PSL(2,13)指標表手作り体験記(2)――PSL(2,q)の部分群
続き.
PSL(2,13)指標表手作り体験記(1)――G2の有限部分群 - Shironetsu Blog
PSL(2,q)の部分群
ガロアがシュヴァリエへ宛てた「最後の手紙」の中で述べた命題は現代的に解釈するとこうであった.
ガロアが気付いていたのかどうかは不明だが, 実際にはこの定理はより一般の有限体に拡張できて, 9元体を加えて次のようになる.
\(PSL(2,\mathbb{F}_q)\) は射影直線 \(P^1(\mathbb{F}_q)\) には必ず推移的に作用するため, \(q=2,3,5,7,9,11\) の例外を除けば非自明に推移的に作用する最小の集合の大きさは \(q+1\) ということになる. 例外となるそれぞれの場合で以下の関係が成り立つ.
SymとAltはそれぞれ対称群と交代群. \(q=5,7,9,11\) のそれぞれで\(5,7,6,11\)点に推移的に作用する. \(q=2,3\) の場合の\(2,3\)点集合への推移的な作用は,それぞれ3次交代群, クラインの4元群で割った剰余群が2次,3次の巡回群になることから従う(ただし忠実な作用ではない).
ではこれらの例外を除いて \(q\) 点以下への作用が存在しないのはなぜか. もし \(k\,(\leq q)\) 点への推移的な作用が可能なら, 1点の安定化群として指数 \(k\) の真部分群が存在する. しかし \(q=2,3,5,7,9,11\) 以外では以下で述べるようにそのような「大きな」真部分群は存在しない. したがって自明な作用を除いて \(q\) 点以下への作用は不可能. つまり \(PSL(2,q)\) の部分群の構造が分かればその系として上の定理は得られることになる.
\(PSL(2,q)\) の部分群は完全に分類されている. 以下の事実が知られている[1-3].
定理: は次の部分群(i)-(vii)をもつ:
(i) 位数 の2面体群とその部分群. ただし .
(ii) 位数 \(q(q-1)/d\) の群 \(H\) とその部分群. \(H\) のシロー \(p-\)部分群 \(Q\) は基本アーベル群, \(Q\triangleleft H\), \(H/Q\) は位数 \((q-1)/d\) の巡回群.
(iii) \(Alt(4)\). ただし \(p=2\) かつ \(n\) が奇数のときを除く.
(iv) \(Sym(4)\). ただし \(q\equiv \pm1\,\mod 8\) のとき.
(v) \(Alt(5)\). ただし \(q\equiv 0,\pm1 \mod 5\) のとき.
(vi) \(PSL(2,r)\). ただし \(q=r^m\) となるとき.
(vii) . ただし \(q=r^m\) で \(q\) が奇数, \(m\) が偶数のとき.
各場合について丹念に調べると, \(PSL(2,q)\) の真部分群の指数の最小値は \(q=2,3,5,7,11\) のとき \(q\), \(q=9\) のとき6, その他の場合には \(q+1\) となることが分かる. その真部分群の指数の最小値がちょうど推移的に作用できる最小の集合の大きさということになる.
肝心の部分群の分類定理の証明について何も言えていないが, それにしてもガロアはこのことをどう理解していたのだろう? ガロアが考えていた素数\(p\)の場合に絞ると, \(PSL(2,p)\) は位数 \(p\) の元を含むため \(p\) 点より小さな集合に忠実かつ推移的に作用することができない. したがって \(p\geq 13\) で指数 \(p\) の部分群がないことだけ分かればよかった. 「だけ」とは言っても指数 \(p\) の部分群の非存在を言う方法が分からない. どんな方法が?
ちなみにガロアのこの手紙が送られたのは1832年5月末. シローの定理で知られるPeter Ludwig Mejdell Sylowがノルウェーで生まれるのがこの年の12月...というと何が何だかよく分からなくなる.
PSL(2,13)の指標(続)
再び \(p=13\) に限定してその表現を調べよう.
14次元既約表現
前回, \(PSL(2,13)\) が \(G_2\) の部分群であることを7次元既約表現によって確かめたあと, \(G_2\) の随伴表現によって \(PSL(2,13)\) の14次元既約表現をひとつ得た. ほかの14次元表現は上の分類定理の(ii)型の部分群による誘導表現から出てくる. 手続きはほぼ \(PSL(2,11)\) の12次元既約表現を得たときとほぼ同じため, 計算の詳細は以下の記事にかえる.
PSL(2,11)指標表手作り体験記――Paley biplaneと正20面体 - Shironetsu Blog
(ii)の記号を使って \(H\) を位数78の部分群とする. \(H\) の正規部分群 \(Q\cong \mathbb{Z}_{13}\) による剰余群が \(H/Q\cong \mathbb{Z}_6\) となることから, \(H\) の1次元表現, というのは既約指標と同じことで を得る.
ただし は1の原始6乗根.
\(H\) の表現 \(\pi_k\) に対応して \(G\) の誘導表現を \(\rho_k\), 指標を \(\chi_k\) とすると, 以下のようになる.
各\(k\)について具体的には次の通り.
これまでに得た指標から次のことが分かる.
- \(\rho_1\cong\rho_5\) は以前得た14次元既約表現と同値.
