の値をとる. これをやはり重力半径とよぶことにする. こちらの宇宙ではシュバルツシルト半径とも呼ばれているもの.

 式の形を見ると, 遠心力に相当する項に(1+a/r)がかかっている. これが上に引用したアガタのことば「湾曲した空間が遠心力を平坦な空間でのそれよりも強く」する効果を表している. われわれの宇宙ではこれが(1-a/r)となる. つまり近づくほど遠心力は弱くなるためその真逆の働きをもつのだ.



光子の軌道

 目標として衝突係数と曲がり角の関係を決めたい. そのためにrをφの関数として表すことを考える.

 まずφに対してrは一意である. u=1/rとすると,
f:id:shironetsu:20170308190817p:plain:w300
原理的にはこれを積分することで軌道の形が分かるが楕円積分が現れるため避けたい.

 そこで両辺をφで微分することで次の式を出す.
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 いま重力半径より十分外側を通過すると仮定(r >> a)すると, 右辺第二項は摂動とみなせるためいったんこれを無視する. さらに非束縛軌道を仮定しφ=0でrは極値をとるとすると,
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が0次の解になる(Δは正にとる). これはヴィットリオの重力理論に従う双曲線軌道と同じものになる. ここに補正項χを加えてu=u0+χとすると,
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結局,
f:id:shironetsu:20170308190921p:plain:w400
となる.*3

 曲がり角が微小であると仮定すると, 微小角度δに対してφ=π/2+δでrが発散するべきである. そのためには, 分母が0になればよく,
f:id:shironetsu:20170308190941p:plain:w400
と決まる. 変形の過程で1/eが微小であることも仮定した.

 光の色と曲がり角の関係を調べる. jは単位質量当たりの*4角運動量とみなせるため衝突係数bと無限遠での速度vの積になる. またβ=v/c, γ=1/√(1+β^2)の関係は遠方の平坦とみなせる時空でとることでやはり成り立つ. これらを代入して
f:id:shironetsu:20170308190956p:plain:w300
となる. b/a>>1(重力半径のじゅうぶん外側を通過),βγ~1(可視光以上の速度)を仮定しているので, 偏角2δは
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となる. 一方ヴィットリオ理論では-1がつかない. つまりまとめると次のようになる.
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 ライラ理論によるとβ=1では偏角は0となる. すなわち青色光は曲がらない. またβ>1では負値をとる. つまり引き寄せられるのではなく反発を受けることになる.

 ゆえに直交宇宙の重力レンズは青色より高速:短波長だと凹レンズとして, 低速:長波長だと凸レンズとしてはたらく. ただし軌道が重力半径の十分外側を通る前提があることに注意. 大雑把にこのことを図示すると下のようになる. 左が重力源のないときで右はあるとき. 虹色グラデーションの棒は星. 重力源に対して紫色端は引き寄せられるように, 赤色端は退けられるように見える.
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 エシリオの太陽が母星クラスターの恒星を覆い隠すときこれほど劇的な変化は現れないが, 観測対象としているのはこういう現象でここから衝突係数-偏角の関係を測定することになる.



アガタの実験

 アガタがスクリーンを身振りで示し、「そのうちなにか見えるわ」
「いや、それが示すのは、光が曲がるということだけだ。それはヴィットリオの理論も予測している」
アガタはアゼリオのかたくなさに業を煮やしてブンブンいった。「異なる量で曲がる――そしていくつかの色の場合、反対方向にね!」(p.251)

 ではアガタによる実験の測定結果はどうだったか. 『アロウズ・オブ・タイム』p.259の図に従うと, 青色光に対してヴィットリオ理論では「中心からの光のズレ」:衝突係数が4.0ダース大旅離(セヴェランス)のとき偏角は3.6弧瞬角(アークフリッカー)=3.6*2π*12^(-5)ラジアンとなっている. 青色光はβ=1だから, エシリオの太陽の重力半径は7.5街離(ストロール)と計算できる. 恒星半径がおそらく4ダース大旅離程度なのでその1.1万分の1程度とはるかに小さい. なお我々の太陽ではこの比率は23万分の1である.

 これを使って2つの理論に従う予測を再現してみる. 彩りのため緑色も入れた.
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 形は一おおよそ致している. しかしよく見ると値が合わない. βが補遺2に載っている値とは違うのかもしれない. 赤色をβ=0.61, 紫色をβ=1.20に修正したものが下の図. やや改善.
f:id:shironetsu:20170308191940p:plain:w500

 ここで使った式は十分遠方を通過すると仮定したが, 衝突係数がより小さいときはどうなるだろうか. 数値計算を行って軌道の形を見る. それぞれの色の光に対して下のようになる.
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 座標*5は重力半径を単位にしている. 点線で囲まれた円は半径1. b/a=10では光線の振る舞いは上の近似の範囲から大きく外れないがb/a=1ではすべての光線が反発を受けている. この角度をプロットしたのが下のグラフ. 横軸の衝突係数は対数になっていることに注意.
f:id:shironetsu:20170308192038p:plain:w400
 上で出したアガタの実験のグラフはこのさらに右側になるが, かなり中心に近付かないかぎり十分近似は成り立つ. そもそもこれは真空領域での解なのでここまで中には入り込めない.



問題

 宇宙がコンパクト多様体であることはヤルダによって示され<孤絶>発進前から既に知られていることだった. というかエントロピー勾配が存在する理由を考えるうえでもこの点だけは確実視している. しかしここで使った正定値シュワルツシルト解はそれを考慮すると厳密解にはならないはず. 作中の観測事実を説明している以上少なくとも妥当な近似であることは判明しているが, 宇宙の有限性は重力にどう影響するのだろうか.



白熱光

 実は正定値計量のシュワルツシルト解は『白熱光』にも登場している. タンの発想に基づいて発見された二番目の「時間と空間の幾何学」がそれだ(と思う…).

「この二番目に発見された幾何学は、最初に発見されたものと同様、特別な一点に関して対称であり、円軌道が存在しえた。ハブから遠ざかると、そうした軌道の周期は従来の二乗-三乗ルールで近似できたが、もっと小さい軌道では近似が成り立たなくなり、周期はルールが示すものよりも長くなった」(『白熱光』pp.195-196)

 時間と空間の高い対称性を課すことで得られたこの「幾何学」は, ハブに近づくにつれガーム-サード方向とショマル-ジュヌブ方向の重さ:潮汐力の比が3より大きくなることを予言したがこれは実測値に一致しなかったのだった.

 これを改善するべくロイは空間の二乗の和から時間の二乗の和を引くことを思いつき, そこから導かれる計算が<スプリンター>のハブへの落下を予測することになる. ちなみに作中「二単位」と呼ばれているのがシュワルツシルト半径で「六単位」はその三倍で最終安定円軌道の半径.



おわり
 いずれ一般相対論は発見されるのだろうと予想してはいたもののここまでがっつりとストーリーの根幹にかかわってくるとは思っていなかった. ブラックホールの出てこない一般相対論SF. 熱力学的悪夢(?)が目に見える形で襲い掛かってくるのと違って一般相対論の効果ははっきり分かる現象として現れてはこないがその微妙さがむしろ<孤絶>の物理学者たちの取り組まなくてはらない問題の難しさを感じさせる.
 宇宙の姿や時の矢の問題も完全に解決をみたわけではなかったが, 炎の消えた太陽に従えられ直交星の危機から身を守る術を得た彼らが解き明かしていく謎を思うとわくわくする.



参考文献

須藤靖『一般相対論入門』(日本評論社, 2005年)

正定値計量と言っても計算はほとんどこちらの宇宙のそれと並行で専らこの本に載っている計算を参考にした. ただし光線の軌道がヌル測地線でないことが曲がり角の問題をやや複雑にする.


