点付き・点なし
以前の記事はこちら.
(1)4+0次元スピノル
『エターナル・フレイム』-ベクトル-レフトル-ライトル - Shironetsu Blog
(2)2+2次元スピノル
2+2次元Dirac方程式―Dichronautsをよみはじめた - Shironetsu Blog
我々の宇宙のDirac方程式もグレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』The Eternal Flame 33章に近いアプローチで導出できることが分かった. van der Waerdenによって導入された, いわゆるdotted/undotted spinor(点付き/点なしスピノル)がこの道筋を辿ると自然に現れる.
以下, 上に挙げた記事(2)とほぼパラレルに進むためしばらくコピペ+改変.
SL(2,C)
次の2次Hermite行列を考える(任意の2次Hermite行列はこのように実数(t,x,y,z)で表せる).
行列式は
となることに注意. 複素2次特殊線形群SL(2,C); 行列式が1の複素2次正方行列が積についてなす群の任意の元を
で表すと, Hermite行列間の次の変換 X→X' は (t,x,y,z)→(t',x',y',z') の一次変換を定義する.
この変換において行列式は不変である. すなわち,
を満たしている. ゆえにこの一次変換は(t,x,y,z)に対してSO(1,3)の元として作用している. 実際, Dと(-D)がともにひとつのLorentz変換に対応しており, SL(2,C)はSO(1,3)の二重被覆になっている.
2次Hermite行列は4次元実ベクトル空間をなす. その基底を次のようにとる.
はPauli行列そのもの.これを使うと,
と表せる. 計量を
ととる. ただし光速度はc=1にとっている. 2次Hermite行列の(不定値)内積を〈X,Y〉で表して
で定義すると次の関係が成り立つことが確かめられる.
ただしチルダは余因子行列を表している.
この内積もやはりLorentz変換に付随するDによる変換で不変である.
Dは行列式が1であるため余因子行列が逆行列に一致することに注意.
これは次の関係からも導かれる.
チルダ(余因子行列)で書いているが, これは普通上付きバーで表記されるものと同じ.ここでは一貫性のためチルダを使い続ける.
ベクトル, スピノル
座標変換に応じて共変ベクトル(の成分をもつHermite行列)Vが
で変換するとする. これと同時にDで変換する, 複素2次正方行列の形を持つ量
を考える. は一般の複素2次正方行列のため複素数4つ, 自由度は8になっている. 便宜のためこれを正方スピノルとでも呼んでおこう*1. 正方スピノルとそのHermite共役を右からかけるとHermite行列になるため共変ベクトルが作られることになる.
共役正方スピノルを余因子行列のHermite共役(まとめてで表し, ダブルダガー共役と呼んでおく)で定義する.
共役正方スピノルはDのダブルダガー共役(Dの逆行列のHermite共役)を左からかけることで変換する.
共変ベクトルのダブルダガー共役(ベクトルはHermiteなので単に余因子行列に一致)を正方スピノルに左からかけた量は共役正方スピノルと同じ変換性を持つ.
同様に, 共変ベクトルを共役正方スピノルに左からかけた量は正方スピノルとして変換する.
Dirac方程式
したがって, 次の量は共役正方スピノルになる
このことから, 次の式はLorentz共変性をもった方程式になっている.
(……式(*)とする. )
ただしmは質量. 実はこれはDirac方程式と等価な方程式である. 右辺に後ろからを掛けるのはやや唐突だが, こうすることでKlein-Gordon方程式が満たされる. このことを見るために, まず全体のダブルダガー共役をとる.
(……式(**)とする)
式(*)の両辺にをかけると,
を得る. これだけならダブルダガー共役との積が(-1)になる任意の行列によって満たされるが, この選択は正方スピノルとそのHermite共役の積が保存流になるという要請も満たしている*2. 実際,
ただし後ろからかける行列はこれらふたつの条件を与えてもなお一意には定まらない. この選択は基底を決めることを意味する.
をふたつの列ベクトルを並べたものとする.
も同様にふたつの列ベクトルを並べたものとする*3.
これらの間には次の関係がある.
これを使うと式(*)はふたつの式に分解できる.
(……式(***)とする)
上の関係を使うと第二式もだけで書ける.
ここで
を用いた. この式は式(**)の第1列をとることからも直ちに導かれる. 再度まとめて書くと
が式(*)と等価な式として得られる. もちろん式(**)とも等価である. さらにを縦に並べることで次のようにまとめて書くことができる.
ここで
とおけば
となって見慣れたDirac方程式の形になる. はWeyl表現(カイラル表現)のガンマ行列になっている. は左手型スピノルでは右手型スピノルだったということになる.
さて, は正方スピノルを, は共役正方スピノルを構成する縦ベクトルであった. そのため座標変換に応じて
と変換する. この変換性を見ればわかるように, が点なしスピノル, が点付きスピノルに対応している. これに応じて, は
と変換する.
Majorana方程式
正方スピノルが同じ列ベクトルからなる場合を考える. すなわち. 「同じ列ベクトルからなる」という性質は座標変換で不変であることに注意. このとき式(***)はふたつの同値な式になる.
これをMajorana方程式というらしい. もちろんLorentz共変な相対論的波動方程式である.
おわり
点付き・点なしスピノルは窪田高弘『物理のためのリー群とリー代数』(サイエンス社, 2008年)を介して知った. この本ではローレンツ群とSL(2,C)の準同型について述べたあと天下り的に点付き・点なしスピノルが導入されていたため, 未消化の感が残ってしまっていた. この記事で「正方スピノル」と呼んだものを分解することで自然に現れるためおそらくこういった背景はあるはず. もしこれについて書かれたものがあれば紹介していただけるとありがたいです(とか言う前にSpringerから出ているvan der Waerdenの原著にあたるべきだ). もっと自然なのはLorentzスカラーの変分をとる方法のはずなのでこれはまた別の機会に書いておきたい.
ところで右手と左手のスピノルの変換性を見ればわかるように, 一方を変えずにもう一方だけ変わる変換は不可能である. しかし4+0及び2+2次元では独立に変化することができる. 3+1では普遍被覆群がSL(2,C)である一方, 4+0と2+2は2つの同じ群(SO(4)はSU(2), SO(2,2)はSL(2,R))の直積になっていることが直接の理由のはずだが, このあたりの物理的な意味はいずれ調べておきたい. あと量子化もそのうち…….
臨時別冊数理科学 SGCライブラリ 66 「物理のためのリー群とリー代数」 2008年 09月号
- 作者: 窪田高弘
- 出版社/メーカー: サイエンス社
- 発売日: 2008
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