Shironetsu Blog

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球面調和関数で正20面体をつくる(2) - 3j記号の非自明なゼロ

リベンジ

 前回, 球面調和関数の重ね合わせで{I}(正20面体群)対称性を持った関数をつくろうとしたとき取った戦略は, {SO(3)}既約表現の{I}への制限が含む恒等表現の基底への射影演算子を構成することだった. 実際に計算も行ったが, D行列の要素を位数60の群全体に渡って, さらに{(2\ell+1)\times(2\ell+1)}の要素全てを計算するという非常に迂遠な方法であった. しかもそれで得られる成分は簡潔. 正20面体に特徴的な数である{\tau=(1+\sqrt{5})/2}も消えてしまう. 何かもっと単純に計算する方法があるに違いない.
shironetsu.hatenadiary.com
 ずいぶん悩んだが, D行列成分を計算することなく係数を得るひとつの方法をようやく見つけた. John Baezによる解説がヒントになっている.

Quantum Mechanics and the Dodecahedronjohncarlosbaez.wordpress.com

 Baezは{I}不変な{x,y,z}多項式が,
- {P(x,y,z)=x^2+y^2+z^2}
- {Q(x,y,z)} : 正20面体の6本の対角線に平行なベクトルと{(x,y,z)}とのドット積の総乗(6次).
- {R(x,y,z)} : 正20面体の面心と中心を結ぶ独立なベクトル10本と{(x,y,z)}のドット積の総乗(10次)
- {S(x,y,z)} : 正20面体の中心と辺の中点を結ぶベクトル15本と{(x,y,z)}のドット積の総乗(15次)
 だけで書けることを示している. これと似たようなことが(あるいはひょっとすると本質的に同じことが){SO(3)}の表現の代数的な関係だけでできる.
 {\ell=1,2,3,4,5,7,8,9,11,13,14,17,19,23,29}には恒等表現が存在しなかったことが既約指標に関する考察から示されていたことを思い出しておこう.


理論

6次の場合

 まず簡単のため正20面体の{C_5}軸(5回対称軸)は{z}軸に一致すると仮定する(前回は{C_2}軸を{z}軸に取っていた).
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(非常にいい加減な絵だが)
するとこの正20面体と同じ対称性を持つベクトルは{m\equiv 0\ ({\rm mod}5)}に限られるため, {\ell=6}で正20面体群対称性を持つベクトルは次の形に書ける.

{ |\psi\rangle=a|65\rangle+b|60\rangle+c|6-5\rangle}

さらに{C_2}軸を{y}軸に取る. {y}軸回りの
1/2回転の表現行列は,

{
\mathcal{D}^{(\ell)}_{km}\left(\cos\frac{\pi}{2}+\sin\frac{\pi}{2}\ {\bf j}\right)=(-1)^{\ell+k}\delta_{k,-m}
}

であるから, 1/2回転で

{
a|65\rangle+b|60\rangle+c|6-5\rangle
\rightarrow -c|65\rangle+b|60\rangle-a|6-5\rangle
}

と変換する. これで不変であるためには{a=-c}が必要. 正20面体の姿勢には{x}軸に関する反転の自由度が残るが, 今のところこれだけの条件を課す.

 さて, テンソル積を

{
 |\ell_1m_1\rangle\otimes|\ell_2m_2\rangle\rightarrow |\ell_1\ell_2m_1m_2\rangle
}

で表記すると, 自分自身とのテンソル

{
 |\psi\rangle |\psi\rangle=a^2|6655\rangle
 +b^2|6600\rangle
 +c^2|66\!-\!5\!-\!5\rangle\\
 +ab(|6650\rangle+|6605\rangle)
 +bc(|660\!-\!5\rangle+|66\!-\!50\rangle)
 +ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)
}

もまた{I}対称性を持つ. ここで合成系の{m=0}成分に注目する. 一般には合成系は{0\leq \ell\leq 12}成分を持つ(ただし今は明らかに対称テンソルなので偶数だけ)が, 対称性からくる制限によって{\ell=2,4,8}は許されない. すなわち,

{
\langle 80|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)
 =\langle 40|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)\\
 =\langle 20|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)\\
 =0
}

驚くべきことにこれらは次のひとつの式に同値になる:

{
7b^2+11ca=0
}

3つの一見独立な式のこの同値性は, Clebsch-Gordan係数, あるいは3j記号の単純な性質から自明に従う結果ではない. むしろ{SO(3)}{I}を部分群に持つことによって生じる性質と考えるべきであるように思われる.

 また, 合成系の{\ell=6}成分に注目する.

