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Shironetsu Blog

@shironetsuのブログ

進化の産物であること

 戦死した兵士が折り重なる戦場、骨の形が皮に浮き出た遺体の埋められた虐殺の跡、無差別テロの犠牲者が横たえられたベッドの並ぶ病院の一室……大部分が前世紀の写真である中、今世紀に入ってから撮影されたと思われるものも含まれているのに全てモノクロで統一され粗めに加工されているのは、精神的刺激を弱めるためだろうか。少なくともこういった画像に慣れない私にとっては意味のある配慮だった。遺体の画像がスクリーンに映されることは予め告げられていたため、心の備えもできていた。
 しかしこうして映し出された写真を、小さめの会議室で私が見せられている理由がまだ分からない。
「苦難の原因は何にあるのでしょう。」
彼の口から次の言葉が出てこないことからそれが実際に私に向けられた質問であることが分かった。
「悪意……ですね。人の悪意。」
期待されているであろういくつかの選択肢の中に含まれているはずの当たり障りのない答え一つを返した。話の行く先が明らかになるまで態度は変えないでいるつもりだったが、内心は混乱と胸騒ぎで落ち着きを欠きつつあった。スカウトとは彼らの信じる宗教への勧誘だったのか?これと似た問答は自宅の玄関口で経験したことがある。こういうとき話を断ち切ることができない自分の性分を後になって嘆くのだ。それとも最低限の感情移入能力とモラルの有無を見るための心理テスト?
「その通りです。」
 私の返答に一言だけで素っ気なく応じながらリモコンを操作して次のページに移ると、スクリーンに映っていたのは地震で崩壊したどこかの国の街やベッドに寝かせられた遺体――しかし今度の病室はもっと粗末で、周りの防護服に身を包んだ人々の姿から感染症の死者であることが察せられた。つまり天災や伝染病の被害の跡を撮影した写真だ。人の力では抗いがたい脅威。宗教的色合いが濃くなってゆくことに警戒しながら彼が話を再開するまでの沈黙を待った。
「人間の肉体の脆弱さや精神的な未熟さ、そういった先天的な性質が悲劇の原因です。」
 こうして説明するのはこれが初めてではないはずだ。無意識の演出なのか、スクリーンから振り返ってこちらと目を合わせ、強調するように次の言葉につなげた。
「そして苦痛は我々が進化の産物である以上必然的に備える情動です。」
 進化。その単語でここがどういった施設であったか思い出された。多少宗教がかっていても何ら不思議はない。拡張生物倫理機構――物理学者である私が招かれてやってきたこの会議室は、その国際組織の施設の一室だった。

 人工食用肉の発明と生産技術の進歩は食生活を大きく変えた。
 食肉を工場で生産することが試みられたのは近年が初めてではない。しかし家畜の筋肉をシャーレ上で組織培養できる程度の大きさではなく、食用に適するほどの大きさにまで成長させるためにはいくつもの課題を解決する必要があった。重力に耐え立体的に成長させること、栄養や酸素が細胞全てに行き届くようにすること……これらの困難は同時に、人工幹細胞によるヒト人工臓器の作成を目的とする医用工学の領域の抱える問題でもあった。そして後者には先進国の期待と需要があった。急速に発展した再生医療の分野で得られた技術のいくつかは、ほどなくして家畜の筋肉の人工的成長に転用できることが見出された。当然ヒト用の技術がそのまま使えるわけではない。だが最大の課題のいくつかは乗り越えられてしまっていた。
 食糧供給の全く新しい形態を目指す野心的な食品会社はこれに目をつけ一層研究を押し進め、ついに一般消費者向けの製品が市場に出回ることになった。最初の製品は決して安価ではなく、家畜のどの部位に対応するのかも判然としないその筋と脂肪の寄せ集めは味も食感も本物に劣り、由来の不気味さと物珍しさから新しい物好きが手に取る程度の食品でしかなかったが、価格も味も本物に遜色のない基準に至るまでにそう時間はかからなかった。清潔な工場の棚に所狭しと並ぶ、コードの繋がれた透明な箱とその中で育てられる筋肉の赤み――自然とはかけ離れたその生産現場の光景に嫌悪感をいだく者は当初は少なくなかったが、それもすぐに減った。食品会社が宣伝した通り、環境への負荷は牧場肉――「工場肉」が発明されたことによって生じた食肉のレトロニム――より遥かに低いのだ。そして家畜に苦痛を与える過程はもはや工場肉の生産ラインには存在しなかった。
 工場肉が社会に及ぼした影響は経済的な面に留まらない。今や家庭の食卓に載るようになった工場肉。脳を持つ程度に高度な生物から得られる食品を避けることは、その発明以前より遥かに容易になった。肉を食べ続けながら、食物摂取から殺生を切り離すことが可能となったのだ――菜食主義者にならずとも。ヒト以外の生命の倫理について意見することと体が肉食を求めることとの矛盾はなくなった。そして自分の関わらない問題について正しさを要求することは正義感を満たすための手頃な方法なのだ。
 とはいえ、牧場肉がただ単に食材の「自然さ」を求める美食家の嗜好品になってしまったわけではない。牧場肉と工場肉の間の溝は初期より狭まったとはいえやはり深かった。肉食の選択肢が殺生を伴うか否かの二択になってしまうほど問題は単純ではなかったが、工場肉完全移行者たちにとっては違った。
 拡張生物倫理機構の前身は、そういったヒト以外の動物の福祉を求める声の高まりと経済界との間の緩衝材として設置された組織だった。家畜のみならず、およそ生物の保護に関する事柄は全て引き受けることに名目上はなっていたが、実行力はそれほど大きなものではなかった。
 動物の権利問題は特段新しい問題ではない。前世紀から……それどころか人が肉食のあり方を自覚した時から始まっていたことだ。かかる組織が拡張生物倫理機構へと変わったのは何が理由か?それもやはり技術革新だった。

