6+0次元Dirac方程式 - Spin(6)とSU(4)の同型から
~あらすじ~
実験的に発見された光学固体のエネルギー準位の分裂から〈四の法則〉を導いた物理学者カルラ*たち. 彼女たちの課題は輝素の排他性とこの事実を両立させる説明を見つけ出すことだった. 最も単純な〈一の法則〉ではないのはなぜか? 輝素の"偏極"が原因ならなぜ〈五の法則〉ではないのか? 共同研究者パトリジア*, ロモロ*とともに, 回転物理学に整合する幾何学を探すべく, まずカルラ*は六空間の回転を記述する四次特殊ユニタリ行列と六ベクトルの計算規則を描書した...
スピン群の偶然同型*1を利用してDirac方程式を導出するシリーズその4.
過去の記事
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『エターナル・フレイム』-ベクトル-レフトル-ライトル - Shironetsu Blog
Dichronauts
2+2次元Dirac方程式―Dichronautsをよみはじめた - Shironetsu Blog
Our Universe
点付き・点なし - Shironetsu Blog
4次元の場合の3通りを尽くしてしまったので上に飛ぶ. 偶然同型が存在する最大の次元, 6次元.
SU(4)とSO(6)
SU(4)の代数を考える. 一般にN次特殊ユニタリー群の生成元はトレースレスなHermite行列である.
従って次元は4×4-1=15. これはPauli行列と単位行列のKronecker積を使って次のように表せる.
ただしここで
およびKronecker積のトレースの性質
に注意.
この事実からしてすでに性格がいい. これに単位元()を加えて複素係数の線形結合を取るとの基底にもなる.
一方SO(N)の代数は虚数成分の反対称行列で次元はN(N-1)/2. 今考えるSO(6)は15次元. SU(4)と同じである. ここに準同型写像の存在が示唆される.
ベクトル
SU(4)の元Uが作用して6次元標準内積が保存するような対象を探す. 4×4行列から探すのが適当だろう. しかし4×4行列は実係数にして32次元もある.
ここから自由度を落としていかなくてはならない.
さて, Pauli行列(ここでは単位行列も含めてそう呼ぶことにする)はすべてHermiteだが, ひとつだけ虚数成分かつ反対称なものがある. だ. さらにKronecker積の転置については次の性質がある.
これを踏まえ4×4行列の転置をとると
これが反対称なら転置で係数が反転する後ろの2項だけが残る.
複素係数6個, 実係数12個とまだ多いが遠くない.
ここでユニタリ行列が作用する反対称行列間の変換fが
と定義できる. 3つめの式から分かるようにこの変換はSU(4)からの準同型写像を定義している. といってもユニタリ性はここでは使っていない. 実はユニタリ性を入れると次が成り立つ.
\begin{align}
X\in \mathfrak{F}\rightarrow f(U)X\in\mathfrak{F}
\end{align}
ただし以下のように定義.
つまり実はfは6次元ベクトル空間の要素間の変換なのである. 反対称行列全体がfによって移りあわない2つの部分空間に分離されていることになる.
あまり厳密ではないが証明は以下のようになる. まずSU(4)の元を指数の形で表す.
fによるの基底の変換だけ考えればよい.
ここでgは
と定義される. この変換gについて,
が示されれば十分だが, 実際これは成立する. の基底15個と6個, 90通りについて計算すると*2これが成り立つことが確認できる.
確かにそうなるものの力技の感がありいまいち釈然としない. 何かとを特徴づける量があってfによる変換では移りあえない不連続性がある, という背景がありそうな気がするものの今のところ見つけられていない.
を使うと次のように表せる.
1行目から2行目への変形は, の積のみが, 単位行列になってトレースに寄与することから.
上添え字と下添え字を混ぜて扱っているが, Euclid計量を使って表すこともできる;
このの内積はfに関して不変になる.
かくしては6次元Euclid空間と同一視される. の要素の成分はfによって共変ベクトルとして変換するのである*4
なお, この節の内容は, 横田一郎『古典型単純リー群』(現代数学社, 2013年(新版))を参考にした.
スピノル
時空間の回転Oに対応してSU(4)の元U(O)で変換する複素成分4×2行列を考える.
これを矩形スピノルと呼んでおこう. その複素共役の変換は上式全体の複素共役をとることで直ちに得られる(以下U(O)の引数は略).
