『正多面体と素数』の計算をしましょう(5)―正二十面体と導手11の楕円曲線
つづき。今回の記事は何だかよく分からないままに書く。
あるディオファントス方程式の解
V-座標系において、頂点・面・辺に対応する基本の正二十面体多項式は、
\begin{align}
V_{12}(x,y) &=
x^{11}y - xy^{11}
+11\,x^{6}y^{6},\\
V_{20}(x,y) &=
x^{20} + y^{20}
-2^2 \!\cdot\! 3 \!\cdot\! 19\left(x^{15}y^{5} - x^{5}y^{15}\right)
+2 \!\cdot\! 13 \!\cdot\! 19\,x^{10}y^{10},\\
V_{30}(x,y) &=
x^{30} + y^{30}
+2 \!\cdot\! 3^2 \!\cdot\! 29\left(x^{25}y^{5} - x^{5}y^{25}\right)
-3 \!\cdot\! 5 \!\cdot\! 23 \!\cdot\! 29\left(x^{20}y^{10} + x^{10}y^{20}\right)
\end{align}
であった。同じ記号を使って の一変数関数を定義する。
\begin{align}
V_{12}(X) &= V_{12}(X,1),\\
V_{20}(X) &= V_{20}(X,1),\\
V_{30}(X) &= V_{30}(X,1)
\end{align}
これらの間に
\begin{align}
V_{20}^3 - V_{30}^2 = -1728V_{12}^5
\end{align}
の関係があることは既に見てきた。興味深いのは、三つとも の整数係数の多項式であるため、
\begin{align}
A^3-B^2=-1728C^5
\end{align}
の整数解の無限系列を得られるということだ。試しに を代入してみる。
\begin{align}
V_{12}(1) &= 11,\\
V_{20}(1) &= 496 = 2^4\cdot 31,\\
V_{30}(1) &= -20008 = -2^3\cdot 41\cdot 61,\\
496^3 - (-20008)^2 &= -1728\cdot 11^5 = -278296128.
\end{align}
なるほど確かに解になっている。ところでこの整数たち、どうにも見覚えがある*1。
―――――
ここだ。Sageの楕円曲線に関するドキュメントの一節に496と20008が現れている。
いったいこれは何なのだろう。
楕円曲線
まず、Sageでは
\begin{align}
y^2+a_1xy+a_3y = x^3+a_2x^2+a_4x+a_6
\end{align}
という形の楕円曲線を(上で)E = EllipticCurve([a1, a2, a3, a4, a6])
によって定義できる。だからこの例で定義されているのは、
\begin{align}
y^2 + y = x^3 - x^2 - 10x - 20
\end{align}
という楕円曲線になる。実際sage上で試すと、
sage: E = EllipticCurve([0, -1, 1, -10, -20]); E Elliptic Curve defined by y^2 + y = x^3 - x^2 - 10*x - 20 over Rational Field
となる。この曲線は たちの整数係数多項式で表される を使って
\begin{align}
y^2 = x^3-27c_4x- 54c_6
\end{align}
と書かれる曲線と同型で、Sage上では上の関数を利用して計算できる。
sage: E.c4() 496 sage: E.c6() 20008
楕円曲線をこの によって初期化することもできる。
sage: F = EllipticCurve_from_c4c6(496, 20008); F Elliptic Curve defined by y^2 = x^3 - 31/3*x - 2501/108 over Rational Field
先に定義したE
との同型性は、
sage: E.is_isomorphic(F)
True
から判定できる。二つの楕円曲線が同型であることは -不変量が一致することと同値である。これも計算できて、
sage: E.j_invariant() -122023936/161051 sage: F.j_invariant() -122023936/161051
と確かに一致する。
さて、 を使うことで得られる恩恵は、判別式 が
\begin{align}
\Delta = \frac{c_4^3-c_6^2}{1728}
\end{align}
と簡潔に書けることなのだった。先の -不変量も
\begin{align}
j = \frac{c_4^3}{\Delta} = \frac{1728c_4^3}{c_4^3-c_6^2}
\end{align}
と書けて、上の値は
\begin{align}
\frac{-122023936}{161051} = \frac{1728\cdot 496^3}{496^3-20008^2}
\end{align}
から来ていることになる。判別式は、
\begin{align}
\Delta = \frac{496^3-20008^2}{1728} = -161051 = -11^5
\end{align}
である。この左辺が5乗数 になるという事実が、正二十面体多項式の間の関係式、
\begin{align}
\frac{ V_{20}(1)^3-\left(-V_{30}(1)\right)^2 }{1728} = - V_{12}(1)^5
\end{align}
に関連していることになる。
Cremona index
ところでなぜSageのドキュメントにこの楕円曲線が例示されているのだろう? 多分ヒントがこれだ:
sage: E_11a = EllipticCurve('11a'); E_11a Elliptic Curve defined by y^2 + y = x^3 - x^2 - 10*x - 20 over Rational Field
Sage上で楕円曲線を初期化するための方法の一つが、この"11a"のように「ラベル」で指定する方法だ。見ての通り、先ほどと同じ楕円曲線を'11a'によって呼び出せている。ドキュメント中の記述:
EllipticCurve(label)
: Returns the elliptic curve over Q from the Cremona database with the given label. The label is a string, such as "11a" or "37b2". The letters in the label must be lower case (Cremona’s new labeling).
