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5+1次元Dirac方程式 - Spin(5,1)とSL(2,H)の同型から

「じゅうぶんなレプトン原子核内部にしっかりととどめられるようなエネルギー・レベルはすべて埋められ、最外部のレプトンが、原子核間にそれなりの距離を残したままふたつの原子を結合させられる分だけ突き出す。最初のふたつのレベルは完全に埋めなくてはなりませんが、それにはレプトン二十四個が必要です――だからあらゆる安定な分子は、慎重に配置された原子番号25かそれ以上の原子数個を必要とする。」

グレッグ・イーガンディアスポラ』p.386の改変. 数字を変えている. というのは以下の理由から. 「参考」にリンクを張っている「『ディアスポラ』5+1次元宇宙についての考察」では次のように指摘されている.

ところで、「ディアスポラ」の原子で最初の2つのレベルは完全に埋めるには、6つの軌道のひとつひとつを4つのスピン状態で埋めることになるので、レプトンは12個でなくて24個必要になるのではないでしょうか。

 『ディアスポラ』の元の文章で「レプトン十二個」となっているのが奇妙ということ. 原子核中のポテンシャルが等方調和振動子的なものになるなら*1, エネルギー準位について基底状態1つに第1励起状態5つの計6つの軌道がレプトンによって埋められるには, 5次元空間のスピン自由度4つをかけて24個が自然に思われるがその半分しかない. スピン自由度として2を乗じているか, 他の可能性か. Greg Egan's Homepageにはこれについての解説が見当たらない.

 偶然同型など知らずともスピン自由度が{2^{\lfloor 5/2\rfloor}=4}になるのはスピノル群を考えるとすぐに分かるものの, 以上イントロ.

f:id:shironetsu:20170831130919p:plain:w500

 Lie群の偶然同型からDirac方程式を構成するシリーズその5. SO(1,5). ディアスポラのマクロ球である. 既に前の記事で触れた通り, SO(1,5)の単位元との連結成分(本義Lorentz変換, {SO(1,5)_0}と表記)の二重被覆, Spin(1,5)に対して,次の同型が成り立つ.

{
Spin(1,5)\cong SL(2,\mathbb{H})
}

右辺はSpecial Linear group(2, H)... 2次四元数特殊線形群である. つまり行列式が1の2×2四元数行列...ということになるがこれを定義するにはいくつか準備が要る. 四元数の積の非可換性のために複素数と同じようには行列式を定義できないため.

 その前に. この同型, 発想は単純である. 1+3次元, すなわち我々の宇宙でベクトルは2次Hermite行列と対応付けられて, ノルムはその行列式になるのだった. 過去の記事を参照.
点付き・点なし - Shironetsu Blog

{
\begin{align}
\det \begin{pmatrix}
t+z & x-yi\\
x+yi & t-z
\end{pmatrix}=t^2-x^2-y^2-z^2
\end{align}
}

t,x,y,zは実数. これの非対角要素をなす複素数四元数に置き換えて"行列式"を計算してみるとちょうど1+5次元のノルムになる*2.

{
\begin{align}
"\det" \begin{pmatrix}
t+v & w-xi-yj-zk \\
w+xi+yj+zk & t-v
\end{pmatrix}&=(t+v)(t-v)-(w+xi+yj+zk)(w-xi-yj-zk)\\ &= t^2-v^2-w^2-x^2-y^2-z^2
\end{align}
}

良く定義できていないため引用符付きのdet. また, 座標変換に応じて1+3次元のベクトルXは

{
X\to MXM^\dagger
}

とSL(2,C)の行列Mによって変換されていた. 同様に1+5次元のベクトルはSL(2,H)の行列によって変換されることが期待される. 少なくとも, 四元数成分の行列を左からかけ, その行列を転置して各成分の共役をとったものを右からかける操作が「対角要素が実数, 非対角要素が互いに共役な四元数となる行列」の変換(6次元実ベクトル空間とみると線形変換)になっていることは確かめられる.

