Shironetsu Blog

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『重力の使命』であそぶ―(1)メスクリンの表面重力

重力の使命

 はくちょう座61番星C. 黎明期の系外惑星探査の第一人者ピーター・ヴァンデカンプの指導の下カイ・オーゲ・ストランド博士の観測によって「発見」された16木星質量の見えない暗い星.
 1942年に明かされたこの発見がひとつのSF作品のインスピレーションを与えた. ハル・クレメントにより1953年に発表された『重力の使命』"Mission of Gravity"である.
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 (いきなり関係ない話になるがこの表紙画には微妙に不満がある.メスクリン人の脚には吸盤があって「踏ん張る」場面が描かれているのだがこの脚では無理そうだ. このページに挙げられている想像図(ウェイン・ダグラス・バロウ『SF宇宙生物図鑑』がおそらく初出だがこの本は入手困難)のほうがそれっぽいと思う.)
aliens.wikia.com

 「科学的」SF, ハードSFに新しい流れをもたらしたというこの作品の魅力は, 科学的知見を基に緻密に構築された作品世界にある.
 舞台となる星は惑星メスクリン. 実際のデータから16木星質量を与えられたこの星に, 想像を拡げたクレメントは奇抜な特性を加えた. 北極と南極からはさんでぎゅっと押しつぶし, 勢いよく回転させたのだ. その結果この星は赤道直径4.8万マイルに対して両極を結んだ長さ2万マイルときわめて平たく(クレメント曰く「土星顔負けに」――太陽系で最も扁平率の大きい土星でさえ赤道半径は極より1割大きいに過ぎない), 17分45秒で自転軸をひとまわりとすさまじい高速で回転する楕円体になった.
 もちろん奇妙なのは見た目だけではない. それは地表に降り立つと明らかになる.
 赤道での重力は地球の3倍. 地球の5000倍に及ぶ質量は中心方向への強い引力を働かせるが, 高速回転の遠心力によって相殺され差し引き3gを感じることになる. ここでは特製のスーツを着た地球人なら歩ける. しかし極地, つまり自転軸の近くへと進むにつれ状況は変わっていく. 遠心力の助けは弱くなり, 一方で扁平さが引力の中心部へと近づけさせるため重力はどんどん強くなっていく. 極地においてはついに遠心力が消え, そこを支配する重力は地球の665倍にもおよぶ.
 ストーリーは, この驚くべき惑星の調査のため極地へ着陸させた地球人の探査機が離昇できなくなったことをきっかけにして始まる.
 地球人の足では極地へ到達するどころか赤道から離れることすらままならない. そこで希望を託すことになったのがこの星の原住民メスクリン人だ. 高緯度の高重力地帯出身の彼らは, ムカデのようと形容される, 多脚で細長いが頑丈な体に, 物を作り文明を持つための知能を備えている. そんなメスクリン人の航海士バーレナンをはじめとした筏「ブリー号」の乗組員たちと〈空の人〉;地球人との交流と旅が描かれる.


ストランドの星
 ハル・クレメントが物語の舞台として, 間接的な証拠から当時その存在が予想されていたはくちょう座61番星C(Cygni 61C)を選んだのは先に述べたとおり. しかし実はこの星, 現在はその存在が否定されているのである.
 太陽系外の惑星探査には大きな困難が伴う. 理由は単純でその周りを回る恒星と比較するとあまりに小さく自ら光り輝かないため.
 しかし太陽以外の恒星が惑星を持っているかどうかという問題は重要だ. 惑星系形成の理論は比較の対象が揃うことによって理論としての信頼度が増す. 他の星の住民を探すにしてもまずは恒星よりは惑星だろう. なにしろ唯一生命が観測されているのは地球という惑星だけなのだから.
 自然な成り行きとして1940年代頃から実際に系外惑星探しが始まった. しかし今言ったように直接「見る」のは技術的に当時まだまだ難しかった. そこでとられた手法の一つが「アストロメトリ法」である.
 恒星はその周囲を惑星が回っていると, 恒星自身も重心を中心に回る. この揺れの軌道を直接観測し, 見えない天体の存在を割り出すのがアストロメトリ法である. しかし恒星は文字通りほとんど動かない. 観測データの中からさらに地球の公転による視差の影響などを覗いて天体の固有運動を取り出すには非常に高い精度が要求される. 今世紀に入りようやく実際にアストロメトリ法による観測の成功例は挙がってきたが, 当時の技術では困難な方法だった.
 はくちょう座61番星Cはデータの中に現れた幽霊だったのだ.
 否定された学説であることにくわえ, 同じくこの時期にヴァンデカンプにより発見が主張されたものの後に否定されたバーナード星のほうがしぶとく有名だったということもあり, 最近の本ではあまり触れられていないため以上のはくちょう座61番星Cに関する内容はもっぱらWikipediaの以下の記事によった.

