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「昏き星、遠い月」CDを聞いたあと

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 MTG05の「昏き星、遠い月」ドラマパートを聞きました。練習風景が描かれたイベントストーリー中で断片的に演じられた劇を補間する内容。台詞がより充実するとともに曖昧だった点のいくつかが解消された。ただしどういう理由か練習時との相違もあってやや慎重に読む必要がある。

コミュ6話視聴後の記事
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フラゲ前の記事
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 場面ごとに大雑把にメモ。

  • 『Prelude』

 最初のクリスティーナが語るバックに流れる音楽、エコーのかかった声が劇場を思わせて良い。エドガーが「すっかり寒くなってきた」と言っているので二人の出会いはそういう時季らしい。ついでにクリスティーナは日傘をさしている。
 そしてさっそくここでイベントストーリーとの相違が生じている。あちらではヴァンパイアに襲われた死体を見つけたエドガーが、路地裏に佇むクリスティーナに声をかけたことが二人の出会いのきっかけだった。一方こちらでは仕事を終えたエドガーが平凡な一日の終わりに見つけている。イベントストーリーではぼかされていたクリスティーナの狩りの様子も直接描かれずいぶん簡単になった。

  • 『再会、強襲』

 再びエドガーの前に姿を現すクリスティーナ。からかいからかわれる様子がかわいい。全体的に儚げな雰囲気をまとっていたイベントストーリーのクリスティーナにくらべてお茶目。
 後半ではアレクサンドラたち一家の暮らしていた屋敷が襲われたときのことが語られる。エレオノーラが犯人ではない可能性を考えたりもしたがさすがにそれはなさそうだ。そしてアレクサンドラは「不浄を祓う剣の使い手」だとエレオノーラの口から語られる。……悩ましい。
 エレオノーラ(と辺境伯)が屋敷を訪問したのは何のためだったか。香を携帯していたのだから誰かをヴァンパイアに変える準備は常にできていたのだろうけれど、予め目的としていたわけではないのかもしれない。「不浄を祓う剣の使い手」の噂を聞いて手元に置くために父母を殺し、偶然見つけたノエルをヴァンパイアに変えて人質に取った……といったあたりか。

  • 『大切なもの』

 クリスティーナがエドガーは女だと知ったきっかけが「偶然知ってしまった」になっている!イベントストーリーでは倒れたエドガーを家に連れ帰ったときに知ったことになっていた。そこで互いの秘密を打ち明け合って結びつきを強める……という意味があったはずだったが。クリスティーナが男だと触れられないことより、この違いのほうが重大かもしれない。エドガーの男装の理由(第2話の台詞「あんな場所じゃ、女は生きていけないから……」)についてもこちらでは特に語られない。
 二人が追剥ぎに襲われる場面が続く。永吉昴演じる不良に「ルカ」という名前が付いていて、エドガーと知り合いだったことが分かるやりとりがある。クリスティーナに締め付けられて苦しむ声の演技がとても良い。

  • 『誇り』

 前半はイベントストーリー第6話に含まれる内容とだいたい同じ。ただエドガーがアレクサンドラとナイフでやりあう場面が加わり、ミリシタのMVにより近くなっている。
 城に帰ったアレクサンドラが正体をさらしたエレオノーラに切りかかる場面。やはり油断というか、アレクサンドラはヴァンパイアになる道を選ぶと疑っていなかったことが死に繋がっている。切り付けられたときの当惑。「ああ……そう……アレクサンドラ……あなたは……。そうだったの?……知らなかったわ……。」この台詞は語られてない設定があるというよりは、自分がヴァンパイアになったときの迷いのない選択と比べているのだと考えたい。実際、姉妹がこれ以上の不幸を味わわないためにはアレクサンドラがヴァンパイアになるしかなかったはずで……。

  • 『ひかりさす』

 エレオノーラが人間だったときのことが初めて語られる。「この城は呪われている、ヴァンパイアがいる」と叫ぶ暴徒。その人間たちに殺された元夫と娘のアンジェラ。逃げ出した彼女の前に現れた一人のヴァンパイア(「彼」)。「復讐したいか?」と聞かれて迷うことなくヴァンパイアとして生きていくことを選ぶエレオノーラ。「虚ろな世界、壊してしまって…創り直すの」という歌詞の背景にあるのは彼女の深い絶望か。

  • 『Overture』

 preludeとovertureはどちらもだいたい「始まりの曲」の意味でいまひとつ違いが分からなかったが、インターネット上にはこの疑問に対する回答が無数に存在して、それによるとovertureはその後のオペラのあらすじのような内容を含む音楽である一方、preludeはもっと広く開幕に合わせて演奏される楽曲らしい。具体例を知らないので曖昧だけど。「昏き星、遠い月」がoverture的な楽曲ということになる?

overture : 序曲 - Wikipedia
prelude : 前奏曲 - Wikipedia

 エレオノーラが言ったようにノエルがヴァンパイアとして覚醒する凶兆を見せてこの物語の幕は下りる。こちらでははっきりとは言っていなかったが、アレクサンドラはノエルが人を襲うようになれば殺す決意を持って旅に出たはず。姉妹の旅はどこで終わるのだろう。


 考察。さて、イベントストーリーとの一番大きな相違点はクリスティーナが男であると直接的な言及がないことだろう。加えてクリスティーナの「罪」にも直接触れられていない。とはいえそれらの設定が消えてしまったと考えるともはや別作品、可能な限りどちらも採り入れる立場で*1
 「昏き星、遠い月」のラストに語られる「愛し子」を重視してCD購入以前に検討していた、クリスティーナがエレオノーラの実子であったりエレオノーラが人間であったりする可能性はもうほとんど消えたといっていい。新たに浮かんでくるのは娘のアンジェラが実は生き残っていてエドガーとして育った……といった可能性。
 「腐った世界」から逃げ出して理想郷を探すのがエドガー、壊して作り直そうとするのがエレオノーラ。エドガーの誘いに乗るのがクリスティーナ、エレオノーラの甘言を拒んだのがアレクサンドラ。「黒」側と「白」側(舞台衣装)にそういった対比はあるものの、エドガーとエレオノーラを血縁関係で結ぶべき理由としては薄い。やはりアンジェラは本当に幼くして死んでしまったと考えるのが妥当か。
 主要人物4人の関係については、今のところどの2人の間にも血縁関係を仮定することに合理的な理由はないと思う。

 しかしエレオノーラとクリスティーナの関係がなおも問題であることに変わりはない。エレオノーラの前に現れたのは男のヴァンパイアらしいので即座に「クリスティーナがエレオノーラをヴァンパイアに変えた」説の補強になると考えた。
 しかしエレオノーラが人間だったころの城にヴァンパイアがいるという噂が立ったのは何が原因だったか。その後に現れたヴァンパイアとの関係は?
 エレオノーラの正体をクリスティーナが知っている理由としてこれを採り続けるためには、同時に説明すべきことがちょっと多すぎる。

 点と点を無理やり繋いで新しく次の説を立てる。

 エレオノーラを見そめた男のヴァンパイアが民衆を扇動して彼女の城を襲わせる。「あの城にはヴァンパイアがいる。」愛する娘と夫を失いながら、命からがら逃げだしたエレオノーラの前にそのヴァンパイアが現れ、ヴァンパイアになって人間たちに復讐するという道を示す。「復讐したいか?」他の選択肢は考えられなかった。そうして一人のヴァンパイアが生まれる。

 時が経ち、あの日の悲劇がその男の仕組んだものだったと知ったエレオノーラは、彼を殺して復讐を果たすと同時に、全ての悪しきヴァンパイアを滅ぼすことを誓う。単身ヴァンパイアを殺しながら、更に力を蓄えるため軍を従える辺境伯に取り入る。そして噂に聞く「不浄を祓う剣の使い手」を側に置くためアレクサンドラ一家の屋敷を襲う。

 さらに月日が流れ、あるとき国王から辺境伯へヴァンパイア討滅の勅令が下る。辺境伯夫人エレオノーラは街に侵入したらしいヴァンパイアの捜索と退治をアレクサンドラに命じる。しかしそのヴァンパイア、クリスティーナの目的はエレオノーラに殺された同族たちのための復讐だった。二度目の接触でクリスティーナはアレクサンドラにエレオノーラの秘密を教える。クリスティーナが目論んだ通り、アレクサンドラはエレオノーラを殺す。

 エレオノーラにとって、アレクサンドラがヴァンパイアとして生きることを拒むなど予想もしていないことだった。ヴァンパイアになれば愛する妹と永遠に生きていくことができるのに。自分がかつてそうしたように。

 ……この説だとクリスティーナが男であってもなくても変わりがないかも。しかしエレオノーラの城がよりによって「ヴァンパイアがいる」という噂のために襲われた事件と、その直後にヴァンパイアが現れた理由の関係を無理なく繋ぐにはこれくらいしか考えられない。いっそクリスティーナが男であるという設定が生きているとしても他の何にも関係していない、と考えたほうが楽。
 隠された出来事があるとすれば、人間を憎むべき過去を持つエレオノーラが「ヴァンパイアの淘汰」に心血を注ぐようになったきっかけだろう。強いヴァンパイアを集めてやがて人間たちの世界を壊そうとしていた? 軍を従えたり(アレクサンドラは「辺境伯夫人の軍」という言葉を口にしている)、祓魔の騎士:アレクサンドラを獲得したのは「復讐」が原動力になっていることは間違いないと思う。しかし何に対して?


 難しい。まあ答えがすべて明白になってしまわず、語れる部分が残されているので良かった。たぶんまだ何か思いつくたびに追記していく。


 ……ところでちょうど一か月後の3月28日はMTG06"Cleasky"のCDの発売日。そのドラマパートは「昏き星、遠い月」より分量が多いという朗報がある(dareradi第89回の角元さんの発言)。オープニング曲としての「虹色letters」はこのストーリーによって完成するものであるはず。「未送信letter」と二人の手にある手紙の間を繋ぐ出来事とは……。バレンタインの生放送でも二人して「エモい」と言っていたドラマCD、「昏き星、遠い月」を聞いた後では更に期待が高まる。

www.youtube.com
あまりにもいい……二人の優しい声に切なげな笑顔、目を合わせるところとか「未送信letter」の手を繋いで歩くような振り付けとか……。


(3/3追記)
 製作者の意図がどうあれ、それが明らかにされない以上作品解釈に正解不正解は決められない(し相異なる解釈で楽しむべきだ)と思うけれど、イベントコミュとCDのボイスドラマはやはりある程度区別したほうがよさそうだという考えに傾きつつある。……端的に言うと、CDではクリスティーナが男だという設定は反映されていないのではないかと。多くの人にとっての困惑の種になっているのではないだろうか。

 この物語の登場人物たちそれぞれが秘密を抱えている、というのはストーリーの重要な要素だった。このことはイベント終了後に届いたメールでも千鶴さんが語っている。

 ところで、お気付きでして?
 『昏き星、遠い月』の登場人物達には、
 全員、秘密があったことに……。 

 クリスティーナは自分が男で、ヴァンパイアであること。そして「罪」。
 エドガーは自分が女であること。
 エレオノーラは自分がヴァンパイアであること(と過去?)。
 アレクサンドラは妹ノエルがヴァンパイアになったこと(それを妹に教えていないという秘密)。

 エドガーにとって、自分が女であることを知られるのは弱みを晒すようなことだった。それを本人の意図に反して知ってしまったかわりに、クリスティーナは自分が男であると明かした。しかしクリスティーナの秘密はそれひとつではない。もうひとつの秘密、自分がヴァンパイアであることはまだ隠していた。そして、自分がヴァンパイアの力を発揮する姿を見られたくなかったがためにエドガーは不良に襲われてしまう。

 イベントコミュでは互いの秘密を明かす場面は物語の進行上非常に重要だった。それに美しい。人間ひとりの生殺与奪を握るに十分な力をもつヴァンパイアの家で、性を偽ってまで強く生きようとする少女が介抱されている図。クリスティーナの住処でエドガーが目覚めて会話する場面、絶対に舞台で見たい……。

 一方CDではクリスティーナはエドガーが女であると「偶然知ってしまっ」ている。そう言われたあとのエドガーの反応もずいぶん軽い。CDとコミュは相補的で両方聞いて初めて全体像が分かるようになっている、という考えも否定しきれないとはいえ、そこまで慎重に組み立てているならこの重要なポイントを変えるのはちょっと変。そういった理由で、単に言及されていないのではなくCDのクリスティーナは男として設定されていないのではないかと疑ってしまう。

また追記
 (作り手の方々がニコ生やリスアニ!等でこの作品について語られるのを目にする機会が増えるにつれ、CDとゲームとで設定が異なると考える態度こそが不誠実に思われてくる)というか曲とシナリオ作りが同時に進行していたのは明らかなのでメタ的に見てもやはりクリスティーナは男だと考えたい。少なくとも秘密を明かすタイミングが異なっている点については別のルートが選ばれとみなせばいける。そういえばこの作品はそういう要素のあるゲームの作中作だった。アイドルマスターミリオンライブ!

