球面調和関数で正20面体をつくる(5) - クラインの不変式論
再びSU(2)
の扱いやすさの理由のひとつは, 2変数斉次多項式の張る線形空間が次数ごとに既約表現空間になっていて, 逆に既約表現はそれで尽くされるからだった.
より正しく言うと, 上の2変数多項式環の元に対して,
の作用を
で定めると, は表現になるが, について次()の斉次多項式の全体が最高ウェイトの既約表現空間になり, の既約表現はそのいずれかに同値になるということ.
正規直交基底を
と取ることでエルミート内積を定めると, 表現行列;ウィグナーのD行列はユニタリ行列になる.
これにより正20面体群不変な球面上の関数を構成する問題が, 2変数多項式環上の2項正20面体群の不変式環を定める問題に還元される.
不変式
少なくともシュワルツ Karl Hermann Amandus Schwarzは2項正20面体群の不変式を既に求めていたらしい[1]. まず正20面体の頂点, 面の重心, 辺の中点を単位球面上に投影する. 1次分数変換として実現される2項正20面体群の作用によって各々の全体は不変である. 次に立体射影によってリーマン球面, 複素射影直線上の点にそれらを対応付ける. 上の斉次座標で表される多項式で, その複素平面上の点たちを零点にもつものは2項正20面体群の作用によって不変になる.
クライン Felix Kleinが気付いたのは, 頂点に対応する不変式さえ直接求めれば残り2つは簡単に決められることだった[1].
シュワルツ・クラインと同じようにリーマン球面の斉次座標の多項式として議論してもよいが, 我々はスピノルを知っているのでその形式で考えることにする. 本質的には全く同じ.
SU(2)スピノル
まずの単位スピノルは,
である. パウリ行列
を用いて3つの実数
を定めると,
によっての準同型写像ができる. 再三利用している事実だがその対応関係は2:1.
今具体形が欲しいのはスピノルのほう. は3つのパラメーターによって表せる:
一方, 単位球面上の点は
とによらない. 単位スピノルの全体に対するの作用の剰余類がと一対一に対応, つまり「位相の差を除いて一対一」である.
代表元としてとおいたものを取る. 依然符号の不定性が残るが, の逆像の代表元を次のようにとることにする.
ただしのときはと定める.
正20面体の12個の頂点
正20面体の12個の頂点は次のようにとることができる.
これらを集合とする. 注意:最初の記事の取り方とは異なり, 2つの頂点がz軸上に来るようになっている.
対応する単位スピノルは,
ただし,
ここに,を横ベクトルとして多項式
を定める. 2項正20面体群を, が上の同型写像になるようにとる. ここでは明示的に与えないが, 記事(4)での具体形とはユニタリ同値になる. このとき, の作用によって,
と, 絶対値1の複素数倍を除いて不変. 2項正20面体群の1次元表現が恒等表現しか存在しないことから, この因子は実際には1でなくてはならない. 結局,
が2項正20面体群の作用による不変式になる. の表現としては最高ウェイト6の表現空間に属する.
ヘッシアンとヤコビアン
他の不変式を求める. 2変数関数に対するヘッシアン(Hessian)は
2つの2変数関数に対するヤコビアン(Jacobian)は
である. 2×2行列の2変数関数への作用を
で定めると,
が成り立つ. すなわち, がで不変かつならヤコビアンとヘッシアンも不変.
まず,のヘッシアンから
を不変式として得る. を構成した時と同様の手続きで, 面に対応するスピノルを取っても同じ式になる. の最高ウェイト10の表現に属す.
次に,のヤコビアンから
を得る. これは辺の中点をとった式に等しい. の最高ウェイト15の表現に属す.
なお, はの最高次の係数がになるように調整した.
クライン特異点
実はこれらの間には
なる関係がある(1728が出てきた......). 計算すると確かめられるが, ちょっと手計算では厳しい. 根の重複度に関する考察からこのような線形関係が成り立たなくてはならないことが示される[1][2].
ここにまたとの関係が生じる. V,F,Eの3複素変数がこのような代数関係を満たすとき, 空間内の原点に唯一つ持つ特異点はクライン特異点となっており, 特異点の最小解消を与えるグラフが型のディンキン図に同型になる[3].
他の正多面体群・巡回群についても同様に不変式環と特異点解消の間に関係があり, ADE分類が現れている.
不変式環はこの3つによって生成される. 既に行った指標に関する考察から示唆されていたことだった.
正20面体群の恒等表現基底
を表現空間の元と見て正規化する. 上で定義した正規直交基底を用いて
がその3つである.
こうして不変式に関する考察から以前の結果が再現された. を球面調和関数で置き換えると球面上の正20面体群対称な関数が得られる.
30次の場合
ようやく30次の正20面体群対称な関数を計算する準備ができた. この次数では初めて独立な2つの独立な基底が現れる.
明示的には書かないが, を正規化したベクトルとを正規化したベクトルの内積が
と有理数の平方根になる「現象」が起こる. 他の2つの内積はこうはならない.
これによってに直交する
を得て, それを正規化したとあわせた2つが30次の正規直交基底になる.
と表せることを用いてを表にする. ただし根号の前に付ける符号をの項に書いている.
左が, 右が.
これらを重ね合わせて単振動・回転させるとこのようになる.
ついでに59次(不変な基底がただ1つしか存在しない最高次の表現)ではこうなる.
係数はここには載せないが, 分子の約数が2と5のみの既約分数の平方根からなる.