61 Cygni - Wikipedia
 
 初期の試みはこうしてすべて失敗に終わり, 系外惑星探査は長い停滞期を迎える.
 これを破ったのが1995年に発見されたペガサス座51番星のホットジュピターであったというのはよく知られている通り. 井田茂『異形の惑星』(NHKブックス,2003年)はたぶんいわゆる必読の書.
 これら1995年以降の発見を受けて書かれたのが小川一水の短編「老ヴォールの惑星」である. 舞台はホットジュピター, 登場するのはその海を泳ぐ知的生命, 描かれる「生き残る」ための物語. いいよね…….
 


「メスクリンは平たすぎる」
 クレメントは「メスクリン創成期」(ハヤカワSF『重力の使命』巻末に付属. 創元SF『重力への挑戦』にはのっていない)の中でメスクリンを生み出す過程について書いている. そしてそれは作者がすべての手を打ち終えたゲームであり, 作品世界について読者がまちがいを見つける楽しみが残されているとも言っている.
 そのゲームを楽しむべく, メスクリンに関してなされた国内の問題提起の中で代表的なもののひとつが「メスクリンは平たすぎる」と題されたレポートである*1. SFマガジン1976年2月号に掲載された記事だ.*2
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 主張の要点は次のようになる. 惑星といっしょに回転する系で重力(全質量が中心に集まっているとする)と遠心力の合力のポテンシャルを考える. 対称軸(北極と南極を結ぶ軸)を通る平面で切ると, その等位面は一般に二字曲線にはならないが, 重力が地表側に働く等位面は惑星を「包む」形になる. この等位面について, 中心からの高さの赤道/極比は1.5が上限値となる. メスクリンではこの比は2.4と大きく上回っている. つまり「平たすぎる」.
 さらにこの限界の比率に近づくと赤道上で等位面はとがった形になる(ちなみにこの中では述べられていないがちょうど臨界のとき計算すると北側南側間の角度は120度)
 図にするとよくわかる. 遠心力と重力の合力のポテンシャルを, 原点に点重力源があるとしてその等高線を描いたものが下の図.
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 単位はその限界の等高線がx=1.5を通るように規格化. これより外側では原点を包む閉曲線にならない.
 ほぼ同じ内容を前野先生が小林泰三「時計の中のレンズ」に対して解説している.
いろもの物理学者のかってに解説「海を見る人」
 これは数学的には全く正しい. しかし質量分布が球対称ではないことによる重力ポテンシャルの変形を無視している点には問題がある.
 クレメント自身もちろんこの問題は認識していて次のように述べている.

 「この惑星はひどく扁平なため、通常、球体にあてはまる法則、つまり表面重力の計算にあたって、すべての質量が中心に集中しているという考え方では、もしこの惑星の密度が均等であるとした場合、近似値すら出てこないのだ。質量が中心に大きく集中していると考えれば、ずいぶん助かる。この小説で使った地球重力の七百倍弱という概算も、それほど的外れではないと思う。しかし、もし異議のある方がいて、それが根拠のある意見なら大いに歓迎だ。(教えられていたときにはもう手遅れで使えなかった別の公式によると、わたしの見積もりは、二倍ほど大きすぎたらしい。……(後略))」

 これより前の箇所では中心核は高密度(ことばとしては出てこないがおそらく縮退していることを想定している. はくちょう座61番星Cは褐色矮星であるとも考えられていた)になっていると述べているため, この仮定の下では妥当な近似ではある.
 異議があるとすれば, 実は一様密度の楕円体上の重力場は正確に計算できるのだ. のみならず回転の遠心力によって表面をポテンシャル等位面にすることも可能. そしてメスクリンと同じ形の天体がもし一様密度なら(この天体はメスクリンそのものではないので「Uメスクリン」とでも呼んでおこう. UはUniformのU)極と赤道の重力加速度は356gと146gになる. その比は実は極半径と赤道半径の逆数の比である. メスクリンの200倍以上に及ぶ比には到底及ばない. 赤道での重力がメスクリンで想定されている3gよりはるかに大きいのだ.
 一様密度というのはざっくり言って中心に全部集中している場合とは逆の極限とみなせる. 仮定が違うのでこのことがメスクリンの性質についての矛盾になるわけではないものの, この事実は一考の価値がある.
 このことについて見ていく.