*1:イベントストーリーだけをもとにして色々考えたように、このCDドラマだけを材料にして考察するのもありだと思うけど

「昏き星、遠い月」公演前の

 アイドルマスター ミリオンライブ!5周年おめでとうごさいます。

 "THE IDOLM@STER MILLION THEATER GENERATION 05 夜想令嬢 -GRAC&E NOCTURNE-"の発売日は明日2月28日。イベント終了から1か月と少し。長かった。「合言葉はスタートアップ!」、「Princess Be Ambitious!!」・MS06CD発売、田中琴葉さんの〈資料運び〉解放、「虹色letters」等この間に色々あった。
 フラゲの前に、前回の記事の後に考えたこと見たことなどを書き残しておく。CDのドラマパートで全ての答えが明確になるとは限らないものの、イベントストーリー+フルサイズしかない今*1想像していることのいくつかはきっと無に帰してしまうはずなので……。

前の記事の要点

shironetsu.hatenadiary.com
 追記部分以外はフル尺公開前のもの。「愛し子」を重視しない考察。永吉さんに頼まれてプロデューサーが死体役になるという一見ギャグっぽい場面が挟まれることで、不良ふたりを瞬殺したクリスティーナの強さから注意が逸らされるという仕掛けをいま一度味わってほしい……。この点に限らず全体的に叙述トリック的な面白みがあるのが良い。練習を眺めているプロデューサーとしての視点は本来筋書きを一番理解しているはずなので。
 前の記事の読みは「故意に言及しないこと」はあっても嘘は含まれないと考えている点でかなり素直。おおよそ次の推測が骨子。

  • クリスティーナがエレオノーラをヴァンパイアに変えた。クリスティーナの言う「罪」はこのこと。
  • クリスティーナは自分が生んだエレオノーラという怪物(同族を「淘汰」の名のもとに殺している)を討つためスラム街に潜伏していた。
  • エドガーによるアレクサンドラへの説得が功を奏し窮地を脱すると、彼女にエレオノーラの秘密を暴露することで殺害を教唆して遂に「罪」を清算した。

 
 クリスティーナとエレオノーラの関係はストーリー中で言及がないため諸々の描写から推察するしかない。はっきりしているのは「クリスティーナはエレオノーラの正体をアレクサンドラに教えた」ということだけ。エレオノーラの側がクリスティーナのことを知っているかどうかさえ明確ではない。そういった色々の断片的な要素がうまく整合する仮説として選んだのが「クリスティーナがエレオノーラをヴァンパイアに変えた」だった。今に至るまで特に反証も思いついていない(エレオノーラ側の感情が若干弱いかなという気はするが)。


「愛し子」

 イベント終了後先行配信された「昏き星、遠い月」フルバージョン。そのラストの「愛し子」を踏まえると先の説は、しかしなんとも弱い。

ねえ……とても愛していたわ……本当よ?……私の愛し子……。

 百瀬莉緒ーーーー!!!!!!!!昨日公開されたメインコミュ第17話見ましたか?……普段はあんな感じの気さくなお姉さんなのに……こんな息も絶え絶えの「悪女」が最期に思った誰にも届かない愛を迫真の演技で……
 さて。「愛し子」という語はストーリーコミュ中でも口にしている。ただしアレクサンドラの妹ノエルに対して。

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 「まるで私の愛し子」という表現、これだけを聞いても実の娘ではないノエルに向ける言葉として不自然なところはないが、上の台詞を聞いた後では「本当の愛し子」がいる可能性を考慮に入れざるを得ない。 そのうえこういう話があった(コメントくれた方もありがとうございます)

マリア・エレオノーラ・フォン・ブランデンブルク - Wikipedia
クリスティーナ (スウェーデン女王) - Wikipedia
>1636年、マリアは娘クリスティーナを監禁したが、のちにマリアは反逆の疑いをかけられてデンマークへ亡命し、王族としての特権を剥奪され、事実上スウェーデンから追放された。1643年にブランデンブルクへ渡った。
>マリアは1648年に再びスウェーデンへ戻ったが、クリスティーナとの親子関係が修復することは二度となかった。

Leonora Christina Ulfeldt - Wikipedia
 ほぼ同時代の17世紀中ごろににデンマークでもレオノーラ・クリスティーナ・ウルフェルト*2も20余年に渡る幽閉生活をコペンハーゲン城の「青い塔」で送っている。母子関係が原因ではないけど。


 もちろん実在していた人物から名前を取っているのだとしても境遇を直接なぞっているはずはない。しかしこれを見ると、エレオノーラはクリスティーナの実子・監禁・逃亡・親子間の確執……などと想像を膨らませずにはいられない。

 そう思いながら再度ストーリーコミュを見ると、ヴァンパイアになったノエルを眠らせる香をエレオノーラが持っていた理由も違ってくる。元はクリスティーナを眠らせるために使っていた? 他のいくつかの要素も併せて次の説が立てられる。

 エレオノーラは実の子であるクリスティーナを香で眠らせながら長年監禁していた。しかしあるときクリスティーナは目覚め、逃亡して自由の身となった。ヴァンパイアとしての生を苦痛そのものと考えるエレオノーラは、クリスティーナの行方を捜し死をもって安らぎを与えようとする。
 数年後、配下のアレクサンドラはクリスティーナを探し当てるが、「エレオノーラの正体はヴァンパイアである」という秘密のみを携えて帰ってくる。秘密を知っているのはただひとりだったはず。「愛し子」クリスティーナは自らの正体を、ヴァンパイアを憎むアレクサンドラに教えた。アレクサンドラを通じて届いた、生きる決意と離別のメッセージ。母としての役割の終焉。我が子が死を拒んだ一方で、死を受け入れたエレオノーラはアレクサンドラに嘘の動機(弱いヴァンパイアの淘汰と王国の建設)を話しながら自分を殺すように仕向けた。アレクサンドラの一振りでエレオノーラは致命傷を負い、薄れゆく意識の中で思う。「ねえ……とても愛していたわ……本当よ?……私の愛し子……」

 エレオノーラが死を受け入れたと考える理由のひとつは、強力なはずの彼女が実戦経験に乏しいはずのアレクサンドラに抵抗しているように見えないから。しかしヴァンパイアはそもそも不死であるはず。この点から疑うこともできる。


エレオノーラの正体

 ヴァンパイアになると「二度と死ねなくなる」とはクリスティーナの台詞として歌詞にも含まれている。一方で血液を摂取しなければ死んでしまうともエドガーには話している。単純に考えれば寿命が無いかあるいは人間よりはるかに長い、つまり自死を選ぶ以外に死ぬ方法がないということだろう。だからエレオノーラが殺されてしまったことが直接ヴァンパイアであることを疑うべき理由にはならない。
 ……とはいえエレオノーラが実はヴァンパイアでないという可能性には一考の余地がある。何せアレクサンドラとエレオノーラの会話以外にそうと分かる描写がない。そのうえアレクサンドラはヴァンパイアを見分けることができないと来ている。

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(アレクサンドラがクリスティーナ・エドガーと出会った場面)

 そうなると死に際のエレオノーラの言葉の嘘をついていたと考えるべき部分が増える。大筋は上のままで、エレオノーラが人間であるとの説に基づくとこうなる;

 クリスティーナは母が全てを背負ってくれるだろうと確信して、実際には人間であるエレオノーラの正体がヴァンパイアであるとの嘘の秘密をアレクサンドラに教えた。我が子を愛するエレオノーラはアレクサンドラの言葉に合わせて自分がヴァンパイアを探す理由を偽った。同時に、アレクサンドラの父母を殺してノエルをヴァンパイアに変えたのは自分であるとも――実際にあの日屋敷を襲ったのはクリスティーナだったのに。真実は自分の死と共に葬られ、過去から切り離されたクリスティーナは自由になる。

 母子の心の読み合いが異常に高度になって良い。捩じれきった愛の形。ノエルをヴァンパイアに変えたことがクリスティーナの「罪」であるとの考えを以前は否定していたが、この説では少なくともそのひとつとして復活しうる。……まあちょっと無理がある感は否めない。
 

クリスティーナの罪

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 クリスティーナの罪。結局何なのか? この解釈によって可能性はもっと分岐しうる。事実としてエドガーと旅に出ることができない理由であった「罪」、クリスティーナにとってあの街に縛り付けていた軛であったわけだが、どのように縛り付けていたのか?

  • 「クリスティーナがエレオノーラをヴァンパイアに変えた」説……エレオノーラをヴァンパイアに変えたこと。彼女を討つための使命を果たすまで街を離れられない。
  • 「母エレオノーラが死を与えることで子クリスティーナを救おうとした」説……母から逃げたこと?命を狙われている以上エドガーを巻き添えにはできない。
  • 「エレオノーラは人間である」説……アレクサンドラ一家を襲ったこと?同上。

 瀕死のエドガーにここで死ぬかヴァンパイアになるか選択を迫る場面で苦しんでいることからは、人間を食糧とするしかないヴァンパイアとしての生そのものを罪だと考えているようにも見える。もしくは人間を殺さずにヴァンパイアに変えてしまうことか。考え始めるとどれもそれなりに魅力があって決定打となる証拠に欠ける。

 「罪」がどのような形で解消されたのであろうと(あるいは解消されたわけではないのだとしても)ヴァンパイアとしての空虚で孤独な生を送っていたクリスティーナがエドガーとの出会いによって変化したのは確か。

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 この「少し変わった形のボーイ・ミーツ・ガール」の背景に何があるのか、間もなく始まる本公演:CDのドラマパートでどこまで明かされるか楽しみ。

www.lantis.jp

*1:先日2曲目の"Everlasting"が誤って配信されて取り逃されるということがありましたね。勢いで購入してしまったが結局聞いていない。

*2:ポール・アンダーソンによるハードSF『タウ・ゼロ』Tau Zeroの宇宙船Leonora Christineの由来らしい。エンジンが故障して故郷との相対速度が光速に近づいていくこの宇宙船の中に乗員たちは閉じ込められ、宇宙が年老いていく様子を目の当たりにする。読んで。

球面調和関数で正20面体をつくる(3) - l=28までの表

 球面調和関数でサッカーボールをつくる記事のつづき.
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 改めて, 「{SO(3)}{\ell}次の既約表現({(2\ell+1)}次元表現)の, 正20面体群{I}への制限を既約分解したときの恒等表現{A}の基底」を存在すれば{| \ell A  \alpha\rangle}で表すことにする. {\alpha}は重複度に応じてつけるラベル. 一般に{|\ell A \alpha\rangle}

{ |\ell A\alpha\rangle = \sum_{m=-\ell}^\ell Q_{\ell m\alpha} |\ell m\rangle\\
Q_{\ell m\alpha}\in\mathbb{R},\ \ \ \sum_{m=-\ell}^\ell Q_{\ell  m\alpha}^2=1
}

で表せるが, 前回の記事でそうしたように{C_5}軸を{z}軸にとると{m\equiv 0\ {\rm mod}5}以外の係数はゼロになる. さらに{C_2}軸を{y}軸にとると,

{
Q_{\ell(-m)\alpha}=(-1)^{\ell+m}Q_{\ell m\alpha}
}

になる(従って{\ell}が奇数のとき{m=0}の係数はゼロ).

そして, 少なくとも{\ell<29}では(重複度は1なので{\alpha}は省く)

{
Q_{\ell m}=\pm \sqrt{\frac{c_{\ell m}}{N_\ell}}\\
N_\ell\in\mathbb{N},\ \ \ c_{\ell m}\in\mathbb{N}_0,\ \ \ {\rm gcd}(N_\ell, c_{\ell m})=1
}

と, 既約分数の平方根になる. それらをまとめたのが下表.

その値は次のようにして得た:

(1){\ell=15}同士の積表現が{\ell=2,4,8,14}の基底を含まないことから{|15A\rangle}が決定される.
(2)同時に{\ell=30}以下の偶数次数の表現が得られる.
(3){\ell=12,15}の積表現から{\ell=21,25,27}(奇数次数)の基底が得られる*1

{Q}の符号は{c}のほうにつけている. たとえば, {N}の表から{N_{10}=3\cdot5^4}で, {c}の表での{\ell=10,m=5}の欄に"{-3\cdot11\cdot19}"とあるから,

{
Q_{10,5}=-\sqrt{\frac{c_{10,5}}{N_{10}}}=-\sqrt{\frac{3\cdot11\cdot19}{3\cdot5^4}}=-\frac{\sqrt{209}}{25}
}
と読む.

