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ミリシタPST「昏き星、遠い月」のコミュを解きたい

 昨日19日から開催されているミリシタのイベント「昏き星、遠い月」のメモ(考察)。ネタバレ注意。

 現時点で公開されているエピソード(コミュ)を全話再生し終えたら、色々仕込まれた伏線に気づいて楽しくなってきた。妄想を多分に含む。
 主眼となるのは天空橋朋花演じるクリスティーナは何者かという問い。一見エドガーがその眼差しを向けるようなはかない存在のように感じられるが、おそらく実際には吸血鬼らしくしたたかに動いている。とはいえエドガーへの愛に偽りはなく、そのねじれが味わい深い。

 ミリラジMIDNIGHTで情報が公開された時点ではちょっと奇抜で楽しい試みくらいに考えていたが、読んでいくにつれ想像していた以上にハードに作りこまれているぞという確信を深める。曲とストーリーががっちりリンクしているのでフルサイズの公開も待ち遠しい。

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エピソード順に追う。

第1話「夜のはじまり」
 メインキャラクター4人の基本的な設定の確認。
 「男装してる女の子」エドガー:所恵美
 「まるで女の子のような男の子の吸血鬼」クリスティーナ天空橋朋花
 「騎士でヴァンパイアハンターアレクサンドラ二階堂千鶴
 念のために書いておくと女性である(一般にアレクサンドラは女性名)。
 「辺境伯夫人」「悪女」エレオノーラ百瀬莉緒
 この他にアレクサンドラの妹ノエル水瀬伊織、クリスティーナとエドガーを襲う不良を永吉昴が演じる。


第2話「ボーイ・ミーツ・ガール」

  • 路地裏の死体

 エドガーへの反応を見るにまあクリスティーナの餌食になった犠牲者だろう。
 (エドガー)「……って言うか、なんであんなとこにいたんだ、アンタ? 見たとこ、どっかのお嬢様だろ」
 (クリスティーナ)「ええ、用事があったんです。……もう、その用は済みましたが……」
 死体の近くにいたのは順当にクリスティーナがその犯人だから。もっとも、この段階ではクリスティーナの潔白の可能性は捨てきれないが、このあと裏付けとなる描写がいくつか出てくる。

 前後が分からない以上倒れた理由については何とも言えない(つまりクリスティーナが原因ではないかと疑うには根拠が弱い)。この場面の役割としては、エドガーが女性であることにクリスティーナが気付き逆に秘密も明かす流れにつなげるため、というだけで十分か*1

  • エドガー)「あんな場所じゃ、女は生きていけないから……」

 「女の子のような見た目の男の子」を天空橋さんに演じさせる、と聞くと「性癖……」とうなってしまう。が、日に焼けていない白い肌だとか華奢な体つきだとかいったいわゆる中性的な見た目という以上に女性的な服装をしているらしいことは後の台詞からも分かる。「見たとこ、どっかのお嬢様だろ」と言われる程度に煌びやかな服装。「女は生きていけない」ほど治安が悪いのに? 続く第4話でその理由が示唆される。


第3話「聖母とギャルの…」

第4話「緊張と波乱の第二幕!」

  • (アレクサンドラ)「もし、ノエルが……妹が成長していれば……あれぐらいの少女だったのだろうか……」

 人間がヴァンパイアに変化した時点で成長が止まるらしいことが分かる。オーソドックスなヴァンパイアルール。「あれぐらいの少女」が指すクリスティーナも実際には百以上の歳を重ねているはず。歌詞にある通りに。
 ちなみに、後でヴァンパイアだと見抜かれたエドガーとクリスを前にしてアレクサンドラが「まだ子どもでは」と驚くのは本来不合理。実戦経験の少なさから油断が出たか。というか、「ヴァンパイアハンター」ということになっているが実際に狩ったことがあるのか疑問。

  • 不良役永吉昴

 クリスティーナの宝石とドレスを狙う不良。治安の悪い場所で宝飾品をわざわざ身に着けている……のは「獲物」を釣るためという実用的な理由もあるのだろう。エドガーとの出会いの夜もおそらく同じように。
 ある意味ではエドガーと同じ理由ということ。しかし目的が真逆。

  • (昴)「なぁ、P。この場面って、ふたりの不良がクリス達を襲うシーンだろ? オレだけじゃ死体が足りないから、Pも死体役になってよ!」

 不良ふたりがいつの間にか死体になっている。ここ作中作であることをうまく生かしているなあと感心した。舞台上の場面としてはそのシーンを描くことなくどう進行したのかが分かる*2
 そしてこの死体ふたりはクリスティーナの仕業。
 エドガーは気付いていないし思いもよらないのかもしれないが、クリスティーナは人を殺すことには躊躇いがないし、ナイフを持った不良2人を相手にできるほど強い。クリスティーナの犯行の証拠はこうして読み手に示されている。捕食者と被食者の関係。理想的なヴァンパイア。出会いの日の「用事」は狩りだったのだとここで確信が深められる。
 しかし愛しのエドガーにはそれを知られてはならない……今のところは。出会ったあの日に気付かれなくて幸運だった。

  • (クリスティーナ)「エドガー、選んでください。ここで死ぬか……。もう二度と死ねない身体になるか」

 この世界でもヴァンパイアはヴァンパイアによって人間から変化させられて生まれるものらしい。ヴァンパイアも「元は人間」だとアレクサンドラも繰り返し口にしているし歌詞にもある。
 ということが明らかになると同時に「誰が誰をヴァンパイアに変えたか」という問題が発生し、物語の鍵になる。

  • (アレクサンドラ)「報告によると、近ごろ農場の鶏が襲われる被害が多発しているらしい……」

 「近ごろ」はおそらくエドガーがヴァンパイアになってからのことで、その前は人が襲われていたのだろう。

  • (クリスティーナ)「アナタが人を襲わないかぎり、私も、人の血を飲んだりはしません」

 条件付き。エドガー、貴方が人の血を求めるなら、私も貴方のために……。

  • (クリスティーナ)「……行けません。私には、罪があるから……。共に旅に出れば、アナタまで命を狙われるでしょう」

 明らかに伏線。クリスティーナの罪? 最初に読んだときはノエルがヴァンパイアになった原因だからかと予想していたが、そうではないとすぐに判明する。
 そして先取りすると最終的にクリスティーナはエドガーと共に旅に出ることになる。エドガーと一緒ならもう恐れることはないと信じたか、あるいは……罪がつぐなわれたか?


第5話「セクシーと芝居に近道なし」
 千鶴さんのついている「嘘」が妙に重いものに思えてくる。そんなに深刻にならないで……。
 考えてみればいつも美容に気をつかう莉緒さんに不老不死のヴァンパイアの役を演じさせるというのもうまい。
 涙もろい恵美さんに純粋無垢なエドガー役をあてるのも良い。朋花様は言うまでもなく。全員適役!!!!

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第6話「星と月へ」

  • (クリスティーナ)「感謝します、アレクサンドラ。お礼に、あることをお教えしましょう」
  • (エレオノーラ)「あら……人間ごときが、私の正体を見破るなんて。どうしてわかったの? 褒めてあげるわ、ウフフ」

 アレクサンドラがエレオノーラの正体を知ったのはクリスティーナに教えられたからに他ならないが、クリスティーナが知っていた点には一考の余地がある。
 ここまでの展開からはクリスティーナとエレオノーラの接点は見えていなかった。なぜここで突然?
 いくらか論理の飛躍を含むものの、クリスティーナがエレオノーラをヴァンパイアに変えたのだとするとそれなりに筋が通る(そしてそれこそがクリスティーナの罪だというのが自説)。エレオノーラがクリスティーナによってヴァンパイアになる。力に執着するようになったエレオノーラが「弱い」ヴァンパイアを淘汰しはじめる。同族が次々と殺され孤独な存在になるとともにエレオノーラを生み出した罪を負うクリスティーナ(前日譚の想像が広がりますね)。
 度々強調される「孤独」に深い意味があるとすればそういうことかもしれない。永遠の命を共に生きてゆけるエドガーがその孤独を癒してくれたのだ。
 悪人のいない「約束の地」を目指すエドガーと、強いヴァンパイアだけが支配する世界を作ろうと目論むエレオノーラの理想主義的な面もどこか重ならないだろうか。もしかつてエレオノーラに永遠の命を与えたのがクリスティーナだとすれば、そういった部分を愛していたのかもしれない*3
 そしてアレクサンドラに「身内」の秘密をあえて暴露したのはエレオノーラを殺すように仕向けるため。決してただの「お礼」ではない。おそらくクリスティーナはエレオノーラと一対一で戦えるほどには強くないが、自分の敵でもあるヴァンパイアハンターを使役することはできない。しかし純粋なエドガーの説得によりアレクサンドラという武器を手に入れ遂に敵討ちの好機を得る。
 命を狙われる危険がありながらこの土地から離れられなかったのはエレオノーラを殺さなくてはならなかったから。潜伏しながらその機会を窺っていた(少女を装っていたのにはそういった理由もあるかも)。そしてそれを成就し罪を清算したクリスティーナはエドガーと一緒に旅立つことになる。

 ……というあたりに思い至ったときぞっとすると同時に本気でストーリーを作っている……!と興奮した。一解釈に過ぎないけれど。まあ間違っていたとしても二次創作みたいなものだ。しかし少なくとも練習場面しか見ていないのにこういうふうに読ませる余地が与えられているのはすごい。というかむしろ観客としてではなく(本来物語を隅から隅まで理解しているはずの)製作者側の視点に立ちながら少しずつ物語の全体像が見えてくるという仕組みが楽しい。


 この先開放されるコミュやCDで明かされる「昏き星、遠い月」の細部はもちろんのこと、続くイベントも楽しみですね。まずは今のイベントを走ろう。

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ぼくはこの組み合わせ。

(1/27追記) 真壁瑞希さんお誕生日おめでとうございます。
 イベントお疲れさまでした。フルサイズの先行配信は来ませんね……。
 エピローグ「令嬢達の夜会は終わらない」では特にシナリオに関して新たに明らかになったことはなかったものの、イベントSR「夜想令嬢 天空橋朋花」に印象的な台詞があったので言及。
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 「あなたが選ぶなら、私も選びます。罪を重ねることでしか生きられないのであれば、その罪は、私が引き受けます。私から貴方に、この世ならざる生命を……。エドガー。生きて……。」
 やはり「罪」とは人間にヴァンパイアとしての生命を与えることを指しているように見える。ただ「引き受ける」という表現に若干引っかかるところも。「罪を重ねることでしか生きられない」というと人間を食料とすることを言っているようにも聞こえるが、しかし行為そのものに罪悪感があるかというと(上にいくつか並べた描写から)疑問。
 
 ところで不老不死ないし圧倒的な長命の存在とモータルな存在の間に発生する感情は良いものですね。歌の最初の部分で表現されているのは、「終焉(おわり)などは訪れないさ」と語りかけるエドガーと、「永遠なら知っていますわ、十年(ずっと)百年(ずっと)獨りでいたから」と返すクリスティーナの間の「永遠」の捉え方の違い。冷たく孤独な「永遠」を生きてきたクリスティーナは若く無垢なエドガーにも「永遠」を生きてゆかせるべきか苦悩したが、最終的には共に歩める喜びを分かち合えたというストーリー。

(1/27追記2)
 日付の変わり目に上の追記部分を更新した直後に配信が来ていた。嬉しい。
 「欲しいと願うことの罪 とても贖えない」「望まぬまま堕ちることも罪と呼ばねばならぬのだろうか」「虚ろな世界 壊してしまって 作り直すの」「ねえ、とても愛していたわ。本当よ……私の愛し子」
 ミリシタサイズには含まれない意味深な言葉がたくさん入っていますね……。

(1/27追記3)
 歌の最後のエレオノーラの「愛し子」ショックがあまりにも巨大。エレオノーラが逆にクリスティーナをヴァンパイアに変えた、くらいなら考えたものの実子という可能性は考慮すらしていなかった。「まるで愛し子」(6話)だけならエレオノーラに実子がいないとしてそう表現するのも分かるが、わざわざ歌の最後に持ってくる言葉がノエルに向けたものだとは考えにくい。「本当の愛し子」がいると思ったほうが自然(あくまで楽曲とシナリオが一対一に対応しているとして)。

 何もわからない。

(3/1追記) ロコさんお誕生日おめでとうございます。
 ぎりぎりCDが発売される前と、聞いた後に新たに記事を書いた。CDのドラマパートで「答え合わせ」ができたかというと……。
 ボイスドラマではクリスティーナが男だと触れられていないことからゲームとCDは相補的な内容かと思いたいところだが、両方ともにある描写が結構違ったりするので独立したものと考えるのも一つの手かも?あまり美しくないけど。
 「正解」をはっきりさせていないのはこうして楽しませるためでもあると思うので、ただもう人々の色々な解釈を見たい。あなたの最強の「昏き星、遠い月」解釈を読ませて……。
shironetsu.hatenadiary.com
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*1:しかし、多くを知られすぎる前に吸血のために家に連れ込んだが女の子だと気付いて心変わりした、といった解釈もいけそう。それはそれで。

*2:死体用の床に倒れたCGモデルをわざわざ用意しなくて済むというのもある。しかしもうひとりの不良は本番ではどう扱うのだろう?

*3:より根拠が薄い想像。タイトル「昏き星、遠い月」の意味。歌の中では「昏き星」を千鶴&莉緒の貴族側が歌い、「遠い月」を朋花&恵美のヴァンパイア側が歌う。「昏き星」がヴァンパイアの支配する世界で、「遠い月」が「約束の地」だとすれば……。若干厳しいか。色々シンボリックな意味合いも含むはずだがまだよく解釈できていない

「トライアリティー」(八元数SF)

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 探索は目録に掲載される限りの結晶試料に対して今も続けられている。網羅的な測定を続ける忍耐、有望な兆候を見逃さない観察眼、そして発見には必須の幸運により見出された最初のいくつかの4準位コヒーレント光源は、可視域を大きく外れた遠紫外線――パルス速度はきわめて大きいが時間周波数は輝素が追従できる程にじゅうぶん長い――を理想的な実験素材として物理学者たちに提供することととなった。
 デルフィーナたち実験グループの設計した"光学固体"の実験系はその緩慢な波面速度を利用したものだった。独立な7方向から照射されるコヒーレント光が周期的に変化する力場の7次元格子を虚空に描く。力線の山と谷は波面とともに移動し、トラップされた輝素をゆっくりと運ぶ。照射強度を変えると運ばれる輝素のエネルギー準位は離散化させられる。
 ありふれた固体はあまりにも多数の輝素が複雑に相互作用する系であり、生まれたばかりの波動力学でその性質を調べるには未解明なことが多すぎる。一方で少数輝素を観察する技術は依然限定的なものだ。調整可能なポテンシャル中の輝素の振る舞いを調べられる光学固体は、そんな物理学者たちにとって波動の力学を検証し新奇な現象を探すにはうってつけの系だと言えた。
 構想を現実のものとするために付き物のいくつもの障害を技術者たちとともにひとつずつ解決し、ようやく作動しはじめた光学固体から解析にたえる測定結果が得られるようになったのがつい最近のことだった。
 「この方針で〈八の法則〉を説明しようという試みはあまり有望には思えない」
 デルフィーノはいたずらに複雑さを増す計算に苦言を呈した。
 7つの方向全てに横波を除去する結晶をあてて縦波のみのコヒーレント光を照射したとき、スペクトルは誤差の範囲で輝素波方程式から予測される理論値と一致した。ところが横波の偏極成分を加えると状況が変化する。理論値のまわりで偏極成分の強度におよそ比例してスペクトルが分裂するのだ。照射角度、偏極方向、変数を様々に変えながら測定が行われた。分裂の本数は最大で8。それより多くが現れることはなかった。それが〈八の法則〉――物理学者たちの前に、説明を待つ未知の現象がもたらされたのだ。
 「そうね。行き当たりばったりにモデルに手を加えるよりも他に検討すべきことがあるはずだわ」とデルフィーナ。
 ふたりはここ数日、断熱近似で無視される微妙な準安定状態間の遷移がスペクトルの分裂をもたらすというモデルを定式化しようと計算に取り組んでいたが、8という数字をもっともらしく説明するにはアドホックな調整が多すぎるように感じられた。
「たぶん既存の輝素の波動方程式が記述していない何かを見つけたんだ」
「内部構造や自己力の影響ということ?」
「あるいは回転物理学の効果とか」
 輝素波方程式の最大の弱点のひとつは低速度での極限でしか検証されていない点にあった。回転物理学を考慮に入れた輝素波方程式はいくつか考案されていたが、どれも実験値との整合性は良いとは言えなかった。
「もしかすると偏極のようなものかも」
 その表現が適切なものだと信じるに足る証拠は無かったが、自分で発したそれはデルフィーナにとって不思議と自然に感じられた。8つの分裂、8つの偏極。
「偏極とは」
デルフィーノは自分に思いださせるように語った。
「波がその進行方向以外に伴う自由度から生じる成分だ。そしてわれわれはそれを持つ例を厳密には1種類しか知らない。すなわち6自由度の横波成分と1自由度の縦波成分を持つ光だ」
 光の場のベクトルは波動方程式レベルでは次元の数に応じて8つの自由度を持つ。しかし光源強度への作用はその外微分を通してしか現れない。そのため物理的意味を持たないとして自由度は1つ消去される。輝素に現れた8つの自由度は、捨て去られるべき1つの自由度が亡霊のように蘇っているかのようにも思われた。
「輝素波の本質が光と同じようなベクトルだというアイデアを表現する方法はあるかしら?その間にある厳然たる差異を克服して?それよりはむしろ、8成分はベクトルの方向に応じたものではないと考えるほうが自然よ、きっと」
「8つの方向を持つもの。ただし実空間上にではなく」
「8成分だがベクトルでないものを探しているのか?つまり物理学者いうところのベクトルだよ」
 そばの作業卓で自分の仕事に没頭してふたりの議論を横から聞き流していたデルフィーンがにわかに注意を引かれたかのように議論に加わってきた。
 ベクトルとは線形空間の元の言い換えにすぎない。しかし物理学者はその術語にいくぶん特殊な意味を与えていた。すなわち8次元空間に住む"幾何学的実体"――座標変換に応じて特定の方法で成分が変換されるもの。
八元数について知っていることは?」
 ふたりに問うたデルフィーンは数瞬の間を知識の欠如と読み取って説明を始めた。
「4つの変数の2乗和の積はその変数たちの2次形式4つの2乗和で表せる。数学者たちはこれを利用してあらゆる整数が4つの整数の2乗和で表せることを証明したが今はどうでもいい。重要なのはこれが四元数を成り立たせているということだ。積が零になる零でない元が存在しない、絶対値の積が積の絶対値になる、結合性を持つ。複素数の良い性質を引き継いでいるものの成分が増えた代償として可換性が失われる。当然興味はより上に移る。2乗和の積が2次形式の2乗和で表せるのはいくつの変数が関わるときか?数学者たちはそれが1,2,4,8に限られることを示した。2の3乗までの冪だ。8で打ち止めになるんだよ。それ以上はない。そして4が四元数を生むように8は八元数を生む。これも四元数の性質をいくつか引き継ぐが結合性を失う」
 デルフィーンはついさっきまで別の計算を行っていた紙になにか書きながら、小休止を挟む間もなく説明を継続した。

\begin{gather}
e_i^2=\left\{\begin{array}{cl}
1&i=0\\-1&i=1,2,3,4,5,6,7\\
\end{array}\right.\\
e_ie_j=-e_je_i=e_k,\ \ \ e_je_k=-e_ke_j=e_i,\ \ \ e_ke_i=-e_ie_k=e_j\\
(ijk)=(123),\ (145),\ (167),\ (257),\ (264),\ (347),\ (356)\\
x=x_0e_0+x_1e_1+x_2e_2+x_3e_3+x_4e_4+x_5e_5+x_6e_6+x_7e_7\\
\mbox{共役}\ \ \ \bar{x}=x_0e_0-x_1e_1-x_2e_2-x_3e_3-x_4e_4-x_5e_5-x_6e_6-x_7e_7\\
\overline{xy}=\bar{y}\bar{x}\\
\mbox{絶対値}\ \ \ |x|^2=x\bar{x}\\
\mbox{逆元}\ \ \ x^{-1}=\frac{\bar{x}}{|x|^2}\ (x\neq 0)\\
\mbox{内積}\ \ \ (x,y)=\frac{1}{2}(|x+y|^2-|x|^2-|y|^2)=\frac{1}{2}(x\bar{y}+y\bar{x})=\frac{1}{2}(\bar{x}y+\bar{y}x)\\
\end{gather}