 計算機の性能は、ナノテクノロジーによって半導体の限界を超えて爆発的に向上し続けていた。あらゆる分野の研究者がそれを持て余したりはしなかった。とりわけ計算資源の余裕を渇望していたのが拡張生物倫理機構の主たる監視対象――進化的知性創発主義者だ。
 SETI――地球外知的生命探査――は依然継続されていたが、一世紀前ほどの期待が見られないのも事実だった。ところが人間は自分たちとは異なる由来を持つ知性との接触を求めるものだ。呼んでも来ないなら作ればいい。ヒト以外の知的生命と出会うための最も速い方法は、SETIではなく彼らを生み出すことだった――ソフトウェアとして。
 進化とは個体の集団がトライアルアンドエラーを絶え間なく繰り返した結果わずかずつ環境に適応してゆく遺伝的な形質の変化の蓄積だ。人工知能を開発する手段としての進化的方法は既に試みられていたし、部分的にはいくつもの成果が得られていた。しかしヒトと対等かつ模倣ではないコンタクト可能な知能となると話は違う。
 計算資源の爆発的拡大は、人工生命を進化させるためのフィールドを用意できる段階に達しつつあった。進化を推進するために必要なだけの余裕と、全くの運任せに陥らないようにするための剪定の知識が揃おうとしていた。
 宗教的熱情すら内包したこの動きは、しかし”予期せざる特異点”に目を光らせる人工知能作成に関する慎重派に警戒心を抱かせることとなった。

