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非相対論的2+2次元水素原子 - Dichronautsをよんだ

 いきなりタイトルに関係ない話だが, Hot Rock(Oceanic所収)を読んだ. 『白熱光』Incandescence, 「グローリー」Glory, 「鰐乗り」Riding the Crocodileと, Amalgam/Aloof〈融合世界/孤高世界〉の世界観を共有する唯一未訳の, そして発表順では最後の短編.

 これがもう本当よかった. 大好きな要素がいっぱい詰まっている.

 (あらすじ)
 Azarが故郷世界Hanuzの友人や家族に別れを告げガンマ線に乗って1500光年の, 主観的には一瞬の旅を経て到着したのは自由浮遊惑星Tallulahを周る探査機Mologhat. 5回対称の生物の子孫Shelmaとともにダニのような探査機に転送され, 太陽もなく恒星間空間を漂うこの惑星が地殻下の未知の熱源によって維持する生態系を目の当たりにする. 地表に繁茂するのは"地熱発電"で糖を合成する樹木, 有機的な熱電対を持つ低木など奇妙な植物たち. 動物たちが泳ぐ海の中, 2人は知性をもった"トカゲ"に出会い, この惑星の辿った歴史に触れていく…….

 光合成ならぬ熱合成を行う植物!分量はそれほど多くないとはいえ, さらっとこれを描くイーガンの筆致に目がハートになった. ディアスポラの「重い同位体」の星スウィフト探査のエッセンスを感じる. トカゲとの交流は5+1次元マクロ球のポアンカレで出会ったヤドカリのそれにも通じる. こういうのが好き...Speculative Biology的な...

 〈融合世界〉の他の作品とのかかわりとしては, 異なるレプリケーターを由来とする生物たちが出てくることで, 『白熱光』のなかでちょいちょい触れられていたパンスペルミア観がよりはっきりストーリーに現れてきている点が興味深い.
 
 本題.

 2週間ほど前にDichronautsを読み終えた. 紙版が先日出たそうだがなんとかそれより前に電書版で読み切った. ハードカバー版も表紙CGが洗練されている点などコレクション欲をピリピリと感じないでもないものの, 電書版のほうが圧倒的に安いのでこれから読むという方にも電書版はおすすめです*1.

  読み終えて感じたのはその素朴さ(「素朴」という語を曖昧に使いすぎる). 徹底した2+1次元空間視点の奇妙さを除けばストーリーはかなりオールドファッション. カタストロフィーの扱いなども『白熱光』や直交三部作を思いながら読むと──

 イーガンらしくないといえばそんな気もするが, 共生関係に対してしっかり進化の視点を与えるところ, 主にTheoの誘導に従って堅実に思考過程を明らかにしながら進むところなどはやっぱりイーガン. 伏線もけっこう気持ちよく束ねられる. それとイーガンの趣味っぽいなあと感じたのは終盤の『万物理論』や『エターナル・フレイム』を思い出させるSethのある行動で…(伏)

 そしてやはり逆転世界だった. そう来るか~~. このあたりや重力を舞台づくりに活用する部分は小林泰三を思い出した.

 崖下りの工夫とかAxis lizardやSiderとWalker達を隔てるのは何かとか有意義な対象がいくつもあるような気はしつつもネタバレをしたくないという気持ちが強すぎるので*2感想はそこそこに2+1次元でストーリーに関係ない遊びをやる. Dirac方程式, Pauli方程式に続いて水素原子のSchrodinger方程式を考えたい.

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古典論

 作中Chapter2でいきなり重力の話が出てくる. この世界ではSimeonという科学者がPoisson方程式に相当するものを発見しているらしい.

{(\partial_{x}^2+\partial_{y}^2-\partial_u^2)\phi(x,y,u)=4\pi G\rho(x,y,u)}

彼らの世界は無限の広がりと質量を持つためポテンシャルが有限になることは自明ではないが, 有限の密度を持ち双曲面上に均一に広がる質量に対しては有限のポテンシャルと引力が得られることが示される.

SethとTheoが追ったであろう計算の結果はこのページで公開されている.
www.gregegan.net


いま, {x^2+y^2-u^2=0}円錐上に外側内側とも厚さRで均一な密度ρが載っているとする. すなわち,

{\begin{align}
D&=x^2+y^2-u^2\\
\rho(x,y,u) &= \left\{\begin{array}{cc}
\rho&|D|\leq R^2\\
0&|D|\geq R^2
\end{array}\right.
\end{align}}

 このとき
{\begin{align}
\phi(x,y,u)&=\left\{\begin{array}{cc}
\frac{2}{3}\pi G\rho D&|D|\leq R^2\\
{\rm sgn}(D)2\pi G\rho R^2\left(1-\frac{2R}{3\sqrt{|D|}}\right)&|D|\geq R^2
\end{array}\right.
\end{align}}
と表される. ただしsgn(x)でxの符号を表す. 勾配gradが{(\partial_x,\partial_y,-\partial_u)}になっていることに注意すると引力は中心方向を向くことが分かる.