こちらは共役矩形スピノルと呼ぶことにする. ところで共変ベクトルの変換は次のようになっていた.
その複素共役は,
これと矩形スピノルの積をとると, その変換則は共役矩形スピノルのそれと同じになる.
次の微分作用素は共変ベクトルとして変換する.
従って, 次の式はEuclid共変性を備えた微分方程式になっている.
ただしの複素共役は基底に対して複素共役をとることで定義. これがSO(6)共変の, 6+0次元時空のDirac方程式である. 右辺に右からかけているは次の理由から.
まず矩形スピノルから作られる次の量は4×4反対称行列で, 共変ベクトルになっている.
ただしここでは虚数成分も持つことに注意. の反変成分は次の式から抽出できる.
これにより,
Trの中身がHermite行列になっていることからJの実部の発散が0になることが言える. では虚部は何かというと擬ベクトルになっている. 質量mが0ならこちらも保存流になる*5
両辺にをかけて,
ここで次の関係
から,
よって,
となってKlein-Gordon方程式を再現する.
ガンマ行列
ここで上で定義したの性質をみる.
とすると,
と書ける. A/2,B/2間の交換関係は,
となっており実はの表現になっている.*6
この点だけ確認して, ガンマ行列を用いたDirac方程式の表示に進む. まず矩形スピノルをふたつの列ベクトルで表す.
これを用いるとDirac方程式は次の形に書ける.
全体の複素共役は
元の式から第1列を, 複素共役から第2列を抜き出すと次の形にまとめて書ける.
ただし,
晴れて見慣れた形のDirac方程式を召喚することができた. は矩形スピノルを, は共役矩形スピノルを構成する列ベクトルだから, 8成分ベクトルの変換は
に従う.
たちは8×8行列だが, 具体的には次の形を持つ.
ガンマ行列と呼ぶ以上Clifford代数の関係式が成り立っていなくてはならないが, 実際それは確かめられる.
このガンマ行列から再び8成分スピノルの変換行列Sが得られるか確かめる.
と定義すると,
の交換関係が成り立ち, これはと同じもの(というか一般に).
は具体的には
この並べ方には意図があり, 上2段は
下二段は
の形になっている. これら指数の肩に乗せるとの有限の変換行列は
で表せるが, 2×2ブロック対角の形では
になっている. ここでXはA,Bの実係数線形結合, YはA,Bを除いた基底の実係数線形結合. 成分を見ると(Pauli行列中のみが虚数成分をもつことから)Xは虚数成分, Yは実数成分のみを持つことが分かる. すなわちは次の形に分解されている.
したがってSは次のようにも表せる.
こうしてガンマ行列導入以前の結果が再現された. と同型を別経路で示していることにもなる.
カイラリティー
4次元の3通りの場合で同様の手続きを経るとWeyl表現(カイラル表現)と右巻きスピノル, 左巻きスピノルが自然に現れたのだった. では今回はカイラリティーはどのように現れているのだろうか. これを考えるために6次元ベクトルの行列表示に立ち返る.
5つの基底の符号を変え, 1つだけ変えない変換があればそれは空間反転とみなせる.行列式が(-1)になるためそのような変換はSO(6)の元ではない. ここでについて次の性質を利用する.
従って次の変換が空間反転になる. 添え字1を時間t, 2から6を空間xに取ったことになる.
明らかに2回繰り返せば元に戻るため変換でもある. このとき矩形スピノルはどう変換すべきかというと(位相の不定性はとりあえず無視),
この変換によりDirac方程式も正しく変換する.
ではガンマ行列表示でどうなるかというと,
とすると
と移りあっている.
カイラリティーをもっと直接見るには我々の宇宙のバージョンのに相当する行列を考えればよい.
これにより,
と確かにこの基底ではスピノルの上下がそれぞれ左巻き右巻きに対応していることが分かる.
おわり
ふたつの方法で表示された保存流の対応関係, カイラルカレント, 他の離散変換, 電磁場との結合等については次の機会にまわす.
専ら数学しかやっていないので物理的意味について言うと, 物質反物質が各々4成分, 4つのスピン状態に対応することになる.この点は角運動量代数をもっとまじめに計算するべきだろう.
SO(5)代数等については次の方が詳しく解説されている. イーガン関連でたびたびお世話になっているサイト. やはり『ディアスポラ』に関連して5+1次元Dirac方程式も調べられている.
http://kuiperbelt.la.coocan.jp/sf/egan/Diaspora/dirac/dirac-5D.html
感想.