{N_\ell}の表
{
\begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|c|c|}\hline
 \ell&0&6&10&12&15&16&18&20\\ \hline
N_\ell&1 &5^2&3\cdot5^4 &5^5 &2^2\cdot5^5&2^2\cdot3\cdot5^7&5^7&5^9\\ \hline
\end{array}
}
{
\begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|c|}\hline
 \ell&21&22&24&25&26&27&28\\ \hline
N_\ell &2\cdot5^7&2\cdot3\cdot5^{10}&5^{10}&2\cdot3\cdot5^{10} &2\cdot3\cdot5^{12} & 2^2\cdot3\cdot5^{10} & 2^2\cdot3\cdot5^{12}\\ \hline
\end{array}
}


{c_{\ell m}}の表
{
\begin{array}{|c|c|c|c|} \hline
\ell\backslash m & 0 & 5 & 10  \\ \hline
0 & 1 & 0 & 0 \\
6 & 11 & 7 & 0 \\
10 & 13\cdot19 & -3\cdot11\cdot19 & 11\cdot17 \\
12 & 3^2\cdot7\cdot17 & 2\cdot11\cdot13 & 3\cdot13\cdot19 \\
15 & 0 & -5\cdot23\cdot29 & 2\cdot3\cdot11\cdot29 \\
16 & 2^6\cdot5\cdot19\cdot31 & -3\cdot5\cdot13\cdot17\cdot31 & -2\cdot7\cdot17\cdot23\cdot31 \\
18 &5\cdot11\cdot17\cdot23 & 2^3\cdot3^2\cdot5\cdot19 & 3\cdot7\cdot11\cdot19 \\
20 & 5\cdot7\cdot23\cdot29 & -2\cdot11\cdot17\cdot19\cdot29 & 17\cdot19\cdot41^2 \\
21 & 0 & -29\cdot31\cdot41 & -2^2\cdot13\cdot41\\
22 & 2^2\cdot3\cdot5\cdot11\cdot19\cdot31\cdot37 & -7\cdot13\cdot23\cdot31\cdot37
    & -2\cdot7\cdot17\cdot23\cdot29\cdot37 \\
24 & 5\cdot7^2\cdot13\cdot23\cdot29 & 2^3\cdot3\cdot11\cdot59^2
    &  2\cdot19^3\cdot31  \\
25 & 0 & -7^2\cdot31\cdot37\cdot43& 2\cdot3\cdot7\cdot11\cdot19\cdot37\cdot43\\
26 & 2^2\cdot3^3\cdot13\cdot29\cdot31\cdot41 & -5\cdot7\cdot11\cdot23^3\cdot41
    & 2^7\cdot5\cdot7\cdot19\cdot23\cdot41 \\
27 & 0 &-17\cdot19\cdot37\cdot41\cdot47& -2\cdot41^3\cdot47\\
28 & 2^8\cdot3^2\cdot7\cdot31\cdot37\cdot43 & -5\cdot11\cdot13\cdot29\cdot37\cdot43
    & -2\cdot3\cdot5\cdot13\cdot17\cdot23\cdot29\cdot43 \\ \hline
\end{array}
}
{
\begin{array}{|c|c|c|c|} \hline
\ell\backslash m&15  & 20 & 25 \\ \hline
15 &7\cdot11\cdot13 & 0 & 0\\ 
16 & 3^2\cdot17\cdot23\cdot29 & 0 & 0\\
18 & 19\cdot29\cdot31 & 0 & 0 \\
20 & -2^3\cdot11\cdot19\cdot31& 11\cdot13\cdot31\cdot37 & 0\\ 
21 &3\cdot13\cdot17\cdot41 & 17\cdot19\cdot37 & 0\\
22 & -23\cdot29\cdot103^2 & 13\cdot19\cdot23\cdot29\cdot41 & 0 \\
24 & 2^2\cdot3^2\cdot11\cdot31\cdot37 & 31\cdot37\cdot41\cdot43 & 0\\
25  & -7^2\cdot43\cdot61^2 & 3^2\cdot7^2\cdot11\cdot41    & 2\cdot5\cdot11\cdot23\cdot41\cdot47 \\ 
26 & 3\cdot5\cdot23\cdot37\cdot139^2 & -5\cdot37\cdot43\cdot89^2 & 2\cdot7^2\cdot17\cdot37\cdot43\cdot47 \\
27    & 2\cdot3\cdot17\cdot19\cdot47 & 2^6\cdot17\cdot19\cdot23\cdot43 & 5\cdot7\cdot13\cdot19\cdot23\cdot43\\ 
28 & -2\cdot5\cdot23\cdot29^3\cdot41 & -2^3\cdot3^2\cdot5\cdot13\cdot29\cdot41\cdot47 & 7\cdot17\cdot29\cdot41\cdot47\cdot53 \\ \hline
\end{array}
}

 せっかくなので球面調和関数の重ね合わせとして視覚化しておく.
{\ell=25}
f:id:shironetsu:20180220215132g:plain:w500

{\ell=27}
f:id:shironetsu:20180220215222g:plain:w500

{\ell=28}
f:id:shironetsu:20180220215314g:plain:w500

 表を観察して気になること.
 まずこの範囲で{N_\ell}は2,3,5しか因数に持たない. 理由が分からない.
{c_\ell}の因数も小さい素数ばかり並んでいる. 今の構成法ではこれは自明ではない. 単に直和分解するだけなら, 3j記号の閉じた形を考えると大きな素数は出てこないが, 今は規格化も含んでいるため.つまり和が{N_\ell}である. たとえば,{\ell=24}の欄から
{
(5\cdot7^2\cdot13\cdot23\cdot29)+2\cdot(2^3\cdot3\cdot11\cdot59^2)\\
 +2\cdot(2\cdot19^3\cdot31)+2\cdot(2^2\cdot3^2\cdot11\cdot31\cdot37)+ 2\cdot(31\cdot37\cdot41\cdot43)=5^{10}
}
が分かる*2. 大げさかもしれないが数論的にはどう解釈すべきなのだろう.

 以前の記事で見た限り, {x,y,z}軸を{C_2}軸にとってもおそらく同じように係数は有理数平方根になり, 分母の因数は2を多く含むと予想される. {z}軸を{C_3}軸, {y}軸を{C_2}軸にとるとそれは{3}になるだろう(要検証).

 そして重複度が2以上になったときの基底の効率的な決定が分からない. 一応すでに{\ell=15}どうしの合成から{\ell=30}の基底のひとつが得られているが, 280485761という大きな素数が突然現れた. 直交する基底を自然に取り出す方法があってほしい.

 今の構成法は正20面体群対称な球面上の関数が積と和について閉じることを利用している. 積としての作用が球面調和関数を基底とする空間上の線形変換になり, 欠ける次数({\ell=1,2,3,4,5,7,\cdots,29)}がそれを特徴づけている.適切な解釈が分からない.

(2/21追記)
 せっかくなので{\ell=15}テンソル積から得られる{\ell=30}のA基底のひとつも書いておく. {\ell=30}ではA表現の重複度は2になるため, 最初の取り決めに従えば2つの空間を分けるラベルがいるがここでは無視する.

{N_{30}=5^{10}*467*280485761}
{
\begin{array}{|c|c|c|c|c|}  \hline
m & 0  & 5 & 10 & 15  \\ \hline
c_{30,m}
&13\cdot5323^2\cdot9377^2 
&-2^4\cdot3\cdot11\cdot17\cdot29\cdot31\cdot 5003^2
&5\cdot7\cdot13\cdot17\cdot19\cdot23\cdot29\cdot31\cdot37\cdot1429^2
&-3^5\cdot5\cdot11\cdot13\cdot23\cdot29^3\cdot31\cdot37\cdot41\cdot43
\\ \hline
\end{array}
}
{
\begin{array}{|c|c|c|c|} \hline
m&20 & 25 & 30\\ \hline
c_{30,m}
&2\cdot7\cdot29\cdot31\cdot37\cdot41\cdot43\cdot47\cdot1451^2
&2\cdot3^3\cdot11\cdot13\cdot17\cdot29\cdot31\cdot37\cdot41\cdot43\cdot47\cdot53
&7\cdot11\cdot13\cdot17\cdot19\cdot31\cdot37\cdot41\cdot43\cdot47\cdot53\cdot59\\ \hline
\end{array}
}

{\ell=30}球面調和関数
f:id:shironetsu:20180221013956g:plain:w500

もう一つの基底と重ね合わせて振動させたい.

f:id:shironetsu:20180220215353p:plain:w200

*1:なお, 同時に偶数次数も再度得られる. 球面調和関数であればパリティー奇と偶の積は奇でなければならないが, これはテンソル積なので問題ない. {\ell}が偶数のとき{O(3)}の忠実な表現にならないのが問題らしい, と思っている.

*2:2/21修正. 2乗和にしていた.

球面調和関数で正20面体をつくる(2) - 3j記号の非自明なゼロ

リベンジ

 前回, 球面調和関数の重ね合わせで{I}(正20面体群)対称性を持った関数をつくろうとしたとき取った戦略は, {SO(3)}既約表現の{I}への制限が含む恒等表現の基底への射影演算子を構成することだった. 実際に計算も行ったが, D行列の要素を位数60の群全体に渡って, さらに{(2\ell+1)\times(2\ell+1)}の要素全てを計算するという非常に迂遠な方法であった. しかもそれで得られる成分は簡潔. 正20面体に特徴的な数である{\tau=(1+\sqrt{5})/2}も消えてしまう. 何かもっと単純に計算する方法があるに違いない.
shironetsu.hatenadiary.com
 ずいぶん悩んだが, D行列成分を計算することなく係数を得るひとつの方法をようやく見つけた. John Baezによる解説がヒントになっている.

Quantum Mechanics and the Dodecahedronjohncarlosbaez.wordpress.com

 Baezは{I}不変な{x,y,z}多項式が,
- {P(x,y,z)=x^2+y^2+z^2}
- {Q(x,y,z)} : 正20面体の6本の対角線に平行なベクトルと{(x,y,z)}とのドット積の総乗(6次).
- {R(x,y,z)} : 正20面体の面心と中心を結ぶ独立なベクトル10本と{(x,y,z)}のドット積の総乗(10次)
- {S(x,y,z)} : 正20面体の中心と辺の中点を結ぶベクトル15本と{(x,y,z)}のドット積の総乗(15次)
 だけで書けることを示している. これと似たようなことが(あるいはひょっとすると本質的に同じことが){SO(3)}の表現の代数的な関係だけでできる.
 {\ell=1,2,3,4,5,7,8,9,11,13,14,17,19,23,29}には恒等表現が存在しなかったことが既約指標に関する考察から示されていたことを思い出しておこう.


理論

6次の場合

 まず簡単のため正20面体の{C_5}軸(5回対称軸)は{z}軸に一致すると仮定する(前回は{C_2}軸を{z}軸に取っていた).
f:id:shironetsu:20180216223534p:plain:w400
(非常にいい加減な絵だが)
するとこの正20面体と同じ対称性を持つベクトルは{m\equiv 0\ ({\rm mod}5)}に限られるため, {\ell=6}で正20面体群対称性を持つベクトルは次の形に書ける.

{ |\psi\rangle=a|65\rangle+b|60\rangle+c|6-5\rangle}

さらに{C_2}軸を{y}軸に取る. {y}軸回りの
1/2回転の表現行列は,

{
\mathcal{D}^{(\ell)}_{km}\left(\cos\frac{\pi}{2}+\sin\frac{\pi}{2}\ {\bf j}\right)=(-1)^{\ell+k}\delta_{k,-m}
}

であるから, 1/2回転で

{
a|65\rangle+b|60\rangle+c|6-5\rangle
\rightarrow -c|65\rangle+b|60\rangle-a|6-5\rangle
}

と変換する. これで不変であるためには{a=-c}が必要. 正20面体の姿勢には{x}軸に関する反転の自由度が残るが, 今のところこれだけの条件を課す.

 さて, テンソル積を

{
 |\ell_1m_1\rangle\otimes|\ell_2m_2\rangle\rightarrow |\ell_1\ell_2m_1m_2\rangle
}

で表記すると, 自分自身とのテンソル

{
 |\psi\rangle |\psi\rangle=a^2|6655\rangle
 +b^2|6600\rangle
 +c^2|66\!-\!5\!-\!5\rangle\\
 +ab(|6650\rangle+|6605\rangle)
 +bc(|660\!-\!5\rangle+|66\!-\!50\rangle)
 +ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)
}

もまた{I}対称性を持つ. ここで合成系の{m=0}成分に注目する. 一般には合成系は{0\leq \ell\leq 12}成分を持つ(ただし今は明らかに対称テンソルなので偶数だけ)が, 対称性からくる制限によって{\ell=2,4,8}は許されない. すなわち,

{
\langle 80|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)
 =\langle 40|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)\\
 =\langle 20|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)\\
 =0
}

驚くべきことにこれらは次のひとつの式に同値になる:

{
7b^2+11ca=0
}

3つの一見独立な式のこの同値性は, Clebsch-Gordan係数, あるいは3j記号の単純な性質から自明に従う結果ではない. むしろ{SO(3)}{I}を部分群に持つことによって生じる性質と考えるべきであるように思われる.