 さて, このポテンシャル下で"Kepler運動"は可能だろうか. Dichronautsの表紙にすでに太陽が世界を回っている図が描かれているが, これは安定だろうか.

 簡単のため, Dが正の領域をout-cone, Dが負の領域をin-coneと呼ぶことにして, 内部領域を無視するために{4πρR^3/3=M}として

{\begin{align}
\phi(x,y,u)&=\left\{
\begin{array}{cc}-GM\left(\frac{1}{r}-\frac{3}{2R}\right)&D\geq R\ \ \ ({\rm out-cone})\\
GM\left(\frac{1}{r}-\frac{3}{2R}\right)&D\leq R\ \ \ ({\rm in-cone})
\end{array}
\right.\\
r&=\sqrt{|D|}
\end{align}}

を考えることにする.しばらく内部は無視(R→0にしてもいいが発散する定数項を含むのはちょっと嫌).

 これを使うと古典論のLagrangianは

{\begin{align}
L=\frac{m}{2}\left(\dot{x}^2+\dot{y}^2-\dot{u}^2\right)-m\phi(x,y,u)
\end{align}}

となる. 結論だけ言うと, in-coneには安定軌道がなく, out-coneでは負エネルギーで安定軌道が存在する. u座標0でxy平面で円軌道を描く解に対して摂動を与えてみると直感的*3.

 古典論でKepler運動が可能なことが分かった. ということは量子力学でも多分近い結果が得られるだろうと期待して計算しよう.



Hamiltonian
 静電ポテンシャルを考えるため{4\pi G\rightarrow -1/\varepsilon_0,\ M\rightarrow Q},と置き換える.

{\begin{align}
\phi(x,y,u)&={\rm sgn}(D)\frac{Q}{4\pi\varepsilon_0 r}
\end{align}}

 定数項3/2Rを無視するため接続条件など満たされないがエネルギーには定数分の差として寄与するのみなのでしばらくこれで構わない. これを使うと, エネルギー固有値Eの状態のSchrodinger方程式とそのHamilitonianは

{\begin{gather}
H\psi=E\psi\\
H=-\frac{\hbar^2}{2m}(\partial_x^2+\partial_y^2-\partial_u^2)-e\phi(x,y,u)
\end{gather}}

となる.

 3次元空間の計量を
{\eta_{ij}dx^idx^j=dx^2+dy^2-du^2}
で定める. すなわち{\eta_{ij}={\rm diag}(++-)}
2+1次元なのでLorentz計量そのものではないが, 一般の計量と区別する意味で記号ηを使う.

 out-cone領域の点は次の極座標で表せる.
{\begin{align}
x=r\cosh\theta\cos\varphi,\ \ \ 
y=r\cosh\theta\sin\varphi,\ \ \ 
u=r\sinh\theta
\end{align}}

{x^2+y^2-u^2=r^2}に注意. 微分を計算すると,

{\begin{align}
\left(\begin{array}{c}
dx\\
dy\\
du
\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{ccc}
\cosh\theta\cos\varphi&r\sinh\theta\cos\varphi&-r\cosh\theta\sin\varphi\\
\cosh\theta\sin\varphi&r\sinh\theta\sin\varphi&r\cosh\theta\cos\varphi\\
\sinh\theta&r\cosh\theta&0
\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c}
dr\\
d\theta\\
d\varphi
\end{array}\right)
\end{align}}

ここから,

{\begin{align}
\left(\frac{\partial(x,y,u)}{\partial(r,\theta,\varphi)}\right)^T
\left(\begin{array}{ccc}
1&0&0\\
0&1&0\\
0&0&-1
\end{array}\right)
\left(\frac{\partial(x,y,u)}{\partial(r,\theta,\varphi)}\right)
=
\left(\begin{array}{ccc}
1&0&0\\
0&-r^2&0\\
0&0&r^2\cosh^2\theta
\end{array}\right)
\Bigl(\equiv (g_{ij})_{(i,j=r,\theta,\varphi)}\Bigr)
\end{align}}

計量は次のように変換されている.

{dx^2+dy^2-du^2=dr^2-r^2d\theta^2+r^2\cosh^2\theta d\varphi^2}

ここからout-coneのLaplacianを求められる.