{
\begin{gather}
\begin{pmatrix}
a &b\\
c &d
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
u &\bar{q}\\
q &v
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\bar{a} &\bar{c}\\
\bar{b} &\bar{d}
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
u' &\bar{q'}\\
q' &v'
\end{pmatrix}\\
u'=|a|^2u+|b|^2v+bq\bar{a}+a\bar{q}\bar{b},\ \ \ v'=|c|^2u+|d|^2v+dq\bar{c}+c\bar{q}\bar{d}\\
q'=c\bar{a}u+d\bar{b}v+dq\bar{a}+c\bar{q}\bar{b}\\
u,v,u',v'\in\mathbb{R},\ \ \ a,b,c,d,q,\bar{q}'\in\mathbb{H}
\end{gather}
}

問題はベクトル同士の内積をどう定めるか. 1+3次元の場合をヒントに

{
\begin{align}
\left\langle \begin{pmatrix}
u_1 &\bar{q_1}\\
q_1 &v_1
\end{pmatrix}, 
\begin{pmatrix}
u_2 &\bar{q_2}\\
q_2 &v_2
\end{pmatrix}\right\rangle &=\frac{1}{2}{\rm Tr}
\begin{pmatrix}
u_1 &\bar{q_1}\\
q_1 &v_1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
v_2 &-\bar{q_2}\\ -q_2 &u_2
\end{pmatrix}\\
&=\frac{1}{2}(u_1v_2+v_1u_2-q_1\bar{q_2}-\bar{q}_1q_2)
\end{align}
}

としてしまえばよさそう(最終的に採用するのも最右辺の形に等しい)だが, トレースの可換性などが成り立たないから, 変換性を考えるにあたっては具合が悪い.


 ここで利用するのが, (自然数)n次四元数行列環と2n次複素行列環のある部分集合との間の環同型である. 以下の議論は, 小林俊行『Lie群とLie環 2』(岩波書店, 1999年)の第7章を参考にしており, 記号もほぼこれに準じている.

 その前に記号を整理しておく. この記事中では複素数の共役をアスタリスク"*", 四元数の共役を上付きのバー"{\bar{}}"によって表して区別することにする. 四元数環の部分環としての複素数環を1とiの張る部分空間としてその(四元数としての)共役をとるときにも*で表す.*が付いていればjとkの要素は0ということ.

 次の関係により四元数をふたつの複素数に分解できる.

{
\begin{align}
 w+xi+yj+zk&=w+xi+(y+zi)j\\
\mathbb{H}&=\mathbb{C}\oplus\mathbb{C}j
\end{align}
}

行列の場合も同様.

{
\begin{align}
M(n,\mathbb{H})=M(n,\mathbb{C})\oplus M(n,\mathbb{C})j
\end{align}
}

このように分解したとき, 積は

{
\begin{align}
(A_1+B_1j)(A_2+B_2j)&=A_1A_2+A_1B_2j+B_1jA_2+B_1jB_2j\\ &=(A_1A_2-B_1B_2^*)+(A_1B_2+B_1A_2^*)j\\
A_1,A_2,B_1,B_2&\in M(n,\mathbb{C})
\end{align}
}

と表せる. ここでM(2n,C)の部分環MJ(2n,C)を次のように定義する.

{
\begin{align}
MJ(2n,\mathbb{C})=\{
\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}
\in M(2n,\mathbb{C})| A,B\in M(n, \mathbb{C})\}
\end{align}
}

これが和と積について閉じていることは簡単に確かめられる(略).

M(n,H)とMJ(2n,C)の間の全単射写像{\eta}を次のように定義する.

{
\begin{gather}
\eta: A+Bj\in M(n,\mathbb{H}) \mapsto \begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}\in MJ(2n,\mathbb{C})\\
A,B\in M(n,\mathbb{C}) 
\end{gather}
}

これが全単射であることは明らか. 著しい性質は, これが環の同型写像になっていることである. 和については明らかだから, 積について確かめる.