{
\langle65|ab(|6650\rangle+|6605\rangle)
=-\frac{5\sqrt{11}\ ab}{\sqrt{17\cdot19}}\\
\langle 60|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)
=-\frac{20\,b^2}{\sqrt{11\cdot 17\cdot 19}}+\frac{5\sqrt{11}\ ca}{\sqrt{17\cdot19}}\\
\langle6\!-\!5|bc(|660\!-\!5\rangle+|66\!-\!50\rangle)
=-\frac{5\sqrt{11}\ bc}{\sqrt{17\cdot 19}}
}

これらの和が元の{|\psi\rangle}の定数倍でなくてはならないが, 実はその条件

{
(-11ab):(-4b^2+11ca):(-11bc)=a:b:c
}
も上の式に同値になる. さらに, 合成系の{|8,5\rangle}成分に着目する. この成分が現れるとすれば{ab}のかかる項のみで一見消えないように思える. しかし実は

{
\langle85|6650\rangle=\langle85|6605\rangle=(-1)^{6-6+5}\sqrt{2\cdot 8+1}
\begin{pmatrix}
6&6&8\\5&0&-5
\end{pmatrix}=0
}

なのである({|8\!-\!5\rangle}についても同様). これもまた3j記号の性質からは直ちには言えない(と思う). 結局,

{
a=-c,\ \ \ 7b^2+11ca=0
}

に加えて規格化条件{|a|^2+|b|^2+|c|^2=1}を課し, さらに位相(phase)の不定性を消すために{a}は正実数とすると,

{
a=-c=\frac{\sqrt{7}}{5},\ \ \ b=\pm\frac{\sqrt{11}}{5}
}

が得られる. {b}の符号の不定性は正20面体の姿勢の(座標の取り方の)不定性から来ているので,座標を決めれば

{
\frac{\sqrt{7}}{5}(|65\rangle-|6\!-\!5\rangle)+\frac{\sqrt{11}}{5}|60\rangle
}

が(指標に関する考察から存在性は言えていてかつ唯一なので){\ell=6}表現における恒等表現の基底ということになる.

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 Clebsch-Gordan係数を求めるにあたって数表ないしコンピューターの力さえ借りてしまえば(ちょっとの根気さえあれば手でも求められるが)あまりにもあっけない計算だった.


10次, 12次の基底を取り出す

 さて, 上のテンソル積で{\ell=10,12}成分は消えずに残されていた({\ell=0}は無視).それぞれ以下のような成分を含んでいる.

{\ell=10}
{
 -\frac{\sqrt{11}\,a^2}{\sqrt{23}}|10,10\rangle
 +\frac{\sqrt{3}\,\sqrt{7}\,\sqrt{19}\,ab}{\sqrt{17\cdot 23}}|10,5\rangle
 +\frac{49\,ca-126\,b^2}{\sqrt{13\cdot 17\cdot 19\cdot 23}}
 |10,0\rangle
 +\frac{\sqrt{3}\,\sqrt{7}\,\sqrt{19}\,bc}{\sqrt{17\cdot 23}}|10,\!-\!5\rangle
 -\frac{\sqrt{11}\,c^2}{\sqrt{23}}|10,\!-\!10\rangle
}

{\ell=12}
{
\frac{2\sqrt{3}\, a^2}{\sqrt{23}}|12,10\rangle
 +\frac{{{2}^{3/2} }\,\sqrt{7}\,ab}{\sqrt{19}\,\sqrt{23}}|12,5\rangle 
 +\frac{12\,ca+66\cdot 7\, b^2}{\sqrt{7}\,\sqrt{13}\,\sqrt{17}\,\sqrt{19}\,\sqrt{23}}|12,0\rangle
 +\frac{{{2}^{3/2}}\,\sqrt{7}\, bc}{\sqrt{19}\,\sqrt{23}}|12,\!-\!5\rangle
 +\frac{2\sqrt{3}\,c^2}{\sqrt{23}}|12,\!-\!10\rangle
}

規格化すると,

{\ell=10}
{
\frac{1}{5^2\sqrt{3}}\left(
\sqrt{11\cdot 17}(|10,10\rangle+|10,\!-\!10\rangle) +\sqrt{3\cdot 11\cdot 19}(-|10,5\rangle
   +|10,\!-\!5\rangle) +\sqrt{13\cdot 19} |10,0\rangle
\right)
}

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{\ell=12}
{
\frac{1}{5^{5/2}}\left(\sqrt{3\cdot13\cdot19}\,(|12,10\rangle+|12,\!-\!10\rangle)
  +\sqrt{2\cdot11\cdot13}\,(|12,5\rangle-|12,\!-\!5\rangle)
  +3\sqrt{7\cdot17}\,|12,0\rangle\right)
}

f:id:shironetsu:20180216224134g:plain:w500

が得られる. これらがまた{\ell=10,12}表現における恒等表現の基底になる.