{\begin{align}
\triangle&=\partial_x^2+\partial_y^2-\partial_u^2\\
&=\frac{1}{\sqrt{-\det(g)}}\partial_i\sqrt{-\det(g)}g^{ij}\partial_j\\
&=\frac{1}{r^2}\partial_rr^2\partial_r+\frac{1}{r^2}\left(\frac{-1}{\cosh\theta}\partial_\theta\cosh\theta\partial_\theta+\frac{1}{\cosh^2\theta}\partial_\varphi^2\right)\\
&=\partial_r^2+\frac{2}{r}\partial_r+\frac{1}{r^2}\left(-\partial_\theta^2-\frac{\sinh\theta}{\cosh\theta}\partial_\theta+\frac{1}{\cosh^2\theta}\partial_\varphi^2\right)
\end{align}}

さらに, 右辺にかかっている変換行列の逆行列を求めると,

{\begin{align}
\left(\frac{\partial(r,\theta,\varphi)}{\partial(x,y,u)}\right)
&=
\left(\frac{\partial(x,y,u)}{\partial(r,\theta,\varphi)}\right)^{-1}\\
&=
\left(\begin{array}{ccc}
1&0&0\\
0&-1/r^2&0\\
0&0&1/r^2\cosh^2\theta
\end{array}\right)
\left(\frac{\partial(x,y,u)}{\partial(r,\theta,\varphi)}\right)^T
\left(\begin{array}{ccc}
1&0&0\\
0&1&0\\
0&0&-1
\end{array}\right)\\
&=
\left(\begin{array}{ccc}
\cosh\theta\cos\varphi&\cosh\theta\sin\varphi&-\sinh\theta\\-\sinh\theta\cos\varphi/r&-\sinh\theta\sin\varphi/r&\cosh\theta/r\\-\sin\varphi/(r\cosh\theta)&\cos\varphi/(r\cosh\theta)&0
\end{array}\right)
\end{align}}

ここまで準備して2+1次元の角運動量の代数を調べにいく.



角運動量
 角運動量は次のように定義される.

{\begin{align}
\ell^i=\epsilon^{ijk}\eta_{jl}x^lp_k
\end{align}}

慣れ親しんだEuclid計量の場合と違って添え字の上下に重要な意味がある. 具体的に書き下すと,

{\ell^x=yp_u+up_y,\ \ \ \ell^y=-up_x-xp_u,\ \ \ \ell^u=xp_y-yp_x}

 これら3つともHermitie演算子なのは3+0次元のときと同様. {\ell^u}がu軸周りの回転の生成子となっているのも3+0次元と同じだが,{\ell^x,\ell^y}の形は異なっている. そこで位置の固有状態をとる関数に対しその作用を見てみる. なお運動量演算子は普段と同じく{p_i=-i\partial_i}である({\hbar=1}にとっている). 微小量{\epsilon}に対して, {\ell^x}の作用を計算すると,

{\begin{align}
e^{i\epsilon\ell^x}f(x,y,u)&\simeq\left(1+i\epsilon\ell^x\right)f(x,y,u)\\
&=f(x,y,u)+\epsilon\bigl(y\partial_uf(x,y,u)+u\partial_yf(x,y,u)\bigr)\\
&\simeq f(x,y+\epsilon u, u+\epsilon y)
\end{align}}

1次の範囲で

{x^2+(y+\epsilon u)^2-(u+\epsilon y)^2\simeq x^2+y^2-u^2}

が成り立っていることから, r 一定の双曲面上のx軸周りの"回転"になっていることが分かる*4. uを時間と見ればy方向への速度{\epsilon}(光速度c=1として)のLorentz boostに対応する. 同様に{\ell^y}もy軸周りの回転の生成子になっている.

これらの間の交換関係は,

{
\begin{align}
  \lbrack\ell^i,\ell^a\rbrack&=\lbrack\epsilon^{ijk}\eta_{jl}x^lp_k,\epsilon^{abc}\eta_{bd}x^dp_c\rbrack\\
&=\epsilon^{ijk}\eta_{jl}\epsilon^{abc}\eta_{bd}(x^lp_kx^dp_c-x^dp_cx^lp_k)\\
&=\epsilon^{ijk}\eta_{jl}\epsilon^{abc}\eta_{bd}\left(x^l(x^dp_k-i\delta^d_k)p_c-x^d(x^lp_c-i\delta^l_c)p_k\right)\\
&=-i\epsilon^{ijk}\eta_{jl}\epsilon^{abc}\eta_{bd}(\delta^d_kx^lp_c-\delta^l_cx^dp_k)
\end{align}
}

ここで

{\begin{align}
\epsilon^{ijk}\eta_{jl}\epsilon^{abc}\eta_{bd}\delta^d_k
&=\epsilon^{ijk}\eta_{jl}\epsilon^{abc}\eta_{kb}\\
&=\eta^{i\alpha}(\epsilon^{\beta jk}\eta_{\beta\alpha}\eta_{jl}\eta_{kb})\epsilon^{abc}\\
&=\det(\eta)\epsilon_{\alpha l b}\eta^{i\alpha}\epsilon^{abc}\\
&=-\eta^{i\alpha}(\delta^a_l\delta^c_{\alpha}-\delta^a_{\alpha}\delta^c_l)\\
&=\eta^{ia}\delta^c_l-\eta^{ic}\delta^a_l
\end{align}}

