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『三体』の三体問題について

 これは劉慈欣『三体』(早川書房)のネタバレがある記事。

 「三体問題は(解析的に)解けない」という事実は古典力学を学ぶとなんとなく知ることになり、その意味するところもなんとなく分かる。ほんの僅かしかない力学の「解ける」例に触れた後、それより少し複雑な対象を扱うと「解けない」問題のほうが普通だと信じられるようになる。その一番簡単で象徴的な例が三体問題。

 ところが、数学的に正確に「三体問題は解けない」の意味を説明しようとすると言葉に詰まる。「独立な第一積分が不足した非可積分系である」らしい。「不可能性」の数学的な定式化はだいたい難しい。

 しかし、「三体問題は解けない」が怪しい使われ方をしている場面に直面して、「そういう意味ではない」と言うくらいならもう少し簡単な仕事になる。『三体』の三体問題の記述にはところどころにそう指摘せずにはおれない怪しさがある。

 重要なのは、「三体問題は解けない」という命題それ自体の性質は純粋に数学的なものであること。非常に雑な表現をすれば、抽象的な問題であって自然現象の側に属する問題ではない。確かに「三体問題は解けない」が、解を全く知ることができないということではない。ごく特殊な例外を除いて任意の精度で時間変化を知ることはできる。ただ、三つの質点の任意の時刻での位置を表す「閉じた式」が存在しない。

 ただし、三体系はそのカオス的な振る舞いのため、長い時間が経過したあとの状態について、定量的にも定性的にも予測を行うことが難しいという原理的な困難を孕んでいる。このことは物理的に、そして三体人の生存にとって極めて重要な意義を持つ。この困難さを指して「三体問題は解けない」が使われている部分もあって、上の数学的命題と混同するような記述があるように思われる。

 「三体問題」はタイトルにもとられているほど重要な要素なので、作品理解のためにも簡単に整理したい。なお、ベースは日本語訳版のみ。


汪淼の発見

 「三体問題」の語が初めて現れるのは第15章「三体 コペルニクス、宇宙ラグビー、三太陽の日」において。VRゲーム「三体」中で汪淼(ワン・ミャオ)は、「三体世界」の太陽に関する謎を解明する。

  • 三体人たちの住む惑星は、三つの太陽の周りを回っている。
  • 惑星と、三つの太陽のうち一つだけとの距離が十分短くなったとき、惑星は重力的に捕らえられ、太陽の運行は周期的になる。これが恒紀。この間だけ文明は安定的に発展する。
  • そうでないとき、つまり三つの太陽全てと離れてしまったり、二つ以上の太陽から等しく影響を受けるようになったとき、太陽の運行は不規則になる。結果、地表は沈まない太陽に焼き尽くされたり、太陽が遠すぎて凍結する。これが乱紀。この時期を三体人は乾燥して休眠状態になって耐え忍ぶが、カタストロフィックなイベントが起こると文明が滅ぶ。

というのが彼の予想でありおそらく正しい解釈。三つの太陽の運行を正確に予測するためには、三体問題(+惑星の軌道)を考えればよい。しかし三体問題は複雑であるため、万年歴(おそらく半永久的に利用可能な太陽の運行予測のこと)を作ることはできない。

 万年歴をつくることは諦めざるをえないとしても、三体人の生存にとって重要なのは、太陽の振る舞いを可能な限り先まで予測することだろう。そうすれば灼熱・極寒地獄に備えて休眠するための時間的猶予を延ばしたり、恒紀中の計画を立てることができるようになる。これを実現するためには、三つの太陽+惑星をつぶさに観測して、初期値に由来する予測誤差を減らすとともに、この系の理解を深める必要が出てくる。「三体問題は解けない」という数学的な困難に悩んでも仕方がない。

 ともあれ、三体問題の記述そのものには特に変なところはない。


魏成のアルゴリズム

 続く16章「三体問題」の魏成(ウェイ・チョン)の独白。この辺から怪しい記述が目立ってくる。

みんなは、三体問題に解がないことをポアンカレが証明したと思っているみたいだけど、それはただの誤解だと思う。ポアンカレは、初期条件に対する感度が高いことと、三体問題は求積可能ではないということを証明したにすぎない。でも、感度の高さは、まったく決定できないということとイコールではない。解法に、もっとたくさんのさまざまな方式が含まれているというだけのこと。必要なのは新しいアルゴリズムなんだ。