「実部の基底、つまり1には番号0をあてる。虚部の基底は7つだ。こちらには1から7まで番号を振る。2乗するとマイナス1になるのはすべて同じだ。そのうち部分的に虚四元数をなす三つ組が7つある。123、145、167、257、264、347、356だ。1番と2番を順にかけると3番、逆順でかけるとマイナス3番。2番と3番を順にかけると1番、以下同様。積はこれだけで決まる。三つ組の選び方には任意性がある。たとえば124、137、156、235、267、346、457をとってもいい。しかしこれは基底のとりかえに過ぎない。最小の例外群の離散部分群だよ。まあそれはいい」
 デルフィーナは追いつくためにも説明に割りこんだ。
「1番かける4番かける7番を考える。これはさっきの三つ組をなさない。1番と4番の積をはじめにとると5番かける7番で2番。今度は順序を変えて4番と7番の積をはじめにとると1番かける3番でマイナス2番。結果は一致しない」
「慣れないな」
 デルフィーノは自分でも確かめながら感想を述べた。
「慣れてくれ」とデルフィーン。
「ただし乗算の有用な法則がすべて消え去ったわけではない」
 そう言うといくつかの関係式を書き加えた。

\begin{gather}
(xx)y=x(xy),\ (xy)x=x(yx),\ (yx)x=y(xx)\\
(x\bar{x})y=x(\bar{x}y),\ (xy)\bar{x}=x(y\bar{x}),\ (yx)\bar{x}=y(x\bar{x})
\end{gather}

「部分的に成り立つ結合法則だ。これは三つのより重要な法則から得られる」

\begin{align}
x(yz)&=(xyx)(x^{-1}z)\\
(yz)x&=(yx^{-1})(xzx)\\
x(yz)x&=(xy)(zx)
\end{align}

「弱められた結合性だ。この関係式が満たされる集合はループと呼ばれる代数構造の特殊な例になっている」
 デルフィーナはこの等式を示すことは手に負えないと感じたが、二、三の例で成り立つことを確かめた。
「やっと幾何学の話に入れる。原点を固定する任意の回転が偶数回の反射の合成で表せることはいいか?」
「任意の回転は基底をとりかえることでいくつかの2-平面上の独立な回転とみなせる。2-平面の場合には回転をなす2回の反射を容易に構成できる。それをすべての2-平面に対して順に行えばいい」
 デルフィーノは幾何学の知識を呼び起こしながら語った。
「その通り。そして八元数の場合には対称平面の法線を定めれば八元数の演算だけで反射を表せる」

\begin{align}
M\lbrack u\rbrack x:=x-2(u,x)u=-u\bar{x}u\ \ \ (|u|=1)
\end{align}

「これを2つ作用させると回転になる」

\begin{align}
M\lbrack v\rbrack M\lbrack u\rbrack x=v(\bar{u}x\bar{u})v
\end{align}

「任意の回転を表すには足りないが本質は変わらない。いまこの写像が作用している八元数を"ベクトル"としよう。これが2つの八元数の積なら?」

\begin{align}
M\lbrack v\rbrack M\lbrack u\rbrack(yz)&=v(\bar{u}(yz)\bar{u})v\\
&=(v(\bar{u}y) )( (z\bar{u})v)
\end{align}

「ループの法則だ。片側作用も絶対値を変えないことはすぐに同意できるだろう。回転になることの証明はやや込み入る」

\begin{gather}
L\lbrack u,v\rbrack x:=v(\bar{u}x),\ \ \ R\lbrack u,v\rbrack x:=\bar{v}(ux)\\
M\lbrack v\rbrack M\lbrack u\rbrack(x\bar{y})=(L\lbrack u,v\rbrack x)\overline{(R\lbrack u,v\rbrack y)}
\end{gather}

「ある回転がある。それに対して異なる回転のふたつ組が存在する。実は対応関係は元の回転とふたつ組について1対2だ。ふたつ組の両方の符号を反転させても同じ回転になる。数学者たちはこれを8-回転の三対性(トライアリティー)と呼ぶ」
「8成分を持つがベクトルでないもの。2つの片側作用それぞれで変換する八元数がそうなるのね」
 デルフィーナはこの小講義が目的地に辿り着いたことに気付いた。
「それが私の教えたかったことだ。あとはお好きなように」
 デルフィーンはそれだけ言うと満足したように自分の仕事に戻っていった。
「確かに回転だ。ディターミナントが正になる」
 はやくも乗算法則を習得していたデルフィーノは両側作用と片側作用を実際に計算してみていた。

\begin{gather}
u=\frac{e_0-e_1}{\sqrt{2}},\ v=e_2,\ {\bf{e}}=(e_0,e_1,e_2,e_3,e_4,e_5,e_6,e_7)^T\\
M\lbrack v\rbrack M\lbrack u\rbrack{\bf{e}}=
\begin{pmatrix}
0&1&0&0&0&0&0&0\\
1&0&0&0&0&0&0&0\\
0&0&-1&0&0&0&0&0\\
0&0&0&1&0&0&0&0\\
0&0&0&0&1&0&0&0\\
0&0&0&0&0&1&0&0\\
0&0&0&0&0&0&1&0\\
0&0&0&0&0&0&0&1
\end{pmatrix}
\bf{e}\\
L\lbrack u,v\rbrack{\bf{e}}=
\frac{1}{\sqrt{2}}
\begin{pmatrix}
0&0&1&-1&0&0&0&0\\0&0&-1&-1&0&0&0&0\\-1&1&0&0&0&0&0&0\\1&1&0&0&0&0&0&0\\
0&0&0&0&0&0&-1&1\\0&0&0&0&0&0&1&1\\0&0&0&0&1&-1&0&0\\0&0&0&0&-1&-1&0&0
\end{pmatrix}
{\bf e}\ ,\ \ 
R\lbrack u,v\rbrack{\bf{e}}=
\frac{1}{\sqrt{2}}
\begin{pmatrix}
0&0&-1&-1&0&0&0&0\\
0&0&-1&1&0&0&0&0\\
1&1&0&0&0&0&0&0\\
1&-1&0&0&0&0&0&0\\
0&0&0&0&0&0&1&1\\
0&0&0&0&0&0&1&-1\\
0&0&0&0&-1&-1&0&0\\
0&0&0&0&-1&1&0&0
\end{pmatrix}
\bf{e}\
\end{gather}

「これが8つの偏極の正体なのか?つまり片側作用で変換する八元数ぶんの自由度が?」
 8成分だがベクトルではない量――探そうとしていたものがこんなにも早く与えられたことに驚きながらもデルフィーノは何かを掴みかけている感覚を確かなものとしたい思いに焦れていた。
「そう考えるにはまだ早いわ。物理学の問題として語る以上、片側作用で変換するふたつの八元数――そうね、それぞれ左方ベクトル(レフトル)、右方ベクトル(ライトル)と呼びましょう――で波を記述する方程式を得る必要がある」

\begin{gather}
\partial=\partial_\mu e_\mu\\
(\partial\bar{\partial}+m^2)\psi=0
\end{gather}

「8-空間それぞれの方向に対する1次の微分演算子はベクトルよ。共役との積をとって質量の2乗を加えると波動の演算子になる」
「ここには8成分になるべき理由はない」
 光の場と1成分輝素波は波動方程式としては同じふるまいをするがその成り立ちは異なる。自由波の波動方程式レベルでは光の場の8成分は独立だ。しかし、それが従う基礎方程式は8成分が互いに絡み合うものになっている。
「2次の波動の演算子を作用させるのではなく1次の演算子を作用させるにとどめるなら……」
 デルフィーノは天啓を得たようだった。
「ベクトルかけるライトルはレフトルだ」

            変換則
\begin{align}
\mbox{ベクトル}&\ \ \ \partial\mapsto \partial'=M\lbrack v \rbrack M\lbrack u \rbrack\partial=v(\bar{u}\partial\bar{u})v\\
\mbox{レフトル}&\ \ \ \psi_L\mapsto\psi'_L=L\lbrack u, v \rbrack\psi_L=v(\bar{u}\psi_L)\\
\mbox{ライトル}&\ \ \ \psi_R\mapsto\psi'_R=R\lbrack u,v \rbrack\psi_R=\bar{v}(u\psi_R)\\
\mbox{ベクトル×ライトル}&\ \ \ 
\partial\psi_R\mapsto\partial'\psi'_R=(v(\bar{u}\partial\bar{u})v)(\bar{v}(u\psi_R) )=
v(\bar{u}(\partial\psi_R) )\\=
\mbox{レフトル}&\hspace{6.6em}=L\lbrack u,v \rbrack(\partial\psi_R)\\
\mbox{共役ベクトル×レフトル}&\ \ \
\bar{\partial}\psi_L\mapsto\bar{\partial'}\psi'_L=(\bar{v}(u\bar{\partial}u)\bar{v})(v(\bar{u}\psi_L) )=
\bar{v}(u(\bar{\partial}\psi_L) )\\=
\mbox{ライトル}&\hspace{6.6em}=R\lbrack u,v \rbrack(\bar{\partial}\psi_L)\\
\end{align}

「同様に共役ベクトル×レフトルはライトル。ループの法則だ。片側作用と両側作用を縮約できる」
「これでライトルとレフトルが絡む微分方程式を書けるわ!」

\begin{align}
\partial\psi_R=\hspace{-.6em}?\hspace{.3em}m\psi_L\ ,\ \ -\bar{\partial}\psi_L=\hspace{-.6em}?\hspace{.3em}m\psi_R
\end{align}

 デルフィーナが書いた連立方程式は、片側ベクトル特有の幾何学的性質によって波動方程式が1次の微分方程式2本に分離されていた。
「輝素の偏極の8自由度は、その8-運動量に応じて状態が動く8つの複素平面に対応するとしましょう。レフトルの8成分とライトルの8成分――合計16成分を8つの複素数とみなすことはできるかしら?」
 それはほとんど修辞的な疑問として先細りになった。

\begin{gather}
x=x_0e_0+x_1e_1+x_2e_2+x_3e_3+x_4e_4+x_5e_5+x_6e_6+x_7e_7\\
\hspace{3em}=(x_0+x_1e_1)+e_2(x_2-x_3e_1)+e_4(x_4-x_5e_1)+e_6(x_6-x_7e_1)\\
xe_1=(-x_1+x_0e_1)+e_2(x_3+x_2e_1)+e_4(x_5+x_4e_1)+e_6(x_7+x_6e_1)\\
(xe_1)e_1=-x
\end{gather}

八元数の全体を4つの複素数の直和と見ることは可能だ。しかし八元数の演算だけで1階微分に応じた複素平面の4分の1回転は表せない。非結合性が邪魔をする」

\begin{gather}
(\partial\psi_R)e_1=\hspace{-.6em}?\hspace{.3em}m\psi_L\ ,\ \ 
(\bar{\partial}\psi_L)e_1=\hspace{-.6em}?\hspace{.3em}m\psi_R\\
\Rightarrow m^2\psi_R=(\bar{\partial}(\partial\psi_R)e_1)e_1\neq -\bar{\partial}\partial\psi_R\\
L\lbrack u,v \rbrack(\psi_Le_1)\neq (L\lbrack u,v \rbrack\psi_L)e_1
\end{gather}

「そもそもこれでは幾何学が壊れている」
 実現したい理念を確かめるためだけにデルフィーノは渋々"二重に"誤っている式を書いてみた。
「複素化すればいい。代数法則はそのまま受け継がれる」
 既に議論から離脱していたと思われたデルフィーンが視線をこちらに向けることさえなく助言を加えた。
「なるほど。"複素"八元数か。だがそれは自由度を倍加することにならないか?ふたつの複素八元数。16の複素平面
「減るよりはいいわ。光の場の回転が解くことのできない重なりがまだ残っているのかも。そういった問題に向き合うのはとにかく解を求めてからよ」

\begin{align}
\sqrt{-1}\partial\psi_R=m\psi_L\ ,\ \ 
\sqrt{-1}\bar{\partial}\psi_L=m\psi_R
\end{align}

「しかしこれなら光の場も今までとほとんど同じ方法で入れられるな」

\begin{gather}
(\sqrt{-1}\partial-qA)\psi_R=m\psi_L\ ,\ \ 
(\sqrt{-1}\bar{\partial}-q\bar{A})\psi_L=m\psi_R\\
A=A_\mu e_\mu
\end{gather}

 複素1成分輝素波方程式に光の場を入れるとき、波数-運動量にあたる演算子に光の持つベクトルを単にたす方法が採られ、多くの実験がその処方の正しさを裏付けていた。実際、光学固体スペクトルの測定結果は比較的微細な8分裂を除いてほとんどそれで説明することができる。"実"八元数波動方程式の困難は、その処方を実行できない点にもあった。しかし複素八元数ならこれまでと同様に、それどころか回転物理学の幾何学をより正しく反映した形で書くことができる。
 デルフィーノはしばらくの計算の後、扱いやすいマトリックスの形式に書き直した。

\begin{gather}
(\sqrt{-1}\partial_\mu-qA_\nu)(\varsigma^\mu)_{\nu\rho}\psi_{R\rho}=m\psi_{L\rho}\ ,\ \ 
(\sqrt{-1}\partial_\mu-qA_\nu)(\bar{\varsigma}^\mu)_{\nu\rho}\psi_{L\rho}=m\psi_{R\rho}\\
e_\mu e_\nu=(\varsigma^\mu)_{\nu\rho}e_\rho\\
\bar\varsigma^\mu=
\left\{\begin{array}{cl}\varsigma^0&\mu=0\\-\varsigma^\mu&\mu=1,2,3,4,5,6,7
\end{array}\right.\\
\varsigma^0={\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2\ ,\ \ 
\varsigma^1={\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2\otimes\varepsilon\ ,\ \ 
\varsigma^2=\sigma_3\otimes\varepsilon\otimes\sigma_3\ ,\ \ 
\varsigma^3={\bf 1}_2\otimes\varepsilon\otimes\sigma_1\\
\varsigma^4=\varepsilon\otimes{\bf 1}_2\otimes\sigma_3\ ,\ \ 
\varsigma^5=\varepsilon\otimes\sigma_3\otimes\sigma_1\ ,\ \ 
\varsigma^6=\sigma_1\otimes\varepsilon\otimes\sigma_3\ ,\ \ 
\varsigma^7=\varepsilon\otimes\sigma_1\otimes\sigma_1\\
\left(\sigma_1=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}\ ,\ \ 
\varepsilon=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}\ ,\ \ 
\sigma_3=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}\right)\\
\end{gather}

八元数のままでは計算には不向きだ。何にせよ八元数の構造を表現できるなら同じこと」

\begin{gather}
(\sqrt{-1}\partial_\mu\gamma^\mu-qA_\mu\gamma^\mu-m)\psi=0\\
\psi=\left(\!\begin{array}{c}\psi_L\\ \psi_R\end{array}\!\right)\\
\gamma^\mu=\begin{pmatrix}0&\varsigma^\mu\\ \bar{\varsigma}^\mu&0\end{pmatrix}=
\left\{\begin{array}{cl}\sigma_1\otimes\varsigma^0 & \mu=0\\
\varepsilon\otimes\varsigma^\mu&\mu=1,2,3,4,5,6,7
\end{array}\right.
\end{gather}