よって

{\begin{align}
\lbrack\ell^i,\ell^a\rbrack=-i(x^i\eta^{ac}p_c-x^a\eta^{ic}p_c)
\end{align}}

を得る. 具体的には

{\begin{align}
\lbrack\ell^x,\ell^y\rbrack=-i\ell^u,\ \ \ \lbrack\ell^y,\ell^u\rbrack=i\ell^x,\ \ \ \lbrack\ell^u,\ell^x\rbrack=i\ell^y
\end{align}}

これを用いて表現空間を{\ell_u}固有値で分解していく. 昇降演算子はやはり互いにHermite共役となる{\ell^\pm=\ell^x\pm i\ell^y}で定義され,

{\begin{align}
\lbrack\ell^u, \ell^\pm\rbrack=\pm\ell^\pm,\ \ \ \lbrack\ell^+,\ell^-\rbrack=-2\ell^u
\end{align}}

{\ell^i}と交換する全角運動量{\vec{\ell}^2=(\ell^x)^2+(\ell^y)^2-(\ell^u)^2}であることは上の交換関係から直ちに確かめられる. そこで{\ell^u}固有値と全角運動量の規格化された同時固有状態{|m,\lambda\rangle}をとり, それぞれラベル通りに固有値をm, λとすると次の関係から

{\begin{align}
\vec{\ell}^2&=\ell^{-}\ell^{+}-(\ell^u)^2-\ell^u=\ell^{+}\ell^{-}-(\ell^u)^2+\ell^u
\end{align}}

{\begin{align}|\ell^{+}|m,\lambda\rangle|^2=\lambda+m^2+m,\ \ \ |\ell^{-}|m,\lambda\rangle|^2=\lambda+m^2-m
\end{align}}

が導かれる.

 代数的な関係のみからここまで来たが, SO(3)の場合とちがって全角運動量の固有空間が有限次元に制限されないことからいろいろ厄介な問題が起こる. そこでいま必要な一葉双曲面上の関数を表現空間とする表現だけを考えるため微分演算子に書き換える.

{\begin{gather}
\ell^x=-i\left(\sin\varphi\partial_\theta+\tanh\theta\cos\varphi\partial_\varphi\right),\ \ \ 
\ell^y=i\left(\cos\varphi\partial_\theta-\tanh\theta\sin\varphi\partial_\varphi\right),\ \ \
\ell^u=-i\partial_\varphi\\
\vec{\ell}^2=-(\partial_\theta^2+\tanh\theta\partial_\theta)+\frac{1}{\cosh^2\theta}\partial_\varphi^2
\end{gather}}

{\ell^u}の規格化された固有値関数は{e^{im\varphi}/\sqrt{2\pi}}で,一価性から固有値{(m=0,\pm 1,\pm 2,\dots)}と整数に制限される.

今解くべきSchodinger方程式のHamiltonianに対して, 明らかに

{\lbrack H,\ell^i\rbrack=\lbrack H,\vec{\ell}^2\rbrack=0}

が満たされている. すると, 角運動量固有状態に対しては, 動径方向関数R(r)について

{\begin{align}
\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{d^2}{dr^2}+\frac{2}{r}\frac{d}{dr}+\frac{\lambda}{r^2}\right)-\frac{\kappa}{r}\right)R(r)=ER(r)
\end{align}}

が成り立つ. ただし

{\begin{align}
\int_0^\infty|R(r)|^2r^2dr=1
\end{align}}

の規格化条件を課す. {\kappa'=2m\kappa/\hbar^2,\ \ \ \epsilon=2mE/\hbar^2}とすると,

{\begin{align}
\left(\frac{d^2}{dr^2}+\frac{2}{r}\frac{d}{dr}+\frac{\lambda}{r^2}+\frac{\kappa'}{r}+\epsilon\right)R(r)=0
\end{align}}

と書き換えられる. r→∞での振る舞いは, 0に収束するべきことから

{R(r)\rightarrow e^{-\sqrt{-\epsilon}r}}

(の定数倍)へ漸近する必要があり, εは負値に制限される. {\rho=2\sqrt{-\epsilon}r,\ \kappa''=\kappa'/2\sqrt{-\epsilon}}の置き換えにくわえ, {\lambda=-\nu(\nu+1)}を満たす複素数{\nu\ ({\rm Re}(\nu)\geq-1/2}を取る)を導入して