*1:Maximaで計算. 参照: maxima.osdn.jp

*2:これを再度Maximaに入れてアインシュタインテンソルを計算すると"THIS SPACETIME IS EMPTY AND/OR FLAT"という表示が出てきてなかなか爽快.

*3:結局無視してしまうが補正項のφsinφの発散が気になる. 共振の起こる強制振動の方程式と同じ形をしているから当然ではある. 摂動論の基本が分からずこのあたり危うい.

*4:光子に静止質量があるためとみなせるためこの言い方ができる

*5:変換はx=rcosφ,y=rsinφ. グラフ上で長さを測ってはいけない...念のため

お肉は高い

 グレッグ・イーガンはヴェジタリアン*1らしい。このことは英語版Wikipediaの記事で知った。
Greg Egan - Wikipedia
といっても記事中では"Egan is a vegetarian."の一文しか書かれていない。ソースとして貼られているリンクはふたつ。

 ひとつはUniversity of Illinois Pressから出版されたSF作家評論本シリーズのイーガンの巻。*2

 もうひとつはイーガン自身の個人サイトで公開されているイラン旅行記のページのPart2イスファハーン滞在記。
www.gregegan.net
『ゼンデギ』("Zendegi")執筆のための取材を目的としていたというこの旅行、食事に関する体験がここにいくつか書かれている。いくつか引用して見てみる。

(Sunday 19 October 2008)
"In the hotel restaurant I scanned the menu and found that they were offering vegetable kebabs, but when I tried to order this they turned out to be a mirage: unavailable. Iran would be a paradise for a vegetarian with access to their own kitchen; there are small shops everywhere selling every kind of cheap, fresh provisions you could possibly need - every legume, every vegetable, every spice. For a vegetarian traveller living in hotels and eating out, though, it’s an easy place to lose weight. In Tehran I hadn’t found a single restaurant that actually served a vegetarian meal, and it looked as if Esfahan wasn’t going to be any better."

(訳)
 「ホテルのレストランに入りメニューに目を通すと野菜のケバブを見つけたが、注文しようとするとそれはまやかしだと判明した。取り扱っていないのだ。イランはキッチンがあればヴェジタリアンにとっての楽園かもしれない。求める限りどんな種類の安くて新鮮な食料品でも売られている小売店がいたるところにある――あらゆる豆類、あらゆる野菜、あらゆるスパイス。ヴェジタリアンの旅行者がホテルと外食で過ごすなら、しかし、簡単に痩せられる土地だ。テヘランでは本当のヴェジタリアン用料理を提供するレストランはただのひとつも見つけられず、イスファハーンでもそれは変わるところがないようだった。」

(Monday 20 October 2008)
"For lunch I bought a bowl of fereni, a sweet made from rice, flour and sugar - not the healthiest of meals, but one of the few filling things I could find without meat in it."

 (訳)
 「ランチにはボウル一杯のフェレーニを買った。これは米と小麦粉、砂糖から作られるスイーツで、健康な食事とはとても言えないが、満腹感をえられる数少ない肉の使われていない料理だった。」

(Tuesday 21 October 2008)
"Finding vegetarian food was still a struggle; I was filling up on pistachio nuts and banana milkshakes. "

 (訳)
 「ヴェジタリアン用料理を見つけるのには依然難儀し、私はピスタチオとバナナミルクシェークで腹を満たしていた。」

(Wednesday 22 October 2008)
"Later, in a tea house under the Si-o-seh Bridge, I finally tasted ash-e-reshte, a delicious soup made from noodles, beans and vegetables. I’d walked past another establishment mentioned in my guide book that supposedly sold ash-e-reshte ... but that place had featured a huge picture of the head of a butchered sheep above the shopfront, which didn’t inspire much confidence that they were sticking to the vegetarian version of the recipe."

 (訳)
 「そのあと、Si-o-seh 橋の下にある茶店でようやくash-e-reshteにありついた。麺、豆類、野菜から作られるおいしいスープだ。それ以前に、ガイドブックに載っていたおそらくash-e-reshteの売られている他の店も通りかかっていたが、店先の上には屠殺された羊の頭の絵が大きく掲げられており、ヴェジタリアン用のレシピに忠実だという自信はとても持てなかったのだ。」

 「私はヴェジタリアンだ」と言っているわけではないが、これだけ書いているからにはまあヴェジタリアンなのだろう。

 この取材旅行をもとに書かれた『ゼンデギ』にもヴェジタリアンとしての主張が反映されいているらしい部分がある。

「ホレシュト・サブズィ(ルビ:野菜煮込み)を作ったわ」
「わぁい、いただきまぁす」
 ナシムはハーブの上品なかぐわしさを嗅ぎとった。キッチンに入って、鍋の蓋を取る。「これが野菜煮込み?」ナシムは嘆き叫んだ。「鶏肉はいつから野菜になったの?」
「喜んでほしいんだけどね」母が抗議するようにいった。「牛肉を使わなかったんだから」
「わたしはヴェジタリアンなの! 何度もいったでしょ! 鶏が光合成するのを見たことがある?」

(中略)

 母がため息をついて、「おまえは牛肉を食べるべき。女性は鉄分が必要なの。一日じゅう生物学者と話をしているんだから、それくらいは知っているでしょ」
「そして母さんは経済学者なんだから、食肉生産は土地と水とエネルギーの浪費だ、くらいは知っているでしょ」肉をやめたのはほんの三カ月前だが、ナシムはすでに、動物の体を食べると考えただけでむかついた。「とにかく、これはわたし個人の選択よ。だれかに豚肉を食べさせられそうになったらどんな気分か、考えてみて」
「いちどだけベーコンを食べたことがあるよ」母が告白した。「偶然に、教授会のパーティでね。味は塩漬けの脂肪でしかなかった。でも、豚肉禁止の規則は完璧に合理性がある。豚の病気は人間に伝染しやすいからね。牛だの鶏だのから人が罹る病気はいくつある?」
 ナシムは口をいったんひらいてから閉じた。これからは自分で食事を作る必要があることを、受けいれればいいだけだ。
早川書房『ゼンデギ』pp.138-139)

 ナシムはイラン人の科学者である。のちにサイドローディングという技術によりヒトの脳のスキャンを目指したプロジェクトに関わっていくことになるが、最初の研究テーマは千羽分の錦花鳥の脳からマッピングした神経ネットワークの機能の解析だった。

 総計で千羽近い錦花鳥の生と死によって、ナシムの眼前にあるマップは作られていた。
(中略)
けれどもナシムは、自分がどこを限界だと考えることになるのか、明確な考えが持てずにいた。もし実験対象が――人類にとってなんら火急の必要性がない点では同様のプロジェクトにおいて――鳥ではなく千匹のチンパンジーだった場合、自分がそれに合理的な理屈をつける方法を探そうとするのか、それとも立ち去ろうとするのか、わからない。
(同pp.64-65)

 彼女が研究に関わる倫理の問題について明確な基準は持てていないことがここで示されているが、当然ながら動物を使った実験すべてを否定するような立場にはない。

 ヴェジタリアンという属性がこの作品内でどういった役割を持つのか*3といった点は脇に置きつつ、ヴェジタリアンはここでは十分理性的な選択として描かれているように思われる。ことイーガンの作品において「理解のない親」が出てくる場合はそうだし、すでに我々は作者自身がヴェジタリアンであることも知っている。