{
\begin{align}
\eta\lbrack A_1+B_1j\rbrack\eta\lbrack A_2+B_2j\rbrack
&=\begin{pmatrix}
A_1&-B_1\\
B_1^*&A_1^*
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
A_2&-B_2\\
B_2^*&A_2^*
\end{pmatrix}\\ &=
\begin{pmatrix}
A_1A_2-B_1B_2^*&-(A_1B_2+B_1A_2^*)\\
(A_1B_2+B_1A_2^*)^*&(A_1A_2-B_1B_2^*)^*
\end{pmatrix}\\ &=\eta\lbrack(A_1A_2-B_1B_2^*)+(A_1B_2+B_1A_2^*)j\rbrack\\ &=\eta\lbrack(A_1+B_1j)(A_2+B_2j)\rbrack
\end{align}
}

この関係により, 四元数行列が正則であることと対応する複素行列の行列式が非零であることとが同値になる. そして, MJ(2n,C)}]の行列式が1の要素の部分集合が積についてなす群を{SL(n,\mathbb{H})}と表記することにする. すなわち,

{
\begin{align}
SL(n,\mathbb{H})=\{X\in MJ(2n,\mathbb{C})|\det(X)=1\}
\end{align}
}

やや奇妙な表記だが, 2×2行列(SU(2)の行列の実数倍)を四元数と同一視するのと同じこと. とくにn=1のときSU(2), 単位四元数のなす群に同型. これによって四元数行列の問題が複素行列のそれに還元された.

さて, MJ(2n,C)はふたつのn×n複素行列から構成されるから実{4n^2}ベクトル空間をなしている. これに行列式が1になるという条件を課すと一見実部と虚部それぞれに対する拘束条件で2自由度が減りそうだが, MJ(2n,C)の行列式は自動的に実数になるため減る自由度は1である. このことは

{
\begin{gather}
\begin{pmatrix}
0&{\bf 1}_n\\ -{\bf 1}_n&0
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
0&{\bf 1}_n\\ -{\bf 1}_n&0
\end{pmatrix} = -\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix}^*\\
\end{gather}
}

の両辺の行列式をとることでMJ(2n,C)の行列式がその複素共役と一致することから確かめられる. したがってSL(n,H)の次元は{4n^2-1}. n=2のとき15となりSO(1,5)の次元と一致して具合がいい.

 以下専らn=2のみを対象とする. MJ(4,C)のR基底を見よう. 実部と虚部に分解すると,

{
\begin{align}
\begin{pmatrix}
A&-B\\
B^*&A^*
\end{pmatrix} =
\begin{pmatrix}
{\mathfrak Re}(A)&-{\mathfrak Re}(B)\\
{\mathfrak Re}(B)&{\mathfrak Re}(A)
\end{pmatrix} +
\begin{pmatrix}
i{\mathfrak Im}(A)&-i{\mathfrak Im}(B)\\ -i{\mathfrak Im}(B)&-i{\mathfrak Im}(A)
\end{pmatrix}
\end{align}
}

また, Pauli行列を用いて

{
\begin{align}
M(2,\mathbb{R})={\rm Span}_\mathbb{R}\langle \sigma^0, \sigma^1,i\sigma^2,\sigma^3\rangle
\end{align}
}

から,

{
\begin{align}
MJ(4,\mathbb{C})=
{\rm Span}_\mathbb{R}\langle &\sigma^0\otimes\sigma^0,\  \sigma^0\otimes\sigma^1,\ i(\sigma^0\otimes\sigma^2),\ \sigma^0\otimes\sigma^3,
\\&i(\sigma^2 \otimes \sigma^0), \ i(\sigma^2\otimes\sigma^1),\ \sigma^2\otimes\sigma^2,\ i(\sigma^2\otimes \sigma^3)
\\&i(\sigma^3\otimes\sigma^0), \ i(\sigma^3\otimes\sigma^1),\ \sigma^3\otimes \sigma^2,\ i(\sigma^3\otimes\sigma^3)
\\&i(\sigma^1\otimes\sigma^0),\  i(\sigma^1\otimes\sigma^1),\ \sigma^1\otimes\sigma^2,\ i(\sigma^1\otimes\sigma^3)
\rangle
\end{align}
}