 マトリックス形式で書いてさえしまえばあとは慣れたものだった。鮮やかな手つきでデルフィーノは光の場がないときの平面波解を求めてみせた。
「16の自由度のうち半分は正エネルギー、半分は絶対値が同じで逆符号の負エネルギーの波になる」
「正負のエネルギーが同時に現れるのね。捨て去ってしまうわけにはいかない。正しい解釈は後に回しましょう。でも私たちのよく知った正エネルギーのほうについてならちょうど8成分。光の偏極とは全く異なる由来の8成分。縦波でも横波でもない。これが8つの偏極の正体だという主張をもっと確からしいものにするには……」
「光の場によるエネルギー準位の分裂を再現すればいい」
「その通り」
 まもなくふたりが発見したのは、運動量の空間成分がじゅうぶん小さいという近似の下で主要項は複素1成分波動方程式にほとんど一致することだった。この範囲では正エネルギーの複素8成分は独立している。しかしわずかに現れた差異はそれらを混ぜる働きを持っているだけではなく非常に示唆的な形をしていた。
「光の場の回転成分がエネルギーに影響するんだわ。これは実験結果を説明するにはとても……とても魅力的ね」
 ふたりともが幾何学の導いたこの結果に茫然としていた。
定量的にも正しさは裏付けられるだろうか。測定結果を集めて理論値と比較してみよう。近似の精度をもっと高めることも必要だ。それができればより微妙な効果を調べるための実験系を設計できるかもしれない」
 疲れを感じる機能は壊れていた。こんなことはそう何度も経験できるものではない。手元にあるだけの測定データとの比較検証、新しい実験計画、同僚たちに公表するための資料作成……全てに頭を巡らせながら自分たちのなすべきことに没頭していった。
 デルフィーンは自分のささやかな助言が役に立ったらしいことに満足すると同時に、純粋な数学的対象が物理を説明したかもしれない現場に立ち会ったことに心地よい驚きを覚えていた。次に物理に現れるのはどんな数学だろうか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

解説
 グレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』第33章へのオマージュ。カルラとパトリジアとロモロが四元数を通じてスピンを発見するところ。ここほんとラブ。ただし舞台を8+0次元宇宙に移している。その結果四元数ではなく八元数が役に立つようになり……。
 光学固体に関して冒頭に自分のものであるように書いているのはなかなか悪質だが、消化しきれていなかった部分を噛み砕いてみようという試みの反映。ただ正直実際にどんな測定をしているのか想像しきれていない。遊離輝素をどうやって供給するのか(波面と輝素は光源方向に向かうんですよね)、とか、スペクトルをはかるためのプローブとして何を使うのか、とか。だから結局肝心なところでごまかし気味。
 というかわざわざこんな二次創作めいたことをしているのもカルラたちの論理を今一度追っておきたかったからである。弁明。
 作中独自のいくつかの用語はそのまま使っている。"輝素"は電子、"光源強度"は電荷、"回転物理学"は(特殊)相対性理論におおよそ相当。"光子"は語としてはそのままだが質量を有することに注意。このため光は縦波成分を持つことになる。同じ理由から電場と磁場が遠隔力としては働かない。そのためStern –Gerlach実験のように巨視的な磁場を使った実験からスピンを見つけるのは困難で、時間周波数の長い紫外光レーザーを利用した"光学固体"のような特殊な実験系によって初めてその存在に気付くことになる。
 Homo sapiensの人名を使えない制約などから書けなかった用語について以下に並べておく。

  • 任意の整数は4つの平方数の和であること……Eulerの4平方定理
  • n変数の2乗和の積がそれらの双線形形式n個の2乗和で表せるのはn=1,2,4,8に限られること……Hurwitzの定理
  • 八元数の非零元の全体のように、積について「弱められた結合則」が成り立つ代数系……Moufang ループ
  • なお八元数はCayley代数とも呼ばれる。
  • デルフィーナたちが最初に見つけた実八元数の連立微分方程式は、Majoranaフェルミオンを記述する相対論的波動方程式に等価である。Majoranaフェルミオンはその反粒子と粒子が同一で、従って電荷を持たず電磁相互作用をしない。

 この長さだし世界観について特に練っているわけではないものの登場人物が3人いて名前がほとんど同じなのはそういうことだ。"双"(co)ならぬ……(アシモフの『神々自身』っぽい)。ついでに微妙にD4(\mathfrak{so}(8)と同型なリー環のクラス)を意識しつつイタリア人っぽい名前を選んでいる。

 三対性(triality)は双対性(duality)にちなんで名付けられたSO(8)に特有の性質である。実はイーガンが直交宇宙の量子力学解説ページからリンクを張っている数理物理学者John Baezのページがこれに関するものだったりする。
Riemanian Quantum Mechanics [Extra] by Greg Egan
http://www.gregegan.net/ORTHOGONAL/07/QMExtra.html
Spinors and Trialities by John Baez
http://math.ucr.edu/home/baez/octonions/node7.html
 大雑把に言って、SO(8)の元に対してふたつのSO(8)の元が対応してその組がスピノル表現になっている、というもの。しかも三つ組のなすSpin(8)と同型な群は3次対称群に同型な自己同型群を持っている。まさしく三対性である。

 個人的な経験についても語っておきたい。Spin(6)を以前の記事で調べたあと、自然な成り行きとしてSpin(8)を調べることになったのだが、ガンマ行列をうまく選ぶとその交換子積がすべて8×8実反対称行列が2つ並ぶブロック対角の形になることに気付いた。\mathfrak{so}(8)内に非自明な全単射があるのだ。しかも左巻き成分と右巻き成分からカレントを作ると(本文中では省いたが、レフトルとライトルの共役(複素数八元数両方の共役をとる)の積は実部と虚部がそれぞれ軸性ベクトルカレントとベクトルカレントに対応する)八元数の積らしき形をしている。嬉しい。本文での発見の道順とは逆だった。
 しかしここまで文字通りの意味で八元数によってDirac方程式が書けるとは思っていなかった。いつかこういうパロディをやれたらいいなとは空想していたけど。ちなみに八元数を分解型八元数に置き換えると得られるのは4+4次元Dirac方程式だと思う。Tetrachronauts。

参考文献
グレッグ・イーガン『クロックワーク・ロケット』(2015年、早川書房)
グレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』(2016年、早川書房)
グレッグ・イーガンアロウズ・オブ・タイム』(2017年、早川書房)
横田一郎『例外型単純リー群』(2013年、現代数学社)
川村嘉春『相対論的量子力学』(2012年、裳華房)
J.H.コンウェイ、D.A.スミス『四元数八元数 幾何, 算術, そして対称性』(2006年、培風館)

4次実Clifford代数, Spin(5,1), Spin(3,3)

Trichronauts...

f:id:shironetsu:20170904163402p:plain:w600



Clifford代数

 Clifford代数{C\ell_{p,q}(\mathbb{R}),\ \ \ (p+q=4)}から始める.

{
\begin{gather}
\{\Gamma^a,\Gamma^b\}=\Gamma^a \Gamma^b + \Gamma^b\Gamma^a=2Q^{ab}\\
Q^{ab}=\left\{\begin{array}{cc}
 +1&a=b=1,\cdots p\\ -1&a=b=p+1,\cdots 4\\
0&a\neq b
\end{array}\right.\\
(a,b=1,2,3,4)
\end{gather}
}

{1, \Gamma^a,\Gamma^a\Gamma^b,\Gamma^a\Gamma^b\Gamma^c,\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4(a,b,c}は異なる)は{2^4=16}次元の実線形空間の基底を成しており, その線形結合は和と積について閉じている. なお,本記事中, ラテン文字a,b,c...の添え字は1から4までとする.

そのうち{\Gamma^0,\Gamma^5}を次のように定義する.

{
\begin{align}
\Gamma^0&=1,\ \ \ \Gamma^5=\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4
\end{align}
}

{
\begin{gather}
\{\Gamma^a,\Gamma^5\}=0\\
(\Gamma^5)^2=\det (Q^{ab})=(-1)^q
\end{gather}
}

に注意. {\Gamma^0,\cdots,\Gamma^5}によって張られる実線形空間{\mathfrak{J}}と定義する.

{
\begin{align}
\mathfrak{J}={\rm Span}_{\mathbb{R}}\langle \Gamma^0,\Gamma^1,\cdots,\Gamma^5\rangle
\end{align}
}

{\mathfrak{J}}上の元に対してチルダ~であらわされる共役を次のように定義する.

{
\begin{align}
X&=X_0\Gamma^0+X_1\Gamma^1+X_2\Gamma^2+X_3\Gamma^3+X_4\Gamma^4+X_5\Gamma^5\in\mathfrak{J}\\
\rightarrow \tilde{X}&\equiv X_0\Gamma^0-X_1\Gamma^1-X_2\Gamma^2-X_3\Gamma^3-X_4\Gamma^4-X_5\Gamma^5
\end{align}
}

すなわち基底のうち{\Gamma^0}以外の符号が反転する. 基底の間には次の関係がある.

{
\begin{gather}
\Gamma^\mu\tilde{\Gamma}^\nu+\Gamma^\nu\tilde{\Gamma}^\mu=2g^{\mu\nu}\\
g^{\mu\nu}\equiv\left\{\begin{array}{cc}
1&\mu=\nu=0\\ -Q^{\mu\mu}&\mu=\nu=1,\cdots,4\\ -\det(Q^{ab})=(-1)^{q+1}&\mu=\nu=5\\
0&\mu\neq \nu
\end{array}\right.\\
\end{gather}
}

ギリシャ文字{\mu,\nu,\cdots}は0から5までを表すとする.

このチルダを用いて{\mathfrak{J}}上の内積を次のように定義する.

{
\begin{align}
\langle X,Y\rangle&\equiv \mathfrak{R}(X\tilde{Y})\\
&=g^{\mu\nu}X_\mu Y_\nu\\
&=\langle Y,X\rangle
\end{align}
}

ただし{\mathfrak{R}(A)\ A\in C\ell_{p,q}(\mathbb{R})}はAの{\Gamma^0}成分を表すとする.
{\Gamma^0,\cdots,\Gamma^5}はこの内積に対して正規直交基底である.

さて, {C\ell_{p,q}(\mathbb{R})}上に, Aに応じて定まる線形変換{f^{\pm}\lbrack A\rbrack}を次のように定義する.

{
\begin{align}
f^+ \lbrack A\rbrack X&\equiv AX+XA\\
f^- \lbrack A\rbrack X&\equiv AX-XA\\
A,X&\in C\ell_{p,q}(\mathbb{R})
\end{align}
}

±それぞれが反交換子積, 交換子積に対応する. Xが{\mathfrak{J}}の元であるとき, いかなるときに{f\lbrack A\rbrack}{\mathfrak{J}}上の線形変換になるか調べる. Aの基底について調べれば十分.


(i){A=1}のとき
どちらの場合にも明らかに線形変換(スカラー倍のためあまり興味がない)

(ii){A=\Gamma^a}のとき
a=1の場合に

{
\begin{align}
\Gamma^1\Gamma^0&=\Gamma^0\Gamma^1=\Gamma^1\in\mathfrak{J}\\
\Gamma^1\Gamma^1&=Q^{11}\Gamma^0\in\mathfrak{J}\\
\Gamma^1\Gamma^2&=-\Gamma^2\Gamma^1\not\in\mathfrak{J}\\
\Gamma^1\Gamma^5&=-\Gamma^5\Gamma^1=Q^{11}\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4
\end{align}
}

などから,

{
\begin{align}
f^+\lbrack \Gamma^a \rbrack X\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

(iii){A=\Gamma^a\Gamma^b\ \ \ (a < b)}のとき
{a=1,b=2}の場合に

{
\begin{align}
(\Gamma^1\Gamma^2)\Gamma^0&=\Gamma^0(\Gamma^1\Gamma^2)
\not\in\mathfrak{J}\\
(\Gamma^1\Gamma^2)\Gamma^1&=-\Gamma^1(\Gamma^1\Gamma^2)=-Q^{11}\Gamma^2\in\mathfrak{J}\\
(\Gamma^1\Gamma^2)\Gamma^3&=\Gamma^3(\Gamma^1\Gamma^2)\not\in\mathfrak{J}\\
(\Gamma^1\Gamma^2)\Gamma^5&=\Gamma^5(\Gamma^1\Gamma^2)=-Q^{11}Q^{22}\Gamma^3\Gamma^4\not\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

などから,

{
\begin{align}
f^-\lbrack \Gamma^a\Gamma^b \rbrack X\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

(iv){A=\Gamma^a\Gamma^b\Gamma^c\ \ \ (a < b < c)}のとき
{a=1,b=2,c=3}の場合に

{
\begin{align}
(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)\Gamma^0&=\Gamma^0(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)\not\in\mathfrak{J}\\
(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)\Gamma^1&=\Gamma^1(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)=Q^{11}\Gamma^2\Gamma^3
\not\in\mathfrak{J}\\
(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)\Gamma^4&=-\Gamma^4(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)=\Gamma^5\in\mathfrak{J}\\
(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)\Gamma^5&=-\Gamma^5(\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3)=-Q^{11}Q^{22}Q^{33}\Gamma^4\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

などから,

{
\begin{align}
f^{-}\lbrack\Gamma^a\Gamma^b\Gamma^c\rbrack X\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

(v){A=\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4=\Gamma^5}のとき

{
\begin{align}
\Gamma^5\Gamma^0&=\Gamma^0\Gamma^5=\Gamma^5\in\mathfrak{J}\\
\Gamma^5\Gamma^1&=-\Gamma^1\Gamma^5=-Q^{11}\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4\not\in\mathfrak{J}\\
\Gamma^5\Gamma^5&=\det(Q)\Gamma^0\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

などから,

{
\begin{align}
f^+\lbrack \Gamma^5\rbrack X\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

まとめると, {\Gamma^\mu(\mu=0,\cdots,5)}のとき反交換子積, {\Gamma^a\Gamma^b,\Gamma^a\Gamma^b\Gamma^c(a,b,c=1,2,3,4}で互いに相異なる)のとき交換子積が{\mathfrak{J}}上の線形変換になる.

そこで{C\ell_{p,q}(\mathbb{R})}の元に対して次のシャープ{\sharp}で表される共役を定義する.

{
\begin{align}
(\Gamma^\mu)^\sharp&=\Gamma^\mu\\
(\Gamma^a\Gamma^b)^\sharp&=-\Gamma^a\Gamma^b\\
(\Gamma^a\Gamma^b\Gamma^c)^\sharp&=-\Gamma^a\Gamma^b\Gamma^c
\end{align}
}

{\sharp}は和, 実数倍と順序を入れ替えられ, これら基底の線形結合に対しては各基底に対して共役を取ればよい. つまり異なる{\Gamma^a}2つか3つの積で表される基底の成分の符号を反転させたものになる

この共役は次のようにも表される.

{
\begin{align}
(\Gamma^{a_1}\Gamma^{a_2}\cdots\Gamma^{a_{m\!-\!1}}\Gamma^{a_m})^\sharp=\Gamma^{a_m}\Gamma^{a_{m\!-\!1}}\cdots\Gamma^{a_2}\Gamma^{a_1}
\end{align}
}

ゆえに

{
\begin{align}
(AB)^\sharp=B^\sharp A^\sharp
\end{align}
}

が成り立っている.

このシャープ共役を用いて

{
\begin{align}
f\lbrack A\rbrack X\equiv AX+XA^\sharp
\end{align}
}

と定義すると, 上で調べたことは

{
\begin{gather}
A\in C\ell_{p,q}(\mathbb{R}),\ \ \ X\in\mathfrak{J}\\
\Rightarrow f\lbrack A\rbrack X\in\mathfrak{J}\\
\end{gather}
}

とまとめられる. つまり{f\lbrack A\rbrack}{\mathfrak{J}}上の線形変換である. これを利用すると,

{
\begin{align}
D&=\exp(A)=\sum_{n=0}^\infty\frac{A^n}{n!}\\
\Rightarrow& DXD^\sharp\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

が示される*1.



Lie群
Aのうち{\Gamma^0}成分は実数倍にしか寄与しない. そこで{C\ell_{p,q}(\mathbb{R})}の基底から{\Gamma^0}を除き, その他15個で張られる部分空間を{\mathfrak{g}}と表す. {\mathfrak{g}}は交換子積について閉じるためLie代数を成している.

{
\begin{gather}
\mathfrak{g}={\rm Span}_{\mathbb{R}}\{\Gamma^a,\Gamma^a\Gamma^b,\Gamma^a\Gamma^b\Gamma^c,\Gamma^5|a,b,c\mbox{は互いに異なる}\}\\
\dim{\mathfrak{g}}=15
\end{gather}
}

この元を指数の肩に載せて作られるLie群をGで表す.

{
\begin{align}
G=\{\exp(A)|A\in\mathfrak{g}\}
\end{align}
}

このGの元Dに対して{\mathfrak{J}}上の線形変換{h\lbrack D\rbrack}

{
\begin{align}
h\lbrack D\rbrack X\equiv DXD^\sharp\ \ \ D\in G,\ X\in\mathfrak{J}
\end{align}
}

で定義する. 次のことが示される.

{
\begin{align}
h\lbrack (D^\sharp)^{-1}\rbrack \tilde{X}=\widetilde{(h\lbrack D\rbrack X)}
\end{align}
}

これは

{
\begin{align}
f\lbrack -A^\sharp\rbrack \tilde{X}=\widetilde{(f\lbrack A\rbrack X)}
\end{align}
}

をA,Xそれぞれの基底について示せば十分であり, 実際に上でやったように計算すればこれが確かめられる. たとえば{X=\Gamma^0}なら

{
\begin{align}
f\lbrack -A^\sharp\rbrack \tilde{\Gamma^0}
&=-A^\sharp-A\\
&=-(A^\sharp+A)\\
&=\widetilde{(f\lbrack A\rbrack \Gamma^0)}
\end{align}
}

などである*2.

これを用いると, 上で定義した{\mathfrak{J}}上の内積について,

{
\begin{align}
\langle h\lbrack D\rbrack X,h\lbrack D\rbrack Y \rangle
&=\mathfrak{R}(h\lbrack D\rbrack X)(h\lbrack (D^\sharp)^{-1}\rbrack \tilde{Y})\\
&=\mathfrak{R}(DXD^\sharp (D^\sharp)^{-1}\tilde{Y}D^{-1})\\
&=\mathfrak{R}(X\tilde{Y})\\
&=\langle X,Y\rangle
\end{align}
}

つまり{h\lbrack D\rbrack}は計量同型写像になっている.



行列表現, 3+3次元の例

 ここで行列表現を与える(逆にここまでは行列表現に依存していなかった). {\Gamma}をそのまま表現行列として同一視する.
 例として,{p=3,\ q=1,\ Q^{ab}={\rm diag}(+++-)}の場合を考える. 3+1次元Lorentz計量のそれ(いわゆる東海岸cnvention)である. Pauli行列を用いて次のように取ることができる.