 
 「感度の高さ」というのはいわゆる初期値鋭敏性のこと。初期値鋭敏性とは、初期値が完全に分かっていて、その後の時間変化を完全に正確に計算できたとしても、初期値のわずかな違いによって長い時間の後の系の様子が大きく変わるというカオス系の性質。この性質のために、長時間の予測は役に立たない。1年後の同じ日に雨が降るかどうか正確な天気予報が出せないのと似ている。しかし一週間先の天気ならかなり信頼できて、その日が近付いてくるほど精度は高くなる。

 と言ってみたがここで天気予報のような現実的な例を出すのが実はあまり適切ではない。天気の問題の場合、どれだけ高性能な計算機があっても、考慮に入れられない無数の要素があってそれも予測精度に影響する。

 初期値鋭敏性はもっと原理的な困難を引き起こす。どれだけ高精度に計算を行うことが可能だとしても、入力する初期値がわずかに違えば未来の状態が大きく異なるということは、つまり、理想化された(考慮に入れる要素を最小限に削ぎ落した)条件の下であっても、正確な予測を行うためには、初期値の精度を上げなければならないということ。計算法をいくら改良しようと予測精度は上がらない。「必要なのは新しいアルゴリズム」ではない。

 このあとモンテカルロ法、進化的アルゴリズムによる三体問題の求積というアイデアが出てくるが、正直ナンセンスだと思う。

メソッドはシンプルだが、モンテカルロ法は、ランダムな総当たり攻撃が正確なロジックを凌駕しうることを示している。量を質に変える、数的なアプローチだ。…(中略)…計算を進めると、最後に生き残った組み合わせが、三体の次の配置、次の瞬間の正確な予測になる。

 「次の瞬間の正確な予測」と言ってしまっている。目的がほかのところにあるならまだ逃げ場があったが。少なくとも、ポアンカレとその後継者たちが追究したような三体問題の難しさを正しく解釈していれば、こういう書き方にはならないと思う。「次の瞬間の正確な予測」にこんなむやみやたらと計算資源を食う方法を取る必要はないどころか、初期値鋭敏性を考えると不適切でさえある。ルンゲ・クッタ法なりシンプレクティック数値積分法なりで完全に決定的に(サイコロを振る必要はない)次の瞬間の予測は行えて、刻み幅を変えることで精度は任意に向上させられる。

 作中で言及がある、Alain Chenciner & Richard Montgomeryによる8の字軌道の探索で取られた方法はある種の最適化問題なので、周期軌道を見つけるうえでこういうアプローチも役に立つかもしれないが、任意の配置を対象にしてその時間発展を求めることが目標なら魏成のアルゴリズムの有効性はかなり疑わしいと言わざるを得ない。

Chenciner, Alain, and Richard Montgomery. "A remarkable periodic solution of the three-body problem in the case of equal masses." arXiv preprint math/0011268 (2000).
https://arxiv.org/abs/math/0011268


 ちなみに本書刊行後の出来事になるが1000以上の周期解が見つかっている。

Li, Xiaoming, Yipeng Jing, and Shijun Liao. "The 1223 new periodic orbits of planar three-body problem with unequal mass and zero angular momentum." arXiv preprint arXiv:1709.04775 (2017).
https://arxiv.org/abs/1709.04775


救済派

救済派の最終的な理想は主の救済であり、…(中略)…主が太陽系を侵略せずに、このまま三体世界で生きつづける道が見つかるとしたら、それが理想的な解決だというのが、救済派の大部分の考えだった。三体運動の問題を物理学的に解決することで、この理想を実現することができ、三体と地球、ふたつの世界を同時に救えるのだと、無邪気に信じている。

 三体文明が何度も滅んでしまうのは、太陽の運行予測がうまくいかず不意を打たれてしまうから(もっとも、どれも予測が成功したところで対処のしようがない天体的災害のような気がする)。この失敗は三体問題に解析解がないことが原因ではなく、予測に十分な精度を与えるための系のモデルが完成していないためだと考えるのが自然*1。問題は純粋な三体問題よりはるかに複雑だが、解けない問題を解くことを求められているわけではない。彼らに必要なのは観測、実験、技術開発…である。

