球面調和関数で正20面体をつくる
正20面体とむきあう
Greg Egan先生がTwitterアカウント等で昨年末から公開している動画.
A wave function with total angular momentum quantum number ℓ=6, and with the right combination of 3 eigenstates for the z-component of angular momentum:
— Greg Egan (@gregeganSF) 2017年12月25日
(√7 |m=–5> + √11 |m=0> – √7 |m=5>)/5
has perfect dodecahedral symmetry!https://t.co/iUKE0NDqPg pic.twitter.com/eVR6O1vVXz
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球面調和関数を組み合わせることで多面体の対称性を持たせている.
John Baez先生*1もこれに関して色々書かれている(例外型Lie群E8との関わりもあるらしく深い).
Quantum Mechanics and the Dodecahedron | Azimuth
折しも私個人大学の課題で似たようなことを考える必要に迫られていてホットなテーマに感じられたのでこのおもちゃで遊んでみる.
理論
SU(2), SO(3)ミニマム
2次ユニタリ群SU(2)の任意の元gは次の形を持つ.
SU(2)の既約な(2j+1)次元ユニタリ表現はWignerのD行列で得られる. その成分は,
と表せる. ただしjは0, 1/2, 1, 3/2,…の整数または半整数. 行列番号のk, mはjから始まって-jまで下る形で書くことを想定する. たとえばj=1のとき,
特にこの場合, ユニタリ行列Uによる相似変換でSO(3)の元と1対1に対応する.
つまりSO(3)の表現. 一般に, jが整数の時はSO(3)の表現になる. というのも, SU(2)の元をその(-1)倍と同一視する(正規部分群による剰余群)とSO(3)と同型であり,
上の式を見れば明らかなように,
が成り立っているため(整数次のD行列の次数はで表すようにする.).
逆に半整数次の場合はSO(3)の表現ではない. が, Z2による共役類とは一対一に対応する. あまり適切な用語ではないようだが, これを2価表現と呼び本記事でも使うことにする.
上の同型は次のように構成できる. まず四元数をPauli行列の-i倍と同一視する.
するとSU(2)は次のように表せる*2.
線形空間Vを
で定義すると, 次のはSU(2)からV上のSO(3)変換への写像になる.
特に, 軸(nx,ny,nz)回りの角θの回転は
で表せる. このとき固有値. j次の既約表現のトレースは,
これを利用してまず解くのは次の問題. 整数次のD行列による正20面体群の表現は既約表現の直和としてどのように分解されるか?
正20面体を回す
よく知られているように, 正12面体, 正20面体の(空間の向きを変えない)回転対称性の群 I (Icosahedral group; 正12面体群dodecahedral groupと同型だが一般には正20面体のほうで代表するらしい)は5次の交代群A5と同型になっている. これを理解するにはまず次のように各面に1から5までの数を振る. 括弧は背面の数. 各頂点のまわりに1から5まですべて集まるようになっている.
この展開図を次の2通りの方法で描く.
頂点と中心を結ぶ軸まわりに回転させると(12345)の置換.
面心と中心を結ぶ軸回りに回転させると(254)の置換.
I, またはA5全体はこのふたつから生成される.
τを次で定義する.
これを使うと辺長1の正20面体の12個の頂点は,
で表せる.
組み合わされている3枚の長方形の長辺は短辺1に対してτ.
これらはまた正12面体の面(正5角形)の中心でもあるから, ひとつ選んで原点と結んだ直線を軸に1/5回転させると対称変換になる. いま(τ,1,0)を選ぶと, 対応する四元数は
2/5回転は2回繰り返して
一方, 正20面体の面(正3角形)の中心と原点を結んだ直線を軸にした1/3回転も対称変換. (1,1,1)を通る直線を選ぶと,
さらに,
と, rsは1/2回転に対応.
まとめると, 次のように対応している.
なお2価表現は代表元ひとつをとっている(以下でも特に断りなくそうする). 2価表現はSU(2)の有限部分群として位数は2倍の120となっているが, これを二重正20面体群 2I と呼んでおく*3. 話が前後するが, 次節で説明するように, 上の表のそれぞれが共役類の代表元になっている.
なお, A5は次の表示(presentation)を持つ
正20面体群の共役類
A5の共役類を調べる. 対称群の共役類は置換の型で決まるが, 交代群ではそうではない. A5は対称群S5の部分群として,
[5]型…(12345)のS5共役元…24個
[3,1,1]型…(123)のS5共役元…20個
[2,2,1]型…(12)(34)のS5共役元…15個
[1,1,1,1,1]型…e(恒等置換)…1個
を含むが, このうち[5]型はA5上では半分の共役類に分かれる. すなわちA5型の共役元のリストは次の通り.
[5]型…(12345)のA5共役元…12個
[5]型…(13524)のA5共役元…12個
[3,1,1]型…(123)のA5共役元…20個
[2,2,1]型…(12)(34)のA5共役元…15個
[1,1,1,1,1]型…e(恒等置換)…1個
これは正20面体の回転としてとらえると分かりやすい.