{R(r)=e^{-\rho/2}\rho^\nu f(\rho)}

とすると, fの満たす方程式は

{\left(\frac{d^2}{d\rho^2}+\left(\frac{2\nu+2}{\rho}-1\right)\frac{d}{d\rho}+\frac{\kappa''-\nu-1}{\rho}\right)f(\rho)=0}

と合流型超幾何微分方程式(Kummerの微分方程式)に帰着する. {\alpha=\nu+1-\kappa'',\ \gamma=2\nu+2}とすると, その解は,

(i)α-γが整数のとき 対数発散する独立な解を除いて, 超幾何関数

{\begin{align}
F(\alpha;\gamma;\rho)=\sum_{k=0}^\infty\frac{(\alpha)_k\rho^k}{(\gamma)_k k!}
\end{align}}

の定数倍. ただし{(x)_n}はPochhammer記号で, {(x)_k=x(x+1)(x+2)\dots(x+k-1)}. 和が途切れないならば, 十分大きなNに対してn>N部分和は{e^\rho-}(多項式)に漸近し, 規格化条件が満たされない. 従って
{\begin{align}
\alpha+k_{\rm max}=\nu+1-\kappa''+k_{\max}=0
\end{align}}
を満たす非負整数{k_{max}}が存在する. また,α-γが整数であるという条件も課しているため, νは-1/2以上の半整数に制限される. さらに,動径方向関数全体で
{\begin{align}
R(r)\propto e^{-\rho/2}\rho^\nu\sum_{k=0}^{k_{\rm max}}\frac{(-k_{\rm max})_k\rho^k}{(2\nu+2)_k k!}
\end{align}}
となるため, ρ=0で発散しないために結局νは0以上の半整数にならねばならない.

(ii)α-γが整数でないとき
{F(\alpha,\gamma,\rho),\ \ \ \rho^{1-\gamma}F(\alpha-\gamma+1;2-\gamma;\rho)}
の2つの独立な解を持つ. 後者は発散するため不適. (i)と同様に前者の解に対して{k_{max}}が存在するためにνは実数に制限され, 収束性から非負である.

結局(i)(ii)からλは非正でなくてはならない. 動径方向関数に関する考察からはここまでしか言えない. λは0以下の任意の実数値をとることが許される*5.

 再び角運動量の表現に立ち返る. 全角運動量はλ≦0で, ある0より大きい整数の{\ell^u}固有値mを持つ状態から初めて降演算子によって固有値0の状態が作られるとする.このとき,

{\begin{align}|\ell^{+}|0,\lambda\rangle|^2=\lambda,\ \ \ |\ell^{-}|0,\lambda\rangle|^2=\lambda
\end{align}}

これが可能なのはλ=0のときのみだが, そのとき{\ell^{x}|0,0\rangle=\ell^{y}|0,0\rangle=0}となり, これは0でしかありえない. 従って0より大きい整数mを固有値としてもつ状態が存在するなら, 降演算子をかけ続けると正の固有値を持つ状態で消える. *6すなわちある{m_{\rm min}\geq1}が存在して
{\begin{gather}|\ell^{-}|m_{\rm min},\lambda\rangle|^2=\lambda+m_{\rm min}^2-m_{\rm min}=0\\
\therefore\lambda=-(m_{\rm min}-1)m_{\rm min},\ \ \ \nu=m_{\rm min}-1
\end{gather}}

 同様に0より小さい整数mの固有状態が存在するためにはある{m_{\rm max}\leq -1}に対して,
{\begin{gather}|\ell^{+}|m_{\rm max},\lambda\rangle|^2=\lambda+m_{\rm max}^2+m_{\rm max}=0\\
\therefore\lambda=-(-m_{\rm max}-1)(-m_{\rm max}),\ \ \ \nu=-m_{\rm max}-1
\end{gather}}

 これによりνは非負整数値をとることになる. そこでこれを改めてlとおく. そして全角運動量固有状態に関するラベルをλからこのlに取り替える. 結局, 状態空間は

{\begin{align}|m,l\rangle\ \ \ (|m|>l \geq 0)\\
\end{align}}

で張られることが分かる. 全角運動量の固有空間は無限次元ということになる. これに伴いエネルギー固有状態も無限に縮退する.*7

 これらを構成するためには,

{\begin{align}
\ell^{-}|l+1,l\rangle&=0,\ \ \ \ell^{+}|-l-1,l\rangle=0\\|m+1,l\rangle&=\frac{\ell^{+}|m,l\rangle}{\sqrt{(m-l)(m+l+1)}}\ \ \ (m>l)\\|\!-\!(m'\!+\!1),l\rangle&=\frac{\ell^{-}|-m',l\rangle}{\sqrt{(m'-l)(m'+l+1)}}\ \ \ (m'=-m>l)
\end{align}}

の関係を使って, m=±(l+1)状態に対して昇降演算子を繰り返し作用させればよく,

{\begin{align}|\pm\!(l\!+\!k\!+\!1),l\rangle=\sqrt{\frac{(2l+1)!}{n!(2l+k+1)!}}(\ell^{\pm})^k|\pm\!(l\!+\!1),l\rangle\ \ \ (n\geq 0)
\end{align}}

を得る.



