なぜ8次交代群は2元体上の4×4一般線形群と同型か
イントロ──位数20160の単純群
定理(Artin,Tits)[1]
ふたつの有限単純群の位数が等しければ(1) 同型
(2)
(3)
のいずれかの組でこれらは互いに排他的(つまり(2)と(3)は非同型な組).
有限単純群の分類定理が絡むのでこの定理そのものについて語ることはとてもできないが, 例外的同型(exceptional isomorphism)を語るうえで非常に示唆的な定理だろう. 有限単純群はほとんど「位数が等しければ同型」なのである. その例外のうち(2)はLie型の単純群B,Cの組で無限系列. 一方(3)は「例外中の例外」でただひとつこの組しか存在しない.
このうちは4元体上の3次一般線形群のことだがいまは見送る.
今回注目するのは例外(3)の半分. というのがこの記事でこれから見ていくで, は交代群である.
位数20160のふたつの単純群は同型とは限らないが, 異なる無限系列─Lie型の単純群と交代群に属するこのふたつは同型になるのである. いわばArtin-Titsの定理の例外の例外の例外ともいえるこの同型を調べていく.
2元体上の4次一般線形群
2元体上の4次元線形空間を考えよう. 正則変換, すなわち4×4正則行列は何個あるか?
まず非零ベクトルは
と, 本ある.
これら15本の中からひとつを第1列にとる.
第2列には以外の16-2=14本の中からひとつをとる.
第3列には以外の本の中からひとつをとる.
第4列には以外の本の中からひとつをとる.
こうしてできる行列は各列が線形独立になり正則になる. 逆に正則行列はこのようにして1通りの方法でしか作れない.
結局, 4次正則行列は全部で
本ある.
これら20160個の行列はこの中で積について閉じているので群をなす. この群はと表される. 上のGeneral Linear groupである. Genaralと言ったが2元体上では0でないことと1であることが同値なので同時にSpecialでもある. さらに, この群には非自明な中心がないため割る前から既にProjectiveでもある.
その道でははと短く表記されたりもする. が,は(そのままでは行列のような形をとらないような)抽象的な群という印象を持っているので(あくまで個人的にだが...)基本的にはで表す.
さて, ここに重要な等式がある.
階乗÷2なので交代群の位数である. 数勘定だけでいえば
になるということ. 驚くべきことに, 実は位数が等しいだけではなく
なのである(Jordanが最初に気付いたらしい[2]). 当然ここで疑問が生じる:の元は8個の何に対して置換として働くのか?
つまりからへの同型写像を明示的に表すことが目標になる.
6次対称群と2元体上の4次シンプレクティック群
ここで6次対称群の変な性質を思い出す. 詳しくは過去の記事参照.
6次対称群指標表手作り体験記 - Shironetsu Blog
いま注目するのは
という同型. 左辺は2元体上の4×4シンプレクティック行列のなす群で右辺が6次対称群.
ここに出てくるは
という行列.
なぜこれが6次対称群と同型か?
まずの大きさ2の部分集合(Baez[4]に倣ってデュアッドと呼ぶ)をの非0ベクトルと対応付ける. ともに15個あって, 天下り的だがたとえば
ととれる. これはどのように組み合わされているか? デュアッドに対応する相手をで表そう. すると,
が成り立っていることが分かる(は相異なる). つまり, ふたつのデュアッドの共通部分がただ1つならシンプレクティック形式が1, そうでないなら0になるということ. はこれを保つ変換の全体である.
さて, 「どのふたつをとってもシンプレクティック形式が1になる」ような大きさ5のの部分集合は
のちょうど6個あって,はへの作用でこれら6個の部分集合に対しても置換としてはたらく.
ここから6次対称群への同型写像ができるのである*1.
対称行列
6次対称群は行列を保つような4次行列のなす群と同型であったが, を保つという軛から解き放ってやればそのままになる.
ここで少しコンピューターの力を借りて観察.
問題1:に対称行列はいくつあるか*2?
答え:448.
問題2:に対しては何通りの行列になるか?
答え:420.
問題3:に対しては何通りの行列になるか?
答え:28.
28個!!!!!勝った........
まずは
によって対称行列の全体に作用する(左からの作用で定義したいため転置するほうを右側にしていることに注意):
特に, 行列式を変えないから, 正則な対称行列全体に作用する.