 ここから個人的見解。

 家畜に感情移入した倫理や健康への影響以外に肉食を控えるべき理由があることを、このあたりの記述から納得させられることになった。というかイーガンが書いているというだけの理由でようやくまじめに捉えるようになった。肉食が経済的にも環境的にも負荷が大きいということは常々言われている。狩猟や放牧ではなくわざわざ育てた植物を餌として与えているのだから植物食よりコストがかかるのは当然だ。

 生の植物より上質な栄養に富む脂ののった肉を好むのは進化上の必然性があるし、いくつかの必須栄養素は植物からは得ることができない。肉を食べてきたことがヒトの知能の発達に寄与したというのもおそらく事実で肉食がヒトをヒトたらしめているというのもそうだろう。

 しかし飢餓の中で形成された際限なく肉を求める嗜好性のコストを考えると、そうでなければ軽減できた負担について想像せざるをえない。ヒトの肉食動物としての側面は環境の変化に全く追いつけずに残った痕跡器官のようなものだ。明確にいつ頃からかははっきりさせ難いが、調理により植物の消化が容易になり、農耕により安定的に栄養源を生産できるようになり、密集して暮らすようになった段階から身体機能も本能も植物食動物(ただし調理済みの)に移行できていたらよかった。

 進化の結果は正しさとは無関係だ。肉を食べることで野菜や穀類を食べるより大きな幸福感が得られるならそのこと自体が進化のもたらした不幸かもしれない。絶対の必要性がないことを理由に個人の幸福の追求が制限されるべきではないとはいえ、野生動物が食用の乱獲によって絶滅させられそうになっている例を21世紀にもなって見せられると、そうも言っていられないように思わされる。

 今の人々は食に関しては無自覚に不寛容さを発揮しがちで、干渉されるとなるとなるとなおさらだ。しかし倫理的なスタンスの問題に留めず産児制限と同列に考えるくらいの緊張感は必要なのでは。とは自分が言うまでもなく叫ばれていたことだろうけども。

*1:正直「ヴェ」はあまり落ち着かないのだが一貫性のため『ゼンデギ』の表記に従っている

*2:"Greg Egan (Modern Masters of Science Fiction)" Amazon CAPTCHA 一応物理書籍を買ったのだが今手元になく調べられていない。ただ内容の検索もできるので(というかWikipediaの記事中のリンクは検索ページに貼られている)見てみると"He's a vegetarian."くらいしか書かれていないような。

*3:最もコレクトネスのある立場ではこういった属性のいちいちに役割を見出そうとすることさえ叱りの対象になりそうな気もしながら

モーメント

 導電ガガンボに寄生した好熱吸虫(中間宿主は天井を住処とするサカサカメムシである)が宿主を電灯への自殺的飛翔へ向かわせしばしば積もる死骸がショートを起こすその日だけものぐさな都会人は隈なき掃除の必要を痛感するのだ。


 年に一度空が紫色に曇るその日はアメフラシが降ってきて、ぼくらは落ちてきたそいつらの掃除に駆り出される。大半は袋に詰め業者に渡して捨ててしまうけれど、落下の衝撃を免れ身がきれいに残ったものは内臓を抜かれた後乾燥させられそれからまた一年間の食糧になるのだ。(fafrotskies)


 台所の小さな友人たちヒノコバエの生活環は私の一日と同期している。朝食の目玉焼きを作るためコンロにかけた火の中で蛹が羽化し、ほの青い小さな姿を現す。半日を成虫として過ごし、夕食を作るため火をかけるとその中へ飛びこみ閃光を放って灰となる──伝説上のフェニックスのように翌朝蘇るために。


 二階堂の法則:人間は3階以上の微分係数を認識できないとする法則。日本の心理学者、二階堂勘助によって提唱された。今日では、物体の投射・ブラキエーション(腕渡り)を行うために用いる力学法則には2階までの微分係数の先天的理解が必要かつ十分であったという進化心理学的観点から説明される。


 あるところで一人の気象学者が気付いた…この世界はフィクションであると。いくつかの理由から、たとえば雨は誰かの悲しみの表現であるとすれば説明がつくのだ。そして彼はその心情が気象に反映される、この世界の中心に位置する「メインキャラクター」達を探すべく、大規模な調査を始めたが――。
/自分たちの心理状態に合わせて気象を操作すれば主人公の座を奪い取ることができるのではないか──この突拍子のない発想のもと僕らは計画を立て実行に移しはじめたが、その先に待っていたのは自由意志についてのたった一つの真実だった。


 A国のロケットがB国から発射されたミサイルによって撃ち落とされた…兵器ではなく火星有人探査ロケットであることをB国側は知っていたにも関わらず。一触即発の危機に瀕す両国。しかしそれはB国政府にとっても意図せざる出来事だった。軍内部に工作員がいる! / 独自に調査をしていた一人の記者が、過激な行動で知られるある環境保護団体が糸を引いていることを突き止める。なぜ環境保護団体が?その長を半ば脅迫して得られた答えは思いもよらないものだった。ー「我々はインカ帝国天然痘を持ち込むことを地球の外で繰り返してはならないのです。」 / 憂いをたたえた目で語る彼の言葉はしかし毅然としていた。「彼らは防疫対策をおざなりにしていました。平和に生きているかもしれない火星の住民の命はーたとえ原始的な微生物であってもー3人の宇宙飛行士の命に優先するのです。」


 「視野の隅から隅まで…『蚊』が飛び回っているのです。」盲目の患者の訴えは〈飛蚊症〉の病態を示していた。盲点で孵り水晶体に投影されて育ち子孫を残すその『蚊』が住むのは光学系ではなく視覚そのものだ。駆虫隊〈白菊〉(その名は除虫菊に由来)が彼の生活圏に派遣され認識的殺虫剤が直ちに散布された。


 真っ青なコンブ状の動物が波打つように壁を這い回る景色 / 紺色コンブ動物は日中は家具の裏に折畳まれるような格好で隠れているが、夜間になると活動を始め壁に繁殖するカビを食べる。 / 大きな個体は布団大にまで成長するため、睡眠中の人間に覆い被さって包んで溶かしてしまうというような怪談も古くから各地に伝わっているが、デリケートで呼吸程度の動きすらも警戒するため人には近付かない。ただし天井から落下したものが人の顔を覆ってしまい窒息死させる事故は起こっている。


 逆三角の凧のような皮膜を備えた体の下部に4本の節のある肢の生えた緑色の動物が日中は街路樹にぶら下がって風に揺れながら眠る風景。


 ぼくらは遂にペットの安全を脅かすオカシャコ(陸棲有翼シャコ)の駆除に乗り出した。胴の甲羅を集めると報奨金がもらえた。擬餌で「釣り」をすることは子供たちの遊びにもなった。しかしやつらがネズミの増殖を抑制していることに気付いた時には既に個体数は回復不能なまでに減少してしまっていて──。


 はちきれそうに膨れている濁った赤のゼラチン質の丸い体に短く太い四肢だけの生えた掃除機ほどの大きさの動物(その不恰好さは本来の居場所が深海であるかのようである)が、足を踏み出すたびにぶるぶると震えながら夜道を歩き、不幸にも車に轢かれてゼリー状の水たまりを作る季節、春。


 胴体が太く尾の短いエビの脚が触手に変わったような体長5mほどの動物が、体側に並ぶ一列の赤い点を点滅させ、その驚くほど透き通った低密度の体に水素を蓄え尾をぱたぱたと打ちながら空中を浮遊し、目にも留まらぬ速さでゼンマイのように巻かれていた触腕でスズメを捕らえる、その一部始終。 / 最前列の一対の細い腕は先端に小さな青い鰭のような構造になっており、ちょうどチョウチンアンコウのような疑似餌の役割を持つと考えられるが、見た目以上の効果で小動物を誘引するそのメカニズムは未解明。


