Shironetsu Blog

@shironetsuのブログ

燠火(解説)

 グレッグ・イーガン『白熱光』、ハル・クレメント『重力の使命』*1ロバート・L・フォワード『竜の卵』、スティーブン・バクスター『天の筏』、ラリイ・ニーヴン『インテグラル・ツリー』、そしてアーサー・C・クラーク野尻抱介の多くの短編……等々多くのSFで扱われる「重力ネタ」*2。身近でありながら少し違った環境に出ると驚くべき振る舞いをする、もっともSF的な自然法則の一つであり、特にハードSFの題材として親しまれている。

 「燠火」(おきび)はそういったSFにあこがれて書いた。「作業仮説」よりはSFとしての体をなすように目指したが、結局(特に最後の方)長々とした説明にならざるを得なくなって残念。

 舞台は2次元宇宙。相変わらず『ディアスポラ』の5次元宇宙物理やA・K・デュードニー『プラニバース』に影響を受けている。作中の世界の構築に興味深い科学的考察を使ったわけではないが、語り手がぶつぶつと考える物理は本物である。高度が下がれば加速し、上がれば減速するというのは我々の宇宙と同じ。というか衛星の挙動には、少なくともこの作中では面白い現象は起きない。ただしその推進方法が問題となる。

 実は当初、語り手が最初に予想したように「磁場中の浮力」を使って高度を変えて推進する方法について考えていた。舞台もそれをもとにして構築した。しかし閉じた定常電流は内部に均一な磁場を作るのみで、外部には磁場を作らなかったのだ!つまり環状電流同士は磁気的な相互作用を持たない。ざっくり言うと2次元空間に磁力は存在しない*3。これには困った。磁気による衛星の推進といえば藤井太洋『オービタル・クラウド』が記憶に新しいが、あの手が使えないのである。というわけで白状するとその推進機構については投げた。捕食者に食われてしまった語り手が再び目を覚ますときが来れば語ることになるだろう(?)。

 語り手が考えた問題はもう一つある。重力そのものの由来である。こちらには一応の答えを出した。自然に考えれば重力は距離に逆比例しそうだが、一般相対論から静的重力は現れない。リーマン曲率テンソルとエネルギー運動量テンソルの独立成分の数がともに6個となってしまうことが原因、と説明されるがこれについてはよく知らない。しかし3次元でニュートン万有引力の法則を再現するときと同じように線形近似で計算するとそれが分かる。作中でも述べたとおり、質量ではなく運動エネルギーが重力の源として卓越する。一般相対論由来の万有引力の法則は存在しない。ではどうすればいいか、というと最も素朴には電磁気の法則と同じものを成り立たせればいい。クーロンの法則と万有引力の法則が完全に対応するようにするのである。ただし同符号同士で引き合うように。その電荷の対応物はまさしく「重力質量」である。慣性質量と重力質量が同じものであることを言う等価原理を無視してしまう。マクスウェル方程式型の重力法則は相対論的共変性を持つため数学的には問題は無い*4……が、負のエネルギーが現れてしまうのが問題らしい。この点については正直よく分からない。

 2次元の電磁気と重力の法則についての面白そうな話題を入れた短いストーリーを書くことができて満足した。もっと考察ができれば、たとえば運動エネルギーによる重力の支配する世界とか、回転する帯電円盤内の磁場に満たされた空間を描くことができそう。2次元世界の話というのはポピュラーでありながら、ハードSF的考察の加えられたものは案外少ない。面白い話題だと思うので、そういうSFはもっと読みたいし、色々と考えたりもしてみたい。

*1:原題は"Mission of Gravity"。『重力の使命』は早川書房版で、東京創元社での邦訳タイトルは『重力への挑戦』。半世紀以上前に書かれた素朴な味わいのハードSFの名作として有名だが、数年前に創元SF文庫から一時期復刊されたのみで今は中古でしか手に入らない。どっちでもいいから復刊して!

*2:書いていて気付いたが真っ赤な霧って『天の筏』の世界の視覚的イメージそのまんまじゃないか……。パロディとして許してほしい。

*3:これは実は『プラニバース』にもさらっと書かれているのだが真意を理解していなかった。

*4:一般相対論は重力を説明するものではなくなるが消えてしまうわけではない