 また, 合成系の{\ell=6}成分に注目する.

{
\langle65|ab(|6650\rangle+|6605\rangle)
=-\frac{5\sqrt{11}\ ab}{\sqrt{17\cdot19}}\\
\langle 60|\left(b^2|6600\rangle+ca(|66\!-\!55\rangle+|665\!-\!5\rangle)\right)
=-\frac{20\,b^2}{\sqrt{11\cdot 17\cdot 19}}+\frac{5\sqrt{11}\ ca}{\sqrt{17\cdot19}}\\
\langle6\!-\!5|bc(|660\!-\!5\rangle+|66\!-\!50\rangle)
=-\frac{5\sqrt{11}\ bc}{\sqrt{17\cdot 19}}
}

これらの和が元の{|\psi\rangle}の定数倍でなくてはならないが, 実はその条件

{
(-11ab):(-4b^2+11ca):(-11bc)=a:b:c
}
も上の式に同値になる. さらに, 合成系の{|8,5\rangle}成分に着目する. この成分が現れるとすれば{ab}のかかる項のみで一見消えないように思える. しかし実は

{
\langle85|6650\rangle=\langle85|6605\rangle=(-1)^{6-6+5}\sqrt{2\cdot 8+1}
\begin{pmatrix}
6&6&8\\5&0&-5
\end{pmatrix}=0
}

なのである({|8\!-\!5\rangle}についても同様). これもまた3j記号の性質からは直ちには言えない(と思う). 結局,

{
a=-c,\ \ \ 7b^2+11ca=0
}

に加えて規格化条件{|a|^2+|b|^2+|c|^2=1}を課し, さらに位相(phase)の不定性を消すために{a}は正実数とすると,

{
a=-c=\frac{\sqrt{7}}{5},\ \ \ b=\pm\frac{\sqrt{11}}{5}
}

が得られる. {b}の符号の不定性は正20面体の姿勢の(座標の取り方の)不定性から来ているので,座標を決めれば

{
\frac{\sqrt{7}}{5}(|65\rangle-|6\!-\!5\rangle)+\frac{\sqrt{11}}{5}|60\rangle
}

が(指標に関する考察から存在性は言えていてかつ唯一なので){\ell=6}表現における恒等表現の基底ということになる.

f:id:shironetsu:20180216224030g:plain:w500

 Clebsch-Gordan係数を求めるにあたって数表ないしコンピューターの力さえ借りてしまえば(ちょっとの根気さえあれば手でも求められるが)あまりにもあっけない計算だった.


10次, 12次の基底を取り出す

 さて, 上のテンソル積で{\ell=10,12}成分は消えずに残されていた({\ell=0}は無視).それぞれ以下のような成分を含んでいる.

{\ell=10}
{
 -\frac{\sqrt{11}\,a^2}{\sqrt{23}}|10,10\rangle
 +\frac{\sqrt{3}\,\sqrt{7}\,\sqrt{19}\,ab}{\sqrt{17\cdot 23}}|10,5\rangle
 +\frac{49\,ca-126\,b^2}{\sqrt{13\cdot 17\cdot 19\cdot 23}}
 |10,0\rangle
 +\frac{\sqrt{3}\,\sqrt{7}\,\sqrt{19}\,bc}{\sqrt{17\cdot 23}}|10,\!-\!5\rangle
 -\frac{\sqrt{11}\,c^2}{\sqrt{23}}|10,\!-\!10\rangle
}

{\ell=12}
{
\frac{2\sqrt{3}\, a^2}{\sqrt{23}}|12,10\rangle
 +\frac{{{2}^{3/2} }\,\sqrt{7}\,ab}{\sqrt{19}\,\sqrt{23}}|12,5\rangle 
 +\frac{12\,ca+66\cdot 7\, b^2}{\sqrt{7}\,\sqrt{13}\,\sqrt{17}\,\sqrt{19}\,\sqrt{23}}|12,0\rangle
 +\frac{{{2}^{3/2}}\,\sqrt{7}\, bc}{\sqrt{19}\,\sqrt{23}}|12,\!-\!5\rangle
 +\frac{2\sqrt{3}\,c^2}{\sqrt{23}}|12,\!-\!10\rangle
}

規格化すると,

{\ell=10}
{
\frac{1}{5^2\sqrt{3}}\left(
\sqrt{11\cdot 17}(|10,10\rangle+|10,\!-\!10\rangle) +\sqrt{3\cdot 11\cdot 19}(-|10,5\rangle
   +|10,\!-\!5\rangle) +\sqrt{13\cdot 19} |10,0\rangle
\right)
}

f:id:shironetsu:20180216224107g:plain:w500

{\ell=12}
{
\frac{1}{5^{5/2}}\left(\sqrt{3\cdot13\cdot19}\,(|12,10\rangle+|12,\!-\!10\rangle)
  +\sqrt{2\cdot11\cdot13}\,(|12,5\rangle-|12,\!-\!5\rangle)
  +3\sqrt{7\cdot17}\,|12,0\rangle\right)
}

f:id:shironetsu:20180216224134g:plain:w500

が得られる. これらがまた{\ell=10,12}表現における恒等表現の基底になる.


15次の場合

 偶数次であれば{\ell=6}テンソル積を取ることで次々に求めていけそうだが, {\ell=15}表現はこの方法では現れない. 再び自分自身とのテンソル積を取る方法を採る.

 まず, {z}軸回りの5回対称性, {y}軸回りの2回対称性から,

{
 |\phi\rangle=s(|15,15\rangle+|15,\!-\!15\rangle)+t(|15,10\rangle-|15,\!-\!10\rangle)+u(|15,5\rangle+|15,\!-\!5\rangle)
}

の形に書ける. {|\ell=15, m=0\rangle$}成分は無い. 合成系の{|\ell=2,4,8,14,m=0\rangle}成分に注目すると, 上と同じ理由で

{
 \langle 2,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=\langle 4,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=\langle 8,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=\langle 14,0|(|\phi\rangle|\phi\rangle)=0
}

でなくてはならない. これは次の式に同値になる.

{
s^2:t^2:u^2=(7\cdot 11\cdot 13):(2\cdot3\cdot11\cdot29):(5\cdot23\cdot29)
}

また, 合成系の{|\ell=8, 14,m=5\rangle}成分がゼロになることから,

{
(\sqrt{5\cdot23\cdot 29}\, s+\sqrt{7\cdot11\cdot13}\,u)=0
}

となる. これらが対称性から{s,t,u}に課される条件のすべてで, 規格化と位相の不定性を除く処理として{s}は正実数になるべく条件を加えると,

{
s=\frac{\sqrt{7\cdot11\cdot13}}{2\sqrt{5^5}},\ \ \ 
t=\pm \frac{\sqrt{2\cdot3\cdot11\cdot29}}{2\sqrt{5^5}},\ \ \ 
u=-\frac{\sqrt{5\cdot23\cdot29}}{2\sqrt{5^5}}
}

が得られる. 上と同じように{t}の正負の不定性は{x}軸の取り方に依存しているが, 今度は上で採用した符号の取り方と両立させる必要がある. そこで合成系の{|\ell=6,m=5\rangle}{|\ell=6,m=0\rangle}の係数の比をとると(やや込み入った計算ののち), {+}を取るべきだと分かる.まとめると,

{
 \frac{1}{2\cdot5^{5/2}}\left(\sqrt{7\cdot 11\cdot 13}\,(|15,15\rangle+|15,\!-\!15\rangle) +\sqrt{2\cdot3\cdot11\cdot29}\,(|15,10\rangle-|15,\!-\!10\rangle) -\sqrt{5\cdot 23\cdot 29}\,(|15,5\rangle+|15,\!-\!5\rangle)\right)
}

f:id:shironetsu:20180216224959g:plain:w500

{\ell=15}表現の{I}の恒等表現の基底として得られる. ただし{|\ell,m\rangle\rightarrow Y^\ell_m}によって球面調和関数に置き換えるとき 純虚になるので実関数にするには{i}倍する必要がある.

……と, {\ell=6}とは独立に求めたが, この導出過程を見ると{\ell=15}の場合を考察するだけで{\ell<30}のすべての偶数の恒等表現の基底が求められるはずだと期待できる(実際にやったわけではないが)


まとめ

 射影演算子を介すことなく{I}対称な基底を取り出すという一応の目標は達成したが, 疑問も多く残る.
 依然として係数の簡潔さに比べると計算がやや冗長に感じられる. たとえば規格化された係数の分母に5の冪が現れる理由が不明瞭.
 恒等表現のテンソル積がまた恒等表現の線形結合で書ける, という条件は変数の数に対して一見過剰に見える. CG係数, 3j記号の非自明な関係式が多く生じている.
 タイトルにも付けた通り,3j記号の非自明なゼロが現れるのがかなり面白い結果だと思う. このテーマ, 3j記号, 6j記号の非自明なゼロについては不定方程式の観点から書かれた以下のような論文があった.
Brudno, Simcha. "Nontrivial zeros of the Wigner (3‐j) and Racah (6‐j) coefficients. I. Linear solutions." Journal of mathematical physics 26.3 (1985): 434-435.
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.526628
Brudno, Simcha. "Nontrivial zeros of the Wigner (3 j) and Racah (6 j) coefficients. II. Some nonlinear solutions." Journal of mathematical physics 28.1 (1987): 124-127.
http://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.527792
 上にも書いたが{SO(3)}{I}を部分群に持つ事実から3j記号の色々な性質が導かれる? 今回は{C_5}軸をz軸に取ることで計算が簡単になったが, 座標に関する縛りを最小限にして進めれば関係式が色々得られるはず. 今後の課題.


f:id:shironetsu:20180216224212p:plain:w500

 

球面調和関数のレシピ - 角運動量の合成から

 球面上では、自分の方程式の基本解が球面調和関数になることにヤルダは気付いた。以前、地震学の講義でいちどだけお目にかかったことのある種類の波形だ。球面全体で成り立つどんな複雑な解でも、それぞれの調和振動にその寄与をあらわす適切な係数をかけて足しあわせることで表現できる。
グレッグ・イーガン『クロックワーク・ロケット』)

 物理学では水素原子のSchrödinger方程式を解くとき, 角度方向と動径方向の変数分離をして球面上の微分作用素{\mathfrak{so}(3)\cong\mathfrak{su}(2)}代数に従うことを利用することで球面調和関数に出会うようになっている(このあたりの歴史を自分は知らない). 物理っぽい(2次元)球面調和関数の導出法として, 他にWignerのD行列の次元を落とす方法もある. ここではスピンの合成を利用して導いてみる.

{\ell}個のスピン1系の合成によってスピン{\ell}系を得る方法は1通りしかない.

スピン1系はこのように表記する.

{|11\rangle=|+\rangle,\ \ \ |10\rangle=|+\rangle,\ \ \ |1\!-\!1\rangle=|-\rangle}

まずスピン1系を{\ell}個繋げて{m=\ell}状態を用意する.

{|\ell\ell\rangle = |+\rangle|+\rangle\cdots|+\rangle}

下降演算子を作用させて適当に規格化定数をかければ全てのスピン{\ell}状態が得られる

{|\ell m\rangle=\sqrt{\frac{(\ell+m)!}{(2\ell)!(\ell-m)!}}\ J_{-}^{\ell-m}|\ell \ell\rangle}

スピン1の状態たちは同じ空間に住んでいるものとして順序を考慮しなければ

{
J_{-}^{\ell-m}|\ell \ell\rangle=\sum_{p+q+r=\ell,\ p-r=m}A(p,q,r)|+\rangle^p(\sqrt{2}|0\rangle^q(2|-\rangle)^r
}

と書ける. 0と-にかかっている{\sqrt{2}, 2}はスピン1系への下降演算子の作用で出てくるお釣り, {A}はスピン1系へ下降演算子を作用させることで{p,q,r}に辿り着く道の総数.