Elliptic curve constructor — Sage 9.3 Reference Manual: Elliptic curves
ここにある通り、「ラベル」はCremona databaseという楕円曲線の巨大なデータベースで管理されているもの。導手(conductor) + 英字アルファベットの文字列(a,b,c...の順)という組み合わせからなる。上の例では、'11a'は導手11の楕円曲線のa番目であることを意味する。導手は
sage: E_11a.conductor()
11
から計算できる。この11は、導手の定義から分かることだが、上で与えた判別式 の(唯一の)素因数から来ている。
Cremona database は以下から直接見ることができる。
johncremona.github.io
"TABLE ONE: CURVES"にある"Fetch"ボタンからリストを取れて、上から順に以下のようなデータが示される。
11 a 1 [0,-1,1,-10,-20] 0 5 11 a 2 [0,-1,1,-7820,-263580] 0 1 11 a 3 [0,-1,1,0,0] 0 5 14 a 1 [1,0,1,4,-6] 0 6 14 a 2 [1,0,1,-36,-70] 0 6 14 a 3 [1,0,1,-171,-874] 0 2 14 a 4 [1,0,1,-1,0] 0 6 14 a 5 [1,0,1,-2731,-55146] 0 2 14 a 6 [1,0,1,-11,12] 0 6 15 a 1 [1,1,1,-10,-10] 0 8 15 a 2 [1,1,1,-135,-660] 0 4 15 a 3 [1,1,1,-5,2] 0 8 15 a 4 [1,1,1,35,-28] 0 8 15 a 5 [1,1,1,-2160,-39540] 0 2 15 a 6 [1,1,1,-110,-880] 0 2 15 a 7 [1,1,1,-80,242] 0 4 (以下省略)
各列の形式は
N C # curve r t
の順で以下のように定義されている。
- N = 導手
- C = 同種クラス*2
- # = number of curve in class = 1 (except for 990h3) *3
- curve = 上で述べた係数 [a1,a2,a3,a4,a6] の組
- r = ランク
- t = ねじれ部分群の位数
1行目に”11 a 1 [0,-1,1,-10,-20] 0 5”、問題の楕円曲線が現れる。そう、どうやらこの"11a"はCremona databaseの最初のレコードのようなのだ。
続く2列も導手11の楕円曲線で、同種を除いて導手11の楕円曲線はこの3つで尽きるらしい [Agrawal](よく知られた話なのだろうか)。
ここに詳細な説明があった。
www.lmfdb.org
データにある通りこの楕円曲線11aはランク0、ねじれ部分群の位数5で、から生成される点によって整点が尽くされる。Sageで確認:
sage: P = E_11a([5,5]); P (5 : 5 : 1) sage: 2 * P (16 : -61 : 1) sage: 3 * P (16 : 60 : 1) sage: 4 * P (5 : -6 : 1) sage: 5 * P (0 : 1 : 0) sage: 6 * P (5 : 5 : 1)
……とこの程度までは調べがついたが、ここから先はお手上げだった。どうもこの楕円曲線11aは重要らしく、正二十面体と何らかの関係がある。観察の結果として記しておく次第である。
X=2では?
一般に、 で定義される楕円曲線の判別式は になる。フェルマーの小定理から
\begin{align}
V_{12}(X) &= X(X^{10}+11X^5-1) \equiv 0 \mod 11
\end{align}
であるから、11を必ず「悪い素数」として持つことになる。
ではどうなるだろうか?
\begin{align}
V_{12}(2) &= 2750 = 2\cdot 5^3\cdot 11,\\
V_{20}(2) &= -5909375 = -5^5\cdot 31 \cdot 61,\\
V_{30}(2) &= 8087890625 = 5^9\cdot 41\cdot 101,\\
(-5909375)^3-(8087890625)^2 &= -1728\cdot 2750^5 = -271773562500000000000.
