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球面調和関数のレシピ - 角運動量の合成から

 球面上では、自分の方程式の基本解が球面調和関数になることにヤルダは気付いた。以前、地震学の講義でいちどだけお目にかかったことのある種類の波形だ。球面全体で成り立つどんな複雑な解でも、それぞれの調和振動にその寄与をあらわす適切な係数をかけて足しあわせることで表現できる。
グレッグ・イーガン『クロックワーク・ロケット』)

 物理学では水素原子のSchrödinger方程式を解くとき, 角度方向と動径方向の変数分離をして球面上の微分作用素{\mathfrak{so}(3)\cong\mathfrak{su}(2)}代数に従うことを利用することで球面調和関数に出会うようになっている(このあたりの歴史を自分は知らない). 物理っぽい(2次元)球面調和関数の導出法として, 他にWignerのD行列の次元を落とす方法もある. ここではスピンの合成を利用して導いてみる.

{\ell}個のスピン1系の合成によってスピン{\ell}系を得る方法は1通りしかない.

スピン1系はこのように表記する.

{|11\rangle=|+\rangle,\ \ \ |10\rangle=|+\rangle,\ \ \ |1\!-\!1\rangle=|-\rangle}

まずスピン1系を{\ell}個繋げて{m=\ell}状態を用意する.

{|\ell\ell\rangle = |+\rangle|+\rangle\cdots|+\rangle}

下降演算子を作用させて適当に規格化定数をかければ全てのスピン{\ell}状態が得られる

{|\ell m\rangle=\sqrt{\frac{(\ell+m)!}{(2\ell)!(\ell-m)!}}\ J_{-}^{\ell-m}|\ell \ell\rangle}

スピン1の状態たちは同じ空間に住んでいるものとして順序を考慮しなければ

{
J_{-}^{\ell-m}|\ell \ell\rangle=\sum_{p+q+r=\ell,\ p-r=m}A(p,q,r)|+\rangle^p(\sqrt{2}|0\rangle^q(2|-\rangle)^r
}

と書ける. 0と-にかかっている{\sqrt{2}, 2}はスピン1系への下降演算子の作用で出てくるお釣り, {A}はスピン1系へ下降演算子を作用させることで{p,q,r}に辿り着く道の総数.

{A}はこのように考える. 1から{\ell}までの{|+\rangle}状態をここでは区別して, まず下降演算子を1回だけ作用させる{q}個を選ぶ. 残った中から2回作用させる{r}個を選ぶ. その{r}個については重複を許して作用させる順番を決める. 最後にその{r}個の順序をキャンセルするために{2^r}で割る. つまり,

{
A(p,q,r)={}_\ell{\rm C}_q\cdot{}_{\ell-q}{\rm C}_r\cdot \frac{(q+2r)!}{2^r}=\frac{\ell\,!(q+2r)!}{p\,!q\,!r\,!\,2^r}
}

よって,

{
J_{-}^{\ell-m}|\ell \ell\rangle=\sum_{q}
\frac{\ell\,!(\ell-m)!\sqrt{2^q}}{\left(\frac{\ell+m-q}{2}\right)\,!\,q\,!\left(\frac{\ell-m-q}{2}\right)\,!}\ |+\rangle^{\frac{\ell+m-q}{2}}|0\rangle^q|-\rangle^{\frac{\ell-m-q}{2}}
}

変数{q}の範囲は冪が非負整数となるようなすべての整数. 規格化定数をかけて,

{|\ell m\rangle=\sqrt{\frac{\ell\,!(\ell+m)!(\ell-m)!}{2^\ell\,(2\ell-1)!!}}\sum_{q}\frac{\sqrt{2^q}}{\left(\frac{\ell+m-q}{2}\right)\,!\,q\,!\left(\frac{\ell-m-q}{2}\right)\,!}\ |+\rangle^{\frac{\ell+m-q}{2}}|0\rangle^q|-\rangle^{\frac{\ell-m-q}{2}}
}

となる. さて, スピン1系は

{|+\rangle=\frac{-|x\rangle-i|y\rangle}{\sqrt{2}}\ ,\ \ |0\rangle=|z\rangle\ ,\ \ |-\rangle=\frac{|x\rangle-i|y\rangle}{\sqrt{2}}}

であった. 球面上の関数として

{\frac{-x-iy}{\sqrt{2}}=\frac{-\sin\theta\,e^{i\varphi}}{\sqrt{2}}\ ,\ \ z=\cos\theta\ ,\ \ \frac{x-iy}{\sqrt{2}}=\frac{\sin\theta\,e^{-i\varphi}}{\sqrt{2}}}

も同じ代数に従い, 3つに共通の定数倍の違いを除いて{\ell=1}の球面調和関数に等しい. 一般の{\ell}について, その規格化定数は球面上の積分内積として定義されるべきであり,{|\ell \ell\rangle}に対して

{\int_{S^2}dS\left(\frac{x^2+y^2}{2}\right)^\ell=\int_{\theta=0}^\pi\int_{\varphi=0}^{2\pi}\sin\theta d\theta d\varphi
\left(\frac{\sin^2\theta}{2}\right)^\ell=\frac{4\pi\,\ell\,!}{(2\ell+1)!!}
}

の逆数の平方根. 結局,

{
Y^\ell_m=\frac{\sqrt{(2\ell+1)(\ell+m)!(\ell-m)!}}{\sqrt{4\pi}}
\sum_{q}
\frac{(-x-iy)^{\frac{\ell+m-q}{2}} z^q (x-iy)^{\frac{\ell-m-q}{2}}}
{2^{\ell-q}\left(\frac{\ell+m-q}{2}\right)\,!\,q\,!\left(\frac{\ell-m-q}{2}\right)\,!}\\=\frac{\sqrt{(2\ell+1)(\ell+m)!(\ell-m)!}}{\sqrt{4\pi}}
\sum_{k={\rm max}\{0,m\}}^{\lfloor(\ell+m)/2\rfloor}
\frac{(-1)^k(x+iy)^kz^{\ell+m-2k}(x-iy)^{k-m}}{2^{2k-m}k!(\ell+m-2k)!(k-m)!}\\=\frac{\sqrt{(2\ell+1)(\ell+m)!(\ell-m)!}}{\sqrt{4\pi}}
\sum_{k={\rm max}\{0,m\}}^{\lfloor(\ell+m)/2\rfloor}
\frac{(-1)^k\sin^{2k-m}\theta\cos^{\ell+m-2k}\theta\ e^{im\varphi}}{2^{2k-m}k!(\ell+m-2k)!(k-m)!}
}

という表式を得る(ほんとうは{4\pi}の因子は面積要素のほうに押し付けたい). x,y,z座標での表示が先に出てきて便利. これを使って正20面体対称性を持った多項式の形を見ていきたい(続).

(追記)
 確認のため利用したMaximaで使われている定義とはmが奇数の時だけ-1倍違った. この-1倍というのは下降演算子の作用に由来している. これをCondon - Shortley phaseというらしい.
Condon-Shortley Phase -- from Wolfram MathWorld
 2人は角運動量固有状態間の位相についての取り決めを定めた有名な本の著者. Clebsch - Gordan係数表はだいたいCondon - Shortley conventionに従っている. それを思うと球面調和関数の定義がいまいちよく統一されていないのはよく分からない.