均一な楕円体の重力場
 導出を飛ばしていきなり書いてしまうと, 密度一様な楕円体の作る重力ポテンシャルに対しては次のような表式が与えられる.
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 ただし積分の下限νは楕円体内部の点で0, 外部の点では次の方程式
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の正根.

 個人的体験の話になるが, 自分はランダウ・リフシッツの『場の古典論』第12章(p.331)に載っていたことでこれを知った. 初めて見たときは何を言っているのか分からなかった. 1変数の積分から一様楕円体の作る重力場が求められる? 式の意味を理解するとじわじわと感動が沸き起こってきた. こいつはヤバい. と同時にランダウは全部読んでおくべきなのだなとも思うなど...
 明らかに極座標ではない何かこの問題に適した座標変換が使われている予感がし,岩波の数学公式集1をめくるとすぐにそれらしきものは見つかった. 楕円体座標と呼ばれる直交曲線座標である. 焦点を共有する楕円体, 1葉双曲面, 2葉双曲面の交点として3次元空間の点を表すのだ.
 詳しい導出は次の文書で読むことができる.

 Wei Caiさんによる "Potential Field of a Uniformly Charged Ellipsoid"
 http://micro.stanford.edu/~caiwei/me340/A_Ellipsoid_Potential.pdf

 『場の古典論』でこれを知る直前, まさにこの問題(ただしz軸回転対称の扁平楕円体)の数値解を3次元極座標で球面調和関数による展開と数値積分を使って解こうとしていた. 長半径より外側の点でのポテンシャルは多重極展開から比較的簡単に級数解が厳密に与えられる. そこから境界条件を決めてそれより内側の点でのポテンシャルを数値的に求めていこうとすると奇妙なことが起こった.短半径より内側では球面調和関数で展開された動径方向成分がl=4以上で0に収束していくのである.対称性からlが奇数の成分は0になるので, この結果はつまり短半径より内側でl=2までの成分しかないことを示唆している.
 変だなあと悩んで半日ほどを過ごしたあとで答えを探すというわけでもなく(試験があったのだ)めくった『場の古典論』でその答えを得られるという幸運に恵まれた. 不思議なこともあるもだ.
 機会があれば(というか特殊関数祭りをやる気になれば)その時の計算も紹介したいと思う. l=0の動径方向成分は割合簡単に厳密に解けるのだが, 変な形の関数と出会えてちょっと嬉しくなれる.
 話を戻そう. 『場の古典論』では注釈に参考文献としてラム『流体力学』が挙げられている. こちらを見てみるとこの結果はディリクレによって与えられたものらしい. 最近日本語訳が出版されていたラプラスの『天体力学論』にも載っている.
 数学的考察はもっと古くまで遡ることができる. 実はニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』、「プリンキピア」には幾何学的考察(といってもニュートン本人は積分法を駆使していたと考えられている)の結果として, 地球の極と赤道との重力の比が数学的に正確な形で与えられている. このことは第3篇命題18以降で議論されている.
 背景として, 当時地球が扁平(oblate)か扁長(oblate)かいずれの回転楕円体形状をとっているのか観測による決着が付いておらず, 科学的に重大な関心を持たれていた, ということがある. ニュートンにとっていっそう重要なことに, 万有引力説と対立していた渦動説(宇宙空間を満たす媒質が押すことで天体が動いているとする説)が扁長説寄りだった一方で万有引力の計算からは扁平な回転楕円体が予想されるため, もし観測によって示されればこちらに有利だったのだ*3.

 さて上の積分は回転楕円体に対しては初等的に求められる.さしあたり扁平な回転楕円体(oblate spheroid)しか使わないためそれを書き下す.
 極半径(c)をaP, 赤道半径(a,b)をaEで表す. ただしaP<aE. 離心率は,
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θeは表式を簡単にするために導入した. 真円に近いときθeは近似的にeに一致する. またθeを使うと扁平率は
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とあらわせる.
 幾何学的意味としては, 対称軸を通る断面図を考えると, 両極で楕円に接する真円へ赤道から引いた接線へ, 中心から下した垂線と中心から赤道へ引いた直線とがなす角と見ることができる. 楕円体に内接する球の表面に対して赤道がどれだけ離れているかを表す指標になっていると考えることができるだろう.

 z軸回転対称なので円筒座標を使ってx^2+y^2=ρ^2とする.次の関数を定義する.
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ここでuはρとzに依存して,
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これらを使うとポテンシャルは
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と書ける. 楕円体の内部ではP,Q,Rがθeだけで表せるため少しきれいに書けて,
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となっている.
 ここでθe→0の極限をとってみると
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となって半径aの球体内部のポテンシャルに一致することが確かめられる.