\end{align}
sage: E2 = EllipticCurve_from_c4c6(-5909375, -8087890625); E2 Elliptic Curve defined by y^2 = x^3 + 5909375/48*x + 8087890625/864 over Rational Field sage: E2.conductor() 550 sage: E2.discriminant() -157276367187500000
と、導手550の楕円曲線ができる。これをCremona databaseで探すと、このレコード"550k2"が対応する。
550 k 2 [1,1,1,197,681] 0 5
実際、
sage: E_550k2 = EllipticCurve('550k2'); E_550k2 Elliptic Curve defined by y^2 + x*y + y = x^3 + x^2 + 197*x + 681 over Rational Field sage: E_550k2.is_isomorphic(E2) True
と確かに同型になっている。こちらもLMFDBに詳細な情報がある。
一方、係数でググるとこの楕円曲線が登場する論文がある [Lee]("discriminant "との記述があるが、 の誤り?) どういう意義があるのだろう。
何も分からない……………。
計算ノートは後日リポジトリに上げます。
追記(2021/05/18) まとまっていない引用
たまたま開いた「数理科学」の記事[Shiga]でこの楕円曲線11aが目に飛び込んできて驚いた(どうでもいいが本当にパラッとめくった1ページ目だった)。
モジュラリティ―定理の実例を一つ挙げる. 上の楕円曲線のコンダクターとなる自然数で最小の値は であり,コンダクター の楕円曲線は 個の標準形があり,これらは互いに同種である.そのうちの一つは
\begin{align}
A1(B):\,y^2+y=x^3-x^2-10x-20.
\end{align}
である.モジュラリティ―定理の主張は 上の同種の範囲で不変だから,この形で考察する.
白状するとこの記述を読むまで 上で導手(コンダクター)となる最小の値が11であることを分かっていなかった(Cremona indexが11aから始まるのは、が何らかの意味で「自明」になるのかとぼんやり思っていた)。
雑にMath Stack Exchangeで"y^2+y=x^3-x^2-10x-20"を検索すると3つ見つかる。これで正しく検索できるのはすごいな。
math.stackexchange.com
math.stackexchange.com
math.stackexchange.com
一般化フェルマー方程式に関する論文で、やはりモジュラリティ―定理の実例として登場している[Bennett,p. 16]
こちらでも例にとられているのが11aだ。
tsujimotter.hatenablog.com
準同型 の核が主合同部分群 ということは 正20面体と関係の深い とも繋がるのか……?
導手を最小化する楕円曲線と正二十面体に一体何の関係が?
References
- [Agrawal]Agrawal, M. K., Coates, J. H., Hunt, D. C., & Van Der Poorten, A. J. (1980). Elliptic curves of conductor 11. Mathematics of Computation, 35(151), 991-1002. https://doi.org/10.2307/2006209
- [Bennett]Bennett, M., Mihăilescu, P., & Siksek, S. (2016). The generalized Fermat equation. In Open problems in mathematics (pp. 173-205). Springer, Cham.
http://homepages.warwick.ac.uk/~maseap/papers/bealconj.pdf
- [Edwards]Edwards, E. J. (2005). Platonic solids and solutions to x2+ y3= dzr. Utrecht University. https://dspace.library.uu.nl/handle/1874/7696
- [Morita]森田知真、「楕円曲線上の不変量の計算 I. (CREMONA の解説)」http://sd42dc40f051c90fc.jimcontent.com/download/version/1368522923/module/7046880967/name/cremona1.pdf(2021年5月16日閲覧)
- [Shiga]志賀弘典. (2021). 管見的-保型形式入門 (特集 保型形式を考える). 数理科学, 59(2), 15-23.
- [Yokoyama]横山俊一、「計算する立場からの楕円曲線入門」https://www.dropbox.com/s/8j43nzwl14y4tq7/2014Yamagata.pdf?dl=0
https://sites.google.com/view/s-yokoyama/teaching?authuser=0(2021年5月16日閲覧) - [Lee]Lee, E. (2011). A modular quintic Calabi–Yau threefold of level 55. Canadian Journal of Mathematics, 63(3), 616-633., Lemma 2.10.
- [Yamamoto]山本芳彦. (1999). 有理数体上で定義される楕円曲線の canonical system とその応用 (解析数論と数論諸分野の交流). 数理解析研究所講究録, 1091, 64-75.