{A}はこのように考える. 1から{\ell}までの{|+\rangle}状態をここでは区別して, まず下降演算子を1回だけ作用させる{q}個を選ぶ. 残った中から2回作用させる{r}個を選ぶ. その{r}個については重複を許して作用させる順番を決める. 最後にその{r}個の順序をキャンセルするために{2^r}で割る. つまり,

{
A(p,q,r)={}_\ell{\rm C}_q\cdot{}_{\ell-q}{\rm C}_r\cdot \frac{(q+2r)!}{2^r}=\frac{\ell\,!(q+2r)!}{p\,!q\,!r\,!\,2^r}
}

よって,

{
J_{-}^{\ell-m}|\ell \ell\rangle=\sum_{q}
\frac{\ell\,!(\ell-m)!\sqrt{2^q}}{\left(\frac{\ell+m-q}{2}\right)\,!\,q\,!\left(\frac{\ell-m-q}{2}\right)\,!}\ |+\rangle^{\frac{\ell+m-q}{2}}|0\rangle^q|-\rangle^{\frac{\ell-m-q}{2}}
}

変数{q}の範囲は冪が非負整数となるようなすべての整数. 規格化定数をかけて,

{|\ell m\rangle=\sqrt{\frac{\ell\,!(\ell+m)!(\ell-m)!}{2^\ell\,(2\ell-1)!!}}\sum_{q}\frac{\sqrt{2^q}}{\left(\frac{\ell+m-q}{2}\right)\,!\,q\,!\left(\frac{\ell-m-q}{2}\right)\,!}\ |+\rangle^{\frac{\ell+m-q}{2}}|0\rangle^q|-\rangle^{\frac{\ell-m-q}{2}}
}

となる. さて, スピン1系は

{|+\rangle=\frac{-|x\rangle-i|y\rangle}{\sqrt{2}}\ ,\ \ |0\rangle=|z\rangle\ ,\ \ |-\rangle=\frac{|x\rangle-i|y\rangle}{\sqrt{2}}}

であった. 球面上の関数として

{\frac{-x-iy}{\sqrt{2}}=\frac{-\sin\theta\,e^{i\varphi}}{\sqrt{2}}\ ,\ \ z=\cos\theta\ ,\ \ \frac{x-iy}{\sqrt{2}}=\frac{\sin\theta\,e^{-i\varphi}}{\sqrt{2}}}

も同じ代数に従い, 3つに共通の定数倍の違いを除いて{\ell=1}の球面調和関数に等しい. 一般の{\ell}について, その規格化定数は球面上の積分内積として定義されるべきであり,{|\ell \ell\rangle}に対して

{\int_{S^2}dS\left(\frac{x^2+y^2}{2}\right)^\ell=\int_{\theta=0}^\pi\int_{\varphi=0}^{2\pi}\sin\theta d\theta d\varphi
\left(\frac{\sin^2\theta}{2}\right)^\ell=\frac{4\pi\,\ell\,!}{(2\ell+1)!!}
}

の逆数の平方根. 結局,

{
Y^\ell_m=\frac{\sqrt{(2\ell+1)(\ell+m)!(\ell-m)!}}{\sqrt{4\pi}}
\sum_{q}
\frac{(-x-iy)^{\frac{\ell+m-q}{2}} z^q (x-iy)^{\frac{\ell-m-q}{2}}}
{2^{\ell-q}\left(\frac{\ell+m-q}{2}\right)\,!\,q\,!\left(\frac{\ell-m-q}{2}\right)\,!}\\=\frac{\sqrt{(2\ell+1)(\ell+m)!(\ell-m)!}}{\sqrt{4\pi}}
\sum_{k={\rm max}\{0,m\}}^{\lfloor(\ell+m)/2\rfloor}
\frac{(-1)^k(x+iy)^kz^{\ell+m-2k}(x-iy)^{k-m}}{2^{2k-m}k!(\ell+m-2k)!(k-m)!}\\=\frac{\sqrt{(2\ell+1)(\ell+m)!(\ell-m)!}}{\sqrt{4\pi}}
\sum_{k={\rm max}\{0,m\}}^{\lfloor(\ell+m)/2\rfloor}
\frac{(-1)^k\sin^{2k-m}\theta\cos^{\ell+m-2k}\theta\ e^{im\varphi}}{2^{2k-m}k!(\ell+m-2k)!(k-m)!}
}

という表式を得る(ほんとうは{4\pi}の因子は面積要素のほうに押し付けたい). x,y,z座標での表示が先に出てきて便利. これを使って正20面体対称性を持った多項式の形を見ていきたい(続).

(追記)
 確認のため利用したMaximaで使われている定義とはmが奇数の時だけ-1倍違った. この-1倍というのは下降演算子の作用に由来している. これをCondon - Shortley phaseというらしい.
Condon-Shortley Phase -- from Wolfram MathWorld
 2人は角運動量固有状態間の位相についての取り決めを定めた有名な本の著者. Clebsch - Gordan係数表はだいたいCondon - Shortley conventionに従っている. それを思うと球面調和関数の定義がいまいちよく統一されていないのはよく分からない.

球面調和関数で正20面体をつくる

正20面体とむきあう

 Greg Egan先生がTwitterアカウント等で昨年末から公開している動画.


plus.google.com

 球面調和関数を組み合わせることで多面体の対称性を持たせている.

 John Baez先生*1もこれに関して色々書かれている(例外型Lie群E8との関わりもあるらしく深い).
Quantum Mechanics and the Dodecahedron | Azimuth

 折しも私個人大学の課題で似たようなことを考える必要に迫られていてホットなテーマに感じられたのでこのおもちゃで遊んでみる.

理論

SU(2), SO(3)ミニマム

 2次ユニタリ群SU(2)の任意の元gは次の形を持つ.
{
g=\begin{pmatrix}
a&-\overline{b}\\ b&\overline{a}
\end{pmatrix}
\ \ \ |a|^2+|b|^2=1,\ a,b\in\mathbb{C}
}
SU(2)の既約な(2j+1)次元ユニタリ表現はWignerのD行列で得られる. その成分は,

{
\mathcal{D}^{(j)}_{km}(g)=\sum_{\nu=\max\{0,\,k-m\}}^{\min\{j+k,\,j-m\}}\frac{(-1)^\nu}{\nu!}
\frac{\sqrt{(j+m)!(j-m)!(j+k)!(j-k)!}}{(j+k-\nu)!(m-k+\nu)!(j-m-\nu)!}
 a^{j+k-\nu}b^{m-k+\nu}\overline{b}^\nu\overline{a}^{j-m-\nu}
}

と表せる. ただしjは0, 1/2, 1, 3/2,…の整数または半整数. 行列番号のk, mはjから始まって-jまで下る形で書くことを想定する. たとえばj=1のとき,

{
\mathcal{D}^{(1)}(g)=
\begin{pmatrix}
\mathcal{D}^{(1)}_{11} & \mathcal{D}^{(1)}_{10}  & \mathcal{D}^{(1)}_{1-1} \\
\mathcal{D}^{(1)}_{01}  & \mathcal{D}^{(1)}_{00}  & \mathcal{D}^{(1)}_{0-1} \\
\mathcal{D}^{(1)}_{-11}  & \mathcal{D}^{(1)}_{-10}  & \mathcal{D}^{(1)}_{-1-1} 
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
a^2 & - \sqrt{2}a\overline{b} & \overline{b}^2\\
\sqrt{2}ab & |a|^2-|b|^2 & - \sqrt{2}\overline{a}\overline{b}\\
b^2 & \sqrt{2}\overline{a}b &  \overline{a}^2
\end{pmatrix}
}

特にこの場合, ユニタリ行列Uによる相似変換でSO(3)の元と1対1に対応する.

{
U=\begin{pmatrix}-1/\sqrt{2}&0&1/\sqrt{2}\\-i/\sqrt{2}&0&-i/\sqrt{2}\\0&1&0\end{pmatrix}\\
U\mathcal{D}^{(1)}(g)U^\dagger=\begin{pmatrix}
{\rm Re}(a^2-b^2) &{\rm Im}(a^2-b^2) &2{\rm Re}(a\overline{b}) \\-{\rm Im}(a^2+b^2)&{\rm Re}(a^2+b^2) &-2{\rm Im}(a\overline{b}) \\-2{\rm Re}(ab) &-2{\rm Im}(ab)&|a|^2-|b|^2\end{pmatrix}\in SO(3)
}

つまりSO(3)の表現. 一般に, jが整数の時はSO(3)の表現になる. というのも, SU(2)の元をその(-1)倍と同一視する(正規部分群{Z_2=\{1,-1\}}による剰余群)とSO(3)と同型であり,

{
SU(2)/Z_2\cong SO(3)
}

上の式を見れば明らかなように,

{
\mathcal{D}^{(\ell)}(-g)=\mathcal{D}^{(\ell)}(g)\ \ \ \ell:{\rm integer}
}

が成り立っているため(整数次のD行列の次数は{\ell}で表すようにする.).

 逆に半整数次の場合はSO(3)の表現ではない. が, Z2による共役類とは一対一に対応する. あまり適切な用語ではないようだが, これを2価表現と呼び本記事でも使うことにする.

 上の同型は次のように構成できる. まず四元数をPauli行列の-i倍と同一視する.

{
{\bf i}=\begin{pmatrix}0&-i\\-i&0\end{pmatrix},\ 
{\bf j}=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix},\ 
{\bf k}=\begin{pmatrix}-i&0\\0&i\end{pmatrix},\ 
}

するとSU(2)は次のように表せる*2.

{
SU(2)=\{\alpha+\beta{\bf i}+\gamma{\bf j}+\delta{\bf k}\mid\alpha^2\!+\!\beta^2\!+\!\gamma^2\!+\!\delta^2=1,\ \alpha,\beta,\gamma,\delta\in\mathbb{R}\}
}

{\mathbb{R}^3}線形空間Vを

{
V={\rm Span}_{\mathbb R}\langle {\bf i},\ {\bf j},\ {\bf k}\rangle
}

で定義すると, 次の{\varphi}はSU(2)からV上のSO(3)変換への写像になる.

{
\varphi : SU(2)\rightarrow SO(3)\\
\varphi(g)x=gxg^\dagger\ \ \ x\in V
}

特に, 軸(nx,ny,nz)回りの角θの回転は

{
g=\pm\left(\cos\frac{\theta}{2}+\sin\frac{\theta}{2}(n_x{\bf i}+n_y{\bf j}+n_z{\bf k})\right)\ \ \ 
(n_x^2+n_y^2+n_z^2=1)
}

で表せる. このとき固有値{e^{\pm i\theta/2}}. j次の既約表現のトレースは,

{
{\rm Tr}(\mathcal{D}^{(j)}(g))=\sum_{k=-j}^j\mathcal{D}^{(j)}_{kk}
\begin{pmatrix}e^{i\theta/2}&0\\0&
e^{-i\theta/2}\end{pmatrix}=
\sum_{k=-j}^j(e^{i\theta/2})^{j+k}(e^{-i\theta/2})^{j-k}=
\sum_{k=-j}^je^{ik\theta}
}

これを利用してまず解くのは次の問題. 整数次のD行列による正20面体群の表現は既約表現の直和としてどのように分解されるか?


正20面体を回す

 よく知られているように, 正12面体, 正20面体の(空間の向きを変えない)回転対称性の群 I (Icosahedral group; 正12面体群dodecahedral groupと同型だが一般には正20面体のほうで代表するらしい)は5次の交代群A5と同型になっている. これを理解するにはまず次のように各面に1から5までの数を振る. 括弧は背面の数. 各頂点のまわりに1から5まですべて集まるようになっている.
f:id:shironetsu:20180210224233p:plain:w300
 この展開図を次の2通りの方法で描く.
f:id:shironetsu:20180210224136p:plain:w300
 頂点と中心を結ぶ軸まわりに回転させると(12345)の置換.
f:id:shironetsu:20180210224148p:plain:w300
 面心と中心を結ぶ軸回りに回転させると(254)の置換.

 I, またはA5全体はこのふたつから生成される.

τを次で定義する.