(12345)はあるひとつの頂点-中心軸回りの左回り1/5回転=右回り4/5回転に対応する. 対蹠点では右回り1/5回転=左回り4/5回転になっている. したがってこのような回転は頂点の数だけあり, 12個. (13524)型は(12345)の2乗だから, 2/5回転で同様に12個.
(123)はあるひとつの面心-中心軸回りの左回り1/3回転=右回り2/3回転. 対蹠点では右回り1/3回転=左回り2/3回転. 面の数だけあり, 20個.
(12)(34)は辺の中点-中心軸回りの1/2回転であり, 対蹠点でのそれと一致. したがって裏表の辺のペアの数だけあり, 30/2=15個. 恒等変換は当然1個.
化学などでの用法に従って, 各共役類について, 1/5回転を, 2/5回転を, 1/3回転を, 1/2回転を, 恒等変換をと呼ぶことにする.
正20面体群の既約表現
共役類は5つ. 従って既約表現も5つ. 自明な表現を除いた4つの既約表現の次元の二乗和は位数-1で59. そのような自然数の組はひとつしかない(ちなみに0を含んでよければ他に(0,1,3,7), (0,3,5,5)がある.).
それぞれの次元に対応した既約表現を作ろう.
1次元表現
Aと呼ばれる表現*4. これは自明な表現ですべて1.
3次元表現その1
表現と呼ぶ. SO(3)部分群としての正20面体群の定義表現を含む. これはたとえばD行列によって
ととればよい
指標は.
3次元表現その2
表現と呼ぶ. これを作るにはS5の内部自己同型でA5の外部自己同型となる写像を使う.
とは対称群の元としては共役なのだった. たとえば,
から, 生成元ふたつに対して同型写像を
とすればよい. よって,
指標は.
4次元表現
と呼ばれる表現. まず対称群の元として5×5の置換行列を作る.
あきらかにの張る1次元空間がこれらで不変だから可約.
なる5次ユニタリ行列(離散Fourier変換に使うもの)によって,
とブロック対角にできる. ここに4次正方行列Gは以下の通り.
指標は
5次元表現
と呼ばれる表現.
まず6次対称群への準同型から置換行列によって6次元表現を作る(6次対称群の外部自己同型に関係している).
正20面体の中心を通る対角線は全部で6本. 正20面体の回転はそれらの置換になるから, ラベリングすれば6次対称群の部分群との同型が得られる.
展開図を再掲. 新たに各頂点に割り当てた色は6つの対角線に対応.
White(1), Yellow(2), Magenta(3), Orange(4), Green(5), Blue(6)の置換とすると,
の対応関係が付く(混同の無いようにS6の元は二重括弧で括った). 6次の置換行列で表すと,
これもまた明らかに可約.
なるユニタリ行列によって,
とブロック対角化. ただし,
指標は
こうして完全な指標表を得る. 同値でない表現の指標どうしの直交性, 各表現で指標の2乗和が位数60に等しいと確かめられることからこの正しさが保証される.
D行列表現の既約分解
SU(2)の次D行列表現では
であった. これと指標表を利用すると, 直和分解で各既約表現を含む回数(重複度)が求められる. 表にすると以下の通り.
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 0 | 2 |
T1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 1 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 2 | 2 | 2 | 1 | 2 | 2 | 3 | 2 | 2 | 2 | 3 | 3 | 3 | 2 | 3 | 3 |
T2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 2 | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 3 | 2 | 3 | 3 | 3 | 3 |
G | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 3 | 3 | 2 | 3 | 3 | 3 | 4 | 3 | 3 | 4 | 4 | 4 | 4 |
H | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 3 | 2 | 3 | 3 | 3 | 3 | 4 | 3 | 4 | 4 | 4 | 4 | 5 | 4 | 5 | 5 | 5 |
(各に対する各既約表現の重複度)
E以外の指標はそれぞれ5,3,2の周期を持つため合わせて30の周期になる. 従って以上ではとの差がEからの寄与だけで, 重複度はの増分は次元の数に等しい.
さて, いま興味があるのは実際にはA表現だけ. すべての元に対して不変, すなわち固有値1の部分空間を探しているのだった. 表を見ればわかるように自明なを除けば初めてI-不変なテンソルが存在できるのは. 続いて10, 12, 15, 16, 18, 20, 21, 22, 24, 25, 26, 27, 28と来て, 30で初めて固有空間が2次元になる. 逆に存在できないは29以下のいくつかに限られる. それらの共通の性質が6,10,15の和で表せないこと(この事実自体は母関数generating functionを作って確かめることもできる)であってその代数的な意味付けがある, というのがBaezのウェブサイトなどで語られているが呑み込めていない.
全ての既約表現の重複度を調べたが, Aについてだけなら実はもっと簡単な考察から調べられる.
