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Shironetsu Blog

@shironetsuのブログ

2次元・3次元ラグランジュ点の位置と安定性

 私を無理矢理平面の肉体に押し込み、案内役も無しにこの宇宙を探索させた〈圧搾者〉も、精神の消失からは私を保護してくれたようだった。復活した直後の安堵と微睡みのなか視野に飛び込んできたのは星空だった。やはり2πラジアンの。しかし今度は赤い太陽は無い。ただしどうやら拠り所の無い空虚、恒星間空間の寂しさを味わうことになるわけではなさそうだ。この領域を重力によって支配している星がどれなのかはすぐに見当がつく。視野中の近い場所に並ぶ、一際明るく輝く2つのそっくりな青い星、連星だ。そして私のいる位置が特殊な場所であることもまもなく分かった。双生児に挟まれた領域の視角度はおよそπ/3ラジアン――ここは正三角形の頂点であり、そして多分連星系のラグランジュ点。

 重力の逆2乗則が成り立つ我々の3次元宇宙では、共通重心の周りを重力によって円運動する2天体の周りに、無視できるほど小さい質量の物体が2天体との相対位置を変えずに留まることのできる点が5つ存在する。2天体からの重力と遠心力が釣り合う点である。これらのことをラグランジュと呼ぶ。一般的に、質量の大きい主星Aと小さい伴星Bに対して、各点は図のようにL1~L5と呼ばれる。ABを結ぶ直線上にL3、L1、L2が並び、ABを1つの辺にもつ2つの正三角形の頂点のうち回転方向前方にL4が、後方にL5が位置している。
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 太陽-地球系のL1点は常に太陽を観測することができる。現在も運用中のSOHOや、最近地球の前を横切る月を撮影して話題となったDSCOVRはここにある。

 太陽-地球系のL2点は地球の陰によって太陽光が遮られるため宇宙望遠鏡の設置に誂え向きである。実際、宇宙背景放射を観測したWMAPやプランクはここに置かれた。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機であるジェームズウェッブ宇宙望遠鏡*1もここに置かれる予定になっているらしい。

 L3点は主星を挟んで伴星の反対側に位置するため、太陽-地球系、地球-月系のどちらでも特に利用されていない。

 太陽-木星系のL4、L5点にはトロヤ群と呼ばれる小惑星の集合がある。なお、より一般には太陽と各惑星の系のL4、L5点に位置する小惑星の集合をトロヤ群と呼び、土星や地球にも存在するらしい。*2

 ところで、L1~L3には天然の物体は存在しないとされている。というのも、ここでは物体は軌道修正無しには安定しないためである*3。一方、L4、L5点にはトロヤ群のような小惑星や塵が存在するとされている。ただしその安定性には主星の質量が伴星の(25+3√69)/2≒24.96より大きいという条件が課せられる。たとえば太陽-地球、太陽-木星、地球-月系ではそれぞれ33万、1000、81倍と条件が満たされる*4。ところが、最近探査機ニューホライズンズの撮影した初めての詳細な地表の画像で話題になった冥王星-カロン系では、冥王星の質量がカロンの9倍程度であるため*5、この系の正三角形ラグランジュ点で軌道は安定しない。

 さて、ここまでは3次元の話だった。では「逆1乗則」の引力が働く2次元ではどうか?実は相変わらず直線上に3つ、正三角形の頂点に2つ、ほとんど同じ位置関係で「ラグランジュ点」が存在する。そしてL1~L3が不安定なのも同じである。しかしL4、L5での振る舞いがやや異なる。なんと2天体の質量比によらず安定するのだ。

 連星系ならここに太陽風や星間塵などに由来する物質が集積してニーヴンの『インテグラル・ツリー』に出てくる「スモークリング」のような地面のないガスの濃い領域ができるかも……。何せ2次元では重力は対数ポテンシャルの「井戸」を持つから物質に脱出速度は存在しない。ずっと空の同じ位置にある2つの太陽からの光を得るべく領地争いをする植物、コリオリ力の働きを生来知るジェット噴射推進動物、L4とL5で独立に発達する生態系……色々想像すると楽しい。
 ただ問題があるとすれば自己重力で惑星になってしまうのではないかということ。それはそれで面白そうだが「ふわふわ」した感じが失われてしまう。ついでに言うと安定性も分からないし、そもそも天体の形成過程などは考え出したらかなり危うい部分が多くなってしまう……。でもSFの舞台としてはおもしろい場所だと思う。