{
\tau=\frac{1+\sqrt{5}}{2}=2\cos\frac{\pi}{5}\\
\tau^2-\tau-1=0
}

これを使うと辺長1の正20面体の12個の頂点は,

{
(\pm\tau, \pm 1, 0),\ (0, \pm\tau, \pm 1),\ (\pm 1, 0, \pm\tau)
}

で表せる.
f:id:shironetsu:20180210224315p:plain:w300
組み合わされている3枚の長方形の長辺は短辺1に対してτ.
これらはまた正12面体の面(正5角形)の中心でもあるから, ひとつ選んで原点と結んだ直線を軸に1/5回転させると対称変換になる. いま(τ,1,0)を選ぶと, 対応する四元数

{
r=\cos\frac{\pi}{5}+\sin\frac{\pi}{5}\cdot\frac{\tau {\bf i}+{\bf j}}{\sqrt{\tau^2+1}}=
\frac{1}{2}\left(\tau + {\bf i} + \frac{1}{\tau}{\bf j}\right)=
\frac{1}{2}\begin{pmatrix}\tau& -1/\tau-i \\  1/\tau-i & \tau\end{pmatrix}
}

2/5回転は2回繰り返して

{
r^2 = \frac{1}{2}\begin{pmatrix}1/\tau & -1-\tau i \\ 1-\tau i & 1/\tau\end{pmatrix}
}

一方, 正20面体の面(正3角形)の中心と原点を結んだ直線を軸にした1/3回転も対称変換. (1,1,1)を通る直線を選ぶと,

{
s = \cos\frac{\pi}{3} + \sin\frac{\pi}{3}\frac{{\bf i}+{\bf j}+{\bf k}}{\sqrt{3}}=\frac{1}{2}\left(1+{\bf i}+{\bf j}+{\bf k}\right)=\frac{1}{2}\begin{pmatrix}1-i & -1-i\\ 1-i & 1+i \end{pmatrix}
}

さらに,

{
rs=\frac{1}{2}\begin{pmatrix}-i&-1/\tau-\tau i\\ 1/\tau-\tau i&i\end{pmatrix},\ \ \ (rs)^2 = -1
}

と, rsは1/2回転に対応.

まとめると, 次のように対応している.

f:id:shironetsu:20180210224817p:plain:w500

なお2価表現は代表元ひとつをとっている(以下でも特に断りなくそうする). 2価表現はSU(2)の有限部分群として位数は2倍の120となっているが, これを二重正20面体群 2I と呼んでおく*3. 話が前後するが, 次節で説明するように, 上の表のそれぞれが共役類の代表元になっている.

 なお, A5は次の表示(presentation)を持つ

{
A_5\cong I\cong\langle x,y\mid x^5=y^3=(xy)^2=1\rangle
}

正20面体群の共役類

 A5の共役類を調べる. 対称群の共役類は置換の型で決まるが, 交代群ではそうではない. A5は対称群S5の部分群として,

[5]型…(12345)のS5共役元…24個
[3,1,1]型…(123)のS5共役元…20個
[2,2,1]型…(12)(34)のS5共役元…15個
[1,1,1,1,1]型…e(恒等置換)…1個

を含むが, このうち[5]型はA5上では半分の共役類に分かれる. すなわちA5型の共役元のリストは次の通り.

[5]型…(12345)のA5共役元…12個
[5]型…(13524)のA5共役元…12個
[3,1,1]型…(123)のA5共役元…20個
[2,2,1]型…(12)(34)のA5共役元…15個
[1,1,1,1,1]型…e(恒等置換)…1個

 これは正20面体の回転としてとらえると分かりやすい.
 (12345)はあるひとつの頂点-中心軸回りの左回り1/5回転=右回り4/5回転に対応する. 対蹠点では右回り1/5回転=左回り4/5回転になっている. したがってこのような回転は頂点の数だけあり, 12個. (13524)型は(12345)の2乗だから, 2/5回転で同様に12個.
 (123)はあるひとつの面心-中心軸回りの左回り1/3回転=右回り2/3回転. 対蹠点では右回り1/3回転=左回り2/3回転. 面の数だけあり, 20個.
 (12)(34)は辺の中点-中心軸回りの1/2回転であり, 対蹠点でのそれと一致. したがって裏表の辺のペアの数だけあり, 30/2=15個. 恒等変換は当然1個.

 化学などでの用法に従って, 各共役類について, 1/5回転を{C_5}, 2/5回転を{C_5^2}, 1/3回転を{C_3}, 1/2回転を{C_2}, 恒等変換を{E}と呼ぶことにする.


正20面体群の既約表現

 共役類は5つ. 従って既約表現も5つ. 自明な表現を除いた4つの既約表現の次元の二乗和は位数-1で59. そのような自然数の組はひとつしかない(ちなみに0を含んでよければ他に(0,1,3,7), (0,3,5,5)がある.).

{
3^2+3^2+4^2+5^2=59
}

それぞれの次元に対応した既約表現を作ろう.

1次元表現

 Aと呼ばれる表現*4. これは自明な表現ですべて1.

3次元表現その1

{T_1}表現と呼ぶ. SO(3)部分群としての正20面体群の定義表現を含む. これはたとえばD行列によって

{
T_1(g)=U\mathcal{D}^{(1)}(g)U^\dagger\in SO(3)
}

ととればよい

{
T_1(r)=
\frac{1}{2}\begin{pmatrix}\tau & \tau^{-1} & 1\\
\tau^{-1} & 1 & -\tau\\-1 & \tau & \tau^{-1}
\end{pmatrix},\ \ \ 
T_1(r^2)=\frac{1}{2}\begin{pmatrix}1 & \tau & \tau^{-1}\\
\tau & -\tau^{-1} & -1\\-\tau^{-1} & 1 & -\tau\end{pmatrix}\\
T_1(s)=\begin{pmatrix}0 & 0 & 1\\
1 & 0 & 0\\
0 & 1 & 0\end{pmatrix},\ \ \ 
T_1(rs)=
\frac{1}{2}\begin{pmatrix}\tau^{-1}& 1 & \tau\\
1 & -\tau & \tau^{-1}\\
\tau & \tau^{-1} & -1\end{pmatrix}
}

指標は{C_5:\tau, C_5^2:-1/\tau, C_3: 0, C_2:-1, E:3}.

3次元表現その2

{T_2}表現と呼ぶ. これを作るにはS5の内部自己同型でA5の外部自己同型となる写像を使う.
{C_5}{C_5^2}は対称群の元としては共役なのだった. たとえば,

{
(1325)(12345)(1325)^{-1}=(12345)^2\\
(1325)(254)(1325)^{-1}=(145)=(254)^2(12345)^2(254)^2(12345)^3(254)
}

から, 生成元ふたつに対して同型写像

{
\varphi(r)=r^2,\ \ \ \varphi(s)=s^2r^2s^2r^3s
}

とすればよい. よって,

{
T_2(r)=T_1(r^2),\ \ \ 
T_2(r^2)=T_1(r)\\
T_2(s)=T_1(s^2r^2s^2r^3s)=
\frac{1}{2}\begin{pmatrix}-1 & \tau & \tau^{-1}\\-\tau & -\tau^{-1} & -1\\-\tau^{-1} & -1 & \tau
\end{pmatrix},\ \ \ 
T_2(rs)=T_1(rs^2r^2s^2r^3s)=\begin{pmatrix}-1&0&0\\ 0&1&0\\ 0&0&-1
\end{pmatrix}
}

指標は{C_5:-1/\tau,\ C_5^2:\tau,\ C_3:0,\ C_2:-1,\ E:3}.

4次元表現

 {G}と呼ばれる表現. まず対称群の元として5×5の置換行列を作る.

{
P_5(\sigma)_{ij}=\delta_{i\sigma(j)}\ \ \ \sigma\in S_5
}
{
P_5(r)=\begin{pmatrix}
0&0&0&0&1\\
1&0&0&0&0\\
0&1&0&0&0\\
0&0&1&0&0\\
0&0&0&1&0
\end{pmatrix},\ \ \ 
P_5(s)=\begin{pmatrix}
1&0&0&0&0\\
0&0&0&1&0\\
0&0&1&0&0\\
0&0&0&0&1\\
0&1&0&0&0
\end{pmatrix}
}

あきらかに{(1,1,1,1,1)^T}の張る1次元空間がこれらで不変だから可約.

{
\varOmega_{mn}=\frac{\zeta^{mn}}{\sqrt{5}}\ \ \ \left(\zeta:=\exp\left(\frac{2\pi i}{5}\right)\right)
}

なる5次ユニタリ行列(離散Fourier変換に使うもの)によって,

{
\varOmega P(r)\varOmega^\dagger =\begin{pmatrix}
G(r)&0\\
0&1
\end{pmatrix},\ \ \ 
\varOmega P(s)\varOmega^\dagger=
\begin{pmatrix}
G(s)&0\\
0&1
\end{pmatrix}
}

とブロック対角にできる. ここに4次正方行列Gは以下の通り.

{
G(r)=\begin{pmatrix}
\zeta&0&0&0\\
0&\zeta^2&0&0\\
0&0&\zeta^3&0\\
0&0&0&\zeta^4
\end{pmatrix},\ \ \ 
G(s)=
\frac{1}{\sqrt{5}}
\begin{pmatrix}
\zeta^4&\zeta^4/\tau&\tau \zeta^4&-\zeta^4\\\zeta^3/\tau&-\zeta^3&\zeta^3&\tau \zeta^3\\
\tau\zeta^2&\zeta^2&-\zeta^2&\zeta^2/\tau\\-\zeta&\tau \zeta&\zeta/\tau &\zeta
\end{pmatrix}\\
G(r^2)=\begin{pmatrix}
\zeta^2&0&0&0\\
0&\zeta^4&0&0\\
0&0&\zeta&0\\
0&0&0&\zeta^3
\end{pmatrix},\ \ \ 
G(rs)=\frac{1}{\sqrt{5}}
\begin{pmatrix}
1&1/\tau&\tau&-1\\1/\tau&-1&1&\tau\\
\tau&1&-1&1/\tau\\-1&\tau&1/\tau&1
\end{pmatrix}
}

指標は

{C_5 : -1,\ C_5^2 : -1,\ C_3 : 1,\ C_2 : 0,\ E:4}

5次元表現

 {H}と呼ばれる表現.
 まず6次対称群への準同型から置換行列によって6次元表現を作る(6次対称群の外部自己同型に関係している).
 正20面体の中心を通る対角線は全部で6本. 正20面体の回転はそれらの置換になるから, ラベリングすれば6次対称群の部分群との同型が得られる.
展開図を再掲. 新たに各頂点に割り当てた色は6つの対角線に対応.

f:id:shironetsu:20180210225140p:plain:w600

White(1), Yellow(2), Magenta(3), Orange(4), Green(5), Blue(6)の置換とすると,

{
r : (12345)\in A_5 \leftrightarrow (\!(23456)\!)\in S_6\\
s : (254)\in A_5 \leftrightarrow (\!(123)\!)(\!(465)\!)\in S_6
}

の対応関係が付く(混同の無いようにS6の元は二重括弧で括った). 6次の置換行列で表すと,

{
P(\!(23456)\!)=
\begin{pmatrix}
1&0&0&0&0&0\\
0&0&0&0&0&1\\
0&1&0&0&0&0\\
0&0&1&0&0&0\\
0&0&0&1&0&0\\
0&0&0&0&1&0
\end{pmatrix},\ \ \ 
P(\!(123)\!)(\!(465)\!)=
\begin{pmatrix}
0&0&1&0&0&0\\
1&0&0&0&0&0\\
0&1&0&0&0&0\\
0&0&0&0&1&0\\
0&0&0&0&0&1\\
0&0&0&1&0&0
\end{pmatrix}
}

これもまた明らかに可約.