Hermite行列が6個と反Hermite行列が10個. 上で6次元"ベクトル"とみなしたい2×2四元数行列を持ち出したが, それに対応するのがこのHermite行列6個で張られる空間({\mathfrak{F}}とする)の元になっている.

{
\begin{align}
\mathfrak{F}&\equiv\{\eta(X)\in MJ(4,\mathbb{C})|X=
\begin{pmatrix}
u&q\\
\bar{q}&v
\end{pmatrix}
\in M(2,\mathbb{H}),
u,v\in\mathbb{R},q\in\mathbb{H}\}\\
&=\{X\in MJ(4,\mathbb{C})|X^\dagger = X\}\\
&=
{\rm Span}_\mathbb{R}\langle \sigma^0\otimes\sigma^0,\  \sigma^0\otimes\sigma^1,\ \ \sigma^0\otimes\sigma^3,\ 
 \sigma^2\otimes\sigma^2,\ \sigma^3\otimes \sigma^2,\ \sigma^1\otimes\sigma^2
\rangle
\end{align}
}

ところでMJ(4,C)の16個の基底, よく見るとClifford代数{C\ell_4(\mathbb{R})}の表現になっている*3. 特にこの事実を以下で活用するわけではないが, 積を計算するとき見通しが良い.括弧積について閉じることが自明になる. 選び方には任意性があるが, 次のようにとるとこのことが確かめられる.

{
\begin{gather}
\Gamma^1= \sigma^1\otimes\sigma^2,\ \Gamma^2= \sigma^2\otimes\sigma^2,\ 
\Gamma^3= \sigma^3\otimes\sigma^2,\ \Gamma^4= \sigma^0\otimes\sigma^1\\
\Gamma^i\Gamma^j+\Gamma^j\Gamma^i=2\delta^{ij}\ \ \ (i,j=1,2,3,4)
\end{gather}
}

この4つに加えて

{
\begin{align}
\Gamma^0 &={\bf 1}_4 = \sigma^0\otimes\sigma^0\\
\Gamma^5 &= \Gamma^1\Gamma^2\Gamma^3\Gamma^4=\sigma^0\otimes\sigma^3
\end{align}
}

とおくと,

{
\begin{align}
\mathfrak{F}=
{\rm Span}_\mathbb{R}\langle \Gamma^0,\ \Gamma^1,\ \Gamma^2,\ \Gamma^3,\ \Gamma^4,\ \Gamma^5
\rangle
\end{align}
}

この{\mathfrak{F}}の元に対してチルダで表す"共役"を次のように定める*4.

{
\begin{align}
X&=X_0\Gamma^0+X_1\Gamma^1+X_2\Gamma^2+X_3\Gamma^3+X_4\Gamma^4+X_5\Gamma^5\\
\rightarrow \tilde{X}&\equiv X_0\Gamma^0-X_1\Gamma^1-X_2\Gamma^2-X_3\Gamma^3-X_4\Gamma^4-X_5\Gamma^5
\end{align}
}

この定義により,

{
\begin{gather}
\Gamma^\mu\tilde{\Gamma}^\nu+\Gamma^\nu\tilde{\Gamma}^\mu=2g^{\mu\nu}{\bf 1}_4,\ \ \ \mu,\nu=0,1,2,3,4,5\\
g^{\mu\nu}={\rm diag}(+,-,-,-,-,-)
\end{gather}
}

となり, {\mathfrak{F}}内積が定められる.