 ルンゲ-クッタ法で計算してみると*6実際この点の周りで準周期的な軌道を描く様子を見ることができる。

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左から順に主星:伴星質量比1:1、9:1、81:1の、逆1乗則重力下でのL4点のまわりでの物体の軌道。2天体間距離が1で重心は原点、yが負の側に重いほうの星がある。

比較用に主星:伴星質量比81:1(地球:月)の、逆2乗則重力下でのL4点のまわりの物体の軌道を示しておく。
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ちなみにこれらの図に見える楕円は、主星:伴星質量比が大きいときには短軸を延長すると主星にぶつかる。

 いや、むしろ(25+3√69)/2という数の出てくる逆2乗則重力のほうが奇妙と言えるかもしれない。単純な問題設定の中からどうしたらこんな数が出てくるのか?せっかくなので「逆k乗」の重力としてラグランジュ点の導出から安定性まで一緒に計算してしまおう。とはいっても専らk=1,2を想定し、それぞれ2次元、3次元の場合に対応している。なお平面の問題として処理するため3次元の場合のz座標について考慮されないが、z方向はxy方向とは独立に単振動すること、つまり安定であることが知られている。

運動方程式

 xy座標上で、質量(1-q)Mの天体AをxA = (-qR,0)に、質量qMの天体BをxB = ((1-q)R,0)におく。
ただし 0 < q < 1 とする。このとき重心は原点にくる。2天体が重心の周りで円軌道をとるとすると,距離のk乗に逆比例する重力の下で、運動方程式からその角速度ωは
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である。この系において、位置x=(x,y)にある質量m(Mに比べて無視できるほど小さい)の物体の運動方程式
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である。ただしJはπ/2回転の行列で
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である。

 mω^2で割り、時間tによる微分をωtによる微分に変え(ただし引き続きドットを使う)、X=(X,Y)=x/Rによって無次元化すると
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すなわち
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簡単のため
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とおく。

この微分方程式の平衡点を求める。そこがラグランジュ点である。

ラグランジュ点の導出

時間変化が無いことから、
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が解くべき式となる。第2式から2つの場合に分けられることが分かる。

(i) Y = 0のとき(直線解)
第1式に代入して
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  • k=1のとき

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f(X) = X-(1-q)/(X+q)-q/(X-1+q)とおくと、
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から、X < -q, -q < X < 1-q, 1-q < X にそれぞれ1つずつ解を持つことが分かる。順にX3,X1,X2とし、それぞれに対応する点をL3,L1,L2と呼ぶことにする。なお数字の振り方は一般的なラグランジュ点に対応させた。
ちなみにqが0に近いとき、その値は
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によって近似できる。

  • k = 2のとき

k = 1のときと同じ区間に同数の解がある。
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(i) Y ≠ 0のとき(正三角形解)
第2式をYで割って、
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(X+q)(式20)-(式7)および(式7)-(X+q-1)(式20)より、rA = rB = 1が分かる。これより、(X,Y) = (1/2-q,±√3/2)。Yが正の点をL4、Yが負の点をL5としておく。


安定性の解析

 線形近似によって平衡点の周りでの安定性を調べる。平衡点(X0,Y0)からわずかにずれた点を(X0+ξ,Y0+η)とする。

 ここで予めf(z,w) = z/(z^2+w^2)^((k+1)/2)の1次の項までのテイラー展開を求めておく。
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より、
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これを用いると、
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(i) 直線解
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γ^2 = (1-q)/rA^(k+1)+q/rB^(k+1) (γ>0)と置くと、この2元2階線型連立微分方程式固有値λは
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ここで、式(10)より、
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を導いておく。

  • k = 1のとき

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L2では X0 < -q < 0, rA < rB より、γ^2-1 > 0
L3では X0 > 1-q > 0,rA > rB より、γ^2-1 > 0
L1での安定性を調べるために、0 < p < 1として X1 = p(1-q)+(1-p)(-q) = p-q(AとBをp:(1-p)に内分する点)とおき、式(10)を用いてqを消去すると、
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ゆえに γ^2-1 > 0。なお q = 1/2 のとき X1 = 0 となるが、このとき γ^2-1 = 3 > 0 で同様。