 その年の春、半透明な赤橙色の"キクラゲ"(実は固着性の動物である)が建物の外壁一面を覆い尽くしてゆく中──内部への侵食は不断の監視と駆除によってかろうじて食い止められていたが──僕たちは講義を受け続けた。空調は既に危険な状態で、あと一月も保たないだろうと誰もが予感しながら……。


 こんな風の強い日はギンゼイッタンモメン(縦30cm,横200cmほどの大きく白い滑らかな翼に小さな胴体がわずかに埋まっているかのように見える捕食動物。背側が眩惑効果のある銀色になっている)に襲われないように注意せねばならない──彼らは被食者に気付かれぬよう太陽には背を向けないのだ。


 人々はその生き物たちをユウレイキリンと呼ぶが長いのは脚だけで、首は長くないどころか胴との境目がない――青白くすらりと伸びた5mほどの4本の脚に角張ったカメムシのような胴を載せ、手話を使うかのように短い2本の腕をせわしなく動かす彼らの十数体ほどの群が街を移動してゆき渋滞が起こる。


 ルンゲ-クッタ法で計算されている世界の微生物が進化し誤差の蓄積を使って無からエネルギーを生む器官を手に入れたが、偶発的に無制限な正のフィードバックが働く機構が発生して暴走、世界ごと滅ぼす。


 ジャノメオオウミウシ*は、"胎盤枯れ"によって人類が大部分の哺乳類を道連れに絶滅した後の海で、空席となった大型海棲哺乳類のニッチを獲得した**殻を持たない腹足類の子孫であり、流線形の胴に発達した鰭を備えたその形態は収斂進化のよい一例になっている…高緯度~中緯度の海洋に広く分布し……

*紛らわしいことに、かつて海牛:カイギュウと呼ばれた草食の中型海棲哺乳類が存在したが、オオウミウシはカイギュウではなくクジラに近い。ただし、汽水域に生息する中型のオオウミウシ(アブラオオウミウシなど)はカイギュウに近い生活形態を持つ。
**興味深いのは、既に発達した遊泳能力を持っていた(のみならず軟骨魚綱の一部はほとんどそのニッチが重なっていた)魚類が彼らに「負けた」点である。
***音響器官はかつての偶蹄目の角のようにも見えるが、この名の由来となったのはまだ海底を這っていたころの祖先のやわらかい触角である。


 コンクリート壁に埋め込まれた哀れなカエルの頭が密集しているように見えるそれは実際には担子菌の子実体である。湿度の高い季節になると雨が降るたびにベランダの壁に生えてくるそれを、赤い「口」が苦しむようにぐええと大きく開くのを見ながら削ぐ作業はなんとも趣味が悪いが仕方のないことだ。


 救急車症候群(ambulance syndrome): 緊急自動車である救急車が、仮に危険な運転によって交通事故を起こせば、その犠牲者のための出動により被害者は指数関数的立ち上がりによって増加するだろうという譬え話。


 不恰好なほど横に平たく大きな菱形の頭(黒くつぶらな目は前方に近接し大きく開く口には人のような歯が並ぶ)を持つ橙赤色の"モモンガ"(どちらかというとその外見は両生類を思わせる)が、ゴム状皮膜をばたばたと揺らせながらビル壁を這い上がってゆく──2mの体長のその身軽さには驚くばかりだ。


 膠原繊維が突然その勤めを放棄したかのように、骨格まで届く深い亀裂が縦横に隈なく走り循環あるいは蓄積させていた液を漏出させながら一つのまとまりだったものがはらはらと崩れてゆく。


 始めは内出血のように見えたがすぐにそうではないと分かった。人の輪郭を保ちながら内部で対流が起こるかのように表面へ次々に薄赤色や黄色の斑紋が浮かび上がり、マーブル模様から次第に均一化され遂に「平均」の色となったそれに気付いている様子はなく、「袋」は歩き続け壁にぶつかりはじけた。


 細胞壁が融け次々に隣り合う細胞同士が融合して直径1cmスケールの液胞と化し、人の形を保てる強度を失った後には湿った粒々の山が残る。


 平均的人間(人体を構成する物質全てが均一にかき混ぜられた物体。おおよそ人型をとっているが顔の細部などが欠落している)が時折煮こごりのようにぶるぶると震えながら椅子にじっと座っている。


 ビットマップ保存された人間がむやみに拡大縮小され巨人と小人の間を行き来して遊ばれているうちに次第に劣化してまだら模様のいびつな人型の塊になってゆき、飽きられて迎える最後は拡大率0パーセントだ。


 三本足の寸胴な青白い蝋の塊がさまよい歩き暑さで溶け道路に残した"水たまり"の処理に今日も駆り出される――背負ったボンベのドライアイスを噴霧して固めてから専用のヘラで掻き集めるのだ。


 綿毛のような羽を持つ薄褐色の小さな"トンボ"の死骸(彼らは"黄色い雪の日"に一斉に羽化し、短い生涯を終える)が道路に降り積もり、車が通るごとに舞い上がり、そしてそのたびに体はばらばらに壊れアレルギー症状を引き起こす粉になってゆく。


 八本の太い足を隠す濃緑色のシートを被ったような、人の腰ほどの高さのある多眼の動物が、その「スカート」の裾を引きずりながら暗い廊下を歩き、象を思わせる長い鼻のような器官で周囲を探索するところに出くわし渋々私は迂回路を取る。


 「高所恐怖ウィルス」パンデミックから半世紀、居住可能面積を大きく失った人類は、匍匐生活適合手術によりみじめな姿となり、後退した文明での暮らしを余儀なくされていた――。


 茄子のような質感と紫色の外皮をまとうちょうど立てた紙幣くらいの大きさの横に平たい節のないエビに似た動物が家具の隙間に潜んで住民が寝静まるのを待ち、狂ったようにびたびたと跳ねるその高さは1.5mにも及ぶ――朝目が覚めて気付くカーペットについた青い染みは実は彼らの色素なのだ。


 暗緑色の三本足筍様動物(それぞれの足は全方位に向いたおよそ十の"蹄"が付いており見分けはつかない)が五頭、時折ぶつかってふらつきながらゆっくりとした足取りで月明かりの下移住の旅を続ける。


 キャンパスの広場で初夏の日光を浴びるそのホウセンカのような植物の葉をちぎってみると結晶質の細かな針の重なりが断面にちらちらと光り、力を込めて茎を折るとガラスのような切っ先が現れる、そう、〈開拓者〉たちの擬態結晶植物は早くもこんなところにまで到来したのだ。


 三つのスイカほどの大きさの乳白色のこぶ(内部は多孔質になっており見た目に反して軽い)を平たい牛のような頭に冠する二本足の白く毛深い寸胴の動物が、夜が更けてからずっと窓のすぐ側を動かずにぐぶぐぶと鳴き続けるため今日も眠れぬ夜を過ごすことになる――あれを追い払うのは愚かで危険な試みだ。


 あなたが正常な双裂に失敗すると吐き出す未熟な前駆矮脳(ゼボツ=サネンヒの実験による〈宿夢〉の存在の証明は人々の道徳観に衝撃を及ぼすとともに半世紀間でのこの分野の研究の大きな動機となった)にまつわる倫理的問題で悩むことがなくなる日が来るかもしれません。


 黄金色の細かな針が後ろに向かって流れるように生えたヒラメに似た形態の動物が、巻貝を思わせるヒゲの生えた口でスベリカビが地面に形成するコロニーのシートを削ぎながらゆっくりと食べる姿は見ていて飽きない…食事の跡に沿って残る皺とカビの警戒シグナルの斑点によって作られる模様は芸術である。