{
\begin{align}
\langle X,Y\rangle\equiv\frac{1}{4}{\rm Tr}(X\tilde{Y})=g^{\mu\nu}X_\mu Y_\nu
\end{align}
}

これがSL(2,H)の行列Dによる変換で不変になってほしい. すなわち{\mathfrak{F}}上の一次変換{f\lbrack D\rbrack}

{
\begin{align}
f\lbrack D\rbrack X\equiv DXD^\dagger,\ \ \ D\in SL(2, \mathbb{H})
\end{align}
}

と定めたとき,

{
\begin{align}
? \langle X,Y\rangle=\langle f\lbrack D\rbrack X,f\lbrack D\rbrack Y\rangle ?
\end{align}
}

となっていてほしい.

これにはまず次のことを示す.

{X'=f\lbrack D\rbrack X}

のとき,

{\tilde{X'}=f\lbrack(D^{-1})^\dagger\rbrack\tilde{X}}

ただしDはSL(2,H)上単位元との連結成分に制限.

(証明)
f, チルダ共役はともに1次変換であるから, {\mathfrak{F}}の各基底に対して示せば十分. そこで{X=\Gamma^\alpha}とする. まず, fは{\mathfrak{F}}上の1次変換だから{X'}は次のように表せる.

{
\begin{align}
X'=f\lbrack D\rbrack \Gamma^\alpha=a^\alpha_{\nu}\Gamma^\nu\ \ \ a^\alpha_{\nu}\in\mathbb{R}
\end{align}
}

行列式をとることで,

{
\begin{align}
K&\equiv g^{\mu\nu}a_\mu^\alpha a_\nu^\alpha\\
K^2&=1
\end{align}
}

が分かる. Kは実数かつ恒等変換(D=1)に対してK=1であり, さらにDの単位元との連結性によってKは不連続な変化が許されないから, 任意のDに対してK=1になる.

これにより{X'}とそのチルダ共役との積は,

{
\begin{align}
X'\tilde{X'}&=a^\alpha_{\mu}\Gamma^\mu a^\alpha_{\nu}\tilde{\Gamma}^\nu\\
&=K {\bf 1}_4\\
&={\bf 1}_4
\end{align}
}

(以下を含め{\alpha}については和をとらない). 一方,

{
\begin{align}
(f\lbrack D\rbrack X)(f\lbrack (D^{-1})^\dagger\rbrack X)
&=D\Gamma^\alpha D^\dagger (D^{-1})^\dagger \Gamma^\alpha D^{-1}\\
&={\bf 1}_4
\end{align}
}

ゆえに, 逆行列の一意性から

{
\begin{align}
\tilde{X'}=f\lbrack(D^{-1})^\dagger\rbrack X
\end{align}
}

これを用いると,

{
\begin{align}
\langle f\lbrack D\rbrack X, f\lbrack D\rbrack Y \rangle
&=\frac{1}{4}{\rm Tr}(DXD^\dagger (D^{-1})^\dagger \tilde{Y} D^{-1})\\
&=\frac{1}{4}{\rm Tr}(X\tilde{Y})\\
&=\langle X, Y \rangle
\end{align}
}

と, Dによる変換で内積が不変であることが示される.

Lorentz計量を保つ一次変換であり, かつ次元が一致するためDは本義Lorentz変換の元{\Lambda}に対応付けられる. 対応関係は2対1である.

これを利用するとLorentz共変な1次の波動方程式を書ける. Lorentz変換{\Lambda}に応じて

{
\begin{align}
\phi &\mapsto \phi'=D(\Lambda) \phi\\
\chi &\mapsto \chi'=(D(\Lambda)^{-1})^\dagger \chi\\
\end{align}
}

と変換する{\mathbb{C}^4}ベクトル{\phi, \chi}を定義する.