- \(\rho_0\) は自明表現と13次元既約表現の直和に同値.
\begin{align}
\rho_0 = {\bf 1}\oplus {\bf 13}
\end{align}
- \(\rho_3\) はふたつの7次元既約表現(一方を\({\bf 7I}\), もう一方を\({\bf 7I\!I}\)として区別)の直和に同値.
\begin{align}
\rho_3 = {\bf 7I}\oplus {\bf 7I\!I}
\end{align}
そして \(\rho_2\cong\rho_4\) はほかのすべてと直交して既約. もうひとつの14次元既約表現を見つけたことになる.
12次元既約表現
これまでに \(PSL(2,13)\) の既約表現を6つ, 1,7,7,13,14,14次元表現を得た. 2乗和は
\begin{align}
1^2+7^2+7^2+13^2+14^2+14^2 = 660.
\end{align}
共役類が9つなので残りは3つ.
\begin{align}
x^2+y^2+z^2 = 1092-660 = 432,\ \ \ x\leq y\leq z
\end{align}
の自然数解は\((x,y,z)=(4,4,20),(12,12,12)\)だが, 20は位数1092の約数ではないため既約表現の次元としては不可能. したがって残る3つの既約表現は12次元表現が3つとなる. この3つを求めるために, また部分群による誘導表現を考えよう.
\(PSL(2,13)\) から次の2つの元をとる.
\begin{align}
a = \begin{bmatrix}
6 & -1\\
1 & 0
\end{bmatrix},
b = \begin{bmatrix}
0 & 5\\
5 & 0
\end{bmatrix}\\
\end{align}
これらは次の関係を満たす.
\begin{align}
a^7 = b^2 = (ab)^2 = e.
\end{align}
したがって\(a,b\)によって生成される群は位数14の2面体群 \({\mathcal D}_{14}\). 分類定理の(i)にあたる. 2面体群の指標表はすぐに書ける. 順に\(\pi_k\ (1\leq k\leq 5)\)としよう.
この部分群による \(PSL(2,13)\) の誘導表現 \(\rho_k\) の指標 \(\chi_k\) は次のようになる.
一方これまでに得た既約指標は,
指標の直交性を使うと, 12次元既約表現のラベリング\({\bf 12I},{\bf 12I\!I},{\bf 12I\!I\!I}\)の任意性を除いて分解は一意に決まる. 各表現に含まれる既約表現の重複度を表にする.
あとは差し引きするだけで3つの12次元既約表現の指標が得られる.
再び誘導表現の指標をみると,
という関係になっていたことが分かる. これにどういう理由があるのかよく分からない.
指標表
まとめよう(すぐ上にあるのを繋げるだけだが). ちょっと列を入れ替えて \(PSL(2,13)\) の完全な既約指標は以下のようになる.
この指標表を見ると13次対称群への埋め込みが存在しないことは明らか. というのも, 13次対称群への埋め込みによって指標がすべて\(-1\)以上の整数になる12次元表現が得られるが, そのような表現は自明な表現以外に存在しないため矛盾するから.
まとめと課題
本記事ではまず \(PSL(2,q)\) の部分群の構造を見た. 指数 \(q\) 以下の部分群が \(q=2,3,5,7,9,11\) の例外を除いて存在しないことが, \(q\) 点以下への推移的な作用の非存在の理由であった.
続いて誘導表現によって\(PSL(2,13)\) の14次元既約指標1つと12次元既約指標3つを得た.
既約指標を完成させたのはいい. しかし「指標表手作り体験記」と言いつつ既約表現の具体的な構成にこだわっていた今までの方針からすると12次元表現では実現できないまま残ってしまったことが非常に不本意.
振り返ってみると, 今まで向き合ってきた \(PSL(2,q)\) の \(q-1\) 次元既約表現の構成は その特殊性に頼ったものだった. \(q=5,7,11\) では \(q\) 次対称群への「例外的な埋め込み」から. 鏡映群の部分群として実現したことになる. \(q=9\) の場合(つまり6次交代群)にはややアクロバティックで, ヴァレンティナ―群という \(SU(3)\) の部分群からの随伴表現として得た. このヴァレンティナ―群はまた複素鏡映群である.
\(PSL(2,5)\cong Alt(5) \cong \mathcal{I}\)
球面調和関数で正20面体をつくる - Shironetsu Blog
\(PSL(2,7)\)
PSL(2,7)指標表手作り体験記(2)――ファノ平面・GL(3,2)・四元数・正8面体 - Shironetsu Blog
\(PSL(2,9)\cong Alt(6)\)
ヴァレンティナー群と6次交代群の8次元表現 - Shironetsu Blog
\(PSL(2,11)\)
PSL(2,11)指標表手作り体験記――Paley biplaneと正20面体 - Shironetsu Blog
指標表を得ることと既約表現の構成の間の隔たりは大きい. どんな幾何学によって既約表現を実際に作ることができるのだろう?
ほとんどの素数 \(p\) で \(PSL(2,p)\) が指数 \(p\)の部分群を持たないことの簡単な証明も知りたいところ.
リファレンス
[1] 鈴木通夫, 『群論』(上), 1977, 岩波書店, pp.394-398.
[2] Conway, J. H., Sloane, N., J., A., 1988, "Sphere Packings, Lattices and Groups", Springer-Verlag.
[3] Huppert, B., 1967, "Endliche Gruppen I", Springer-Verlag, p.214.
文献[2]p.268で引用されているがドイツ語なので翻訳にかけないと読めない.
[4] group theory - Reference for the subgroup structure of PSL(2,q)
group theory - Reference for the subgroup structure of $PSL(2,q)$ - Mathematics Stack Exchange
ドイツ語文献[3]で困っている質問者がいた.