一葉双曲面調和関数?
 規格化された一葉双曲面上の関数としてこれを実現していく. {\ell^u}固有関数は{e^{im\varphi}/\sqrt{2\pi}}であることを知っているので,
{\begin{align}|m,l\rangle\rightarrow \frac{1}{\sqrt{2\pi}}f^m(\theta)e^{im\varphi}\equiv\varUpsilon^{l}_m(\theta,\varphi)
\end{align}}

とおける*8. このことから, まず,

{\begin{align}
\ell^{\pm}=e^{\pm i\varphi}(\mp\partial_\theta-i\tanh \theta\partial_\varphi)
\end{align}}

で消える状態;m=±(l+1)に対応する関数が簡単に導かれる.

{\begin{gather}
(\mp\partial_\theta-i\tanh\theta(\pm i(l+1)))f^{\pm(l+1)}(\theta)=0\\
\frac{d}{d\theta}f^{\pm(l+1)}(\theta)=(l+1)\tanh\theta f^{\pm(l+1)}(\theta)\\
\therefore f^{\pm(l+1)}(\theta)=C_l(\cosh\theta)^{-(l+1)}
\end{gather}}

積分定数C_lは規格化条件から決められる*9.

{\begin{gather}
\int_{-\infty}^\infty |f^m(\theta)|^2 \cosh\theta d\theta=1\\
\frac{1}{|C_l|^2}=\int_{-\infty}^\infty   \frac{d\theta}{(\cosh\theta)^{2l+1}}=\frac{(2l\!-\!1)!!\pi}{(2l)!!}\\
\therefore|C_l|=\sqrt{\frac{(2l)!!}{(2l\!-\!1)!!\pi}}
\end{gather}}

位相の自由度が残るがClは正実数にとることにする. よって,

{\begin{align}
\varUpsilon^l_{\pm(l+1)}(\theta,\varphi)=\frac{1}{\pi}\sqrt{\frac{(2l)!!}{2(2l\!-\!1)!!}}\frac{e^{\pm i(l+1)\varphi}}{(\cosh\theta)^{l+1}}
\end{align}}

これに昇降演算子をかけることですべての状態が得られる. fへの昇降演算子の作用を考えると,

{\begin{align}
\ell^{\pm}f^m(\theta)&=\mp\left(\frac{d}{d\theta}\mp m\tanh\theta\right)f^m(\theta)\\
&=\mp(\cosh\theta)^{\pm m}\left(\frac{1}{(\cosh\theta)^{\pm m}}\frac{d}{d\theta}+\frac{\mp m\sinh\theta}{\cosh\theta^{\pm m+1}}\right)f^m(\theta)\\
&=\mp(\cosh\theta)^{\pm m}\frac{d}{d\theta}\left(\frac{1}{(\cosh\theta)^{\pm m}}f^m(\theta)\right)
\end{align}}

となるから, これを繰り返すと,

{\begin{align}
(\ell^\pm)^{k}f^{\pm(l+1)}(\theta)=(\mp)^{k}(\cosh\theta)^{l+k+1}\left(\frac{1}{\cosh\theta}\frac{d}{d\theta}\right)^{k} \frac{1}{(\cosh\theta)^{l+1}}f^{\pm(l+1)}(\theta)
\end{align}}

を得る. 規格化定数をかけることで

{\begin{align}
f^{l+k+1}(\theta)&=\sqrt{\frac{(2l+1)!}{n!(2l+k+1)!}}(\ell^\pm)^{k}f^{\pm(l+1)}(\theta)\\
&=(\mp)^k\sqrt{\frac{(2l+1)\lbrack(2l)!!\rbrack^2}{k!(2l+k+1)!\pi}}(\cosh\theta)^{ l+k+1}\left(\frac{1}{\cos\theta}\frac{d}{d\theta}\right)^k\frac{1}{(\cosh\theta)^{2l+2}}
\end{align}}

となる. {s=\sinh\theta}とおけば, 左辺は

{\begin{align}
\varPi_k^l(s)\equiv(\mp)^k\sqrt{\frac{(2l+1)\lbrack(2l)!!\rbrack^2}{k!(2l+k+1)!\pi}}(1+s^2)^{(l+k+1)/2}\frac{d^{k}}{ds^{k}} \frac{1}{(1+s^2)^{l+1}}
\end{align}}

と表せる.
これをsの関数とみなして{\varPi^l_n(s)}とすると, 導出の過程から次の直交関係が成り立つことが分かる.