{
\begin{align}
\Gamma^1=\sigma^3\otimes {\bf 1}_2,\ 
\Gamma^2=\sigma^1\otimes \sigma^1,\ 
\Gamma^3=\sigma^1 \otimes \sigma^3,\ 
\Gamma^4=i(\sigma^1\otimes \sigma^2)
\end{align}
}

このとき,

{
\begin{gather}
\Gamma^0={\bf 1}_4={\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2,\ 
\Gamma^5=i(\sigma^2\otimes{\bf 1}_2)\\
g^{\mu\nu}={\rm diag}(+---++)
\end{gather}
}

その他の{C\ell_{3,1}(\mathbb{R})}の基底を以下に列挙する.

{
\begin{gather}
\Gamma^1\Gamma^2=i(\sigma^2\otimes\sigma^1),\ \ 
\Gamma^1\Gamma^3=i(\sigma^2\otimes\sigma^3),\ \ 
\Gamma^1\Gamma^4=-(\sigma^2\otimes\sigma^2)\\
\Gamma^2\Gamma^3=-i({\bf 1}_2\otimes\sigma^2),\ \ 
\Gamma^2\Gamma^4=-({\bf 1}_2\otimes\sigma^3),\ \ 
\Gamma^3\Gamma^4={\bf 1}_2\otimes\sigma^1\\
\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3=-i(\sigma^3\otimes\sigma^2),\ \ 
\Gamma^1\Gamma^2\Gamma^4=-(\sigma^3\otimes\sigma^3),\ \ 
\Gamma^1\Gamma^3\Gamma^4=\sigma^3\otimes\sigma^1,\ \ 
\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4=\sigma^1\otimes{\bf 1}_2
\end{gather}
}

Pauli行列は{\sigma^2}のみが虚数成分を持つことに注意すると, これらが4次の実行列の基底を成していることが分かる(と言うよりそうなるように最初の{\Gamma}を選んだ). すなわち,

{
\begin{align}
C\ell_{3,1}(\mathbb{R})\cong M(4,\mathbb{R})
\end{align}
}

また, {\Gamma^0={\bf 1}_4}以外はトレースレスであるから,

{
\begin{align}
\mathfrak{g}=\{A\in M(4,\mathbb{R})|{\rm Tr}(A)=0\}=\mathfrak{sl}(4,\mathbb{R})
\end{align}
}

ゆえに, Gは行列式が1の4×4行列のなす群である*3.

{
\begin{align}
G=SL(4,\mathbb{R})
\end{align}
}

そして上で議論した通り, Gの元Dについて{h\lbrack D\rbrack$は$\mathfrak{J}}上の計量同型な線形写像への準同型で, 二対一の対応関係を持つ. このことから

{
\begin{align}
SL(4,\mathbb{R})/Z_2\cong O(3,3)_0
\end{align}
}

が示される. {O(3,3)_0}{O(3,3)}単位元との連結成分のなす群である. これにより,

{
\begin{align}
Spin(3,3)\cong SL(4,\mathbb{R})
\end{align}
}

を得る.

これを利用してDirac方程式を導出する. 3+3次元の座標変換Oに応じてベクトルVとそのチルダ共役は

{
\begin{gather}
V=V_\mu\Gamma^\mu\rightarrow V'=V_{\mu'}\Gamma^{\mu'}=D(O)VD(O)^\sharp\\
\tilde{V}=V_\mu\tilde{\Gamma}^\mu\rightarrow \tilde{V}'=V_{\mu'}\tilde{\Gamma}^{\mu'}=(D(O)^{-1})^\sharp VD(O)^{-1}
\end{gather}
}

と変換する. これと同時に次のように変換する2つの2×4の実行列を導入する.

{
\begin{align}
\Psi_L&\rightarrow \Psi'_L=D(O)\Psi_L\\
\Psi_R&\rightarrow \Psi'_R=(D(O)^{-1})^{\sharp}\Psi_R\\
\Psi_L,\Psi_R&\in M_{2\times 4}(\mathbb{R})
\end{align}
}

次の微分方程式はSO(3,3)共変性をもつ.

{
\begin{gather}
\partial_\mu\tilde{\Gamma}^\mu \Psi_L(i\sigma^2)=m\Psi_R\\
\partial_\mu\Gamma^\mu \Psi_R(i\sigma^2)=m\Psi_L
\end{gather}
}

すべての成分が実数であることに注意. これが3+3次元のDirac方程式である.

各成分はKlein-Gordon方程式も満たす*4;

{
\begin{align}
(g^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu+m^2)\binom{\Psi_L}{\Psi_R}=\binom{0}{0}
\end{align}
}

{\sigma^3}固有値は1,-1であり,{\sigma^2}をその固有ベクトルu,vに掛けると次のようになる.

{
\begin{gather}
\sigma^2u=iv,\ \ \ \sigma^2v=-iu\\
u=\binom{1}{0},\ \ \ v=\binom{0}{1}
\end{gather}
}

上の連立方程式に右からu,vをかける.

{
\begin{align} -\partial_\mu\tilde{\Gamma}^\mu (\Psi_Lv)&=m(\Psi_Ru)\\ -\partial_\mu\Gamma^\mu (\Psi_Rv)&=m(\Psi_Lu)\\
\partial_\mu\tilde{\Gamma}^\mu (\Psi_Lu)&=m(\Psi_Rv)\\
\partial_\mu\Gamma^\mu (\Psi_Ru)&=m(\Psi_Lv)
\end{align}
}

これらは元の式と同値で(単位行列をかけて列ベクトルに分解しただけなので), すべて実数から成っている. そのため,(第3式)-i×(第1式), (第4式)-i×(第2式)のふたつの複素数の方程式の実部と虚部をとれば再構成できる. すなわち,

{
\begin{align}
\psi_L=\Psi_L(u+iv),\ \ \ \psi_R=\Psi(u+iv)\in\mathbb{C}^4
\end{align}
}

とおき(u+ivは{\sigma^2}固有ベクトル),

{
\begin{align}
i\partial_\mu\tilde{\Gamma}^\mu \psi_L&=m\psi_R\\
i\partial_\mu\Gamma^\mu \psi_R&=m\psi_L
\end{align}
}

と表しても同値. さらにまとめて

{
\begin{gather}
i\partial_\mu\gamma^\mu\psi=m\psi\\
\gamma^\mu=\begin{pmatrix}
0&\Gamma^\mu\\
\tilde{\Gamma}^\mu&0
\end{pmatrix}\in M(8,\mathbb{C}),\ \ \ 
\psi=\binom{\psi_L}{\psi_R}\in\mathbb{C}^8
\end{gather}
}

とすればいつも通りのDirac方程式になる. スピノルの変換は

{
\begin{gather}
\psi\rightarrow \psi'=S(O)\psi\\
\psi=\begin{pmatrix}
D(O)&0\\
0&(D(O)^{-1})^\sharp
\end{pmatrix}
\end{gather}
}

ガンマ行列は具体的には,

{
\begin{gather}
\gamma^0=\sigma^1\otimes{\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2,\ 
\gamma^1=i(\sigma^2\otimes\sigma^3\otimes {\bf 1}_2),\ 
\gamma^2=i(\sigma^2\otimes\sigma^1\otimes \sigma^1),\\
\gamma^3=i(\sigma^2\otimes\sigma^1 \otimes \sigma^3),\ 
\gamma^4=-(\sigma^2\otimes\sigma^1\otimes \sigma^2),\ 
\gamma^5=-(\sigma^2\otimes\sigma^2\otimes{\bf 1}_2)\\
\gamma^\mu\gamma^\nu+\gamma^\nu\gamma^\mu=2g^{\mu\nu}{\bf 1}_8
\end{gather}
}

となっている.

実はSpin(3,3)とSL(4,R)の同型に関する以上の道筋は, Spin(5,1)とSL(2,H)の同型を示した際の議論において, 四元数を分解型四元数(split quaternion), 複素数分解型複素数(split complec number)に置き換えたものと並行になっている.
5+1次元Dirac方程式 - Spin(5,1)とSL(2,H)の同型から - Shironetsu Blog


逆に最初に{Q={\rm diag}(++++)}とすればSpin(5,1)とSL(2,H)の同型が現れる. 本項では一段抽象度の高い4次の実Clifford代数から初めて両者を統一的に扱ったことになる.

では, 他のQを採用すれば6次元の他の直交群が現れるかというと残念ながらそうはならない. Qとgとの対応関係は以下のようになるためである.

Q g
++++ +-----
+++- +---++
++-- +--++-
+--- +-++++
---- +++++-

このようにgには1+5か3+3しか現れない.



おわり
 Spin(2,2)と同型なSL(2,R)×SL(2,R)はふたつの自明でない群の直積であるため, Spin(3,1)とSL(2,C)の同型をヒントにSpin(5,1)とSL(2,H)の同型を構成したときとはやや異なるがだいたい同じ対応関係がSpin(3,3)とSL(4,R)との間にある. 上の図で2+2の下に3+3を並べたのはそういった理由から.
2+2次元Dirac方程式―Dichronautsをよみはじめた - Shironetsu Blog

 本項の内容は前回5+1次元を扱ったときに行列表現を眺めていたら気付いたことだった.SL(4,R)にしてもSL(2,H)にしても32次元の4次複素行列環の半分, 16次元部分線形空間の元になっており4次の実Clifford代数の次元に一致していたのだった. 同じようにうまくはいかないがSpin(6,0)とSpin(4,2)ももう少し抽象的に理解したいところである.



参考
横田一郎『古典型単純リー群』(現代数学社, 2013年)

*1:{
\begin{align}
g(t)&=\exp(tA)X\exp(tA^\sharp)
\end{align}
} を実数tの関数としてMaclaurin展開した後t=1を代入すると示される.

*2:一般に{A\in C\ell_{p,q}(\mathbb{R})}に対して {
\begin{align}
A+A^\sharp\in\mathfrak{J}
\end{align}
} であるが, 特に{A\in\mathfrak{g}}なら{A+A^\sharp}{\Gamma^0}成分をもたない. ...といったことからこの主張は示されるが, もう少し簡潔に示したいところである.

*3:一般にSL(n,R)は弧状連結.

*4:超双曲型の偏微分方程式であり, さらに時間次元と空間次元が完全に等価になるため質量部分の符号の取り方について決め手がないが, とにかく共変性は正しく持っている.

5+1次元Dirac方程式 - Spin(5,1)とSL(2,H)の同型から

「じゅうぶんなレプトン原子核内部にしっかりととどめられるようなエネルギー・レベルはすべて埋められ、最外部のレプトンが、原子核間にそれなりの距離を残したままふたつの原子を結合させられる分だけ突き出す。最初のふたつのレベルは完全に埋めなくてはなりませんが、それにはレプトン二十四個が必要です――だからあらゆる安定な分子は、慎重に配置された原子番号25かそれ以上の原子数個を必要とする。」

グレッグ・イーガンディアスポラ』p.386の改変. 数字を変えている. というのは以下の理由から. 「参考」にリンクを張っている「『ディアスポラ』5+1次元宇宙についての考察」では次のように指摘されている.

ところで、「ディアスポラ」の原子で最初の2つのレベルは完全に埋めるには、6つの軌道のひとつひとつを4つのスピン状態で埋めることになるので、レプトンは12個でなくて24個必要になるのではないでしょうか。

 『ディアスポラ』の元の文章で「レプトン十二個」となっているのが奇妙ということ. 原子核中のポテンシャルが等方調和振動子的なものになるなら*1, エネルギー準位について基底状態1つに第1励起状態5つの計6つの軌道がレプトンによって埋められるには, 5次元空間のスピン自由度4つをかけて24個が自然に思われるがその半分しかない. スピン自由度として2を乗じているか, 他の可能性か. Greg Egan's Homepageにはこれについての解説が見当たらない.

 偶然同型など知らずともスピン自由度が{2^{\lfloor 5/2\rfloor}=4}になるのはスピノル群を考えるとすぐに分かるものの, 以上イントロ.

f:id:shironetsu:20170831130919p:plain:w500

 Lie群の偶然同型からDirac方程式を構成するシリーズその5. SO(1,5). ディアスポラのマクロ球である. 既に前の記事で触れた通り, SO(1,5)の単位元との連結成分(本義Lorentz変換, {SO(1,5)_0}と表記)の二重被覆, Spin(1,5)に対して,次の同型が成り立つ.

{
Spin(1,5)\cong SL(2,\mathbb{H})
}

右辺はSpecial Linear group(2, H)... 2次四元数特殊線形群である. つまり行列式が1の2×2四元数行列...ということになるがこれを定義するにはいくつか準備が要る. 四元数の積の非可換性のために複素数と同じようには行列式を定義できないため.

 その前に. この同型, 発想は単純である. 1+3次元, すなわち我々の宇宙でベクトルは2次Hermite行列と対応付けられて, ノルムはその行列式になるのだった. 過去の記事を参照.
点付き・点なし - Shironetsu Blog

{
\begin{align}
\det \begin{pmatrix}
t+z & x-yi\\
x+yi & t-z
\end{pmatrix}=t^2-x^2-y^2-z^2
\end{align}
}

t,x,y,zは実数. これの非対角要素をなす複素数四元数に置き換えて"行列式"を計算してみるとちょうど1+5次元のノルムになる*2.

{
\begin{align}
"\det" \begin{pmatrix}
t+v & w-xi-yj-zk \\
w+xi+yj+zk & t-v
\end{pmatrix}&=(t+v)(t-v)-(w+xi+yj+zk)(w-xi-yj-zk)\\ &= t^2-v^2-w^2-x^2-y^2-z^2
\end{align}
}

良く定義できていないため引用符付きのdet. また, 座標変換に応じて1+3次元のベクトルXは

{
X\to MXM^\dagger
}

とSL(2,C)の行列Mによって変換されていた. 同様に1+5次元のベクトルはSL(2,H)の行列によって変換されることが期待される. 少なくとも, 四元数成分の行列を左からかけ, その行列を転置して各成分の共役をとったものを右からかける操作が「対角要素が実数, 非対角要素が互いに共役な四元数となる行列」の変換(6次元実ベクトル空間とみると線形変換)になっていることは確かめられる.

{
\begin{gather}
\begin{pmatrix}
a &b\\
c &d
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
u &\bar{q}\\
q &v
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\bar{a} &\bar{c}\\
\bar{b} &\bar{d}
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
u' &\bar{q'}\\
q' &v'
\end{pmatrix}\\
u'=|a|^2u+|b|^2v+bq\bar{a}+a\bar{q}\bar{b},\ \ \ v'=|c|^2u+|d|^2v+dq\bar{c}+c\bar{q}\bar{d}\\
q'=c\bar{a}u+d\bar{b}v+dq\bar{a}+c\bar{q}\bar{b}\\
u,v,u',v'\in\mathbb{R},\ \ \ a,b,c,d,q,\bar{q}'\in\mathbb{H}
\end{gather}
}

問題はベクトル同士の内積をどう定めるか. 1+3次元の場合をヒントに

{
\begin{align}
\left\langle \begin{pmatrix}
u_1 &\bar{q_1}\\
q_1 &v_1
\end{pmatrix}, 
\begin{pmatrix}
u_2 &\bar{q_2}\\
q_2 &v_2
\end{pmatrix}\right\rangle &=\frac{1}{2}{\rm Tr}
\begin{pmatrix}
u_1 &\bar{q_1}\\
q_1 &v_1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
v_2 &-\bar{q_2}\\ -q_2 &u_2
\end{pmatrix}\\
&=\frac{1}{2}(u_1v_2+v_1u_2-q_1\bar{q_2}-\bar{q}_1q_2)
\end{align}
}

としてしまえばよさそう(最終的に採用するのも最右辺の形に等しい)だが, トレースの可換性などが成り立たないから, 変換性を考えるにあたっては具合が悪い.


 ここで利用するのが, (自然数)n次四元数行列環と2n次複素行列環のある部分集合との間の環同型である. 以下の議論は, 小林俊行『Lie群とLie環 2』(岩波書店, 1999年)の第7章を参考にしており, 記号もほぼこれに準じている.

 その前に記号を整理しておく. この記事中では複素数の共役をアスタリスク"*", 四元数の共役を上付きのバー"{\bar{}}"によって表して区別することにする. 四元数環の部分環としての複素数環を1とiの張る部分空間としてその(四元数としての)共役をとるときにも*で表す.*が付いていればjとkの要素は0ということ.

 次の関係により四元数をふたつの複素数に分解できる.

{
\begin{align}
 w+xi+yj+zk&=w+xi+(y+zi)j\\
\mathbb{H}&=\mathbb{C}\oplus\mathbb{C}j
\end{align}
}

行列の場合も同様.

{
\begin{align}
M(n,\mathbb{H})=M(n,\mathbb{C})\oplus M(n,\mathbb{C})j
\end{align}
}

このように分解したとき, 積は

{
\begin{align}
(A_1+B_1j)(A_2+B_2j)&=A_1A_2+A_1B_2j+B_1jA_2+B_1jB_2j\\ &=(A_1A_2-B_1B_2^*)+(A_1B_2+B_1A_2^*)j\\
A_1,A_2,B_1,B_2&\in M(n,\mathbb{C})
\end{align}
}

と表せる. ここでM(2n,C)の部分環MJ(2n,C)を次のように定義する.

{
\begin{align}
MJ(2n,\mathbb{C})=\{
\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}
\in M(2n,\mathbb{C})| A,B\in M(n, \mathbb{C})\}
\end{align}
}

これが和と積について閉じていることは簡単に確かめられる(略).

M(n,H)とMJ(2n,C)の間の全単射写像{\eta}を次のように定義する.

{
\begin{gather}
\eta: A+Bj\in M(n,\mathbb{H}) \mapsto \begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}\in MJ(2n,\mathbb{C})\\
A,B\in M(n,\mathbb{C}) 
\end{gather}
}

これが全単射であることは明らか. 著しい性質は, これが環の同型写像になっていることである. 和については明らかだから, 積について確かめる.