 「苦痛を感じられる程度に高度な神経系を持つ人工生命を生み出すことへの慎重さは何よりも優先されるべきです。自分たちにとってそれが望まないものなら。」
 彼は説明を続けた。スクリーンはいつの間にか消され、会議室に電灯がともった。
 私は道徳的義務感が全ての理由ではないことくらい知っている。子が親を凌駕すること、つまり自分たちの手に負えない知性の誕生が生み出されることへの各国の恐怖だ。知的生命の苦痛を取り除く道徳的名目を理由に、進化的方法を含むあらゆる人工知能開発が監視されている。そうでなければこの組織はこれほど大きくはならなかった。今や基準以上の計算能力を持つコンピューター全てが拡張生物倫理機構の監視下にある。その目をかいくぐる研究者はいずれ出てくるだろう。しかし現時点では高度な技術の集積である最新型計算機全てをトレースするのは難しいことではない。
 「だが既に成し遂げられたなら法の下で然るべき裁きを受けなくてはならない。」
 「進化創発主義者が成功したのですか?あなた方の監視の目を抜けて?」
 驚きは自然に質問になっていた。そのような噂は聞いたことがない。部外者である私にとっては当然だが。しかしそれを私に漏らす理由は何だ? 淡々とした彼の短い説明の行く先は未だ分からなかった。
 「そういうことではないのです。しかしそのように誤解されるのも当然でした。突拍子のないことだと思われるが聞いていただきたい。」
そう言うと彼は向かい側に腰掛けてバインダーを開き、私のプロファイルが書かれた紙を取り出した。見慣れたロゴマークが右上にプリントされている。私の所属する研究所から提供されたものだ。
 「この宇宙の物理法則が私たちにとって驚くほど優しいものであることはよく知られています。まるでそれこそが――私たちを生むことが目的であるかのように。弱い人間原理的視点では目的なるものは排するでしょう。ですが我々は目的が存在する可能性も無視できなかった。」
 話の行く先が見えてきた。当然私だってこの問題については幾度となく考えてきた。だからこそ今の研究があるのだ。
 「優しい物理法則を設定して宇宙の計算を始めること。まっさらな状態から知的生命を生み出す手段として莫大な計算能力に頼ること。人間が手を付けようとしていることそのものです。計算能力と物理法則の洗練度という点では桁が違いますが。」
 彼らは夜空に目を向けたのだ。現実世界もまたシミュレーションであるかもしれないこと。それだけなら誰だって幼い頃に考える可能性だ。しかし彼らは宇宙の慈悲深さに感謝だけを向けることはできなかった。彼らの職業がそうさせた。
 「この宇宙が誰かの計算によって始動させられたなら、その『誰か』は法の下で裁かれなければならない。そう呼びたければクリエイターと呼んでくださっても構いません。歴史的経緯から色々な意味が付加されてしまっていますが、この言葉が指す対象はそれほどぶれていないでしょう。私もそう呼ぶことにします。」
 私は確信した。彼が語っているのは少なくともいくつかの点では紛れもなく宗教だ。仮定上の存在に対する行動について語りすぎている。
 「クリエイターはもし存在するなら、進化に伴う痛みと悲嘆について無思慮すぎた。私たちが今ここにいることについての感謝はいくら捧げても不足するでしょう。しかし私たちの後ろに積み重なる進化の敗者の犠牲、勝者の獲得した暴力性、自己防衛に必要なあらゆる苦痛――そういったものの責任を帰する先でもあるのです。」
 「人間同士の争いは?最初に見せられた写真はそういうことを言いたかったのですか?つまり虐殺もクリエイターの責任になると?」
 「その言い方は単純化しすぎています。無論虐殺の罪は殺した者にあります。何も犯罪者の罪を別のところに移してしまおうと言っているわけではありません。ただ人間が同族を殺せるのは、そうした行動をとることのできる暴力性を持つ者が勝者になってきたから、という視点も誤りではないでしょう。」
 進化の起こる環境としてこの宇宙を用意した誰かを裁くこと。彼が求めるのはそういうことだろう。となると私の呼ばれた理由も見えてくる。
 「そのためにはクリエイターと意思疎通を交わすことが必要です。そして法廷まで連れてくること。あなたにはそのための研究をしていただきたい。」
 物理系の計算エラーに関する理論。おおよそ先ほど取り出された紙には私の研究についてそのようなことが書かれている。
 数学で記述された物理法則にしたがって系を進めるのは計算に他ならない。その精度は少なくとも我々の観測する限りでは無限だ。しかしもし誤りが起きるとすれば?既知の物理法則や計算機科学の理論から、その可能性について調べるのが私の研究だ。
 「私が把握している限り、現在のあなたの研究のいずれにも干渉するつもりはありません。専門分野を大きく変えてしまわない限り、私たちの目的に合致した研究をあなたは続けるでしょう。私の提案は、もし私たちの支援を受けてくださるなら、よりよい待遇と雑事から解放して差し上げることです。」
 彼らの思想を、彼らの正義を実行するために私を支援するという。とんだ酔狂だ。
 「しかし……私の研究が宇宙の計算基盤について解明できるという見込みは今のところ全くありません。私が進めているのは今のところ数学的理論を超えていない。どんな観測機器が必要になるのかも分からない。成果を上げるためには、仮説の検証のために現在進行中のあらゆる国際的科学プロジェクトより巨額の投資が必要になるかもしれない。」
 「構いません。どんな進展でも歓迎します。」
 「それどころか私の研究が計算基盤について何か観測することは全く不可能だと証明するという未来もありうる。基盤宇宙があってもそこは無人である可能性、クリエイターがいても完全にコンタクト不可能な形態の知性を持つ可能性……あなた方を落胆させる可能性はいくらでも挙げることができる。」
 「それも私たちの想定に含まれています。裁く相手がいなければそれもまた救いです。計算能力を持ちながら進化を実行させた無思慮さは発揮されていなかったことになるのですから。」
 私は混乱していた。研究に対するこんな惜しげのない支援の提案を予想してはいなかった。彼もそれを察しているのが分かった。
 「気前の良さを疑われるのは無理もないですね。ただ研究に対して支援したという実績を残すことだけを目的としているかのようなこの提案に。」
 彼が姿勢を正すのが分かった。これは彼らの支援者の思想なのか?それとも彼自身の信条なのか?
 「ですが方向付けを行うことそのものが重要なのです。クリエイターを裁くという方向付けそのもの。肉体だけに頼る時代が終わりを迎える前に、身体の脆弱さが人間を苛んできたその苦痛を自らの経験として忘れ去ってしまう前に、目標を立てねばならないのです。」
 事務的に感じさせるその口調に気圧されたのは不意打ちだった。これは彼自身の言葉だ。彼の正義がそう語らせているのだ。
 後になって知ったことだが、彼は若い頃に母親を亡くし、自身も遺伝的な要因の関係する自己免疫疾患の治療を続けていた。それが進化についての彼の考え方に影響を与えたのだろうか。決してそれが全てではないだろうが、おそらく部分的にはそうだったのだろう。