射影演算子
一般に, 群Gの表現空間で全ての元に対して不変なベクトルを作りたければ, 勝手なベクトルに対してすべての元を作用させたものの和を取ればいい. 射影演算子を次のように定める:
容易にわかるように, . また, 全てのa∈Gに対して
であるから, 表現空間の任意の元に作用させても
と不変, すなわち固有値1の固有ベクトルになる. 逆に全てのaに対して固有値1なら
と表せる.
の固有値1の規格直交化された固有ベクトルたちを|1k〉(kは異なる固有ベクトルを区別するラベル)とすると(対角化が可能だとして)
で表せる. fは固有値1の固有空間の次元. この式の両辺のトレースを取ることによって,
を得る. χは指標. 上と同じ結果が得られる.
3次元球面上の点として
正20面体の表現の素性を知るべくいろいろ調べたが, 結局使うのはこの1次元表現基底Aへの射影演算子だけ. これをどう計算するか.
二重正20面体群の120個の元を列挙するのは実は簡単. 上で使った正20面体の頂点の座標を使うと, x,y,zに関して反転対称, x→y→z→xの入れ替えで巡回対称であることは明らか. SU(2)の元を次のように3次元球面上の座標で表すと, それぞれ以下のようになる.
- 1/5回転
- 2/5回転
- 1/3回転
- 1/2回転
- 恒等変換
内訳は
を偶置換で入れ替えたもの合計96個,
で16個,
の巡回置換8個
となっている.
これを使って数式処理ソフトによって力任せにA基底を求める. l=0は自明(球対称;SO(3)対称)なので正20面体対称性をもつ最小のl=6から.
2次元球面上の関数空間の基底;球面調和関数で表すと
これを球面上に色でプロットしたものが下のアニメーション.
サッカーボール. 正しい道を辿っていたことが分かった.
10,12の場合の表式も見ておく.
こうして見ると因数が多いとはいえ係数はかなり簡単な形をしていることが分かる. どうすればもっと簡単に求められるのだろう?
イーガンはl=6の場合についてC5軸(5回対称軸)をz軸に取ることで3つのJz固有ベクトルの和としてこれを表していた.
いかにも手計算で求められそうな簡潔な式.
たとえば上に列挙した二重正20面体が鏡系をなすこと*5など使えそうな対称性はいくつかあるものの現状未解決.
鏡といえば正20面体対称かつパリティー奇のものはで初めて許されるという話題もあった. これはの偶奇がそのまま球面調和関数のパリティーに対応することからすぐ分かる.
While the simplest dodecahedral wave function has total angular momentum quantum number ℓ=6, the simple case with odd parity has ℓ=15.https://t.co/1dyGKGFovu pic.twitter.com/STzCQOERV8
— Greg Egan (@gregeganSF) 2017年12月26日
まとめ
正20面体群の既約表現を求め, SO(3)の部分群としてWigner D行列による表現を直和分解した. そこから自明な1次元表現Aの基底への射影演算子によって不変な成分を見つけた. その過程で数式処理ソフトを用いたが, 手計算できる程度にまで問題を落としたい.
リファレンス
- www.math.lsa.umich.edu/~kesmith/Icosahedron.pdf
大学のレポート問題? このヒントに従って既約表現を求めてみた. ただ交代群はこういった発見的な方法より, Young図形を使ってもっと系統的に調べられると思う.
- Cohan, N. (1958). The spherical harmonics with the symmetry of the icosahedral group. Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society, 54(1), 28-38. doi:10.1017/S0305004100033156
The spherical harmonics with the symmetry of the icosahedral group | Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society | Cambridge Core
ドンピシャなタイトル. 60年以上前の論文だがコンピューターで数値計算している.
- Peter Atkins, Julio de Paula『アトキンス物理化学(上)』(千原秀昭, 中村亘男 訳), 東京化学同人(2009)
ちなみにランダウ量子力学には分子対称性としては存在しないとのことで指標表が載っていなかった…はず(手元にないため要確認). 最近の本だとフラーレンやホウ素化合物との関係がよく触れられているが, 実際の測定にはどのような形で役に立つのだろう.
*1:『シルトの梯子』の「参考文献」で「負うところ大」と語られているあのジョン・ベイエズ教授. arXivにGreg Egan名義の論文が上がっていることは有名だがそのうちふたつ, スピンネットワークに関するものの共著者でもある. 参考: [gr-qc/0208010] Asymptotics of 10j symbols [gr-qc/0110045] An efficient algorithm for the Riemannian 10j symbols
*2:本来, 単位四元数の群Sp(1)と同型である, と言うべきだが話を単純にするために四元数を行列として導入する.
*3:どうでもいいが"二重"を"2重"と書くべきか迷う. "二重"はさすがに日本語の熟語に属している気がするので漢字で. フォーマルには統一するべきなんでしょうか.
*4:それぞれ一般に通用する記号がついているようだが由来を知らない. ここではアトキンス物理化学に従った.