{
\begin{align}
\eta\lbrack A_1+B_1j\rbrack\eta\lbrack A_2+B_2j\rbrack
&=\begin{pmatrix}
A_1&-B_1\\
B_1^*&A_1^*
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
A_2&-B_2\\
B_2^*&A_2^*
\end{pmatrix}\\ &=
\begin{pmatrix}
A_1A_2-B_1B_2^*&-(A_1B_2+B_1A_2^*)\\
(A_1B_2+B_1A_2^*)^*&(A_1A_2-B_1B_2^*)^*
\end{pmatrix}\\ &=\eta\lbrack(A_1A_2-B_1B_2^*)+(A_1B_2+B_1A_2^*)j\rbrack\\ &=\eta\lbrack(A_1+B_1j)(A_2+B_2j)\rbrack
\end{align}
}

この関係により, 四元数行列が正則であることと対応する複素行列の行列式が非零であることとが同値になる. そして, MJ(2n,C)}]の行列式が1の要素の部分集合が積についてなす群を{SL(n,\mathbb{H})}と表記することにする. すなわち,

{
\begin{align}
SL(n,\mathbb{H})=\{X\in MJ(2n,\mathbb{C})|\det(X)=1\}
\end{align}
}

やや奇妙な表記だが, 2×2行列(SU(2)の行列の実数倍)を四元数と同一視するのと同じこと. とくにn=1のときSU(2), 単位四元数のなす群に同型. これによって四元数行列の問題が複素行列のそれに還元された.

さて, MJ(2n,C)はふたつのn×n複素行列から構成されるから実{4n^2}ベクトル空間をなしている. これに行列式が1になるという条件を課すと一見実部と虚部それぞれに対する拘束条件で2自由度が減りそうだが, MJ(2n,C)の行列式は自動的に実数になるため減る自由度は1である. このことは

{
\begin{gather}
\begin{pmatrix}
0&{\bf 1}_n\\ -{\bf 1}_n&0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
0&{\bf 1}_n\\ -{\bf 1}_n&0
\end{pmatrix} = -\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}^*\\
\end{gather}
}

の両辺の行列式をとることでMJ(2n,C)の行列式がその複素共役と一致することから確かめられる. したがってSL(n,H)の次元は{4n^2-1}. n=2のとき15となりSO(1,5)の次元と一致して具合がいい.

 以下専らn=2のみを対象とする. MJ(4,C)のR基底を見よう. 実部と虚部に分解すると,

{
\begin{align}
\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix} =
\begin{pmatrix}
{\mathfrak Re}(A)&-{\mathfrak Re}(B)\\
{\mathfrak Re}(B)&{\mathfrak Re}(A)
\end{pmatrix} +
\begin{pmatrix}
i{\mathfrak Im}(A)&-i{\mathfrak Im}(B)\\ -i{\mathfrak Im}(B)&-i{\mathfrak Im}(A)
\end{pmatrix}
\end{align}
}

また, Pauli行列を用いて

{
\begin{align}
M(2,\mathbb{R})={\rm Span}_\mathbb{R}\langle \sigma^0, \sigma^1,i\sigma^2,\sigma^3\rangle
\end{align}
}

から,

{
\begin{align}
MJ(4,\mathbb{C})=
{\rm Span}_\mathbb{R}\langle &\sigma^0\otimes\sigma^0,\  \sigma^0\otimes\sigma^1,\ i(\sigma^0\otimes\sigma^2),\ \sigma^0\otimes\sigma^3,
\\&i(\sigma^2 \otimes \sigma^0), \ i(\sigma^2\otimes\sigma^1),\ \sigma^2\otimes\sigma^2,\ i(\sigma^2\otimes \sigma^3)
\\&i(\sigma^3\otimes\sigma^0), \ i(\sigma^3\otimes\sigma^1),\ \sigma^3\otimes \sigma^2,\ i(\sigma^3\otimes\sigma^3)
\\&i(\sigma^1\otimes\sigma^0),\  i(\sigma^1\otimes\sigma^1),\ \sigma^1\otimes\sigma^2,\ i(\sigma^1\otimes\sigma^3)
\rangle
\end{align}
}

Hermite行列が6個と反Hermite行列が10個. 上で6次元"ベクトル"とみなしたい2×2四元数行列を持ち出したが, それに対応するのがこのHermite行列6個で張られる空間({\mathfrak{F}}とする)の元になっている.

{
\begin{align}
\mathfrak{F}&\equiv\{\eta(X)\in MJ(4,\mathbb{C})|X=
\begin{pmatrix}
u&q\\
\bar{q}&v
\end{pmatrix}
\in M(2,\mathbb{H}),
u,v\in\mathbb{R},q\in\mathbb{H}\}\\
&=\{X\in MJ(4,\mathbb{C})|X^\dagger = X\}\\
&=
{\rm Span}_\mathbb{R}\langle \sigma^0\otimes\sigma^0,\  \sigma^0\otimes\sigma^1,\ \ \sigma^0\otimes\sigma^3,\ 
 \sigma^2\otimes\sigma^2,\ \sigma^3\otimes \sigma^2,\ \sigma^1\otimes\sigma^2
\rangle
\end{align}
}

ところでMJ(4,C)の16個の基底, よく見るとClifford代数{C\ell_4(\mathbb{R})}の表現になっている*3. 特にこの事実を以下で活用するわけではないが, 積を計算するとき見通しが良い.括弧積について閉じることが自明になる. 選び方には任意性があるが, 次のようにとるとこのことが確かめられる.

{
\begin{gather}
\Gamma^1= \sigma^1\otimes\sigma^2,\ \Gamma^2= \sigma^2\otimes\sigma^2,\ 
\Gamma^3= \sigma^3\otimes\sigma^2,\ \Gamma^4= \sigma^0\otimes\sigma^1\\
\Gamma^i\Gamma^j+\Gamma^j\Gamma^i=2\delta^{ij}\ \ \ (i,j=1,2,3,4)
\end{gather}
}

この4つに加えて

{
\begin{align}
\Gamma^0 &={\bf 1}_4 = \sigma^0\otimes\sigma^0\\
\Gamma^5 &= \Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4=\sigma^0\otimes\sigma^3
\end{align}
}

とおくと,

{
\begin{align}
\mathfrak{F}=
{\rm Span}_\mathbb{R}\langle \Gamma^0,\ \Gamma^1,\ \Gamma^2,\ \Gamma^3,\ \Gamma^4,\ \Gamma^5
\rangle
\end{align}
}

この{\mathfrak{F}}の元に対してチルダで表す"共役"を次のように定める*4.

{
\begin{align}
X&=X_0\Gamma^0+X_1\Gamma^1+X_2\Gamma^2+X_3\Gamma^3+X_4\Gamma^4+X_5\Gamma^5\\
\rightarrow \tilde{X}&\equiv X_0\Gamma^0-X_1\Gamma^1-X_2\Gamma^2-X_3\Gamma^3-X_4\Gamma^4-X_5\Gamma^5
\end{align}
}

この定義により,

{
\begin{gather}
\Gamma^\mu\tilde{\Gamma}^\nu+\Gamma^\nu\tilde{\Gamma}^\mu=2g^{\mu\nu}{\bf 1}_4,\ \ \ \mu,\nu=0,1,2,3,4,5\\
g^{\mu\nu}={\rm diag}(+,-,-,-,-,-)
\end{gather}
}

となり, {\mathfrak{F}}内積が定められる.

{
\begin{align}
\langle X,Y\rangle\equiv\frac{1}{4}{\rm Tr}(X\tilde{Y})=g^{\mu\nu}X_\mu Y_\nu
\end{align}
}

これがSL(2,H)の行列Dによる変換で不変になってほしい. すなわち{\mathfrak{F}}上の一次変換{f\lbrack D\rbrack}

{
\begin{align}
f\lbrack D\rbrack X\equiv DXD^\dagger,\ \ \ D\in SL(2, \mathbb{H})
\end{align}
}

と定めたとき,

{
\begin{align}
? \langle X,Y\rangle=\langle f\lbrack D\rbrack X,f\lbrack D\rbrack Y\rangle ?
\end{align}
}

となっていてほしい.

これにはまず次のことを示す.

{X'=f\lbrack D\rbrack X}

のとき,

{\tilde{X'}=f\lbrack(D^{-1})^\dagger\rbrack\tilde{X}}

ただしDはSL(2,H)上単位元との連結成分に制限.

(証明)
f, チルダ共役はともに1次変換であるから, {\mathfrak{F}}の各基底に対して示せば十分. そこで{X=\Gamma^\alpha}とする. まず, fは{\mathfrak{F}}上の1次変換だから{X'}は次のように表せる.

{
\begin{align}
X'=f\lbrack D\rbrack \Gamma^\alpha=a^\alpha_{\nu}\Gamma^\nu\ \ \ a^\alpha_{\nu}\in\mathbb{R}
\end{align}
}

行列式をとることで,

{
\begin{align}
K&\equiv g^{\mu\nu}a_\mu^\alpha a_\nu^\alpha\\
K^2&=1
\end{align}
}

が分かる. Kは実数かつ恒等変換(D=1)に対してK=1であり, さらにDの単位元との連結性によってKは不連続な変化が許されないから, 任意のDに対してK=1になる.

これにより{X'}とそのチルダ共役との積は,

{
\begin{align}
X'\tilde{X'}&=a^\alpha_{\mu}\Gamma^\mu a^\alpha_{\nu}\tilde{\Gamma}^\nu\\
&=K {\bf 1}_4\\
&={\bf 1}_4
\end{align}
}

(以下を含め{\alpha}については和をとらない). 一方,

{
\begin{align}
(f\lbrack D\rbrack X)(f\lbrack (D^{-1})^\dagger\rbrack X)
&=D\Gamma^\alpha D^\dagger (D^{-1})^\dagger \Gamma^\alpha D^{-1}\\
&={\bf 1}_4
\end{align}
}

ゆえに, 逆行列の一意性から

{
\begin{align}
\tilde{X'}=f\lbrack(D^{-1})^\dagger\rbrack X
\end{align}
}

これを用いると,

{
\begin{align}
\langle f\lbrack D\rbrack X, f\lbrack D\rbrack Y \rangle
&=\frac{1}{4}{\rm Tr}(DXD^\dagger (D^{-1})^\dagger \tilde{Y} D^{-1})\\
&=\frac{1}{4}{\rm Tr}(X\tilde{Y})\\
&=\langle X, Y \rangle
\end{align}
}

と, Dによる変換で内積が不変であることが示される.

Lorentz計量を保つ一次変換であり, かつ次元が一致するためDは本義Lorentz変換の元{\Lambda}に対応付けられる. 対応関係は2対1である.

これを利用するとLorentz共変な1次の波動方程式を書ける. Lorentz変換{\Lambda}に応じて

{
\begin{align}
\phi &\mapsto \phi'=D(\Lambda) \phi\\
\chi &\mapsto \chi'=(D(\Lambda)^{-1})^\dagger \chi\\
\end{align}
}

と変換する{\mathbb{C}^4}ベクトル{\phi, \chi}を定義する.

これまで考えてきたDirac方程式ではここにもう一クッションあった. つまりたとえば1+3のLorentz群のスピノルに対して"矩形スピノル"なるものを定義してからそれを分解することで左巻き右巻き成分を得るなど. しかし今回はこのベクトルが既に左巻き右巻き成分そのものになっている. 同じく実16成分のMJ(4,C)の元として"スピノル"を導入してからそれを分解することで縦ベクトル型のスピノルを取り出したいところだ. そうすればDirac方程式を四元数だけで表すことも可能になるはずだった. また, Hermite共役との積はHermite行列になり, 自然に"ベクトル"としてカレントが現れるはずだった. それができないことにはかなり悩まされた.
 原因は"チルダ共役"が行列の乗算と可換な操作として表せていないことにある. これまでの記事を見ればわかるように, 複素共役だったり, 余因子行列のHermite共役だったり, チルダ共役に対応するものは行列の積を取る操作と入れ替えることができていた. しかしチルダ共役はそのようには表せていない. この難点の由来についてはまだはっきり理解できていない.
 物理的な意味としては, このことが1+5次元でのMajoranaフェルミオンの非存在に繋がる.

{
\begin{align}
i \partial_\mu \Gamma^\mu \chi&=m\phi\\
i \partial_\mu \tilde{\Gamma}^\mu \phi &= m\chi
\end{align}
}

は正しくLorentz変換に従う:

{
\begin{gather}
i \partial_\mu D \Gamma^\mu D^\dagger (D^{-1})^\dagger \chi=D\phi,\ \ \ 
i \partial_\mu (D^{-1})^\dagger\tilde{\Gamma}^\mu D^{-1} D \chi= (D^{-1})^\dagger\chi\\
i(\Lambda_{\mu'}^\mu \partial_\mu) \Gamma^{\mu'}\chi'=\phi',\ \ \ 
i(\Lambda_{\mu'}^\mu \partial_\mu) \tilde{\Gamma}^{\mu'}\phi'=\chi'
\end{gather}
}

これが1+5次元のDirac方程式である. ふたつを組み合わせれば

{
\begin{align}
(g^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu+m^2)\binom{\phi}{\chi}=\binom{0}{0}
\end{align}
}

とKlein-Gordon方程式を得る*5.

ふたつの方程式をまとめるには,

{
\begin{gather}
\gamma^0=\sigma^1\otimes\Gamma^0 =\begin{pmatrix}
0&\Gamma^0\\
\Gamma^0&0
\end{pmatrix},\ \ \ 
\gamma^j=i\sigma^2\otimes\Gamma^j =\begin{pmatrix}
0&\Gamma^j\\ -\Gamma^j&0
\end{pmatrix}\ \ \ (j=1,2,3,4,5)\\
\gamma^\mu\gamma^\nu+\gamma^\nu\gamma^\mu=2g^{\mu\nu}{\bf 1}_8\\
\psi=\binom{\phi}{\chi}
\end{gather}
}

として

{
\begin{align}
(i\partial_\mu\gamma^\mu-m)\psi=0
\end{align}
}

これにより標準的な形式のDirac方程式を得る. {\psi}は座標変換に応じて

{
\begin{gather}
S(\Lambda)\equiv
\begin{pmatrix}
D(\Lambda)&0\\
0&(D(\Lambda)^{-1})^\dagger
\end{pmatrix}\\
\psi\mapsto S(\Lambda)\psi=\psi'
\end{gather}
}

と変換する. {\phi, \chi}はそれぞれ左巻き, 右巻き成分で, Weyl(カイラル)表示のDirac方程式を得ていたことになる. Sはユニタリ行列ではないが,

{
\begin{align}
\gamma^0S^\dagger\gamma^0=
\begin{pmatrix}
D^{-1}&0\\
0&D^\dagger
\end{pmatrix}=S^{-1}
\end{align}
}

であるから,

{
\begin{align}
\psi'^\dagger \gamma^0 &= \psi^\dagger S^\dagger \gamma^0 \\
&=\psi^\dagger \gamma^0 S^{-1}
\end{align}
}

Dirac共役は

{
\begin{align}
\bar{\psi}=\psi^\dagger \gamma^0
\end{align}
}

によって定められる.

 Lie代数も見ておく. SL(2,H)はMJ(4,C)のうち行列式が1のものの集合であった. そのLie代数はMJ(4,C)のうちトレースレスなものがなす部分空間になる. すなわちMJ(4,C)からスカラー行列を除いて,

{
\begin{align}
\mathfrak{sl}(4,\mathbb{H})
&=
\{
X\in MJ(4,\mathbb{C})|{\rm Tr(X)}=0
\}\\
&=MJ(4,\mathbb{C})\backslash {\rm Span}_\mathbb{R}\langle {\bf 1}_4\rangle
\end{align}
}

になる. ただし, ここではLie代数はi倍しない形で数学風に定義する. つまりexpの肩にそのまま乗せたものが対応する群の要素になるように定義する.

このことから,

{
\begin{align}
D=\exp(X)\ \ \ X\in\mathfrak{sl}(4,\mathbb{H})
\end{align}
}

と表せる. したがって,

{
\begin{align}
S=\exp\begin{pmatrix} X&0\\ 0& -X^\dagger\end{pmatrix}
\end{align}
}

expの中身は{\gamma^\mu \gamma^\nu\ \ \ (\mu\neq \nu)}の実線形結合になっている.



参考

Bhupendra C. S. Chauhan, O. P. S. Negi "Quaternion Generalization of Super Poincare Group"
[1508.00536] Estimating Mutual Information by Local Gaussian Approximation

小林俊行『岩波講座 現代数学の基礎 Lie群とLie環 2』(岩波書店, 1999)
"1"との合本版として『リー群と表現論』が出ている.

ディアスポラ」5+1次元宇宙についての考察
http://kuiperbelt.la.coocan.jp/sf/egan/Diaspora/diaspora.html



おわり

 この記事で扱った同型写像の構成法は前の記事で参考にした横田一郎『古典型単純リー群』には載っていなかった. あとがきによると最初の執筆時点では知らず, 約半年後の付記に知り合いの研究者から教わったとある. ただしSL(2,H)という語が出てこないため対応関係についてはっきり理解できていない.

 そのことからも分かるとおり, SO(p,q)はp+qが同じでもほかの場合がすぐには理解できない. 4次元の場合に経験済みだが, やはり今回もSO(6)の場合の議論をそのまま適用しようとすると躓くところが多々ある.

 四元数をヒントにしつつも四元数だけでDirac方程式を書けていないことには未消化の感が残る. SO(4)の場合には四元数だけで書けたことが思い出される. もっと言えば4次元の他の場合もsplit四元数で書くことができたのだった*6.

 既にSU(4)とSpin(6)の同型に八元数, Cayley代数の片鱗が現れているようだが, ひとつ次元を上げてSO(7)に至ると偶然同型こそなくなってしまうものの, 八元数と例外型Lie群の世界になるようなのでそのうち踏み込みたい.

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

*1:ちなみにp.385に誤訳がある.「核子の内側にはいったなら、レプトンを内側に引っぱるのは、それより中心に近い一部電荷だけになり、その力は中心からの距離のだいたい五乗に比例します。」五乗に比例するのは内側の電荷のほうで, 原文ではそうなっている.

*2:同様の発想で八元数に置き換えると1+9次元になる...かというと, そううまくはいかない. しかしどうも例外型単純Lie群の息遣いが感じられる.きわめて曖昧な表現だが.

*3:SU(4)の場合に既に4が{2^n=n^2}の解になっている事実がSpin(6)との同型の背景にあったようでこのあたりは精査する必要がある.

*4:この考え方は他のLorentz群の表現を考えるときにも使えそう

*5:毎回これを確認しているのは, 質量が正計量になるべきであるという要請を満たすため.