事実としてSU(4)からSO(6)への準同型写像が存在することは知っていたが, こんなにさっぱりしたものだとは思っていなかった. 背景にいつも見え隠れする四元数のありがたみをひしひしと感じる. 上で挙げた参考書籍『古典型単純リー群』のあとがきによると, SO(6)への写像は例外群E6を調べる中で得られたものらしい. Cayley代数を四元数におきかえて得られる...そうなのだがこの点は自分には何のことかまだ分かっていない. Lie群をちゃんと学べば全貌はもっと明らかになるのだろうか. 勉強しなくては.
4次元同様カイラリティーが自然に現れるのもおもしろい. その導出の道筋としてはSO(4)よりむしろSO(3,1)に近いものを感じた. ふたつの群の直積で書けないことが理由だろう.
ところでarXivで検索してみたらこんな投稿があった.
Quaternion Generalization of Super Poincare Group
[1508.05368] Quaternion Generalization of Super Poincare Group
Spin(1,5)とSL(2,H)同型から5+1次元のPoincare群を調べているらしい. ちゃんと読んでいない.
Poincare. 『ディアスポラ』Diasporaの5+1次元宇宙U*のヤドカリthe Hermitsたちの星も「ポアンカレ」だったなあ.
『ディアスポラ』といえばこんな台詞がある
「あなたが見ている点という点は、異なるルールの組なの」ブランカは青いシートの下に手を走らせて、マクロ球のルールを引っぱりだした。
「これはみんな六次元時空。下のは五次元。五次元のほうがすごく薄いのがわかる? でも七次元も薄いの。偶数の次元のほうが、豊かな可能性をもっているのよ」
(思えばここでブランカがやっていることはOrthogonalでイーガンがやっていることと同じだ)
次は当然5次元を調べにいくことになる(Spin(5)はSp(4)と同型)が, 「薄い」らしい. なぜだろう. 奇数次元にはカイラリティーが存在しないのでそのあたりに由来があるのだろうか.
おまけ
今まで気づかずに生きてきたのが不思議なのだが,
が成立する. 体として同型. これはPauli行列の実係数線形結合がHermite行列, 虚数係数だと反Hermite行列となることから明らか. 複素係数の四元数を2×2行列と同一視できるということ.*7
そこで次の共役を考える.
\[
(a+bi+cj+dk)^T=a+bi-cj+dk
\]
jの符号だけ反転させる変換. 記号Tはjをに対応させると転置行列になることから. 転置ということは
\begin{align}
\lbrack(a+bi+cj+dk)(s+ti+uj+vk)\rbrack^T=(s+ti-uj+vk)(a+bi-cj+dk)
\end{align}
が当然成り立つ.jでいけるならiとkについても同様に成り立つと期待できてこれは実際正しい. iとjとkの係数を同時に反転させるとこれは余因子行列になる.
自分自身と転置の積について
\begin{align}
(qq^T)^T=qq^T
\end{align}
が成り立つが, これはj要素が0になることを示している. つまり8次元が6次元に落ちている. 実係数なら4から3. Kustaanheimo-Stiefel変換でこれを見たことがある. Hopf fibrationというのが関係しているらしい.
(17/08/02)一部修正.
*1:偶然同型についてはこちらを参照 Accidental isomorphisms Indefinite signature Spin group - Wikipedia
*2:といってもPauli行列の積の交換性などを使うと計算は単純
*3:この定義のみからはこれが実数であることは自明ではない. 結局同じことになるが とすれば自明になる.
*4:SU(4)からSO(6)への全射性についてこの説明では不十分だが, SU(4)がSO(6)の元と二対一に対応しており, この構成法がその写像を実現していることは認めるものとして進める.
*5:このあたりはいずれ書く記事で検証.
*6:やや本筋から逸れる(と現時点では思っている)ので脚注. 特にの間の積の関係は四元数と同じになっている. このことからの元を指数の肩に乗せるとその行列は (単位行列とAの線形結合のユニタリ行列)×(Bの実係数線形結合のHermite行列) の形になる....この事実をどう利用できるのか分からないが一応書いておく.
*7:2017/08/02修正. 一般線形群が複素数と四元数の直積と同型になるなどと書いており二重に間違えていた. これを書いた後で知ったのだが, 「複素係数の四元数」はbiquaternionというらしい. Biquaternion - Wikipedia