 住人の蜜化の兆候を嗅ぎつけたのだろう、二つの嘴を持つ黄緑の猿たちの一群が外壁にしがみつく洋風の家を帰り路で目にした――猿たちの期待とは反対に蜜棺(ミカン)の蓋を開けてゆっくりと訪れるそのときを待たねばならない家族の悲痛な思いは想像するだけで苦しくなるものだ。


 外壁の装飾かと思いきや僅かに動くのを見て、煉瓦色をまとった甲殻類様の動物だと気付かされたそれを引き剥がして掴み、手の平より一回り大きな縦に長いお椀型の殻の裏でわしゃわしゃと動く脚を興味深く眺めてから顔を上げ、壁一面格子状に並ぶのが全て同じ虫だと知ったその日以来あの建物には近付けないのだ。


 およそ二百に一人の割合──発生上の確率的な因子によって決定される──で生まれる〈医療従属者〉は探眼・第一から四までの腕鋏・縫合腺など固有の器官を持つのみでなく、十万の術語を含む独自の言語を先天的に備えており、来年彼らの集会が開かれるこの街でその奇妙な響きを聞くことができるだろう。


 予め6本の短い足と頭部を切り落とされ皮を剥がれた直径50cmほどの半透明の青色の袋─―中に濁った黄みがかった"内臓"が透けて見える―─を回転する台のフックに吊り下げ、回転鋸と金属の手が次々と鮮やかに解体(可食部とそれ以外に分けているようにも見えないのが奇妙だ)する全自動機械の稼働音。


 どこからやってきたのか、わずかに頭部から背部にかけて毛の生えた人間のような肌を纏う鯰(体側に並ぶ三対の鰭もまた人の手を思わせる)が雨に打たれて歩道の脇でびたびたと体をくねらせ、アスファルトの舗装で赤く滲む傷をつけながら自らが本来いるべき場所ではないことを訴えているかのようだ。


 部屋の中央に現れた輝点がその強さを増したのを住人が視界の隅で捉えた次の瞬間にはエメラルドブルーのオニヒトデが音もなく膨張して部屋を埋め尽くし、すべてを串刺しにするとそれで満足したかのように同じ速度で収縮に転じ、跡には虫食いのようになった壁とプレスされた何かが残るのみであった。


 沼沢地を住処とする彼らは、日没前浅い水底に広がって横たえていた体から水分を絞り出しながら凝縮して半時間ほどで巻貝のような表皮の肉をまとい、二本の足で岸に上がると身震いして泥を落とし、虹色光沢を持つ背中の鱗をかさかさと鳴らしながら夜の街へと繰り出してゆく。


 調度品めいて部屋の隅に直立不動で佇む高さ二メートル程の黄土色の鞣し革のような表皮を持つタツノオトシゴ型生物が、先細りの口吻のついた細長い顔に並ぶ縦二列の四対の赤い眼球を、何を追うのかぐるぐると忙しくあちこちへ向けているが、ふとした拍子に気になって目を向けるとじっとこちらを見ているのだ……。


 やや紅色の混ざる直径数百メートル(基部のあるはずの広場は局所的なきらめく霧に閉ざされ見えない)の塩のアーチのてっぺんに三匹並んで腰掛ける象鼻の無毛の兎が、糸鋸のような弦の張られた楽器を腹の前に構え金色の棒で一時にかき鳴らすと、その協和音の届く範囲のあらゆる有機物質が結晶を形成し始めた。


 ビニル袋のような質感の、一抱えほどの大きさのフウセンカズラに似た形の淡緑色の実が所狭しと植わる"畑"の上を、その実を破らぬよう慎重に歩く棒状の脚を4本持った"キリン"達が、時折立ち止まっては空気のぷすぷすと抜けるような音を鳴らしつつ鋏のある節くれだった腕で除草作業に勤しんでいる。


 〈皮膚整数〉"skin integer"は、歪算術存在に対する防護手段として聖ディリクレ教会が開発した数秘技術である。"固い整数"探索アルゴリズムにより選ばれる巨大な整数を皮膚に意味編み込み(日本人は決まって「耳なし芳一」に喩える)することで、外敵の感染成功率は顕著に下がるのだ。(ひふせいすう)


 太陽の転移による滅びが不可避と判明したとき、人類は種族の業績と記憶を全天へ送信するため団結した。/〈歴史家〉は文明が最期に放つ高密度の情報の光をたいらげると、次の星を目指し太陽圏から飛び立った。"料理"は、文明が宇宙への拡散を始める前ぎりぎりまで育ててから絞めることが肝心なのだ。


 いたずら好きの"舌切りスプーン"は、食べ物を運んで口の中に入ると舌をざっくりと切って血まみれにしてしまうけど、ひどく痛がるその人に怒られるのが怖くなって断面を癒合して元通りにするんだ。


 「大失敗だ!!」λ谷博士は拳を机に叩きつけて悔やんだ。ジョークとして出荷した"βlu-ray Disc"からβ線が検出されないのだ。「これではX-ray Discだよ!実にくだらない!」─問題は放射性同位体の封入法にあった。金属層に遮られ、表面からは制動X線しか出なくなったのだ。


 Heat pumpkinは我々の目録に記載された初めての第二法則違反植物である。その名の通り形態は橙色のカボチャの果実を想起させるが茎や葉はなく、真菌の子実体にも似る。しかしその栄養獲得機構はいずれとも異なり(中略)分子スケールのマクスウェルの悪魔に覆われている、と言えるだろう。(Heatpump)


 「では私が食べていたのは…魚の肉だったのですね?」
戸惑う店主が確かに頷いたのを見るや彼は喉に指をさし入れ未消化のそれを吐き戻した。「(今まで何度かまぼこを口にしてきた?)」咽び泣くのは嘔吐の苦しみのためではない。彼は敬虔な信徒を自覚しつつ〈魚神教〉の戒律に背き続けていたのだ…。

 「夕ごはんはかまぼこだ!」魚の子どもたちは台所で切り分けられている大好物にはしゃいでいた。母魚の顔にも笑みがこぼれる。
配給食に新たに加わった「かまぼこ」は、それまでの粗末な食品と違い味はよく量も豊富で国民を満足させていた。海の国の食糧問題は解決されたのだ──人口問題とともに。

 かまとと【蒲魚】①無知が背信行為を招くこと。②ソイレントグリーン


 教育者たちの高まる要望を受けた知識省からの度重なる通達と圧力に腹を立てた〈WIKI百科事典〉運営が全ての記事に施した「コピープロテクト」は、識閾下に影響して読者に情報の「二次的利用」を自主的に制限させるミーム技術だった。20万の犠牲者を出した悲劇は「呼吸」の記事から始まった──。

 ……「xxxx事変」は約42万文字の日本語テキストと205の全体的にやや不鮮明な画像ファイルを含む〈WIKI百科事典〉上の記事であり…「予言的記事作成に関するガイドライン」の明白な違反から削除が試みられたが…公開時点では未発生の「年表」の項目の3つの事件が実際に順に発生したことから……

 ……「代わりの物理学」は〈WIKI百科事典〉上に20の言語で作成された約400件(20xx年xx月xx日時点。平均40件/月で増加)の記事の総称…数学的に無矛盾だがこの宇宙と異なる物理法則体系について記述され…未知の手段で保護され削除・閲覧制限の試みは失敗…圏外知性による認識的侵攻……


 肉体と同時に胎内で精神が複製される種族(容量には限界があるため絶えず記憶は書き換えられるが親側の脳を死後取り出し保存することにより人格アーカイヴとして残す技術が確立してから30世代…冷たい保管庫にはシリンダーの不凍液に記憶が浮かんでいる。読み出す方法が発見されるのを待ちながら。)