上でやった観察はそれぞれ
問題1:
問題2:単位行列を代表元に持つの軌道(とする)は420個の元を含む.
問題3:を代表元に持つの軌道(とする)は28個の元を含む*3.
ということを意味している. が大きさ420のと大きさ28のに分かれるということ.
実は軌道の元はすべての対角成分が0で, 一方軌道の元は対角成分に少なくともひとつは1を含んでいる. これは
ということ. 標数2ではなので対称行列と反対称行列の区別はないが, の元は対称行列, の元は反対称行列のようなものだと言える.
28という数
元の数が28個だと何が嬉しいか. のほうをもう少し詳しく見る.
問題4:に対してとなるは何個あるか?
答え:常に12.
さらに都合が良くなった. というのは, 6次対称群のときと同じようにの大きさ2の部分集合をデュアッドと呼ぶと, 勝手なデュアッドに対して共通部分がただ1つのデュアッドも12個だから.
の元が
の形をしていることを思い出して省スペースのためこれを
と表すことにして, たとえば以下のようにデュアッドと対応付ける.
に対応するの元をで表すと,
となっている(ただしは相異なる). すなわち,
行列の和というのはふつう行列式とは相性が悪いものなのでこれはかなり驚くべき性質だ.
これによって「どの2つをとっても和が正則」となるような大きさ7のの部分集合はちょうど8個であることが分かる.
さて, 上で定義したは線形変換であって, 更に行列式を変えないのだった.従ってに対して(全ての元に対する作用で)置換として働いて, によって
と表せたとすると, がから への準同型写像となる. ちゃんと示さないが単射なのでは位数20160;指数2のの部分群で, このようなものは自己同型の差を除いてのほかに存在しないので,結局
を得た.
同型写像の例
一般にn次交代群の共役類の数は
.
である. は分割数*4, は相異なる1以上の奇数の和への分け方の数*5.
なので8次交代群の共役類は14個.
置換の型(2つに分かれる場合には添え字1,2付き)で表すと以下の表のようになる.
代表元同士の関係を挙げるとちょっと過剰なので同型写像による生成元間の対応関係を挙げよう.
このうち以外はの固定部分群としてを生成する. 一方対応するの行列はを固定する(そうなるように上でデュアッドとを対応させた. 特にとした). つまりの生成元になっている.
まとめとこれから
この記事ではの間の同型写像を明示的に与えた.Edge[3]が似たようなことを言っている気がする...が正直理解していない.
これはまだちゃんと検証していないが, 2元体上の正則3×3対称行列は28個あってこの全体に対して正則行列が(行列とその転置で挟む形で)推移的に作用する(一般に奇数次元では対角要素がすべて0なら正則ではない). となるとここでやったのと同じようには8要素に対する置換として働くことになり, の同型が半分示されていることになる.
どこまでが「背景」と言えるかは難しいところだが, Mathieu群が控えていたり, 5×5ではが関わってきたりするらしい[6]ので興味ある話題は尽きない
リファレンス
[1]Garge, S.M. On the orders of finite semisimple groups, Proc. Indian Acad. Sci. (Math. Sci.) (2005) 115: 411.
https://doi.org/10.1007/BF02829803
[2]Murray, J. (1999). The Alternating Group A_8 and the General linear Group GL_4(2). Mathematical Proceedings of the Royal Irish Academy, 99A(2), 123-132.
http://www.jstor.org/stable/20459753
[3]W.L. Edge, The Geometry of the Linear Fractional Group LF(4,2), Proceedings of the London Mathematical Society 3 (4) (1953), 317-42.
https://doi.org/10.1112/plms/s3-4.1.317
[4]J. Baez, Some Thoughts on the Number 6
http://math.ucr.edu/home/baez/six.html
[5]Brown, E., & Loehr, N. (2009). Why Is PSL(2,7) ≅ GL(3,2)? The American Mathematical Monthly, 116(8), 727-732. Retrieved from http://www.jstor.org/stable/40391199
[6]Dempwolff_group - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Dempwolff_group
*1:同型写像であることを言うにはもう少ししっかり考える必要があるが...
*2:この数列はOEISに登録されていた. A086812 Number of symmetric invertible n X n matrices over GF(2). https://oeis.org/A086812 問題2,3の数列は見つからず.
*3:がこのうちの固定部分群なのだから, 軌道-固定点定理から28=20160/720が(実はわざわざ計算機で調べなくても)分かる.