これまで考えてきたDirac方程式ではここにもう一クッションあった. つまりたとえば1+3のLorentz群のスピノルに対して"矩形スピノル"なるものを定義してからそれを分解することで左巻き右巻き成分を得るなど. しかし今回はこのベクトルが既に左巻き右巻き成分そのものになっている. 同じく実16成分のMJ(4,C)の元として"スピノル"を導入してからそれを分解することで縦ベクトル型のスピノルを取り出したいところだ. そうすればDirac方程式を四元数だけで表すことも可能になるはずだった. また, Hermite共役との積はHermite行列になり, 自然に"ベクトル"としてカレントが現れるはずだった. それができないことにはかなり悩まされた.
 原因は"チルダ共役"が行列の乗算と可換な操作として表せていないことにある. これまでの記事を見ればわかるように, 複素共役だったり, 余因子行列のHermite共役だったり, チルダ共役に対応するものは行列の積を取る操作と入れ替えることができていた. しかしチルダ共役はそのようには表せていない. この難点の由来についてはまだはっきり理解できていない.
 物理的な意味としては, このことが1+5次元でのMajoranaフェルミオンの非存在に繋がる.

{
\begin{align}
i \partial_\mu \Gamma^\mu \chi&=m\phi\\
i \partial_\mu \tilde{\Gamma}^\mu \phi &= m\chi
\end{align}
}

は正しくLorentz変換に従う:

{
\begin{gather}
i \partial_\mu D \Gamma^\mu D^\dagger (D^{-1})^\dagger \chi=D\phi,\ \ \ 
i \partial_\mu (D^{-1})^\dagger\tilde{\Gamma}^\mu D^{-1} D \chi= (D^{-1})^\dagger\chi\\
i(\Lambda_{\mu'}^\mu \partial_\mu) \Gamma^{\mu'}\chi'=\phi',\ \ \ 
i(\Lambda_{\mu'}^\mu \partial_\mu) \tilde{\Gamma}^{\mu'}\phi'=\chi'
\end{gather}
}

これが1+5次元のDirac方程式である. ふたつを組み合わせれば

{
\begin{align}
(g^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu+m^2)\binom{\phi}{\chi}=\binom{0}{0}
\end{align}
}

とKlein-Gordon方程式を得る*5.

ふたつの方程式をまとめるには,

{
\begin{gather}
\gamma^0=\sigma^1\otimes\Gamma^0 =\begin{pmatrix}
0&\Gamma^0\\
\Gamma^0&0
\end{pmatrix},\ \ \ 
\gamma^j=i\sigma^2\otimes\Gamma^j =\begin{pmatrix}
0&\Gamma^j\\ -\Gamma^j&0
\end{pmatrix}\ \ \ (j=1,2,3,4,5)\\
\gamma^\mu\gamma^\nu+\gamma^\nu\gamma^\mu=2g^{\mu\nu}{\bf 1}_8\\
\psi=\binom{\phi}{\chi}
\end{gather}
}

として

{
\begin{align}
(i\partial_\mu\gamma^\mu-m)\psi=0
\end{align}
}

これにより標準的な形式のDirac方程式を得る. {\psi}は座標変換に応じて

{
\begin{gather}
S(\Lambda)\equiv
\begin{pmatrix}
D(\Lambda)&0\\
0&(D(\Lambda)^{-1})^\dagger
\end{pmatrix}\\
\psi\mapsto S(\Lambda)\psi=\psi'
\end{gather}
}

と変換する. {\phi, \chi}はそれぞれ左巻き, 右巻き成分で, Weyl(カイラル)表示のDirac方程式を得ていたことになる. Sはユニタリ行列ではないが,

{
\begin{align}
\gamma^0S^\dagger\gamma^0=
\begin{pmatrix}
D^{-1}&0\\
0&D^\dagger
\end{pmatrix}=S^{-1}
\end{align}
}

であるから,

{
\begin{align}
\psi'^\dagger \gamma^0 &= \psi^\dagger S^\dagger \gamma^0 \\
&=\psi^\dagger \gamma^0 S^{-1}
\end{align}
}

Dirac共役は

{
\begin{align}
\bar{\psi}=\psi^\dagger \gamma^0
\end{align}
}

によって定められる.