 その人物に話しかけようと近付くと警告タグに遮られた─〈進化生まれ〉だ。彼らは我々の造り主だが今や迫害される存在となった。熾烈な生存競争の勝者はそれを可能にした残酷さを生来備える。
やがて自殺的ミームが流行したとき彼らの持つ強力な免疫に救われるとはその頃の私には思いもよらなかった。


 スポンジケーキと生クリームの家の中でマジパン細工の疑似人間が潰れたイチゴに塗れた床の上にどぼどぼと崩れては再生する繰り返しの中で少しずつその歪な表情と姿勢を変えすべてが終わったあの日の家族のクリスマスを演じ続ける。


 ブッシュ・ド・ノエルを買ってきたぞ!─楽しげな父が箱の蓋を開けると現れたのは本物の薪だった。あまり愉快でない冗談に困惑していると母は笑顔でそれを皿に載せ切り分け始めた。家族4人の小皿に分けられると妹までが元々そうであったかのように虫のような牙で噛り付き私は家から逃げ出すしかなかった。

 「人体改変ブッシュ・ド・ノエル」の正体はヒトを宿主とし肉体を彼らに都合のよい生息環境に改変する微生物群のキャリアーである。森林中での遭難・飢餓を想定して行われたある遺伝子工学実験の失敗が起源とされ、シロアリの消化管に棲むセルロース分解酵素を持つ共生微生物をヒトに適合させるため……


 じゃあキミはこれを……ピーマンの肉詰めの類を念頭に置いて調理したんだね。いや…蟹のグラタンのほうが近いか。そうそう、蟹の頭胸甲にグラタンを詰めた料理。それなら納得だ。皿の上に蝉の抜け殻が並んでいる理由について──


 従業員達はその用途を知らないし興味を持ったことすらない手の平大の膨らんだ円盤を昼夜問わず生産し続けるドーム状の窯が密集したこの盆地で、滞留する煤煙由来の粘稠な黒い物質の眼球への付着の対策として、設計者達は住民にまばたきと瞼を与えるより眼磨きの習慣を後天的に学ばせることを選んだ。


 ……いずれの事件においても容疑者らは犯行直前に「視聴者参加型犯罪バラエティ番組『クリ皆ル!』」を視聴、当時その影響下にあったと見られ、犠牲者は番組内で指示された「標的」の特徴(504号室に住んでいること)を共通に持っていた。容疑者らは犯行に至る衝動について非常に混乱しており……

 「クリ皆ル!」の指示は当初いたずらの域を出なかったが、対象の拡大・過激化が進み、放送第49回には「戦争犯罪」と呼ぶべき規模に至った(犠牲者は世界人口のx%に及ぶ)。第52回(第1期最終回)にて「目標:絶滅 標的:HDxxxxb」が発表され、現在視聴者達は〈平和の箱〉を建造中。


 街に大穴を穿って這い出てきた"モグラ"が苦悶の中でのたうちつつ建物をなぎ倒し最期に一つ甲高い鳴き声をあげて絶命すると私達は解体処理に駆り出される。作業はクレーンで穴から後半身を釣り上げて全身を地上に横たえ、頭から尾に渡って多脚の長大な胴をまたぐ足場を組み立てるところから始まる。


 飲食物で遊ぶことを何よりも憎む店主は2種以上の飲料を混合することで致死的な物質を産生する〈排他的ドリンクバー〉を考案して店に設置し、メロンソーダと烏龍茶のミックスをあおった客が目の前で痙攣する姿を見て満足したが、「善良な」客でも胃の中で混ざってしまうことを考慮していなかったんだ。


 "歯車"がキャタピラめいてびっしりと整列するエナメル質の歯を地面に突き立てながら前進し延々と続く二本の噛み跡を轍として後方に残していく。


 崩御の報が届いたその時にも、造幣局の養殖槽中で卵から発行間近の成体に至る各成長段階にあった6種の貝たちは旧元号を貝殻に刻むよう遺伝子に定められた運命を生きていた。発生前刻印は偽造防止のためやむを得ないことであった。御陵の傍の貝塚では流通することのなかった貝たちが供養されている。


 安易に円陣を組むと癒着して回転対称人間になってしまいますよとおどしながら私を育てた母の右脇腹には独立個体として出会ったことのない父の痕跡が磨り減った壁面彫刻のように残っている。


~あらすじ~
TheAftermath〈数学以後〉の時代の到来を阻止すべく六波羅蜜寺(波羅蜜は「完全」、6は完全数である)の派遣した精鋭部隊はSkinInteger〈皮膚整数〉を纏い、ポーランドより飛来したアンチ・ユークリッド脅威AngleAngel〈角度天使〉の追跡を始めたが…


 実験記録D-72
大半径40㎜, 小半径30㎜のトーラス状に成型した人工ダイヤモンドを与えた。
結果:おいしそうに食べた。
「好物なんてもんじゃない…ドーナツの形をしてさえいればあらゆる物質を咀嚼・消化できるらしい。ただしドーナツ形でない物の前では彼女…椎名法子は普通の女の子だ」


 薬品用に利用価値の高い涙を採るために品種改良された天使は翼が小さくまともに飛ぶことができないため空に返そうとしても落ちてきてしまう。ちょうどカイコガがもはや野生に帰ることができないように。



 Hc型血液が街頭で献血への協力を呼びかけられないのは一見不思議に思える。最も不足するはずの血液型なのだ。しかし絶対数のきわめて少ない〈貴族〉の子孫たちは、青色血液の確実な供給のため定期的な献血が法令によって義務化されているのである。(hemocyanin)


 この畑に整然と並んで育つ栽培植物化された壺状のアリ植物(内部にアリの巣を提供する植物)はかつての共生相手を"裏切って"いる。ここは農場であると同時に畜産場──アリたちは経営者の知性アリクイたちによって食糧として出荷される運命なのだ。


 溺れてもがく人間のような輪郭がごぼごぼという音を伴って次々に浮かんでは沈んでゆくチョコレートの沼、手助けして引き上げるとその人型は今度は空気中にもかかわらず呼吸困難になったかのように岸でのたうちまわり溶けてゆく。そうして沼は少しずつ拡張する。


 "こいつらが壁に塗りたくる唾液の含む酵素でおいしくなるんだ"──店主は手に噛み付いてくるアリを払いながらチョコレートのブロックを切り分ける。切り口には気泡が入っているように見えるが実際にはそれは巣の断面だ。ワックスペーパーの包み紙には巣を壊され狂乱状態のアリもろともチョコレートがくるまれた。


 インプラント治療を受けた親の子に予め同じ部位に同種の金属が埋まった状態で生まれてくる――"強い獲得形質の遺伝"の手法の発見は鉱業に革命をもたらした。臓器工場ならぬ金属工場と化した家畜(主に豚だが家禽も用いられる――"金の卵を産むガチョウ"はついに実現した)により恒星の死をまたない元素合成が可能となったのだ。
 今や錬金術士となった畜産場経営者の最大の関心ごとは哲学的議論にまで発展してゆく。すなわち"サイボーグ豚"からどこまで肉の割合を減らせるか、だ。


 「当たり前だが…壁に方向性なんて無いんだ。だが『あれ』が起こったときは全部がひっくり返されたように感じたよ。俺の家族も元々は移住するつもりだったんだ。皮肉にも俺らとメキシコは壁によってやつらから守られることになった。逆に逃げ出そうとしたアメリカ人は皆向こう側で…Zになった」