{
Z_{mn}=\frac{(-\omega^2)^{mn}}{\sqrt{6}}\ \ \ \left(\omega:=\exp\left(\frac{2\pi i}{3}\right),\ \ \ -\omega^2=\exp\left(\frac{\pi i}{3}\right)\right)
}

なるユニタリ行列によって,

{
ZP(\!(23456)\!)Z^\dagger=
\begin{pmatrix}
H(r)&0\\
0& 1\end{pmatrix},\ \ \ 
ZP(\!(123)\!)(\!(465)\!)Z^\dagger=
\begin{pmatrix}
H(s)&0\\
0&1\end{pmatrix}
}

とブロック対角化. ただし,

{
H(r)=\frac{1}{6}\begin{pmatrix}-5\omega^2&\sqrt{3}\,i\omega&-2&-\sqrt{3}\,i\omega^2&\omega\\
\sqrt{3}\,i\omega^2&3\omega&-2\sqrt{3}\, i&3\omega^2&\sqrt{3}\,i\omega\\-2\omega^2&-2\sqrt{3}\, i\omega&-2&2\sqrt{3}\, i\omega^2&-2\omega\\-\sqrt{3}\, i\omega^2&3\omega&2\sqrt{3}\, i&3\omega^2&-\sqrt{3}\,i\omega\\
\omega^2&\sqrt{3}\, i\omega&-2&-\sqrt{3}\,i\omega^2&-5\omega
\end{pmatrix}\,\ \ \ 
H(s)=\frac{1}{6}\begin{pmatrix}
1&2\sqrt{3}\,i\omega^2&-2\omega&\sqrt{3}\,i&4\omega^2\\2\sqrt{3}\,i\omega&-3&-2\sqrt{3}\,i&0&-\sqrt{3}\,i\\-2\omega^2&2\sqrt{3}\,i\omega&-2&-2\sqrt{3}\,i\omega^2&-2\omega\\ \sqrt{3}\,i&0&-2\sqrt{3}\,i\omega&-3&-2\sqrt{3}\,i\omega^2\\4\omega&-\sqrt{3}\,i&-2\omega^2&-2\sqrt{3}\,i\omega&1
\end{pmatrix}\\
H(r^2)=\frac{1}{6}\begin{pmatrix}-1+3\omega&2\sqrt{3}\,i&2\omega^2&-\sqrt{3}\,i\omega^2&2\omega\\-2\sqrt{3}\,i\omega&-3\omega&-2\sqrt{3}\,i\omega&0&\sqrt{3}\,i\omega\\2\omega&2\sqrt{3}\,i&2&2\sqrt{3}\,i\omega&2\omega^2\\-\sqrt{3}\,i\omega^2&0&2\sqrt{3}\,i\omega^2&-3\omega^2&2\sqrt{3}\,i\omega^2\\2\omega^2&\sqrt{3}\,i\omega&2\omega&2\sqrt{3}\,i&-1+3\omega^2
\end{pmatrix},\ \ \ 
H(rs)=\frac{1}{2}\begin{pmatrix}
0&-\sqrt{3}\,i\omega&0&0&-\omega\\
\sqrt{3}\,i\omega^2&0&0&-\omega^2&0\\
0&0&2&0&0\\0&-\omega&0&0&-\sqrt{3}\,i\omega\\-\omega^2&0&0&\sqrt{3}\,i\omega^2&0
\end{pmatrix}
}

 指標は{C_5:0,\ C_5^2:0,\ C_3:-1,\ C_2:1,\ E:5}


 こうして完全な指標表を得る. 同値でない表現の指標どうしの直交性, 各表現で指標の2乗和が位数60に等しいと確かめられることからこの正しさが保証される.

f:id:shironetsu:20180210220601p:plain:w500


D行列表現の既約分解

 SU(2)の{\ell}次D行列表現では

{
\chi_\ell(C_5)=\sum_{k=-\ell}^\ell\zeta^k=1+2\sum_{k=1}^\ell \cos\frac{2\pi k}{5}=1+\frac{1}{\tau}-\tau-\tau+\frac{1}{\tau}+2\cdots\\
\chi_\ell(C_5^2)=\sum_{k=-\ell}^\ell\zeta^{2k}=1+2\sum_{k=1}^\ell \cos\frac{4\pi k}{5}=
1-\tau+\frac{1}{\tau}+\frac{1}{\tau}-\tau+2-\cdots\\
\chi_\ell(C_3)=\sum_{k=-\ell}^\ell\omega^k=1+2\sum_{k=1}^\ell \cos\frac{2\pi k}{3}=1-1-1+2-1-1+\cdots\\
\chi_\ell(C_2)=\sum_{k=-\ell}^\ell(-1)^k=1-2+2-2+2-\cdots\\
\chi_\ell(E)=\sum_{k=-\ell}^\ell 1^k=2\ell+1
}

であった. これと指標表を利用すると, 直和分解で各既約表現を含む回数(重複度)が求められる. 表にすると以下の通り.

{\ell} 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
A 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 1 0 0 1 1 0 1 0 1 1 1 0 1 1 1 1 1 0 2
T1 0 1 0 0 0 1 1 1 0 1 1 2 1 1 1 2 2 2 1 2 2 3 2 2 2 3 3 3 2 3 3
T2 0 0 0 1 0 1 0 1 1 1 1 1 1 2 1 2 1 2 2 2 2 2 2 3 2 3 2 3 3 3 3
G 0 0 0 1 1 0 1 1 1 2 1 1 2 2 2 2 2 2 3 3 2 3 3 3 4 3 3 4 4 4 4
H 0 0 1 0 1 1 1 1 2 1 2 2 2 2 3 2 3 3 3 3 4 3 4 4 4 4 5 4 5 5 5

(各{\ell}に対する各既約表現の重複度)

 E以外の指標はそれぞれ5,3,2の周期を持つため合わせて30の周期になる. 従って{\ell=30}以上では{(\ell-30)}との差がEからの寄与だけで, 重複度はの増分は次元の数に等しい.

 さて, いま興味があるのは実際にはA表現だけ. すべての元に対して不変, すなわち固有値1の部分空間を探しているのだった. 表を見ればわかるように自明な{\ell=0}を除けば初めてI-不変なテンソルが存在できるのは{\ell=6}. 続いて10, 12, 15, 16, 18, 20, 21, 22, 24, 25, 26, 27, 28と来て, 30で初めて固有空間が2次元になる. 逆に存在できない{\ell}は29以下のいくつかに限られる. それらの共通の性質が6,10,15の和で表せないこと(この事実自体は母関数generating functionを作って確かめることもできる)であってその代数的な意味付けがある, というのがBaezのウェブサイトなどで語られているが呑み込めていない.

 全ての既約表現の重複度を調べたが, Aについてだけなら実はもっと簡単な考察から調べられる.


射影演算子

 一般に, 群Gの表現空間で全ての元に対して不変なベクトルを作りたければ, 勝手なベクトルに対してすべての元を作用させたものの和を取ればいい. 射影演算子を次のように定める:

{
P_G:=\frac{1}{|G|}\sum_{g\in G}D(g)
}

容易にわかるように, {P_G^2=P_G}. また, 全てのa∈Gに対して

{
D(a)P_G=\frac{1}{|G|}\sum_{g\in G}D(ag)=P_G
}

であるから, 表現空間の任意の元に作用させても

{
D(a)(P_G|x\rangle)=P_G|x\rangle
}

と不変, すなわち固有値1の固有ベクトルになる. 逆に全てのaに対して固有値1なら

{|x\rangle=P_G|x\rangle
}

と表せる.
{P_G}固有値1の規格直交化された固有ベクトルたちを|1k〉(kは異なる固有ベクトルを区別するラベル)とすると(対角化が可能だとして)

{
P_G=\sum_{k=1}^f|1_k\rangle\!\langle 1_k|
}

で表せる. fは固有値1の固有空間の次元. この式の両辺のトレースを取ることによって,

{
\frac{1}{|G|}\sum_{g\in G}\chi(g)=f
}

を得る. χは指標. 上と同じ結果が得られる.


3次元球面上の点として

 正20面体の表現の素性を知るべくいろいろ調べたが, 結局使うのはこの1次元表現基底Aへの射影演算子だけ. これをどう計算するか.

 二重正20面体群の120個の元を列挙するのは実は簡単. 上で使った正20面体の頂点の座標を使うと, x,y,zに関して反転対称, x→y→z→xの入れ替えで巡回対称であることは明らか. SU(2)の元を次のように3次元球面上の座標で表すと, それぞれ以下のようになる.

{
\alpha+\beta{\bf i}+\gamma{\bf j}+\delta{\bf k}\in SU(2)\leftrightarrow (\alpha,\beta,\gamma,\delta)\in S^3
}

  • 1/5回転{C_5}

{
\frac{1}{2}(\pm\tau,\,\pm 1,\,\pm\tau^{-1},\,0),\ \ \ 
\frac{1}{2}(\pm\tau,\,0,\,\pm 1,\,\pm\tau^{-1}),\ \ \ 
\frac{1}{2}(\pm\tau,\,\pm\tau^{-1},\,0,\,\pm 1)
}

  • 2/5回転{C_5^2}

{
\frac{1}{2}(\pm\tau^{-1},\,\pm\tau,\,\pm1,\,0),\ \ \ 
\frac{1}{2}(\pm\tau^{-1},\,0,\,\pm\tau,\,\pm1),\ \ \ 
\frac{1}{2}(\pm\tau^{-1},\,\pm1,\,0,\,\pm\tau)
}

  • 1/3回転{C_3}

{
\frac{1}{2}(\pm 1,\,\pm 1,\,\pm 1,\,\pm 1),\ \ \ 
\frac{1}{2}(\pm 1,\,0,\,\pm\tau^{-1},\,\pm\tau),\ \ \ 
\frac{1}{2}(\pm 1,\,\pm\tau^{-1},\,\pm\tau,\,0),\ \ \ 
\frac{1}{2}(\pm 1,\,\pm\tau,\,0,\,\pm\tau^{-1}),\ \ \ 
}

  • 1/2回転{C_2}

{
(0,\,1,\,0,\,0),\ \ \ (0,\,0,\,1,\,0),\ \ \ (0,\,0,\,0,\,1)\\
\frac{1}{2}(0,\,\pm\tau,\,\pm\tau^{-1},\,\pm1),\ \ \ 
\frac{1}{2}(0,\,\pm1,\,\pm\tau,\,\pm\tau^{-1}),\ \ \ 
\frac{1}{2}(0,\,\pm\tau^{-1},\,\pm1,\,\pm\tau),\ \ \ 
}

  • 恒等変換{E}

{
(\pm 1,\,0,\,0,\,0)
}

内訳は
{(0,\,\pm 1,\,\pm \tau,\,\pm\tau^{-1})}を偶置換で入れ替えたもの合計96個,
{(\pm1,\pm1,\pm1,\pm1)}で16個,
{(\pm1,0,0,0)}の巡回置換8個
となっている.

これを使って数式処理ソフトによって力任せにA基底を求める. l=0は自明(球対称;SO(3)対称)なので正20面体対称性をもつ最小のl=6から.

{
\frac{\sqrt{5}\,\sqrt{21}}{32}\Big(|6,6\rangle+|6,-6\rangle\Big)-\frac{\sqrt{11}\,\sqrt{14}}{32}\Big(|6,4\rangle+|6,-4\rangle\Big)-\frac{\sqrt{7}\,\sqrt{11}\,\sqrt{3}}{32}\Big(|6,2\rangle+|6,-2\rangle\Big)+\frac{\sqrt{11}}{16}\,|6,0\rangle
}

2次元球面上の関数空間の基底;球面調和関数で表すと

{
\frac{\sqrt{5}\,\sqrt{21}}{32}\Big(Y^6_6+Y^6_{-6}\Big)-\frac{\sqrt{11}\,\sqrt{14}}{32}\Big(Y^6_4+Y^6_{-4}\Big)-\frac{\sqrt{7}\,\sqrt{11}\,\sqrt{3}}{32}\Big(Y^6_2+Y^6_{-2}\Big)+\frac{\sqrt{11}}{16}\,Y^6_0
}

これを球面上に色でプロットしたものが下のアニメーション.

f:id:shironetsu:20180210225407g:plain

サッカーボール. 正しい道を辿っていたことが分かった.

10,12の場合の表式も見ておく.

{\ell=10}

{-\frac{\sqrt{3\cdot 5\cdot 11\cdot 17}}{256}\Big(|10,10\rangle+|10,-10\rangle\Big)-\frac{\sqrt{2\cdot 5\cdot 11\cdot 17\cdot 19}}{256\sqrt{3}}\Big(|10,8\rangle+|10,-8\rangle\Big)+\frac{\sqrt{11\cdot 19}}{256}
\Big(|10,6\rangle+|10,-6\rangle\Big)\\-\frac{\sqrt{2\cdot 5\cdot 11\cdot 19}}{128}
\Big(|10,4\rangle+|10,-4\rangle\Big)+\frac{\sqrt{2\cdot 11\cdot13\cdot 19}}{256\,}
\Big(|10,2\rangle+|10,-2\rangle\Big)+\frac{5\sqrt{13\cdot 19}}{128\sqrt{3}}|10,0\rangle
}

{\ell=12}

{
\frac{3\sqrt{5\cdot 13\cdot 19\cdot 23}}{2048}
\Big(|12,12\rangle+|12,-12\rangle\Big) -\frac{11\sqrt{3\cdot 13\cdot 19}}{1024}
\Big(|12,10\rangle+|12,-10\rangle\Big)+ \frac{\sqrt{2\cdot 3\cdot 7\cdot 11\cdot 13 \cdot 19}}{2048\sqrt{5}}
\Big(|12,8\rangle+|12,-8\rangle\Big)\\+ \frac{3\cdot 5\,\sqrt{7\cdot 11\cdot 13}}{1024} 
\Big(|12,6\rangle+|12,-6\rangle\Big)+ \frac{17\sqrt{11\cdot 13\cdot 17}}{2048\sqrt{5}} 
\Big(|12,4\rangle+|12,-4\rangle\Big) -\frac{\sqrt{2\cdot 3\cdot 11\cdot 13\cdot 17}}{1024} 
\Big(|12,2\rangle+|12,-2\rangle\Big)\\+ \frac{3\cdot 29\sqrt{7\cdot 17}}{1024\sqrt{5}} |12,0\rangle
}

 こうして見ると因数が多いとはいえ係数はかなり簡単な形をしていることが分かる. どうすればもっと簡単に求められるのだろう?