 帰り道に冬の夜空を見上げて畏怖を感じてみようとする誘惑には耐えられなかった。星々とその間に広がる真空を計算できる途方もない計算能力を持つ誰かが道徳的に人間にとって望ましい存在であるとは限らないのは確かだろう。しかしその誰かが仮に存在するとして、人間と何を共有しているとも知れないのに裁くことを目的と見据えながら研究することは健全だろうか? 少なくとも私がこの先耐えられるものであるとは今は感じられなかった。

 4世紀の後に、白色矮星シリウスBを巡るプローブ群を用いて行われたδ-アノマリーについての観測実験が〈下層宇宙〉物理学への扉を開いたとき、教義の継承者たちによって彼の言葉が意味のあるものであったと証明されたことを私は知ることになった。



~~~~~~~~~~終~~~~~~~~~~



「クリスタルの夜」*1、『神は沈黙せず』、「フェッセンデンの宇宙」を読んで。

 SFは定義からしてフィクションなので、少し自分からは距離を置いて空想を晒す手段として便利。
 突然こんなのを書いたのには理由があり、『夜と霧』を読んだことが最初のきっかけだった。ナチス強制収容所から生還した心理学者であるフランクルによる、収容所での過酷な経験を綴った本である。紛れもない現実として人が人を虐げることが行われたことと、これを生き延び透徹した学術的な目でもってこの記録を残した作者やその仲間がいたという現実との間の隔たりに眩暈がするような気がした。
 環境が人を形成するのだから、全く同じ状況で自分ならどうなるかと考えるのも少し無理はあるが、しかし人間は高潔な精神を持つことができる一方で、先天的に悪の実行を自ら妨げる能力が備わっているわけではないということを改めて認識させられたのだった。思考能力の不備と環境の要請があれば人間は人間を殺せる。
 となると思い出されるのが『虐殺器官』だった。「虐殺の文法」とは、人が人を殺せるようにできているという脳のある意味での欠陥を突いて集団を自壊させられるプログラムなのだった。人間は進化の過程で同族を殺せるようにできてきたという事実が、いくらか誇張気味にではあるが皮肉的に描かれている。やや牽強付会であるようにも自覚するが、そう解釈すると用意された科学的下地のいくつかが腑に落ちる気がした。

 覚え書きしたいことはそれだけだったのだが、自分が進化の産物である他ならぬ現実の不気味さ(というと言い過ぎではある)から妄想を膨らませていったら創造主を裁くというような「いかにも」な話に繋がってしまった。だいたい「クリスタルの夜」のパロディー未満の何かである。『夜と霧』を読んで書くのがこれか、と不誠実さであるように感じる部分もあるが容赦してほしい。なお「クリスタルの夜」もナチスドイツ下でのユダヤ人に対する集団的な暴動と虐殺が行われた事件「水晶の夜」Kristallnachtに由来している。

 人工食用肉に関する部分は特に何も調べずに書いてかなり無責任だが前々から興味はある。将来の、自分たちが経験することになる食の形としてありうるのか?昆虫食やペースト状謎食物が皿に並ぶ未来と同程度にはありそうな気もする。

*1:グレッグ・イーガン「クリスタルの夜」"Crystal Nights"は原文がここで公開されている。 http://ttapress.com/553/crystal-nights-by-greg-egan/ 日本語訳は『プランク・ダイヴ』に収録。