 この表式を得られたことの意味は大きい. この楕円体が平衡形状となるときの角速度を求める.
 z軸周りに角速度ωで回転させると, そこに載って動く系では遠心力のポテンシャルが加わり,
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が実効的なポテンシャルになる("Effective potential"の語はwikipedia的にはケプラー運動の動径方向成分に対するそれになっていた. が, 惑星形状論にはこの意味で使うものがあったのでそれに倣った. もっとも平衡状態(つまり回転系上で速度がゼロ)を議論する限りこれは確かにケプラー運動のそれと同じものである. というのもコリオリ力が働かないため).
境界面;地表は
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と表せるから, 地表面での実効ポテンシャルは
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 これがρによらないとき境界でのポテンシャルは一定, つまり平衡形状になる.
 そのためには
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であればよい. 前掲のラメの『流体力学』ではこれはマクローリンの楕円体と呼ばれている.
 球に近いとき,すなわちθe~0では
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と表せる. ちなみに地球の扁平率, 赤道半径, 赤道重力加速度を入れてみると
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1日の長さとして27.2時間が得られてかなり近い(測定という観点から考えるとむしろ重力加速度, 半径, 自転角速度から扁平率を得るための式だが).

 さて平衡形状をとっているとき, 境界を含む楕円体内部の実効ポテンシャルは
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と書ける.

 重力(加速度)はそのグラディエントをとって,
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地表面上の位置を緯度φでパラメトライズする(経度は無視).
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 これを使うと緯度φでの重力は,
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 結局,赤道で146g,極で356gという結果を得る.その比はcosθe : 1=1/aE : 1/aP.つまり半径の逆数の比.
 これは地表面が等位面になること, 楕円体内部の等位面がそれと相似な楕円体になることを知っていれば自然な結果である. なぜなら重力の比は等位面の間隔の逆数になるから.
Uメスクリンの赤道重力は本物のメスクリンより50倍も大きくなってしまった. これでは人間はどこにも立てない.
ところで上に引用した通り, 「メスクリン創成期」中でクレメントは極重力の700gは「二倍ほど大きすぎたらしい」と言っている. 「別の公式」というのはこれのことなのだろうか(だとすれば赤道のほうにも触れそうだが).

 ここまでの結果を視覚化しておく.
 遠心力0のときのポテンシャルの等高線.
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 表面がポテンシャル等位面になるような自転角速度をもつとき.
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 青色で示したのは, 赤道の上の重力と遠心力が釣り合う点の等高線. 「平たすぎる」ことはないがかなりきわどいところ. 地表は大丈夫だが大気は逃げ出してしまうかもしれない.

 この勾配をとると各地点での実効的な重力の向きは次の図のようになる.
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右が平衡状態. 地表に対して重力と遠心力は垂直. 左は角速度0. マゼンタが重力で, 青と赤はそれぞれ地表面に対する平行垂直分力. 中緯度で「横向き」重力が大きくなる

 これを見るといろいろ想像が膨らむ. 「バジリスクの卵」ですでに書いたが, 表面が等位面になるための角速度に足りないと極から赤道まで向かうときずっと後ろ向きの重力が働く. 赤道越えが登山になる. すると赤道では大気もごく希薄になるだろうし, 宇宙飛行士のような装備で真空を登山する図が想像できる.
shironetsu.hatenadiary.com
 赤道で生まれて極地域で育ち, 鮭の回遊のように産卵のため再び赤道に帰るまでの過酷な道を往く生物, というのもちょっと想像した.
 歳差運動で居住可能半球が変わるため歳差運動由来の氷河期が迫ると群れを成して登山する生物, なんていうのもいい.

 閑話休題. 表面の重力の様子は分かったが, 天体の形についてもう少し考える.

 密度が与えられたとき, 平衡を保つ角速度には上限がある(思い出してほしいのは, 形と密度が与えられれば平衡角速度は決まること). なぜなら,
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の右辺はθが0からπ/2にわたるとき有限の範囲を動くため.
詳しく調べると極値
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をただひとつ満たすζ=0.3953...によって極大をとることでのみ実現される.
このとき
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この上限値を臨界角速度ωc,と呼んでおき周期をTcとすると,
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 この制限は意外に厳しく, 地球では2時間25分, 太陽系内の惑星中最も低密度の土星では6時間50分を下まわって1自転周期が短くなれないことが導かれる.
Uメスクリンはこれが19.4分になる. メスクリンは17.8分で一回転するので平衡形状としては実現可能だが, 自転がわずかに速すぎる.
 しかし偶然にしてはかなり近く, 質量をわずか1.2倍にすれば臨界角速度を下回る. ただしメスクリンは赤道/極半径比が2.43なので臨界形状よりやや縦長でもう少し質量が要るが, 2桁まではこれと変わらない.