*6:split quaternionでarXivを検索するといくつか出てくる

モーメント2

 (参考) 特殊な擬態の一例として、〈非蟻〉(non-ant)の錯乱効果が知られている。彼らは光学機器を介した観測ではxxxxx属の蟻と見間違えようがない。しかし裸眼ないしは視力矯正器具のみを通して視認した者は「蟻ではない何か無害なもの」と誤認する。悲劇的な事例の一つに、肉に噛みつく蟻の群れを自分の体毛だと思い込んだ犠牲者が痛みすら感じることなくそのまま

~~~

 (灰白色の粥状物をたたえた槽の中に点々と浮かぶ黒い米粒大の粒子──"胚"は培地そのもの、無生物を親としていた──"泥"である)
──研究チームは海底の泥の中の何が発生に寄与するのか、あるいは個体数を調節しているのか突き止めました。今やウナギ養殖は豆腐作りのようなものですよ。材料を混ぜて固まるのを待てばいい。(ウナギの自然発生説)

~~~

 数万年に渡る彼女の丹念で無意識的な育種は広大な野菜農園を色鮮やかな花畑へと変えていった。美しい白い花を咲かせるかつてのキャベツの葉は固く、爽やかな香りを漂わせる花を冠するニンジンの根は頼りないほどに細い。相葉夕美にとって植物は花であり、その味には興味がなかった。(相場夕美のウワサ② 野菜を育てたこともあるが実より花を優先してしまいうまく育たなかったらしい。)

~~~

 増えすぎたヒトを駆除するために放たれた"超ヒト"により人間はロトカ・ヴォルテラ方程式の参加者になる――

~~~

 "こいつは釘を打つのにもってこいなんだ──こんなふうに" 防寒着に身をくるんだ男は採ったばかりの果実を手にして木の下で調査員に実演してみせた。しかしここは熱帯。間違いない、熱力学違反植物"釘打ちバナナ"だ。放置して繁殖を許せばこの島も環境改変され、まもなく氷に呑まれてしまうだろう。

~~~

 紙需要の急激な高まりに応えるべく製紙業界は羊皮紙用家畜の品種改良を進め、脚が見えなくなるほど幾重にも垂れた皮膚を持つ無毛の羊(※皮膚病に注意)を生み出した。

~~~

 幸運のお守りに用いられるウサギの足の収穫効率を高めるため生み出されたウサギにとって空を蹴る100本の脚は歩行には無用の長物である(刈り取っても再生するため一生のうちにおよそその10倍の足を採ることができる)

~~~

 典型的な第二法則違反動物サーマルキャット(thermal cat)は空気から取り出した余剰エネルギーを再び熱として逃がすためラジエーターの役割を果たす長い脚と耳、比較的細身な胴を持つがこれをアレンの法則の一例であると普通生物学者の前で語ると煙たがられる。

~~~

 鳥インフルエンザによって一度滅んだ世界で生存者たちの作り上げた宗教は鶏肉を禁じたがその理由は文明の発展とともに忘れられていくのだった。

~~~

 当社と提携している献血場で患者から採られた血液はその日のうちに本工場へ届けられ、特許取得の技術で精製された高品質な血砂糖(ちざとう)は生の香りも保持しておりVの菓子職人たちに高く評価されています。

~~~

 厳密Zipf則(出現頻度がn番目に高い英単語の出現頻度はnに反比例)の肯定的な証明により英語は消滅の危機に瀕したが、調和級数の収束に関する規制緩和を認める法案の可決と即時執行によりnull英語(単語のない英語)の形成は阻まれ、言語学者はnull仏語との同一性に悩まされずに済んだ。
(Zipf則ジップの法則 - Wikipedia)

~~~

 太りすぎた白色の無毛のラクダのような生き物の群れが恐慌をきたしてハイウェイの横断を試みたために作られた鉄と肉の山の撤去作業がいつも塩の嵐により難航し塩漬け肉目当ての死肉漁りの"コウモリ"を招き寄せるのは偶然ではなく、それはちょうど狩人だったころのヒトがバイソンの群れを追い詰めて崖から落とすように――

~~~

 「葉っぱの表面に白い線がうねうねと通っていることがあるでしょ。あれは葉の内側の組織をハモグリバエの幼虫が食べ進んだ跡なんですよ。ちょうどそれと同じようなものです。あなたはゆりかごとごはんを幼虫に提供しながら肌の上で入れ墨が伸びていく様子を楽しめるんですよ。羽化して飛び立つまで。(フライ・タトゥー)

~~~

 高収量品種の開発によって〈模範的ヒト〉(爪の垢を薬品として利用)の個体数は回復した。

~~~

 標準的な人口増停止手順では、始めに〈ふたりっ子政策〉ウィルスが散布されます。

~~~

 "吸血紙"は触れた者の指をふちで切り血を吸うと染みを残さずにその特異性質のみを近くのA4用紙に"転移"させるが、距離が長くなるほど多量の血液を要するため、転移距離測定のため運びこまれた軌道実験室で~~(中略)~~の犠牲者を出す結果となり隔離計画は断念され現在も都市に潜伏中。

~~~

 彼らの祖先が編み出したのは火炙りを免れる術でした──加熱に耐える力ではなく。高温で分解する分泌物;"スパイス"は、調理を覚えた腐肉食動物に中間宿主の遺骸:生肉を飲み込ませるための発明です。寄生虫たちは我々の舌を楽しませてきてくれた友。成分物質のみを抽出するやり方には私は反対ですよ。

~~~

 君の仕事は三日に一度この箱を一面ずつ新しい素材に取り替えることだ。中にいる〈広所恐怖症患者〉が出ないようにね。彼は外に出ることが大嫌い……ほんとうに大嫌いだが、意に反して皮膚から箱を溶かす物質を出してしまう。溶解液産生までの順応にかかる時間は五日。一度使った素材は再び使えない。万が一箱の外に出ると……

~~~

 ああ、トライポフォビアのお客様がセンコブラクダ(背中におよそ千個のコブがあるラクダ。コブには水が詰まっていて半透明)の背中を真上から直視してしまったのですね、お気の毒に……

~~~

 「今まで"イヌ"と呼ばれていた動物は異なる二つの系統よりなることが分かりました……以前より頭骨の形状の差異などの解剖学的特徴から指摘されていた説です。今回の分子系統解析はそのさらなる裏付けを与えました。一方はオオカミから、もう一方は……齧歯類から。ええ、収斂進化です。大きな"ネズミ"たちがヒトのそばで暮らすうちに……」

~~~

 一年で唯一嘘をつくことが認められる今日という日の夜、印刷場から読者の手に渡り炎の中に至る一日限りの生を終えた小説たちが各町の焚書場で灰になり、また一年フィクションの存在することが許されない日々が始まる。(エイプリルフール)

~~~

 「何を語っても彼が笑いを絶やさないのは」研究員は説明した。「あらゆる文章をジョークとして解釈するからです。そして恐るべきことにその面白さを損ねずに説明してみせる─『感染』するんですよ」溜息をつきながら「おかげで私は読みかけの小説を諦めることになった。思い出し笑いは苦しいものです」

~~~

 「土にこれを混ぜると巣の強度が上がる」担当者は手の平に載せた灰色のペレットを見せた。そしてそのまま握った手で畑のほうに林立する土の塔を指差しながら「すると巣は野生下より遥かに高く伸びる。シロアリの面積当たり収量も上がる。農学という名のシロアリ用タワーマンションのための建築学だよ」

~~~

 「小惑星の形をよくじゃがいもに喩えますよね。その逆ですよ」男が茎を握って引き抜くとよく育った馬鈴薯が土の中から現れた。顔まで持ち上げて指差しながら「よく見てください。全部同じ形でしょう。それだけでも奇妙です。もっと奇妙なのはこれが全て…イトカワの精巧なミニチュアだということです」

~~~

 〈追跡紙〉tracing paper(表面に匂い分子の受容体が密に埋まっている)を折って作られた「蛾」は立派な尾行役になる。

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 侵略。初めは古本屋の棚だった。『ルリタガネの一生』と題する向こう側のファーブルが書いた本だ。それを読んだ物好きが「観察」を始めた。存在するはずのない虫は彼の発見後至る所で見られるようになった。系統樹は書き換わりつつある……下流から。この後に何がやってくるか?人間だよ。隣の世界の。

~~~

 猫好き大富豪の抱いた理想は猫のための天国、彼がテラフォーミング処理済みの惑星を買い取り放ったのは猫と餌動物たち、しかし時の流れの中で猫は適応放散を繰り返し地表は多種多様な「かつて猫だったもの」の末裔に満ちていく。

~~~

 アニメや漫画などの海水浴回で砂浜の砂を素材にして異常に精巧かつ巨大な建造物(砂の城というやつだ)を短時間で作るキャラクターの能力に目をつけた野心的な事業家が産業利用しようとした結果が、ほら、衛星写真を見ても分かるだろ、海岸線が書き換わっている。ここで起こったこと…いや現在も進行中の事態を語るには……

~~~

 誰かに食べられていたわけではなく跡形もなく消えていたんだ。冷蔵庫の中のプリンは。実験はプリンの種類を変えることから始めた。次に誰かが容器に目をつけた。カップと蓋だけではなく中にプリンを入れた箱も消える。密封された鉛の箱でも。そのあとは人だった。1kgのプリンを食べてから冷蔵庫に入った彼は……

~~~

 新鮮さを楽しみたいといった理由でネタバレに否定的な視聴者は実はかなり多く、このニュース番組終了後にYoutubeにアップされる「明日の予告」(翌日に発生する事件の内容が分かってしまう)を嫌ってそれを見ないようにしている。

~~~

 写真を見たことがあると思う。背中にヒトの耳のようなものが生えたネズミ。作成者の名前からバカンティマウスなんて呼ばれている。 患者の死因を調べるために解剖を行うと喉頭は……耳で塞がれていた。大小様々の耳が内壁に生えていたんだ。会話を盗聴されているという患者の生前の訴えはもしかすると……

~~~

 天気予報によると明日はブレインストーム(脳嵐)だ。網を拡げよう。風に乗ってやってくる脳が地面に打ち付けられて崩れてしまう前にキャッチするんだ。飛んできた脳の由来は気にしなくていい。とにかくそれは再接続すれば優秀な計算資源になるんだ。

~~~

 なぞなぞから答えを奪うために獲得したとしか思えないんだ、彼女の異常な能力は。つまり、"パンはパンでも食べられないパンは?"
 アルミニウム製のフライパンを難なく食べた。鉄板も噛み砕いた。シクロプロパンの麻酔作用も効かない。審判、戦犯、典範……。
問題はこの国もパンだということだ。(大原みちるはパンが好き)

~~~

 扉に挟まれていた黒板消しが頭の上に落ちてくると、まるで文字を消すようにそのままするすると抵抗なく教師の体の前半面を……

~~~

 生前に"光の粉"処置を施すと心停止と同時に全身が微粒子(色・輝度はお好みで)とガスに変化、散逸してまるで映画のようなお別れを演出できると人気を博したが、反応速度を変えれば自爆兵器になることにすぐに気付いた誰かがいた。

~~~

 夢を植物だと考える。夢を食べる獏は草食動物。その一種が農業を発見した。知性があるかどうかは分からない、ハキリアリのようなものかもしれない。かれらが夢の増産に取り組んだ。夜にしか生えないのは不都合だ。
 現在どこの病院も夢から目を覚まさない患者でパンクしそうになっているのは

~~~

 畑でこの芋を育てているあの"カバ"たちは元から家畜だったわけじゃない。野生下でこの植物と共生していたんだ。かれらはヒトが管理しはじめる前から農民だった。しかし祖先は絶滅してしまい残ったのがあの奴隷たちだ。
(農業を営む脊椎動物がヒトの他にいない理由は?)

~~~

 当社が開発した"偽すべからく語"セットをあなたの言語中枢にダウンロードすれば、漢文訓読風の響き(誰にも同じ印象を与えられます──辞書に載っていないにも関わらず!)を持った約1000語を自由自在に使いこなして発言に重々しさを加えることができます。

~~~

 3秒ルール!!と叫びながらたまたま通りがかった人が一気にかき集めると屋上から落ちてきたそれは息を吹き返した。こういうときに救命処置の経験が役に立つ。

~~~

 舌猫(tongue cat)が、細かい棘のびっしりと生えているぬめぬめとしたピンク色の皮膚で体側から飼い主の足を擦ると傷だらけに……

~~~

 「らくらく減量」「原材料名:あなた」「内容量:200g」と表示されたアルミ蒸着フィルムの袋の封をひとつ破るとその人の体重は200g減少し、記録には心筋の喪失に至るまで最大180袋の開封に耐えた例が残されている。

~~~

 (注1) 大豆は乳で子供を育てるが最新の分子系統解析から哺乳類とは別系統の生物であることが明らかになった(Nwplloy, 20P9). これも収斂進化のよい一例となっている.

~~~

 「ペンフィールドホムンクルス。脳に関する本で見たことがあるだろう。大脳皮質の運動野ないし体性感覚野の面積比に従って対応する身体部位を拡大縮小した人体模型。
 報告は受けていた。しかし安置所の実物を見てもなお悪趣味な冗談としか思えなかった。ベッドに横たえられたホムンクルスたち。肥大した頭と拳。改変前後で体重は変わらず、感染は接触を介し……」

~~~

 毛髪の庭、"刈り込み"を行う陸棲タカアシガニたちの色はトリコロール、理容師の象徴。

~~~

 ヒトの顔面の皮膚に痣のように投影される生物たち、たとえば人面犬は顎の周りを縄張りとし群れで人面魚を狩る。

~~~

 歴史の教師が教科書を読み上げるかのような単調な説明をし、数学の教師はクラスの優等生に黒板の前で問題を解かせ、国語の教師は居眠りしている生徒を名指しして続きを音読させようとするという奇妙な異変から自分が漫画の世界に囚われていることに気付いた生徒はまずメインキャラクターを探し始めた。
 フィクション世界から脱出するための方法。メインストーリーに干渉してノンフィクションないし実話を基にした創作ということにするべく、異常な現象が主人公の周りで発生してファンタジー化することを妨害するため不断の監視を強いられる(が接触事象の発生により夢オチ/幻覚作戦を発動させることになり──

~~~

 大きさ・色・模様・匂い・腐敗度・基本的な輪郭等30項目をお好みで選んでいただき(予算に応じた"おまかせ設定"も可能です!)、供物を振り込んでいただければ希望の日時に指定された海岸まで漂着形式で未知生物死骸をお届けします!(昨年度の人気商品は蛍光を発する"分解した群体生物"でした)