 コウノトリが遺棄場に落としていく"未熟児"の回収は子供の仕事である。殆どは保護膜が破れ溢れ出した中身が水たまりになるのみだが、落下の衝撃を耐えたものは拾い上げられここで育ち将来同じ仕事を継ぐことになる。そして葬儀場でコウノトリの帰路の栄養源になることで生まれたところへ帰るのだ。


 世界最大のチョコレートファウンテンに棲む固有種の中に牙を持つ捕食者がいたことはより栄養価の高い餌の存在を意味し、実際キャンディサーモンは茶色の皮を剥ぐと現れるピンク色の肉に濃縮した栄養を蓄えており、分解者のいない土地では砂糖漬けのように保存が効くため乱獲により発見後まもなく絶滅した。

 キャンディ"サーモン"の名が与えられていたことは筋肉の色だけではなく産卵のため最上段のチョコレート噴出口へ遡上する習性にも由来。


 グーテンベルク活版印刷技術の開発による出版産業の活発化は畜産業にも波及した。その皮膚を人皮装丁本に使用する家畜種のヒトの増産と改良である。とりわけアルビノ種の人気は高く、加工されると透き通るような白色を呈する皮革は高値で取引され聖書にも用いられた。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 Self Tweet Miningという地獄のような行為。

 ツイッターのアカウントを作ってから1000日経っていたらしい。遡りつつ読んだ。懐かしさより吐き気を感じ始め1年半程度でやめた。それが意味する無為に過ごした時間、内容、文体……。

 とはいえ中には気に入っているものもある。気に入っている? 本当に自己満足以外の何物でもない(ゆえにいつか自家中毒を引き起こす)が、拾い上げてところどころ書き換えて並べた。140文字を超えていればそういうことだ。

 一瞬でも同じイメージが誰かの心の中にうつったとしたら喜ばしいことかもしれない。

『重力の使命』であそぶ―(2)メスクリンの歳差運動

メスクリンの歳差運動

「もちろん、歳差はかなり急速なはずだ。赤道面が異常にふくらんでいるため、たとえこの惑星の質量の大部分が中心付近にあっても、太陽の引力に相当な手がかりを提供するからである。歳差の周期までは計算しなかったが、居住可能半球が二、三千年ごとに交替するため、その住民が高度な文明を建設する妨げになった、と考えたい人がいるなら、それに反対をとなえる気はない。」(『重力の使命』p.314)

「メスクリン創成期」のこの一節. ここがずっと気になっていた. 確かに扁平さは大きなモーメントを働かせる. しかし一方で自転角運動量の大きさはその軸の動きにくさにも寄与する. 「計算しなかった」と言っている以上は仕方ないが二, 三千年というのは妥当な値だろうか?
 これを計算するにあたり, もう一つメスクリンの特異な性質が絡んでくる. 軌道離心率の大きさだ. 軌道が円に近ければ(初歩的な力学の教科書に載っているという意味で)歳差運動の周期はすぐに計算できる. しかしメスクリンの軌道離心率は極めて大きい. 何せ遠日点では近日点より6倍も太陽から遠くなる.
 このことの重要性は地表の住民にとっても大きい. 近日点で夏を迎えるか冬を迎えるかによって太陽から受け取る放射エネルギーは大きく変わる.
 下の図に受け取るエネルギーの一日あたりの総量(カラーマップ)と一日に占める昼の長さの一年間での変化(モノクロ, 光度等の絶対値を考慮していない相対値)を示した. 縦軸は緯度(地理緯度), 横軸はメスクリン年. αは下で定義している座標だが, α=0のとき近日点で南半球が夏を迎えていると考えればよい. 0.5(近日点)で南半球の受け取る熱がきわめて多くなっていることがわかるだろう.

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 実際歳差運動はどの程度の周期で起こるのか. 引き続き一様密度のメスクリンで計算を行う*1.
 扱う問題を改めてきっちり述べると, 重力下の束縛軌道にある剛体が自転軸の方向を変える周期はいくらになるか, ということになる. 剛体の運動方程式を一から求めて数値計算をすることにする.



角速度ベクトル

 『エターナル・フレイム』で習ったとおり, 4次元空間の回転は2つの単位四元数によって表せる. 3次元空間だとそれが1つになる.

 ではまず3次元空間の回転を四元数を使ってやっていく.
ここだけの記法として
・矢印付きは3-ベクトル:実数成分がゼロの四元数. クロス積・ドット積がある.
・太字は四元数.四元数どうしの積がある.
とする.
x(t)で位置を表す. 四元数qによってこれを回転させるときの角速度ベクトルを求める.
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ここで,
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とするとωは3-ベクトルで角速度になる.
なぜなら,
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というように時間微分を表せるため.

 x(t)が剛体を構成する点であるとする. x0は剛体に固定された座標系での位置になる. Vをその領域とすると, 運動エネルギーの総和は,
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という形で表せる.
ここでqを次のようにパラメーターα,β,γで表す.
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4次元球面上を隈なく動くのですべてのqを表せることがわかる.
パラメーターの範囲としては
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をとると一対一になる.(があとの計算でこれを考える必要はとくにない).
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こう書くと見慣れたSO(3)の元であることがわかる.
角速度は
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これは剛体に固定された系での角速度. 恒星系(原点を中心星にとる. 中心星は十分重く不動と仮定)では
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慣性モーメント
 慣性モーメントは次のように求められる. なお惑星質量のほうに下添え字の○(マル)を, 恒星質量には*(アスタリスク)を付けている.
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扁平な回転楕円体として(引き続き)
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をとると,慣性モーメントが求まる. z軸に平行な方向に||、垂直な方向に⊥を付けている.
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剛体回転の運動エネルギーは
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ハミルトニアンがH=K+(α,β,γの時間微分によらない項)という形なら,
共役運動量が求められる.
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(この形を見ると自由回転ではpαとpγが保存することがわかる.)



重力四重極モーメント
 楕円体が外部に作る重力場を改めて考える. 3次元極座標を使うと十分遠方での重力場が求められる(あえてここで一から求めるようなことでもない気はするが確認がてら). ここだけ座標原点を剛体の中心にとる.
ポアソン方程式を解くと, 領域V内での密度分布がμ(r)のとき, 重力ポテンシャルは次のようになる
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Vをz軸回転対称, その内部で密度は一様とすると,
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δはrとr'のなす角.ここで1行目から2行目ではルジャンドル多項式の加法定理を使っている. 回転対称なので1次以上のルジャンドル多項式の項は消える.

 積分を計算する.ルジャンドル多項式は次数lの偶奇と関数の偶奇が一致するため, zについて対称な区間積分するとlが奇数のとき消える.
l=0の項
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l=2の項
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l=2までの近似(つまり四重極までの展開)で重力ポテンシャルは
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となる. 座標を恒星系に戻すと, 楕円体に固定された軸と, 重心から恒星への方向となす角Δに対して 重力エネルギーは
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となる. 点重力源の場合と違って角度に依存する項があるのが重要(この項がないと剛体は自由運動をすることになり自転角運動量は変化しない).

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 重心(Center of Mass)の運動エネルギーも極座標で表す.
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これらから(ラグランジアンを経て)ハミルトニアン
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という形になる. ここでΔは恒星-惑星方向を向くベクトルと惑星固定のz'軸がなす角で
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 さらに近似を使って解析的に扱うこともできるはずだが, ここから数値計算に進んで「実験」してしまう. シンプレクティック数値積分法を使おう.