 なお臨界角速度未満では同一の角速度に対して異なる2つの形状をとることができる. 24時間で回転する地球と同じ密度の回転楕円体はこのとき極半径が赤道半径の880分の1になるが, まあほとんど円盤だ.


安定性
 平衡形状の安定性も考えてみる.
 まず自己重力エネルギーUを計算すると
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とちょっとすばらしく簡単な形になる.

 回転の運動エネルギーKとの和をとると全エネルギーは
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 角運動量Lと体積,密度,質量一定の下で全エネルギーを最小化することを考える. 安定性の条件として角運動量と密度が保存されるときにエネルギーが最小になるとするということ.
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 下付き添え字Sは球のときの値を意味する.
 これによりEはθeのみで表せる.
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 意味を考えれば明らかであるが, θeがEの極値を実現するという条件から地表面を実効重力のポテンシャル等位面にするΩが再び与えられる.
 そして極小値は任意の正のKとUの組に対してただひとつ常に存在することが示されるため, 扁平な回転楕円体形状をとる限りは安定であることが結論付けられる.
 ではより自由度の高い擾乱に対してはどうかというと, ある点を超えると不安定になることが知られている.
 『場の古典論』には結果だけ引用する形でこのことが記述されており, 参照元として挙げられているのが『流体力学』であった. しかしこちらもまた結果だけの引用の形であり, さらに注釈には(ヤコービの楕円体;3軸不等の楕円体の平衡形状の永年安定性と並べて)「この結果は, 前の結果と同様, 証明なしに Thomson and Tait, Natural Philosophy(斜体)(2nd ed.), 778"節に述べられている.」(3巻第12章379節)とあった. 重要な結果なので天体物理学の本を探せば詳述されているはずだが, 今のところはここまでしか辿れていない.
 その『流体力学』の中では次のように述べられている.

「マクローリン楕円体は, 楕円体型の撹乱に対して, 離心率eが0.8127より小さいか大きいかに応じて永年安定か不安定である....(中略)...eが上述の限界より下にある限りは, あらゆる変形に対して平衡は永年安定ということがポアンカレによって示された.」

 離心率e=0.8127で極半径/赤道半径比は0.5827, 扁平率は0.4173となる. この安定性についての制限はここまでで最も強い. 密度一定・楕円体形状の条件下では自己重力でまとまる流体の赤道半径が極半径の2倍を超えることはない.

 つまりまあ再度「メスクリンは平たすぎる」と言うことになった……が, ここで論じているのはあくまでUメスクリン. メスクリンそのものを論じるにあたっては内部で高密度になるような密度分布を考慮しなくてはならないが, これはかなりやかっかい. というか今の自分にはできない. しかし固体表面を持つ天体内部の物質状態としてそんな高密度になることは可能だろうか. 考慮すべきことがかなり多くなっていく.

 重力の問題についてはこのあたりにして次の記事で歳差運動について考える.

参考
 mixi上でメスクリンについて色々考察されている記事があった. この記事を書くにあたり参考にさせてもらった.
open.mixi.jp
 重力や「平たすぎる」問題については特に第7回目でテーマにされている.
open.mixi.jp

*1:というか寡聞にしてこれ以外を知らない. ネット上では少し検索すると海外の科学フォーラムでメスクリンの名を出して扁平な惑星に関して議論している場などを見ることができる.

*2:ところでなぜ自分がこの40年も前の号を持っているかというと「ハードSF特集!」の文字が赤々と背に書かれていたから. クラークの「宇宙のランデブー」の連載や堀晃「暗黒星団」, さらにハル・クレメントの「常識はずれ」という短編が載っている. この「常識はずれ」はデネブを周る鉛の融点にも達する灼熱の惑星上で蟹のような生命と宇宙飛行士が出会うという話. 短編集をください.

*3:和田純夫(2009)『プリンキピアを読む』 講談社ブルーバックス 参照. しかしプリンキピアまで遡れてしまうとなるとなんだか無力さを痛感してしまう. もっと早く知っていれば...