~~~

 イセエビに似た節と甲のある尾とインコを思わせる嘴を頭に備えた、全体的にはテナガザルのような姿の動物が両腕を広げた姿にして縄で物干し竿に縛り付けられ日光に晒されている様子がこの部屋から見え、はじめは向かいの住人がベランダで縮んだシャツを干しているのだと誤解してしまった。

~~~

 「233羽の中の1羽。第13段階、それまでなら普通の道具で潰せる。段階進行毎に強化するんだ。たとえば第9段階から食餌が不要になる。1羽だけでも破壊できれば〈フィボナッチ増殖〉は停止、1羽を残して分解が始まる。我々の最大の対処事例は第22段階だったが──おそらくその次で不死になる」(フィボナッチの兎のつがい)



――――――――――――



 ツイート採掘その2。 2月半ばより。 家畜とか品種改良とか明らかにけものフレンズと関連して興味を持って読んだ本の影響が出ており単純さがうかがえる。しかしけものフレンズをリアルタイムで見ては動物園に足を運んでおった春休みはやはりこう……豊かだったな……。

6+0次元Dirac方程式 - Spin(6)とSU(4)の同型から

~あらすじ~
 実験的に発見された光学固体のエネルギー準位の分裂から〈四の法則〉を導いた物理学者カルラ*たち. 彼女たちの課題は輝素の排他性とこの事実を両立させる説明を見つけ出すことだった. 最も単純な〈一の法則〉ではないのはなぜか? 輝素の"偏極"が原因ならなぜ〈五の法則〉ではないのか? 共同研究者パトリジア*, ロモロ*とともに, 回転物理学に整合する幾何学を探すべく, まずカルラ*は六空間の回転を記述する四次特殊ユニタリ行列と六ベクトルの計算規則を描書した...

スピン群の偶然同型*1を利用してDirac方程式を導出するシリーズその4.

過去の記事
{Spin(4,0)\cong SU(2)\times SU(2)}
『エターナル・フレイム』The Eternal Flame
『エターナル・フレイム』-ベクトル-レフトル-ライトル - Shironetsu Blog

{Spin(2,2)\cong SL(2,\mathbb{R})\times SL(2,\mathbb{R})}
Dichronauts
2+2次元Dirac方程式―Dichronautsをよみはじめた - Shironetsu Blog

{Spin(3,1)\cong SL(2,\mathbb{C})}
Our Universe
点付き・点なし - Shironetsu Blog

4次元の場合の3通りを尽くしてしまったので上に飛ぶ. 偶然同型が存在する最大の次元, 6次元.

f:id:shironetsu:20170725225046p:plain:w600

SU(4)とSO(6)
 SU(4)の代数を考える. 一般にN次特殊ユニタリー群の生成元はトレースレスなHermite行列である.

{\begin{align}
\mathfrak{su}(4)=\{D|D=D^\dagger, {\rm Tr}(D)=0\}
\end{align}}

従って次元は4×4-1=15. これはPauli行列と単位行列のKronecker積を使って次のように表せる.

{\begin{align}
\mathfrak{su}(4)=\{\sigma^\mu\otimes\sigma^\nu|\mu,\nu =0,1,2,3,\ \ \ (\mu,\nu)\neq(0,0)\}
\end{align}}

ただしここで

{\begin{align}
\sigma^0=\bf{1}_2=
\left(\begin{array}{cc}
1&0\\
0&1
\end{array}\right),\ \ \ 
\sigma^1=
\left(\begin{array}{cc}
0&1\\
1&0
\end{array}\right),\ \ \ 
\sigma^2=
\left(\begin{array}{cc}
0&-i\\
i&0
\end{array}\right),\ \ \ 
\sigma^3=
\left(\begin{array}{cc}
1&0\\
0&-1
\end{array}\right)
\end{align}}

およびKronecker積のトレースの性質

{\begin{align}
{\rm Tr}(A \otimes B)={\rm Tr}(A){\rm Tr}(B)
\end{align}}

に注意.
この事実からしてすでに性格がいい. これに単位元({\mu=\nu=0})を加えて複素係数の線形結合を取ると{M(4,\mathbb{C})}の基底にもなる.

一方SO(N)の代数は虚数成分の反対称行列で次元はN(N-1)/2. 今考えるSO(6)は15次元. SU(4)と同じである. ここに準同型写像の存在が示唆される.



ベクトル
 SU(4)の元Uが作用して6次元標準内積が保存するような対象を探す. 4×4行列から探すのが適当だろう. しかし4×4行列は実係数にして32次元もある.

{\begin{align}
GL(4,\mathbb{C})=\{X_{\mu\nu}\sigma^\mu\otimes\sigma^\nu|X_{\mu\nu}\in\mathbb{C}\}
\end{align}}

ここから自由度を落としていかなくてはならない.

 さて, Pauli行列(ここでは単位行列も含めてそう呼ぶことにする)はすべてHermiteだが, ひとつだけ虚数成分かつ反対称なものがある. {\sigma^2}だ. さらにKronecker積の転置については次の性質がある.

{
(A\otimes B)^T=A^T\otimes B^T
}

これを踏まえ4×4行列の転置をとると

{\begin{align}
X^T=X_{22}\sigma^2\otimes\sigma^2+\sum_{\mu,\nu\neq 2}X_{\mu,\nu}\sigma^\mu\otimes\sigma^\nu+\sum_{\lambda\neq 2}(-X_{2\lambda}\sigma^2\otimes\sigma^\lambda-X_{\lambda2}\sigma^\lambda\otimes\sigma^2)
\end{align}}

これが反対称なら転置で係数が反転する後ろの2項だけが残る.

{\begin{align}
\mathfrak{A}\equiv\{X\mid X^T=X\}=\left\{\sum_{\lambda=0,1,3}X_{2\lambda}\sigma^2\otimes\sigma^\lambda+X_{\lambda2}\sigma^\lambda\otimes\sigma^2 \mid X_{2\lambda},X_{\lambda2}\in\mathbb{C}\right\}
\end{align}}

複素係数6個, 実係数12個とまだ多いが遠くない.

ここでユニタリ行列が作用する反対称行列間の変換fが

{\begin{gather}
X\in\mathfrak{A}\longmapsto f(U)X=UXU^T\in\mathfrak{A}\\
(f(U)X)^T=UX^TU^T=-UXU^T=-f(U)X\\
f(U_1)f(U_2)=f(U_1U_2)
\end{gather}}

と定義できる. 3つめの式から分かるようにこの変換はSU(4)からの準同型写像を定義している. といってもユニタリ性はここでは使っていない. 実はユニタリ性を入れると次が成り立つ.

\begin{align}
X\in \mathfrak{F}\rightarrow f(U)X\in\mathfrak{F}
\end{align}

ただし以下のように定義.

{\begin{gather}
\mathfrak{F}\equiv\left\{\sum_{\mu=1}^6 X_{\mu}\Gamma^\mu \mid X_\mu\in\mathbb{R}\right\}\\
\Gamma^1=i(\sigma^1\otimes\sigma^2),\ \ \ \Gamma^2=i(\sigma^2\otimes1),\ \ \ \Gamma^3=i(\sigma^3\otimes\sigma^2),\\\
\Gamma^4=\sigma^2\otimes\sigma^1,\ \ \ \Gamma^5=1\otimes\sigma^2,\ \ \ \Gamma^6=\sigma^2\otimes\sigma^3
\end{gather}}

つまり実はfは6次元ベクトル空間{\mathfrak{F}}の要素間の変換なのである. 反対称行列全体がfによって移りあわない2つの部分空間に分離されていることになる.

{\begin{align}
\mathfrak{A}=\mathfrak{F}\oplus i\mathfrak{F}
\end{align}}

あまり厳密ではないが証明は以下のようになる. まずSU(4)の元を指数の形で表す.

{\begin{align}
U=\exp(iD)\in SU(4),\ \ \ D\in\mathfrak{su}(4)
\end{align}}

fによる{\mathfrak{F}}の基底の変換だけ考えればよい.

{\begin{align}
f(U)X&=U\Gamma^\mu U^T\\
&=\exp(iD)\Gamma^\mu\exp(iD^T)\\
&=\sum_{n=0}^\infty \frac{g(iD)^n}{n!}\Gamma^\mu
\end{align}}

ここでgは

{\begin{align}
g(A)X=AX+XA^T
\end{align}}

と定義される. この変換gについて,

{\begin{align}
g(iD)\Gamma^\mu \in \mathfrak{F}
\end{align}}

が示されれば十分だが, 実際これは成立する. {\mathfrak{su}(4)}の基底15個と{\Gamma}6個, 90通りについて計算すると*2これが成り立つことが確認できる.

 確かにそうなるものの力技の感がありいまいち釈然としない. 何か{\mathfrak{F}}{i\mathfrak{F}}を特徴づける量があってfによる変換では移りあえない不連続性がある, という背景がありそうな気がするものの今のところ見つけられていない.

 これを踏まえ{\mathfrak{F}}内積を定義する*3.

{\begin{align}
\langle A,B\rangle=-\frac{1}{4}{\rm Tr}(A^*B),\ \ \ A,B\in\mathfrak{F}
\end{align}}

{\Gamma}を使うと次のように表せる.

{\begin{align}
\langle A_\mu\Gamma^\mu,B_\nu\Gamma^\nu\rangle
&=-\frac{1}{4}A_\mu B_\nu{\rm Tr}(\Gamma^{\mu*}\Gamma^\nu)\\
&=-\frac{1}{4}A_\mu B_\mu{\rm Tr}(-{\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2)\\
&=A_\mu B_\mu
\end{align}}

1行目から2行目への変形は, {\mu=\nu}の積のみが, 単位行列になってトレースに寄与することから.

上添え字と下添え字を混ぜて扱っているが, Euclid計量{(\delta^{\mu\nu})=\rm{diag}(++++++)}を使って表すこともできる;

{\begin{align}
\langle A,B\rangle=\delta^{\mu\nu}A_\mu B_\nu
\end{align}}

この{\mathfrak{F}}内積はfに関して不変になる.

{\begin{align}
\langle f(U)A, f(U)B\rangle&=-\frac{1}{4}{\rm Tr} \lbrack(UAU^T)^*(UBU^T)\rbrack\\
&=-\frac{1}{4}{\rm Tr} (U^*A^*U^\dagger UBU^T)\\
&=-\frac{1}{4}{\rm Tr} (A^*B)\ \ \ (\because U^\dagger U=U^TU^*={\rm 1}_4)\\
&=\langle A, B\rangle
\end{align}}


 かくして{\mathfrak{F}}は6次元Euclid空間と同一視される. {\mathfrak{F}}の要素{X_\mu\Gamma^\mu}の成分{X_\mu}はfによって共変ベクトルとして変換するのである*4

 なお, この節の内容は, 横田一郎『古典型単純リー群』(現代数学社, 2013年(新版))を参考にした.


スピノル
 時空間の回転Oに対応してSU(4)の元U(O)で変換する複素成分4×2行列を考える.

{\begin{align}
\Psi\mapsto \Psi'=U(O)\Psi,\ \ \ O\in SO(6), U\in SU(4)
\end{align}}

これを矩形スピノルと呼んでおこう. その複素共役の変換は上式全体の複素共役をとることで直ちに得られる(以下U(O)の引数は略).

{\begin{align}
\Psi^*\mapsto \Psi'^*=U^*\Psi^*
\end{align}}

こちらは共役矩形スピノルと呼ぶことにする. ところで共変ベクトルの変換は次のようになっていた.

{\begin{align}
V \in \mathfrak{F} \mapsto V' =UVU^T
\end{align}}

その複素共役は,

{\begin{align}
V^* \in \mathfrak{F} \mapsto V'^* =U^*VU^\dagger
\end{align}}

これと矩形スピノルの積をとると, その変換則は共役矩形スピノルのそれと同じになる.

{\begin{align}
V^*\Psi\mapsto V'^*\Psi' = (U^*V^*U^\dagger) (U\Psi)=U^*(V^*\Psi)
\end{align}}

次の微分作用素は共変ベクトルとして変換する.

{\begin{align}
\partial=\partial_\mu \Gamma^\mu
\end{align}}

従って, 次の式はEuclid共変性を備えた微分方程式になっている.

{\begin{align}
\partial^* \Psi = m\Psi^* \sigma^1
\end{align}}

ただし{\partial}複素共役は基底に対して複素共役をとることで定義. これがSO(6)共変の, 6+0次元時空のDirac方程式である. 右辺に右からかけている{\sigma^1}は次の理由から.

まず矩形スピノルから作られる次の量は4×4反対称行列で, 共変ベクトルになっている.

{\begin{gather}
J=i\Psi \sigma^2 \Psi^T\\
J^T=i\Psi(-\sigma^2)\Psi^T=-J
\end{gather}}

ただしここでは虚数成分も持つことに注意. {\mu}の反変成分は次の式から抽出できる.

{\begin{align}
J^\mu = \delta^{\mu\nu}J_\nu=\langle \Gamma^\mu, J\rangle
\end{align}}

これにより,

{\begin{align}
\partial_\mu J^\mu
&=\partial_\mu \langle\Gamma^\mu J\rangle\\
&=-\frac{i}{4}\partial_\mu {\rm Tr}(\Gamma^{\mu*}\Psi\sigma^2\Psi^T)\\
&=-\frac{i}{4} {\rm Tr}\left\lbrack(\partial_\mu\Gamma^{\mu*}\Psi)\sigma^2\Psi^T+\Psi\sigma^2\partial_\mu(\Psi^T\Gamma^{\mu*})\right\rbrack\\
&=-\frac{i}{4} {\rm Tr}\left\lbrack(m\Psi^*\sigma^1)\sigma^2\Psi^T-\Psi\sigma^2(m\sigma^1\Psi^\dagger)\right\lbrack\\
&=-\frac{im}{4}{\rm Tr}(\Psi^*\sigma^3\Psi^T+\Psi\sigma^3\Psi^\dagger)\\
\therefore
\partial_\mu {\rm Re}(J^\mu)&=0
\end{align}}

Trの中身がHermite行列になっていることからJの実部の発散が0になることが言える. では虚部は何かというと擬ベクトルになっている. 質量mが0ならこちらも保存流になる*5

上のDirac方程式全体の複素共役をとると

{\begin{align}
\partial \Psi^*=m\Psi\sigma^1
\end{align}}

両辺に{\partial^*}をかけて,

{\begin{gather}
\partial^*\partial \Psi^*=m\partial^*\Psi\sigma^2=m^2\Psi^* (\sigma^1)^2=m^2\Psi^*\\
\end{gather}}

ここで次の関係

{\begin{align}
\Gamma^{\mu*} \Gamma^{\nu}+\Gamma^{\nu*} \Gamma^{\mu}=-2 \delta^{\mu\nu}\bf{1}_2\otimes\bf{1}_2
\end{align}}

から,

{\begin{align}
\partial^*\partial=\partial_\mu \Gamma^{\mu*}\partial_\nu\Gamma^\nu
=-\delta^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu
\end{align}}

よって,

{\begin{align}
(\delta^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu+m^2)\Psi=0
\end{align}}

となってKlein-Gordon方程式を再現する.



ガンマ行列

ここで上で定義した{\Gamma}の性質をみる.

{\begin{gather}
A_1=\sigma^1\otimes \sigma^2,\ \ \ A_2=\sigma^2\otimes 1,\ \ \ A_3=\sigma^3\otimes \sigma^2,\\
B_1=\sigma^2\otimes\sigma^1,\ \ \ B_2=1\otimes\sigma^2,\ \ \ B_3=\sigma^2\otimes\sigma^3
\end{gather}}

とすると,

{\begin{gather}
\Gamma^1=iA_1,\ \ \Gamma^2=iA_2,\Gamma^3=iA_3,\ \ \ 
\Gamma^4=B_1,\ \ \Gamma^5=B_2,\Gamma^6=B_3
\end{gather}}

と書ける. A/2,B/2間の交換関係は,

{\begin{align}
\left\lbrack \frac{A_i}{2},\frac{A_j}{2}\right\rbrack = i\epsilon_{ijk}\frac{A_k}{2},\ \ \ 
\left\lbrack \frac{B_i}{2},\frac{B_j}{2}\right\rbrack = i\epsilon_{ijk}\frac{B_k}{2},\ \ \ \left\lbrack \frac{A_i}{2},\frac{B_j}{2}\right\rbrack = 0
\end{align}}

となっており実は{\mathfrak{su}(2)\times\mathfrak{su}(2)}の表現になっている.*6

この点だけ確認して, ガンマ行列を用いたDirac方程式の表示に進む. まず矩形スピノルをふたつの列ベクトルで表す.

{\begin{align}
\Psi=(\phi,\chi),\ \ \ \phi,\chi\in\mathbb{C}^4
\end{align}}

これを用いるとDirac方程式は次の形に書ける.

{\begin{align}
\partial_\mu\Gamma^{*\mu}(\phi,\chi)=m(\chi^*,\phi^*)
\end{align}}

全体の複素共役

{\begin{align}
\partial_\mu\Gamma^{\mu}(\phi^*,\chi^*)=m(\chi,\phi)
\end{align}}

元の式から第1列を, 複素共役から第2列を抜き出すと次の形にまとめて書ける.

{\begin{align}
i\partial_\mu\gamma^\mu\psi=m\psi
\end{align}}

ただし,

{\begin{align}
\gamma^\mu=
\left(\begin{array}{cc}
0&-i\Gamma^\mu\\-i\Gamma^{*\mu}&0
\end{array}\right),\ \ \ 
\psi=
\left(\begin{array}{c}
\phi\\
\chi^*
\end{array}\right)
\end{align}}

晴れて見慣れた形のDirac方程式を召喚することができた. {\phi}は矩形スピノルを, {\chi}は共役矩形スピノルを構成する列ベクトルだから, 8成分ベクトル{\psi}の変換は

{\begin{gather}
\psi\mapsto\phi'=S(O)\psi\\
S(O)=
\left(\begin{array}{cc}
U(O)&0\\
0&U^*(O)
\end{array}\right)
\end{gather}}

に従う.

{\gamma^\mu}たちは8×8行列だが, 具体的には次の形を持つ.

{\begin{align}
\gamma^1=\sigma^1\otimes\sigma^1\otimes \sigma^2,\ \ \ 
\gamma^2&=\sigma^1\otimes\sigma^2\otimes {\bf 1}_2,\ \ \ 
\gamma^3=\sigma^1\otimes\sigma^3\otimes \sigma^2,\\
\gamma^4=\sigma^2\otimes\sigma^2\otimes\sigma^1,\ \ \ 
\gamma^5&=\sigma^2\otimes{\bf 1}_2\otimes\sigma^2,\ \ \ 
\gamma^6=\sigma^2\otimes\sigma^2\otimes\sigma^3
\end{align}}

ガンマ行列と呼ぶ以上Clifford代数の関係式が成り立っていなくてはならないが, 実際それは確かめられる.

{\begin{align}
\left\{\gamma^\mu,\gamma^\nu\right\}=2\delta^{\mu\nu}{\bf 1}_4
\end{align}}

このガンマ行列から再び8成分スピノルの変換行列Sが得られるか確かめる.

{\begin{align}
\sigma^{\mu\nu}=\frac{i}{2}\lbrack\gamma^\mu,\gamma^\nu\rbrack=\left\{
\begin{array}{cc}
0&\mu=\nu\\
i\gamma^\mu\gamma^\nu=-i\gamma^\nu\gamma^\mu&\mu\neq\nu
\end{array}\right.
\end{align}}

と定義すると,

{\begin{align}
\left\lbrack\frac{1}{2}\sigma^{\lambda\mu}, \frac{1}{2}\sigma^{\nu\rho}\right\rbrack
=\frac{i}{2}(\delta^{\lambda\nu}\sigma^{\mu\rho}+\delta^{\mu\rho}\sigma^{\lambda\nu}-\delta^{\lambda\rho}\sigma^{\mu\nu}-\delta^{\mu\nu}\sigma^{\lambda\rho})
\end{align}}

の交換関係が成り立ち, これは{\mathfrak{so}(6)}と同じもの(というか一般に{\mathfrak{so}(N)}).

{\sigma}は具体的には