以上より、直線解では必ず正の実数の固有値を持つため不安定。

  • k = 2のとき

k = 1のときよりやや煩雑だが必ず正の固有値を持つことが示される。

(ii) 正三角形解
(X0,Y0) = (1/2-q,±√(3)/2)
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固有値λは、
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から、
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  • k = 1のとき

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0 < q < 1で0 < q(1-q) < 1/4であり、-2 < λ^2 < -3/2, -1/2 < λ^2 < 0となり、λは必ず4つの異なる純虚数となる。従って軌道は安定。

  • k = 2のとき

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0 < q < (9-√69)/18, (9+√69)/18 < q < 1 のとき、λは必ず4つの異なる純虚数となって安定。

(9-√69)/18 < q < (9+√69)/18 のとき、1-27q(1-q) < 0 より、
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 このときλは純虚数でない複素数を含む。式(43)から、4つの固有値の和は0(∵解と係数の関係)であるため、その実部が全て負となることはない。ゆえに不安定渦状点になる。

 結局、2つの天体の質量比 r = q/(1-q)について、
・ 0 < r < (25-3√69)/2, (25+3√69)/2 < r のとき安定
・ (25-3√69)/2 < r < (25+3√69)/2のとき不安定となることが分かる。

 復活によって得た新しい肉体は赤い太陽を周回していたときのそれとは異なっていることに気付いた。自分の姿をはっきりと見ることはできないが、おそらく対角線の長さが2対1程度の菱形をいくらか丸くした形だ。こうして星と自分の体を眺める眼は両方の鈍角の頂点の周囲にあるように思われた。この肉体はここにいるのが自然であるような姿なのだろうか?
つまりこのラグランジュ点を利用して生きる住民の? 他の点よりも集積しやすいとはいえ、物質はやはり希薄に見える。ここだけで暮らすのはあまり魅力的には思えない。しかしもし中継基地があるならこの連星系から抜け出して旅立つには重要な場所だろう。

 星と星を渡る――定義はともかく文明を持たないという条件付きで――生物は進化の過程を考えるとほとんどありそうに思えない。時間、エネルギー、物質のどれもが不足する。だがそれはあくまでも故郷の宇宙での話だ。現に私は赤い太陽の軌道上の生物圏を見てきた。物理定数同士の関係が変わり、例えば化学が相対的により激しいエネルギーの交換を伴うものであれば、生物のあり方も全く異なるものにもなりうるだろう。

 私は2つの青い「目」に見つめ続けられながら、正三角形の頂点で力を抜いて待つことにした。

*1:予算の増大と完成時期の延期で計画は色々と難航しているらしい。広報ツイッターアカウント→ @NASAWebbTelescp https://twitter.com/NASAWebbTelescp

*2:L4よりL5のほうが小惑星が多いという謎についてクラークの『神の鉄槌』で触れている箇所があった気がする。しかし観測誤差によるものという話もあって詳しいところはよく分からない。

*3:視聴当初は気付かなかったのだが、今放送している戦姫絶唱シンフォギアGX第1話「奇跡の殺戮者」冒頭で出てきたスペースシャトルラグランジュ点で活動していたとか(ちらっと風鳴司令が口にしている)。ナスターシャ教授はどこのラグランジュ点に漂っていたのだろう。

*4: 太陽系で最大の惑星は木星であるため、他の惑星も太陽とのラグランジュ点を持つ。  また、地球 : 月は太陽系の惑星-衛星では最大の質量比を持つ。ゆえに他の7個の惑星ではいずれも条件が満たされるが、単純な制限三体問題として考えられるのか(たとえば木星には質量の近いガリレオ衛星が周回していて、他の衛星からの影響を無視できない)、安定性なのかどうか、よく分からない。

*5:冥王星が惑星から「降格」されたはまさにこの「衛星」が「惑星」に対して大きすぎるという事実が一つの理由になっている。

*6:Perlでプログラムを書いて出てきた数値をExcelにプロットさせた。gnuplotのような専用ソフトにやらせたいところだったのだが…。