{\begin{align}
\int_{-\infty}^\infty \varPi^l_k(s)\varPi^l_{k'}(s)ds=\delta_{kk'}
\end{align}}

結局,規格化された固有関数は全体で

{\begin{align}
\varUpsilon^l_{\pm(l+k)}(\theta,\varphi)=\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\varPi^l_k(\sinh\theta)e^{\pm i(l+k)\varphi}\ \ \ (l\geq 0,\ n\geq1)
\end{align}}
*10

 lが整数に限られることが言えているので動径成分は3+0次元バージョンの水素原子のそれと一致する. これと角度成分をかければ固有状態が得られる. すなわち,

{\begin{gather}
\psi_{nl}(r,\theta,\varphi)=R_{nl}(\rho)\varUpsilon^l_{\pm(l+k)}(\theta,\varphi)\\
n\geq 1, \ \ \ 0\leq l \leq n-1, \ \ \ k\geq 1
\end{gather}}

ただし,

{\begin{align}
a_B&=\frac{\hbar^2}{m\kappa},\ \ \ \rho=\frac{2r}{na_B}\\
R_{nl}(r)&=A_{nl}e^{-\rho/2}\rho^lL_{n+l}^{2l+1}(\rho)\\
A_{nl}&=\frac{2}{n^2}a_B^{-3/2}\sqrt{\frac{(n\!-\!l-\!1)!}{\lbrack(n+l)!\rbrack^3}}
\end{align}}
LはLaguerre陪多項式Laguerre polynomials - Wikipedia

エネルギー固有値

{\begin{align}
E_n=-\frac{\kappa}{2n^2a_B}
\end{align}}

 しかしこの解は空間の全領域を覆っていない. in-cone領域との接続を考える必要がある.



接続条件
 in-coneの解を考えよう. Out-coneと同様に極座標で計算することができる.
{\begin{align}
x=r\sinh\theta\cos\varphi,\ \ \ y=r\sinh\theta\sin\varphi,\ \ \ u=r\cosh\theta
\end{align}}
ただしθ≧0. この制限によりu≧0になるため, "北側"半分が表されている. 途中計算を省くとLaplacianは
{\begin{align}
\triangle=-\frac{1}{r^2}\partial_rr^2\partial_r+\frac{1}{r^2}\left(\frac{1}{\sinh\theta}\partial_\theta\sinh\theta\partial_\theta+\frac{1}{\sinh^2\theta}\partial_\varphi^2\right)
\end{align}}

となる. 中心力ポテンシャル下ではやはり全角運動量が保存し, out-coneと同様の, ただし符号が反転することに注意した動径方向の収束性に関する考察から全角運動量は非負の値をとることが分かる. ところが角度部分の固有関数はθ=0で発散する. このことはm≧1に対して

{\begin{align}
\left(\frac{1}{\sinh\theta}\partial_\theta\sinh\theta\partial_\theta+\frac{1}{\sinh^2\theta}\partial_\varphi^2\right)\frac{e^{im\varphi}}{\sinh^m\varphi}
=m(m-1)\frac{e^{im\varphi}}{\sinh^m\varphi}
\end{align}}

から{e^{im\varphi}/\sinh^m\varphi}(と定数の線形結合)が正の角運動量の固有関数となるが, 原点周りで積分が発散する(体積要素はsinhθdθdφ)ことにも現れている.

 したがって, in-coneで有限の確率密度を持つ定常状態は存在できない.

 これを踏まえout-cone解に戻る. Laguerre陪多項式が0次の項を持つことに注意すると, l≧1ではr=0で確率密度と一次の変化率が0に落ちる. in-coneで0になるときこれとの接続条件が満たされる. つまりin-coneに侵入しない解である.

 ところがl=0;全角運動量0の状態はr=0でも有限の確率密度を持つためin-coneでも有限の確率密度を持つ必要がある(このことは1s電子が原子核中心で有限の存在確率を持つことと比較できる). ゆえに全領域を考えるとこの状態は固有状態にならないことになる.

 中心"粒子"のchargeの密度が有限なら, 調和振動子hermonic oscillator的なポテンシャルを持つヌル円錐null-cone近傍を超えてin-coneに"流れ込む"ことが考えられるため, l≧1状態に対しても寿命lifetimeが付くことになりそうだが, 厳密解としてはl=0を除いて定常状態が存在できると言える.

 結局修正された解は以下のようになる.