{\begin{gather}
\sigma^{12}=-{\bf 1}_2\otimes\sigma^3\otimes\sigma^2,\ \ \ 
\sigma^{23}=-{\bf 1}_2\otimes\sigma^1\otimes\sigma^2,\ \ \ 
\sigma^{34}=-{\bf 1}_2\otimes\sigma^2\otimes{\bf 1}_2,\\
\sigma^{45}=-{\bf 1}_2\otimes\sigma^2\otimes\sigma^3,\ \ \ 
\sigma^{56}=-{\bf 1}_2\otimes\sigma^2\otimes\sigma^1,\ \ \ 
\sigma^{64}=-{\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2\otimes\sigma^2_,\\
\sigma^{14}=-\sigma^3\otimes\sigma^3\otimes\sigma^3,\ \ \ 
\sigma^{15}=-\sigma^3\otimes\sigma^1\otimes{\bf 1}_2,\ \ \ 
\sigma^{16}=\sigma^3\otimes\sigma^3\otimes\sigma^1\\
\sigma^{24}=-\sigma^3\otimes{\bf 1}_2\otimes\sigma^1,\ \ \ 
\sigma^{25}=-\sigma^3\otimes\sigma^2\otimes\sigma^2,\ \ \ 
\sigma^{26}=-\sigma^3\otimes{\bf 1}_2\otimes\sigma^3\\
\sigma^{34}=\sigma^3\otimes\sigma^1\otimes\sigma^3,\ \ \ 
\sigma^{35}=-\sigma^3\otimes\sigma^3\otimes{\bf 1}_2,\ \ \ 
\sigma^{36}=-\sigma^3\otimes\sigma^1\otimes\sigma^1
\end{gather}}

この並べ方には意図があり, 上2段は

{
\pm\mbox{(単位行列)}\otimes(A\ {\rm or}\ B)
}

下二段は

{
\pm\sigma^3\otimes(A,B{\mbox を除いた\mathfrak{su}(4)基底})
}

の形になっている. これら指数の肩に乗せると{\psi}の有限の変換行列は

{\begin{align}
S=\exp\left(\frac{i}{2}\omega_{\mu\nu}\sigma^{\mu\nu}\right),\ \ \ \omega_{\mu\nu}\in\mathbb{R}
\end{align}}

で表せるが, 2×2ブロック対角の形では

{\begin{align}
S=\exp\left(
\begin{array}{cc}
iX+iY&0\\
0&iX-iY
\end{array}
\right)
\end{align}}

になっている. ここでXはA,Bの実係数線形結合, YはA,Bを除いた{\mathfrak{su}(4)}基底の実係数線形結合. 成分を見ると(Pauli行列中{\sigma^2}のみが虚数成分をもつことから)Xは虚数成分, Yは実数成分のみを持つことが分かる. すなわち{\mathfrak{su}(4)}は次の形に分解されている.

{\begin{gather}
\mathfrak{su}(4)=\mathfrak{i}\oplus\mathfrak{r}\\
\mathfrak{i}=\{X\in\mathfrak{su}(4) \mid X^*=-X\},\ \ \ 
\mathfrak{r}=\{Y\in\mathfrak{su}(4) \mid Y^*=Y\}
\end{gather}}

したがってSは次のようにも表せる.

{\begin{align}
S&=\exp\left(
\begin{array}{cc}
i(X+Y)&0\\
0&(i(X+Y))^*
\end{array}
\right)\\
&=\exp\left(
\begin{array}{cc}
iZ&0\\
0&(iZ)^*
\end{array}
\right)\\
&=\left(
\begin{array}{cc}
U&0\\
0&U^*
\end{array}
\right)\\
Z&\in\mathfrak{su}(4),\ \ \ U\in SU(4)
\end{align}}

こうしてガンマ行列導入以前の結果が再現された. {SU(4)}{Spin(6)}同型を別経路で示していることにもなる.



カイラリティー
 4次元の3通りの場合で同様の手続きを経るとWeyl表現(カイラル表現)と右巻きスピノル, 左巻きスピノルが自然に現れたのだった. では今回はカイラリティーはどのように現れているのだろうか. これを考えるために6次元ベクトルの行列表示に立ち返る.

{\begin{align}
V=V_\mu\Gamma^\mu,\ \ \ V^\mu\in\mathbb{R}
\end{align}}

5つの基底の符号を変え, 1つだけ変えない変換があればそれは空間反転とみなせる.行列式が(-1)になるためそのような変換はSO(6)の元ではない. ここで{\Gamma}について次の性質を利用する.

{\begin{align}
\Gamma^1\Gamma^{\mu*} (\Gamma^1)^{-1}=\left\{
\begin{array}{cc}
\Gamma^1&\mu=1\\-\Gamma^\mu&\mu\neq 1
\end{array}\right.
\end{align}}

従って次の変換が空間反転になる. 添え字1を時間t, 2から6を空間xに取ったことになる.

{\begin{align}
V\mapsto V'=\Gamma^1V^*({\Gamma^1})^{-1}
\end{align}}

明らかに2回繰り返せば元に戻るため{Z_2}変換でもある. このとき矩形スピノルはどう変換すべきかというと(位相の不定性はとりあえず無視),

{\begin{align}
\Psi\mapsto \Gamma^1\Psi^*
\end{align}}


この変換によりDirac方程式も正しく変換する.

{\begin{align}
\partial_\mu\Gamma^{\mu*}\Psi=m\Psi\sigma^1\mapsto
\partial_\mu(\Gamma^1\Gamma^\mu(\Gamma^1)^{-1})(\Gamma^1\Psi)=m\Gamma^1\Psi^*\sigma^1
\Rightarrow
(\partial_t\Gamma^{t*}-\partial_{\bf x}\Gamma^{\bf x*})\Psi'=m\Psi^*\sigma^1
\end{align}}

ではガンマ行列表示でどうなるかというと,

{\begin{align}
\Psi=\left(\begin{array}{c}\psi_L\\ \psi_R\end{array}\right)
\end{align}}

とすると

{\begin{align}
\psi_L\mapsto i\sigma^2\psi_R^*,\ \ \ \psi_R\mapsto i\sigma^2\psi^*_L
\end{align}}

と移りあっている.

カイラリティーをもっと直接見るには我々の宇宙のバージョンの{\gamma^5}に相当する行列{\gamma^7}を考えればよい.

{\begin{gather}
\gamma^7=(-i)^3\gamma^1\gamma^2\gamma^3\gamma^4\gamma^5\gamma^6
=\sigma^3\otimes{\bf 1}_2\otimes{\bf 1}_2\\
\{\gamma^\mu, \gamma^7\}=0,\ \ \ (\gamma^7)^2=1,\ \ \ \lbrack\sigma^{\mu\nu}, \gamma^7\rbrack=0
\end{gather}}

これにより,

{\begin{gather}
\psi=\psi_++\psi_-\\
\psi_+=\frac{1+\gamma^7}{2}\psi
=\left(\begin{array}{c}\psi_L\\ 0\end{array}\right),\ \ \ 
\psi_-=\frac{1-\gamma^7}{2}\psi
=\left(\begin{array}{c}0\\ \psi_R\end{array}\right)
\end{gather}}

と確かにこの基底ではスピノルの上下がそれぞれ左巻き右巻きに対応していることが分かる.



おわり
 ふたつの方法で表示された保存流の対応関係, カイラルカレント, 他の離散変換, 電磁場との結合等については次の機会にまわす.

 専ら数学しかやっていないので物理的意味について言うと, 物質反物質が各々4成分, 4つのスピン状態に対応することになる.この点は角運動量代数をもっとまじめに計算するべきだろう.

 SO(5)代数等については次の方が詳しく解説されている. イーガン関連でたびたびお世話になっているサイト. やはり『ディアスポラ』に関連して5+1次元Dirac方程式も調べられている.

http://kuiperbelt.la.coocan.jp/sf/egan/Diaspora/dirac/dirac-5D.html


 感想.
 事実としてSU(4)からSO(6)への準同型写像が存在することは知っていたが, こんなにさっぱりしたものだとは思っていなかった. 背景にいつも見え隠れする四元数のありがたみをひしひしと感じる. 上で挙げた参考書籍『古典型単純リー群』のあとがきによると, SO(6)への写像は例外群E6を調べる中で得られたものらしい. Cayley代数を四元数におきかえて得られる...そうなのだがこの点は自分には何のことかまだ分かっていない. Lie群をちゃんと学べば全貌はもっと明らかになるのだろうか. 勉強しなくては.

 4次元同様カイラリティーが自然に現れるのもおもしろい. その導出の道筋としてはSO(4)よりむしろSO(3,1)に近いものを感じた. ふたつの群の直積で書けないことが理由だろう.

ところでarXivで検索してみたらこんな投稿があった.

Quaternion Generalization of Super Poincare Group
[1508.05368] Quaternion Generalization of Super Poincare Group

Spin(1,5)とSL(2,H)同型から5+1次元のPoincare群を調べているらしい. ちゃんと読んでいない.

Poincare. 『ディアスポラDiasporaの5+1次元宇宙U*のヤドカリthe Hermitsたちの星も「ポアンカレ」だったなあ.

 『ディアスポラ』といえばこんな台詞がある

「あなたが見ている点という点は、異なるルールの組なの」ブランカは青いシートの下に手を走らせて、マクロ球のルールを引っぱりだした。
「これはみんな六次元時空。下のは五次元。五次元のほうがすごく薄いのがわかる? でも七次元も薄いの。偶数の次元のほうが、豊かな可能性をもっているのよ」

 (思えばここでブランカがやっていることはOrthogonalでイーガンがやっていることと同じだ)
 次は当然5次元を調べにいくことになる(Spin(5)はSp(4)と同型)が, 「薄い」らしい. なぜだろう. 奇数次元にはカイラリティーが存在しないのでそのあたりに由来があるのだろうか.



おまけ
 今まで気づかずに生きてきたのが不思議なのだが,

{
M(2,\mathbb{C})\cong\mathbb{C}\otimes\mathbb{H}
}

が成立する. 体として同型. これはPauli行列の実係数線形結合がHermite行列, 虚数係数だと反Hermite行列となることから明らか. 複素係数の四元数を2×2行列と同一視できるということ.*7

そこで次の共役を考える.

\[
(a+bi+cj+dk)^T=a+bi-cj+dk
\]

jの符号だけ反転させる変換. 記号Tはjを{i\sigma^2}に対応させると転置行列になることから. 転置ということは

\begin{align}
\lbrack(a+bi+cj+dk)(s+ti+uj+vk)\rbrack^T=(s+ti-uj+vk)(a+bi-cj+dk)
\end{align}

が当然成り立つ.jでいけるならiとkについても同様に成り立つと期待できてこれは実際正しい. iとjとkの係数を同時に反転させるとこれは余因子行列になる.

自分自身と転置の積について

\begin{align}
(qq^T)^T=qq^T
\end{align}

が成り立つが, これはj要素が0になることを示している. つまり8次元が6次元に落ちている. 実係数なら4から3. Kustaanheimo-Stiefel変換でこれを見たことがある. Hopf fibrationというのが関係しているらしい.

(17/08/02)一部修正.

*1:偶然同型についてはこちらを参照 Accidental isomorphisms Indefinite signature Spin group - Wikipedia

*2:といってもPauli行列の積の交換性などを使うと計算は単純

*3:この定義のみからはこれが実数であることは自明ではない. 結局同じことになるが {\begin{align}
\langle A,B\rangle=-\frac{1}{8}{\rm Tr}(A^*B+AB^*)
\end{align}} とすれば自明になる.

*4:SU(4)からSO(6)への全射性についてこの説明では不十分だが, SU(4)がSO(6)の元と二対一に対応しており, この構成法がその写像を実現していることは認めるものとして進める.

*5:このあたりはいずれ書く記事で検証.

*6:やや本筋から逸れる(と現時点では思っている)ので脚注. 特に{\Gamma^1,\Gamma^2,\Gamma^3}の間の積の関係は四元数と同じになっている. このことから{\mathfrak{F}}の元を指数の肩に乗せるとその行列は (単位行列とAの線形結合のユニタリ行列)×(Bの実係数線形結合のHermite行列) の形になる....この事実をどう利用できるのか分からないが一応書いておく.

*7:2017/08/02修正. 一般線形群複素数四元数の直積と同型になるなどと書いており二重に間違えていた. これを書いた後で知ったのだが, 「複素係数の四元数」はbiquaternionというらしい. Biquaternion - Wikipedia

へんなDirac方程式

前の記事

点付き・点なし - Shironetsu Blog

ノーテーション等はこの記事を踏襲.

前回, 2×2行列同士の関係式として表されたDirac方程式として

{
i\partial_\mu \tilde{\sigma}^\mu \Psi = m\Psi^\ddagger\sigma^3
}
(……式(1))

を得た. 再度書いておくと, 右肩に{\ddagger}を付けて表す「ダブルダガー共役」は, GL(2,C)の元に対して「余因子行列のHermite共役」で定義されている. 「正方スピノル」と呼んでいた{\Psi}はその列ベクトルが左手型の2成分スピノルで構成されており, Lorentz変換とともにSL(2,C)の元D(定義は前の記事を参照)によって

{
\Psi\rightarrow D\Psi
}

と変換する. 一方「共役正方スピノル」と呼んでいた{\Psi^\ddagger}はその列ベクトルが右手型の2成分スピノルで,

{
\Psi^\ddagger \rightarrow (D^{-1})^\dagger \Psi^\ddagger
}

と変換する.

さて, 次の事実を使うことでこの方程式を変形する. すなわち, {\sigma^\mu\ (\mu=0,1,2,3)}はGL(2,C)に対して複素ベクトル空間としての基底をなす. このことは, {\sigma^\mu}の実係数線形結合がHermite行列になり, 一方虚数係数だと歪Hermite行列になること, 任意のGL(2,C)の元がHermite行列と反Hermite行列の和に分解できることを考えれば自然に理解できる.

このことは

{
GL(2,\mathbb{C})=\{z_\mu\sigma^\mu|z_\mu\in\mathbb{C}\}
}

と表せる. このように表すと, ダブルダガー共役は次のようになる.

{
(z_\mu\sigma^\mu)^\ddagger=z^*_\mu\tilde{\sigma}^\mu
}

これを使って式(1)を書き換える.

{\begin{align}
\Psi=\varPsi_\mu\sigma^\mu,\ \ \ \Psi^\ddagger=\varPsi^*_\mu\tilde{\sigma}^\mu
\end{align}}

とすると,

{\begin{align}
i\partial_\lambda\tilde{\sigma}^\lambda \varPsi_\mu \sigma^\mu=m\varPsi_\mu^*\tilde{\sigma}^\mu\sigma^3
\end{align}}

ここで

{
\tilde{\sigma}^\lambda\sigma^\mu=\alpha^{\lambda\mu}_\nu\sigma^\nu
}

とする. {\alpha}複素数で, 具体的には

{\begin{gather}
\alpha^{00}_\nu = \delta_{0\nu},\ \ \ \alpha^{0i}_\nu=\delta_{i\nu} \alpha^{i0}_\nu=-\delta_{i\nu},\ \ \ \alpha^{ij}_\nu=-i\epsilon_{ijk}\delta_{k\nu}-\delta^{ij}\delta_{\nu 0}\\
(i,j,k=1,2,3)
\end{gather}}

である(添え字の上下がややいい加減だが...). また,

{\begin{align}
\tilde{\sigma}^\lambda\sigma^\mu+\tilde{\sigma}^\mu\sigma^\lambda=2\eta^{\mu\lambda}\sigma^0
\end{align}}

から,

{
\alpha^{\lambda\mu}_\nu+\alpha^{\nu\lambda}_\nu=2\eta^{\mu\lambda}\delta_{0\nu}
}

が成り立つ. このαを用いると,

{\begin{align}
i\partial_\lambda\alpha^{\lambda\mu}_\nu\varPsi_\mu\sigma^\nu&=m\alpha^{\mu 3}_\nu\varPsi_\mu^*\sigma^\nu\\
\therefore\ \ \ i\partial_\lambda\alpha^{\lambda\mu}_\nu\varPsi_\mu&=m(2\eta^{3\mu }\delta_{0\nu}-\alpha^{3\mu}_\nu)\varPsi_\mu^*
\end{align}}

となる. 行列α, βを

{\begin{align}
(\alpha^\lambda)_{\nu\mu}=\alpha^{\lambda\mu}_\nu,\ \ \ (\beta)_{\nu\mu}=2\eta^{3\mu }\delta_{0\nu}-\alpha^{3\mu}_\nu
\end{align}}

で定め, {\vec{\varPsi}}{\varPsi_{\mu}}を成分にもつ4成分の複素ベクトル(列ベクトル)とすると, 式(1)は

{\begin{align}
i\partial_\lambda\alpha^\lambda\vec{\varPsi}=m\beta\vec{\varPsi}^*
\end{align}}

と表せることになる. これがDirac方程式の別の表現である. 複素共役が顕わに出てくるのがむず痒い. 行列α,βは書き下すと

{\begin{gather}
\alpha^0=
\left(\begin{array}{cccc}
1&0&0&0\\
0&1&0&0\\
0&0&1&0\\
0&0&0&1
\end{array}\right),\ \ \ 
\alpha^1=
\left(\begin{array}{cccc}
0&-1&0&0\\
 -1&0&0&0\\
0&0&0&i\\
0&0&-i&0
\end{array}\right),\\\
\alpha^2=
\left(\begin{array}{cccc}
0&0&-1&0\\
0&0&0&-i\\
 -1&0&0&0\\
0&i&0&0
\end{array}\right),\ \ \ 
\alpha^3=
\left(\begin{array}{cccc}
0&0&0&-1\\
0&0&i&0\\
0&-i&0&0\\
 -1&0&0&0
\end{array}\right),\\\
\beta=
\left(\begin{array}{cccc}
0&0&0&-1\\
0&0&-i&0\\
0&i&0&0\\
1&0&0&0
\end{array}\right)
\end{gather}}

となっており, αはすべてHermiteである. さらに

{\begin{gather}
(\alpha^1)^2=(\alpha^2)^2=(\alpha^3)^2=1\\
\lbrack\alpha^i,\alpha^j\rbrack=-2i\epsilon^{ijk}\alpha^k\\
\end{gather}}

が確かめられる. {(-\alpha^i)}の間に成り立つ関係はPauli行列のそれと同じ. すなわち{(-\alpha^i)}はsu(2)の表現になっている. しかしClifford代数の関係は満たされない.



変換性

正方スピノル{\Psi}は行列Dで変換するのだった. Dも{\sigma}を基底としてその成分を表す.

{\begin{align}
D=D_\mu\tilde{\sigma}^\mu\ \ \ D_\mu\in\mathbb{C}
\end{align}}

後の便宜のためにチルダ付きの基底で定義している. det(D)=1の条件は次のように書ける

{\begin{align}
\det(D){\bf 1}_2&=D\tilde{D}\\
&=D_\mu D_\nu\tilde{\sigma}_\mu\sigma_\nu\\
&=D_\mu D_\nu\frac{1}{2}(\tilde{\sigma}_\mu\sigma_\nu+\tilde{\sigma}_\nu\sigma_\mu)\\
&=\eta^{\mu\nu}D_\mu D_\nu{\bf 1}_2\\
\therefore\ \ \ \eta^{\mu\nu}D_\mu D_\nu&=1
\end{align}}

DはLorentzノルムが1の複素ベクトルだとわかる. 正方スピノルの変換

{\begin{align}
\Psi\rightarrow \Psi'=D\Psi
\end{align}}

に応じて, ベクトル成分は

{\begin{align}
\varPsi_\mu\sigma^\mu\rightarrow \varPsi'_\nu \sigma^\nu=D_\lambda\tilde{\sigma}^\lambda\varPsi_\mu\sigma^\mu
=D_\lambda\alpha^{\lambda\mu}_\nu\varPsi_\mu\sigma^\nu
\end{align}}

と変換する. 4×4行列{D_4}

{\begin{align}
D_4=D_\lambda \alpha^\lambda
\end{align}}

で表すと, これは

{\begin{align}
\vec{\varPsi}\rightarrow \vec{\varPsi'}=D_4\vec{\varPsi}
\end{align}}

と表せる.

共変ベクトルの変換性などから式全体の変換性を見て……いきたいもののすっきりと計算できない(ひたすら4×4行列の積を計算するだけだけど). 特にβが何者なのか納得できていない. 物理的解釈も含め理解できたら続きを書くことにしてここでいったん打ち切る.