 Lie代数も見ておく. SL(2,H)はMJ(4,C)のうち行列式が1のものの集合であった. そのLie代数はMJ(4,C)のうちトレースレスなものがなす部分空間になる. すなわちMJ(4,C)からスカラー行列を除いて,

{
\begin{align}
\mathfrak{sl}(4,\mathbb{H})
&=
\{
X\in MJ(4,\mathbb{C})|{\rm Tr(X)}=0
\}\\
&=MJ(4,\mathbb{C})\backslash {\rm Span}_\mathbb{R}\langle {\bf 1}_4\rangle
\end{align}
}

になる. ただし, ここではLie代数はi倍しない形で数学風に定義する. つまりexpの肩にそのまま乗せたものが対応する群の要素になるように定義する.

このことから,

{
\begin{align}
D=\exp(X)\ \ \ X\in\mathfrak{sl}(4,\mathbb{H})
\end{align}
}

と表せる. したがって,

{
\begin{align}
S=\exp\begin{pmatrix} X&0\\ 0& -X^\dagger\end{pmatrix}
\end{align}
}

expの中身は{\gamma^\mu \gamma^\nu\ \ \ (\mu\neq \nu)}の実線形結合になっている.



参考

Bhupendra C. S. Chauhan, O. P. S. Negi "Quaternion Generalization of Super Poincare Group"
[1508.00536] Estimating Mutual Information by Local Gaussian Approximation

小林俊行『岩波講座 現代数学の基礎 Lie群とLie環 2』(岩波書店, 1999)
"1"との合本版として『リー群と表現論』が出ている.

ディアスポラ」5+1次元宇宙についての考察
http://kuiperbelt.la.coocan.jp/sf/egan/Diaspora/diaspora.html



おわり

 この記事で扱った同型写像の構成法は前の記事で参考にした横田一郎『古典型単純リー群』には載っていなかった. あとがきによると最初の執筆時点では知らず, 約半年後の付記に知り合いの研究者から教わったとある. ただしSL(2,H)という語が出てこないため対応関係についてはっきり理解できていない.

 そのことからも分かるとおり, SO(p,q)はp+qが同じでもほかの場合がすぐには理解できない. 4次元の場合に経験済みだが, やはり今回もSO(6)の場合の議論をそのまま適用しようとすると躓くところが多々ある.

 四元数をヒントにしつつも四元数だけでDirac方程式を書けていないことには未消化の感が残る. SO(4)の場合には四元数だけで書けたことが思い出される. もっと言えば4次元の他の場合もsplit四元数で書くことができたのだった*6.

 既にSU(4)とSpin(6)の同型に八元数, Cayley代数の片鱗が現れているようだが, ひとつ次元を上げてSO(7)に至ると偶然同型こそなくなってしまうものの, 八元数と例外型Lie群の世界になるようなのでそのうち踏み込みたい.

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

*1:ちなみにp.385に誤訳がある.「核子の内側にはいったなら、レプトンを内側に引っぱるのは、それより中心に近い一部電荷だけになり、その力は中心からの距離のだいたい五乗に比例します。」五乗に比例するのは内側の電荷のほうで, 原文ではそうなっている.

*2:同様の発想で八元数に置き換えると1+9次元になる...かというと, そううまくはいかない. しかしどうも例外型単純Lie群の息遣いが感じられる.きわめて曖昧な表現だが.

*3:SU(4)の場合に既に4が{2^n=n^2}の解になっている事実がSpin(6)との同型の背景にあったようでこのあたりは精査する必要がある.

*4:この考え方は他のLorentz群の表現を考えるときにも使えそう

*5:毎回これを確認しているのは, 質量が正計量になるべきであるという要請を満たすため.

*6:split quaternionでarXivを検索するといくつか出てくる