{\begin{gather}
\psi_{nl}(r,\theta,\varphi)=\left\{
\begin{array}{cc}
0 & (x^2+y^2-u^2<0)\\
R_{nl}(\rho)\varUpsilon^l_{\pm(l+k)}(\theta,\varphi) & (x^2+y^2-u^2\geq 0)
\end{array}
\right. \\
(n\geq2, \ \ \ 1\leq l \leq n-1, \ \ \ k\geq 1)
\end{gather}}

l=0が除かれることに伴ってn=1も消えた. 基底状態は主量子数n=2, 方位量子数l=1, 磁気量子数は2,3,4,…の無限に縮退した状態になる.

 無限の縮退. 我々の宇宙の水素原子が{n^2}重に有限の縮退をするのと対照的だ. 動径成分は両者で一致しているため, これは角度成分からの寄与. SO(3)のコンパクト性とSO(2,1)の非コンパクト性の違いが現れている. きわめて雑な見方をすれば, SO(3)は軌道を傾かせ続けると元に戻ってくるのに対して, SO(2,1)はu軸方向に"無限に傾く"ことができるという違い.

 {\ell^u}固有値が大きくなるほど, その確率密度は中心からdark coneに沿って"離れて"(x,y,u座標の絶対値が大きくなるという意味で)いくことになる. ここで求めた解は理想的な仮定(無限のcharge, coneの完璧な回転対称性)を敷いているので問題ないが, これらを取り払っていったときにはこのことが重要になってきそう. ひょっとすると化学結合に関係したり.

 グラフィカルにこの解を見たいところだが疲れてしまった. それに加えてこの解がどれくらい妥当か*11, もし使えるなら彼らの宇宙で化学はどういったものになるか,解の構造はどうなっているか*12 スピン軌道相互作用, 負の確率密度......等考えるべきことはたくさんあるがまた次の機会.

Dichronauts (English Edition)

Dichronauts (English Edition)

*1:2017/7/8時点でamazon.co.jpの価格はkindle版が499円, ハードカバーは3075円(国内はやや遅れて7/11発売のよう). くわえて電書版が実に3カ月も先行していたので時代だ.

*2:ふたつだけ気になること[ネタバレ][SPOILER]The problem of unpredictability, which Max Tegmark regards as a difficulty of existance of SASs(Self-Aware Substructures) in a universe with 2 or more timedimensions exists in the Dichronauts universe as in the Orthogonal universe. The Southites might be threatened by "hurtlers": meteors without upper limit of velocity along the north-south axis, while residents on the surface of the hyperboloid are protected by the crust./ The word 'sidle' last appears in Chapter 13, just the halfway point of the full text. Descending the chasm, Surveyors confronted with strange geometry, but they were freed from 'the hip-swivelling nonsense'(Chapter 4).

*3:u方向の速度が負の運動エネルギーを持つことと距離を縮める効果を持つため結果的にu方向にもxy平面と同じような均衡が生まれる, という関係は重要. Darkcone領域に音波が伝わることはあまり自明ではないが, 少なくとも連成振動子はこれによって3+0次元と同じように働くことができる. つまりこの点で縦波の伝搬に困難はないはず.

*4:前の記事から既にクオーテーション付きの"回転"をいい加減に使っているが意味は通じると思う.

*5:ここの議論にやや不安が残る. 3+0次元では先に球面調和関数で展開してしまえるので動径方向を考える前に全角運動量が離散値をとることが言えるが2+1次元ではおそらくそれは不可能.

*6:mを整数と仮定しなくても, 昇降演算子によって{\ell^u}固有値を0に近づけていくと絶対値が1以下になったときその状態は消えなくてはならなくなる. なぜなら{\lambda+m^2\pm m}が負値をとるから.

*7:ところで前の記事で見た通りSO(2,1)に対応するスピン群はSL(2,R)でこれはもちろん有限次元の表現空間を持ちその元がスピノルなのだった. どこが違うかというとxyまわりの回転の生成子{\sigma^u}が反Hermite行列になっており, それに伴い有限次元, unitarityを持たない表現が実現されているのだった.

*8:関係ないが球面調和関数のYの由来って何だろう.

*9:結局うまくいくがこの積分が収束することは少なくともここまでの計算からは自明ではない. たとえば1+1次元での全角運動量の固有関数は明らかに規格化できない. そしてより重要なのは, in-coneで同様の手順を踏むとcoshsinhに変わり規格化できなくなることである.

*10:SL(2,C)が{x^2+y^2-u^2-t^2=1}の曲面と同相になることから調和解析の知識を使えばもっと見通しよく基底が得られると思っている……が数学は難しかった. いずれやりたい……。

*11:たとえば中心のchargeを有限に抑えたときどう変わるかといった問題, 微細構造定数のスケールへの依存性など.

*12:イーガンHPに公開されている短編In the Ruinsは逆2乗力下の運動の4次元対称性について登場人物とともにレクチャーを受けるという奇妙な作品になっている. たぶんこれと同じように対称性からもっと代数的に解が得られると思う. www.gregegan.net