15次の場合

 偶数次であれば{\ell=6}テンソル積を取ることで次々に求めていけそうだが, {\ell=15}表現はこの方法では現れない. 再び自分自身とのテンソル積を取る方法を採る.

 まず, {z}軸回りの5回対称性, {y}軸回りの2回対称性から,

{
 |\phi\rangle=s(|15,15\rangle+|15,\!-\!15\rangle)+t(|15,10\rangle-|15,\!-\!10\rangle)+u(|15,5\rangle+|15,\!-\!5\rangle)
}

の形に書ける. {|\ell=15, m=0\rangle$}成分は無い. 合成系の{|\ell=2,4,8,14,m=0\rangle}成分に注目すると, 上と同じ理由で

{
 \langle 2,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=\langle 4,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=\langle 8,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=\langle 14,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=0
}

でなくてはならない. これは次の式に同値になる.

{
s^2:t^2:u^2=(7\cdot 11\cdot 13):(2\cdot3\cdot11\cdot29):(5\cdot23\cdot29)
}

また, 合成系の{|\ell=8, 14,m=5\rangle}成分がゼロになることから,

{
(\sqrt{5\cdot23\cdot 29}\, s+\sqrt{7\cdot11\cdot13}\,u)=0
}

となる. これらが対称性から{s,t,u}に課される条件のすべてで, 規格化と位相の不定性を除く処理として{s}は正実数になるべく条件を加えると,

{
s=\frac{\sqrt{7\cdot11\cdot13}}{2\sqrt{5^5}},\ \ \ 
t=\pm \frac{\sqrt{2\cdot3\cdot11\cdot29}}{2\sqrt{5^5}},\ \ \ 
u=-\frac{\sqrt{5\cdot23\cdot29}}{2\sqrt{5^5}}
}

が得られる. 上と同じように{t}の正負の不定性は{x}軸の取り方に依存しているが, 今度は上で採用した符号の取り方と両立させる必要がある. そこで合成系の{|\ell=6,m=5\rangle}{|\ell=6,m=0\rangle}の係数の比をとると(やや込み入った計算ののち), {+}を取るべきだと分かる.まとめると,

{
 \frac{1}{2\cdot5^{5/2}}\left(\sqrt{7\cdot 11\cdot 13}\,(|15,15\rangle+|15,\!-\!15\rangle) +\sqrt{2\cdot3\cdot11\cdot29}\,(|15,10\rangle-|15,\!-\!10\rangle) -\sqrt{5\cdot 23\cdot 29}\,(|15,5\rangle+|15,\!-\!5\rangle)\right)
}

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{\ell=15}表現の{I}の恒等表現の基底として得られる. ただし{|\ell,m\rangle\rightarrow Y^\ell_m}によって球面調和関数に置き換えるとき 純虚になるので実関数にするには{i}倍する必要がある.

……と, {\ell=6}とは独立に求めたが, この導出過程を見ると{\ell=15}の場合を考察するだけで{\ell<30}のすべての偶数の恒等表現の基底が求められるはずだと期待できる(実際にやったわけではないが)


まとめ

 射影演算子を介すことなく{I}対称な基底を取り出すという一応の目標は達成したが, 疑問も多く残る.
 依然として係数の簡潔さに比べると計算がやや冗長に感じられる. たとえば規格化された係数の分母に5の冪が現れる理由が不明瞭.
 恒等表現のテンソル積がまた恒等表現の線形結合で書ける, という条件は変数の数に対して一見過剰に見える. CG係数, 3j記号の非自明な関係式が多く生じている.
 タイトルにも付けた通り,3j記号の非自明なゼロが現れるのがかなり面白い結果だと思う. このテーマ, 3j記号, 6j記号の非自明なゼロについては不定方程式の観点から書かれた以下のような論文があった.
Brudno, Simcha. "Nontrivial zeros of the Wigner (3‐j) and Racah (6‐j) coefficients. I. Linear solutions." Journal of mathematical physics 26.3 (1985): 434-435.
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.526628
Brudno, Simcha. "Nontrivial zeros of the Wigner (3 j) and Racah (6 j) coefficients. II. Some nonlinear solutions." Journal of mathematical physics 28.1 (1987): 124-127.
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.527792
 上にも書いたが{SO(3)}{I}を部分群に持つ事実から3j記号の色々な性質が導かれる? 今回は{C_5}軸をz軸に取ることで計算が簡単になったが, 座標に関する縛りを最小限にして進めれば関係式が色々得られるはず. 今後の課題.


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