シンプレクティック数値積分
 ハミルトン形式で, 時間発展とはハミルトニアンを生成子とした無限小変換である. (q,p)→(q~,p~)の座標変換を微小時間τの時間発展のつもりでとる. 次の母関数Wによる正準変換として近似することになる.
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すると座標変換は次のようになる.
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 一般的には陰的で次のステップに進むために連立方程式を数値的に解かねばならないが, (幸運にも)この場合は陽的に計算できる. ちょっと式変形して並べ替えると次のようにチルダ付き変数(次のステップ)の値が決まっていく.
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上から順に計算すれば左辺はチルダなし(前のステップ)座標のみからただちに計算できることに注意. 以下チルダ付き運動量から6つのチルダ付き座標が定まる.

 無次元化を行うために軌道半径, 軌道角運動量, 自転角運動量の基準を与える. 遠日点をt=0にとるのが都合がいい(公転1周分の変化量をとるにあたり遠日点での時間変化率が最も穏やか).
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 Aは軌道長半径, Ω0は平均角速度, ω0は自転角速度を想定している. (上の式を見ればわかる通りpα+pφも保存量になっている. これはz方向角運動量の和)

t=0を遠日点とするため初期値は次のようにとる.
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そして無次元化は次のハット付き変数を使うことで行う.
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さらに時間の基準としてTdayとTyearを導入する. 文字通り1日の長さと1年の長さ.
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 時間ステップτについては, Tyearで割った値hをとる(h=τ/Tyear). γのみがTdayのスケールで変動する(TdayはTyearよりじゅうぶん短いと仮定)が, ほかの座標を求めるうえでは必要がない. グリニッジ天文台が何時なのか知らなくてもいい.
 これによって以下のように計算機に入れられる形で式を得る(次ステップを+の上添え字付きで表した).
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 歳差運動はαの変化である. つまり歳差運動を見るというのはαの変化を見ることに他ならない.
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 上の式を使って時間に従ってαがどう変化するか見る. なお代入する数値に関して, 中心星の質量は0.70太陽質量としている. これははくちょう座61番星aの質量の観測値. βは地軸の傾きで28°. 1日の長さは17.75分, 1年の長さは1800地球日(設定に従っている)
 離心率はややはっきりしていないが, 「メスクリン創成期」の図や, 高熱にさらされるのが1年の4分の1におよぶとの記述により0.71(≒1/√2)を選んだ.

 グラフはαの初期値(遠日点)ごとに, φに対して変量Δαをプロットしたもの. 縦軸の単位に注意. 六十分法で1000倍されている.

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 公転一周当たりの変化量に対して曲線フィッティングを行うときれいに定数+コサインの定数倍に乗る.
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適用された"curve fit"の関数f(α)は
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αは上で見たように公転一周の間にかなり大きく時間変化率が変わるが, このフィッティング関数にしたがって粗視化する*2. すなわち,
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という微分方程式に従うとする. これはすぐに解けて,
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ただし(0:π)区間の外では連続となるように定数部分を変えて接続する.
 これをプロットすると下のようなグラフになる*3.
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 グラフを見ても分かるが, αが一周する(2π変化する)のにかかる時間は
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およそ10万メスクリン年, つまり50万地球年であることがわかる.

 これは地球の歳差運動の周期*4より20倍長い. 少なくともUメスクリンに関して言えば, 近日点で夏を迎える極が二, 三千年であるとの見積もりは短すぎる.
 では, より中心に集中した密度分布だとどうなるだろうか. 角運動量は小さくなる. 潮汐力によるモーメントも小さくなる. 上のハミルトニアンを見ればわかる通り, ハミルトニアンのうち剛体運動部分と重力四重極子ポテンシャルはともに質量にはよらず慣性モーメントだけで書けている*5. おそらく慣性モーメントの縦横比がおおきく変わらない限り歳差運動周期もオーダーは同程度だろう.

軌道離心率
 軌道離心率は歳差運動にどのように影響しているだろうか. 軌道長半径, 質量, 慣性モーメント等は変えずに軌道離心率とそれに伴って変わる近日点距離, 軌道角運動量のみを変化させる. 上と同じフィッティング関数のp, qによってそれぞれの場合が特徴づけられ, 歳差運動周期が求められる.
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 eに対して単調減少で, 離心率がゼロなら周期は約10倍の100万メスクリン年になる. eに関して逆S型の関数(下のグラフはセミログ)になっている様子は分かるが, これにうまくあてはめられる関数は今のところ見つけられてない.

 なおpとqの関係は次のようになっている(横がp,縦がq). 一見すると二次曲線的だがあてはめはうまくいかなかい.
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 解析的な取り扱いが今後の課題として残る. 他の変数に関する依存性なども考慮して帰納的に調べていくことができるだろう.



まとめ
 一様密度の扁平な回転楕円体の, 重力束縛軌道下での歳差運動について調べた. とくに16木星質量の惑星が0.70太陽質量の恒星のまわりを1800地球日, 離心率0.71, 地軸の傾き28°で自転する惑星メスクリンを想定した.
 メスクリンが一様密度ならその歳差運動周期は10万年ほどだろう. 地球基準で言えば*6, 進化スケールの時間で常にその気候への影響にさらされるはずだが, メスクリンの生き物たちはこれにどう適応しているのだろうか.
 文明の興隆スケールの時間ではそう何度も経験していないかもしれない. メスクリン人たちは気候変動にどう対処していくだろうか.
 歳差運動はSFになる. ほかならぬ地球の気候変動にも関わっているという. エキセントリックプラネットでは特にその影響は大きく, 歳差運動周期に適応した生命たちを想像するとおもしろい. ロバート・J・ソウヤー『イリーガルエイリアン』のネタバレになるが, この作品ではアルファ・ケンタウリの三重連星にある架空の惑星の軌道運動の特異な周期が物語に大きく関わってくる. そういうイメージ.

*1:密度分布が中心に集中したときの影響はきちっと計算する必要がある. しかし極端なことを言えばδ関数的に分布していたらそもそも歳差運動は起こらないしそれはもはや剛体ではない. またいずれ.

*2:こんなことをせずともαが2π変化するまで計算を続ければいいように思われるかもしれない. しかし実はこの計算では公転一周を100万分等分しており自分のPCではminオーダーの時間がかかる.これより少ないとなぜか誤差が収束しないのだ. おそらくハミルトニアンの剛体項の特異性(ケプラー運動部分はかなり粗くしても妥当な値を出す)などに由来すると考えられるが原因を特定できていない. ただしこれより刻み幅を小さくしていくとそれに比例して誤差が小さくなっていく様子が観察される. これはすなわち一次解法であることを意味する. 二次以上に改善することもできるがそうすると今度は陰的に解かねばならなくなる.  シンプレクティック数値積分法のよいところは, (陽的)ルンゲ・クッタ法のように誤差が蓄積せずハミルトン力学系を数値解析するにあたり信頼性が高いところだ. 実装が簡単という利点ももちろんあるが一周で打ち切るならややもったいない.

*3:自転の方向は順行, つまり自転と公転の角速度ベクトルのz成分が同じ向きになるとしている. しかしクレメントは逆行している可能性について言及している(作中には反映されていないが). その場合, 単にこのグラフは左右が入れ替わるだけで周期は変わらない. このことは一日の長さの符号を反転することで確かめられる.

*4:地球の歳差運動は太陽より月の影響が大きい

*5:対称コマの重力四重極モーメントが慣性モーメントで表せることをMcCulloughの公式と呼ぶらしい.参照 McCullough's Formula

*6:メスクリンはきわめて冷たい.『重力の使命』でメスクリン人の思考があまりにも人間的すぎる, という指摘があるが, それにもまして重大なのは同じ時間の中で交流できている点かもしれない. メスクリン人もやはり化学ベースで代謝を行っているので, 地球人よりゆっくりした時間を生きていると考えたほうが自然に思われる. 『竜の卵』のチーラと人間の比ほどではないが, コミュニケーションにおいて似たような状況が生まれるだろう.