 そういった理由で地球人が「三体運動の問題を物理学的に解決」するだけでは三体人の生存に寄与するところは特に無いだろう。救済派は誤った宗教的信念に基づいて行動しているように表現されているので、ある意味それも正しいのだけれど…。


アルファ・ケンタウリ

 この作品の設定にはもっと乱暴なところがある。それは「三体世界」をアルファ・ケンタウリに定めた部分にある。

 アルファ・ケンタウリ(ケンタウルス座アルファ星系)は実在する。実際、地球から約4光年の位置にあり、三つの太陽が結びついた三重連星系をなしている。その三つにはA、B、Cのアルファベットが振られていて、もっとも小さいC:プロキシマ・ケンタウリが現在地球から最も近い太陽以外の恒星となっている。

 問題はA、B、Cがゲーム「三体」で描かれたような姿をしていないこと。

 確かにこの三つは重力的に相互に影響しているが、数十AUを隔ててお互いに回っているA-Bの二つに対して、Cがあまりにも遠く離れているのだ。その距離は1.3万AU。1AUとは太陽-地球間距離のことで、1.3万AUは1.9兆km、0.21光年に及ぶ。めちゃくちゃ遠い。遠すぎて重力的に結びついているか疑われていた程度に遠い。

en.wikipedia.org
www.nasa.gov

 従って少なくとも現在のアルファ・ケンタウリにはカオス的な「三体問題」は存在しないし、過去に存在していたと示す根拠も乏しい。加えて、太陽に近い質量と明るさのA-Bに対してCは赤色矮星でずいぶん小さく暗いというのも作中との三太陽との明らかな差異となっている。ましてや、距離によって不連続に見た目が変わるという特異な光学的性質は到底仮定できない。

 この天界の有名人たちを、現実と明らかに異なった設定を与えてまで登場させたのは解せない。…とまで書いたあと、「三体」に出てくる歴史上の舞台や人物たちが、いくつかの特徴だけを借りた別物・別人であることを思い出した。それくらいの気持ちで読むべきなのか。

 ちなみに、かなり核心に迫るネタバレだが、ロバート・J・ソウヤーによる『イリーガル・エイリアン』はこのアルファ・ケンタウリの性質をうまくストーリーに織り込んでいる。おすすめ。

***

 三体問題関係の記述以外にもかなりつらい部分はあった。特に三体人が送り込んできたふたつの人工知能搭載陽子、智子(ソフォン)。粒子加速器が突然おかしなデータを吐くようになったからと言って理論物理学者がドタバタ自殺するというのも無理があると思ったが、更にその異常現象をこいつらが引き起こしているという真相が明かされたときは脱力してしまった。

 汪淼が目撃したいくつかの奇跡、「射撃手と農場主」のたとえ話*2が出てきた時点では、宇宙のシミュレーション仮説のようなものを想像していた。『神は沈黙せず』みたいな。鳴り物入りで出版されたこの本でそんな古典的なことはしないだろうと期待した後に提示された解答がこれだった。えぇ~~。

 次巻を待ちましょう。
 

その他リファレンス

19/07/11-12, 18 一部記述改め。

*1:第19章に「アインシュタイン」が登場し、一般相対性理論による修正が必要であったことを述べる。これ自体は正しい(実際にどの程度影響するかは不明)が、「三体問題の難しさ」で捉えられる範囲を逸脱している。モデルの欠陥は「三体問題は解けない」こととは関係がない。

*2:ところでこの「射撃手と農場主」仮説(作中ではSF(Shooter and Farmer)の略称がある)はよく考えると意図が分からない。「農場主」の方にはラッセルによる「帰納主義の七面鳥」という元ネタがあるらしく、帰納の弱点を示す例として使われる。一方「射撃手」の方は著者の考案したものらしいが、「科学的方法の欠陥」を示すたとえ話として両者の違いはどこにあるのだろう。二次元人は真実を知らないまま一生を終えるが、七面鳥は首を刎ねられるという差?