 イーガンはl=6の場合についてC5軸(5回対称軸)をz軸に取ることで3つのJz固有ベクトルの和としてこれを表していた.

{
\frac{1}{5}\Big(\sqrt{7}|6,5\rangle+\sqrt{11}|6,0\rangle-\sqrt{7}|6,-5\rangle\Big)
}

いかにも手計算で求められそうな簡潔な式.

 たとえば上に列挙した二重正20面体が鏡系をなすこと*5など使えそうな対称性はいくつかあるものの現状未解決.

 鏡といえば正20面体対称かつパリティー奇のものは{\ell=15}で初めて許されるという話題もあった. これは{\ell}の偶奇がそのまま球面調和関数のパリティーに対応することからすぐ分かる.


まとめ

 正20面体群の既約表現を求め, SO(3)の部分群としてWigner D行列による表現を直和分解した. そこから自明な1次元表現Aの基底への射影演算子によって不変な成分を見つけた. その過程で数式処理ソフトを用いたが, 手計算できる程度にまで問題を落としたい.

リファレンス

  • www.math.lsa.umich.edu/~kesmith/Icosahedron.pdf

大学のレポート問題? このヒントに従って既約表現を求めてみた. ただ交代群はこういった発見的な方法より, Young図形を使ってもっと系統的に調べられると思う.

  • Cohan, N. (1958). The spherical harmonics with the symmetry of the icosahedral group. Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society, 54(1), 28-38. doi:10.1017/S0305004100033156

The spherical harmonics with the symmetry of the icosahedral group | Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society | Cambridge Core
ドンピシャなタイトル. 60年以上前の論文だがコンピューターで数値計算している.

  • Peter Atkins, Julio de Paula『アトキンス物理化学(上)』(千原秀昭, 中村亘男 訳), 東京化学同人(2009)

 ちなみにランダウ量子力学には分子対称性としては存在しないとのことで指標表が載っていなかった…はず(手元にないため要確認). 最近の本だとフラーレンやホウ素化合物との関係がよく触れられているが, 実際の測定にはどのような形で役に立つのだろう.

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*1:『シルトの梯子』の「参考文献」で「負うところ大」と語られているあのジョン・ベイエズ教授. arXivにGreg Egan名義の論文が上がっていることは有名だがそのうちふたつ, スピンネットワークに関するものの共著者でもある. 参考: [gr-qc/0208010] Asymptotics of 10j symbols [gr-qc/0110045] An efficient algorithm for the Riemannian 10j symbols

*2:本来, 単位四元数の群Sp(1)と同型である, と言うべきだが話を単純にするために四元数を行列として導入する.

*3:どうでもいいが"二重"を"2重"と書くべきか迷う. "二重"はさすがに日本語の熟語に属している気がするので漢字で. フォーマルには統一するべきなんでしょうか.

*4:それぞれ一般に通用する記号がついているようだが由来を知らない. ここではアトキンス物理化学に従った.

*5:四元数の有限部分群かつ任意元の-1倍が含まれることから

ミリシタPST「昏き星、遠い月」のコミュを解きたい

 昨日19日から開催されているミリシタのイベント「昏き星、遠い月」のメモ(考察)。ネタバレ注意。

 現時点で公開されているエピソード(コミュ)を全話再生し終えたら、色々仕込まれた伏線に気づいて楽しくなってきた。妄想を多分に含む。
 主眼となるのは天空橋朋花演じるクリスティーナは何者かという問い。一見エドガーがその眼差しを向けるようなはかない存在のように感じられるが、おそらく実際には吸血鬼らしくしたたかに動いている。とはいえエドガーへの愛に偽りはなく、そのねじれが味わい深い。

 ミリラジMIDNIGHTで情報が公開された時点ではちょっと奇抜で楽しい試みくらいに考えていたが、読んでいくにつれ想像していた以上にハードに作りこまれているぞという確信を深める。曲とストーリーががっちりリンクしているのでフルサイズの公開も待ち遠しい。

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エピソード順に追う。

第1話「夜のはじまり」
 メインキャラクター4人の基本的な設定の確認。
 「男装してる女の子」エドガー:所恵美
 「まるで女の子のような男の子の吸血鬼」クリスティーナ天空橋朋花
 「騎士でヴァンパイアハンターアレクサンドラ二階堂千鶴
 念のために書いておくと女性である(一般にアレクサンドラは女性名)。
 「辺境伯夫人」「悪女」エレオノーラ百瀬莉緒
 この他にアレクサンドラの妹ノエル水瀬伊織、クリスティーナとエドガーを襲う不良を永吉昴が演じる。


第2話「ボーイ・ミーツ・ガール」

  • 路地裏の死体

 エドガーへの反応を見るにまあクリスティーナの餌食になった犠牲者だろう。
 (エドガー)「……って言うか、なんであんなとこにいたんだ、アンタ? 見たとこ、どっかのお嬢様だろ」
 (クリスティーナ)「ええ、用事があったんです。……もう、その用は済みましたが……」
 死体の近くにいたのは順当にクリスティーナがその犯人だから。もっとも、この段階ではクリスティーナの潔白の可能性は捨てきれないが、このあと裏付けとなる描写がいくつか出てくる。

 前後が分からない以上倒れた理由については何とも言えない(つまりクリスティーナが原因ではないかと疑うには根拠が弱い)。この場面の役割としては、エドガーが女性であることにクリスティーナが気付き逆に秘密も明かす流れにつなげるため、というだけで十分か*1

  • エドガー)「あんな場所じゃ、女は生きていけないから……」

 「女の子のような見た目の男の子」を天空橋さんに演じさせる、と聞くと「性癖……」とうなってしまう。が、日に焼けていない白い肌だとか華奢な体つきだとかいったいわゆる中性的な見た目という以上に女性的な服装をしているらしいことは後の台詞からも分かる。「見たとこ、どっかのお嬢様だろ」と言われる程度に煌びやかな服装。「女は生きていけない」ほど治安が悪いのに? 続く第4話でその理由が示唆される。


第3話「聖母とギャルの…」

第4話「緊張と波乱の第二幕!」

  • (アレクサンドラ)「もし、ノエルが……妹が成長していれば……あれぐらいの少女だったのだろうか……」

 人間がヴァンパイアに変化した時点で成長が止まるらしいことが分かる。オーソドックスなヴァンパイアルール。「あれぐらいの少女」が指すクリスティーナも実際には百以上の歳を重ねているはず。歌詞にある通りに。
 ちなみに、後でヴァンパイアだと見抜かれたエドガーとクリスを前にしてアレクサンドラが「まだ子どもでは」と驚くのは本来不合理。実戦経験の少なさから油断が出たか。というか、「ヴァンパイアハンター」ということになっているが実際に狩ったことがあるのか疑問。

  • 不良役永吉昴

 クリスティーナの宝石とドレスを狙う不良。治安の悪い場所で宝飾品をわざわざ身に着けている……のは「獲物」を釣るためという実用的な理由もあるのだろう。エドガーとの出会いの夜もおそらく同じように。
 ある意味ではエドガーと同じ理由ということ。しかし目的が真逆。

  • (昴)「なぁ、P。この場面って、ふたりの不良がクリス達を襲うシーンだろ? オレだけじゃ死体が足りないから、Pも死体役になってよ!」

 不良ふたりがいつの間にか死体になっている。ここ作中作であることをうまく生かしているなあと感心した。舞台上の場面としてはそのシーンを描くことなくどう進行したのかが分かる*2
 そしてこの死体ふたりはクリスティーナの仕業。
 エドガーは気付いていないし思いもよらないのかもしれないが、クリスティーナは人を殺すことには躊躇いがないし、ナイフを持った不良2人を相手にできるほど強い。クリスティーナの犯行の証拠はこうして読み手に示されている。捕食者と被食者の関係。理想的なヴァンパイア。出会いの日の「用事」は狩りだったのだとここで確信が深められる。
 しかし愛しのエドガーにはそれを知られてはならない……今のところは。出会ったあの日に気付かれなくて幸運だった。

  • (クリスティーナ)「エドガー、選んでください。ここで死ぬか……。もう二度と死ねない身体になるか」

 この世界でもヴァンパイアはヴァンパイアによって人間から変化させられて生まれるものらしい。ヴァンパイアも「元は人間」だとアレクサンドラも繰り返し口にしているし歌詞にもある。
 ということが明らかになると同時に「誰が誰をヴァンパイアに変えたか」という問題が発生し、物語の鍵になる。

  • (アレクサンドラ)「報告によると、近ごろ農場の鶏が襲われる被害が多発しているらしい……」

 「近ごろ」はおそらくエドガーがヴァンパイアになってからのことで、その前は人が襲われていたのだろう。

  • (クリスティーナ)「アナタが人を襲わないかぎり、私も、人の血を飲んだりはしません」

 条件付き。エドガー、貴方が人の血を求めるなら、私も貴方のために……。

  • (クリスティーナ)「……行けません。私には、罪があるから……。共に旅に出れば、アナタまで命を狙われるでしょう」

 明らかに伏線。クリスティーナの罪? 最初に読んだときはノエルがヴァンパイアになった原因だからかと予想していたが、そうではないとすぐに判明する。
 そして先取りすると最終的にクリスティーナはエドガーと共に旅に出ることになる。エドガーと一緒ならもう恐れることはないと信じたか、あるいは……罪がつぐなわれたか?


第5話「セクシーと芝居に近道なし」
 千鶴さんのついている「嘘」が妙に重いものに思えてくる。そんなに深刻にならないで……。
 考えてみればいつも美容に気をつかう莉緒さんに不老不死のヴァンパイアの役を演じさせるというのもうまい。
 涙もろい恵美さんに純粋無垢なエドガー役をあてるのも良い。朋花様は言うまでもなく。全員適役!!!!

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第6話「星と月へ」

  • (クリスティーナ)「感謝します、アレクサンドラ。お礼に、あることをお教えしましょう」
  • (エレオノーラ)「あら……人間ごときが、私の正体を見破るなんて。どうしてわかったの? 褒めてあげるわ、ウフフ」

 アレクサンドラがエレオノーラの正体を知ったのはクリスティーナに教えられたからに他ならないが、クリスティーナが知っていた点には一考の余地がある。
 ここまでの展開からはクリスティーナとエレオノーラの接点は見えていなかった。なぜここで突然?
 いくらか論理の飛躍を含むものの、クリスティーナがエレオノーラをヴァンパイアに変えたのだとするとそれなりに筋が通る(そしてそれこそがクリスティーナの罪だというのが自説)。エレオノーラがクリスティーナによってヴァンパイアになる。力に執着するようになったエレオノーラが「弱い」ヴァンパイアを淘汰しはじめる。同族が次々と殺され孤独な存在になるとともにエレオノーラを生み出した罪を負うクリスティーナ(前日譚の想像が広がりますね)。
 度々強調される「孤独」に深い意味があるとすればそういうことかもしれない。永遠の命を共に生きてゆけるエドガーがその孤独を癒してくれたのだ。
 悪人のいない「約束の地」を目指すエドガーと、強いヴァンパイアだけが支配する世界を作ろうと目論むエレオノーラの理想主義的な面もどこか重ならないだろうか。もしかつてエレオノーラに永遠の命を与えたのがクリスティーナだとすれば、そういった部分を愛していたのかもしれない*3
 そしてアレクサンドラに「身内」の秘密をあえて暴露したのはエレオノーラを殺すように仕向けるため。決してただの「お礼」ではない。おそらくクリスティーナはエレオノーラと一対一で戦えるほどには強くないが、自分の敵でもあるヴァンパイアハンターを使役することはできない。しかし純粋なエドガーの説得によりアレクサンドラという武器を手に入れ遂に敵討ちの好機を得る。
 命を狙われる危険がありながらこの土地から離れられなかったのはエレオノーラを殺さなくてはならなかったから。潜伏しながらその機会を窺っていた(少女を装っていたのにはそういった理由もあるかも)。そしてそれを成就し罪を清算したクリスティーナはエドガーと一緒に旅立つことになる。

 ……というあたりに思い至ったときぞっとすると同時に本気でストーリーを作っている……!と興奮した。一解釈に過ぎないけれど。まあ間違っていたとしても二次創作みたいなものだ。しかし少なくとも練習場面しか見ていないのにこういうふうに読ませる余地が与えられているのはすごい。というかむしろ観客としてではなく(本来物語を隅から隅まで理解しているはずの)製作者側の視点に立ちながら少しずつ物語の全体像が見えてくるという仕組みが楽しい。


 この先開放されるコミュやCDで明かされる「昏き星、遠い月」の細部はもちろんのこと、続くイベントも楽しみですね。まずは今のイベントを走ろう。

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ぼくはこの組み合わせ。

(1/27追記) 真壁瑞希さんお誕生日おめでとうございます。
 イベントお疲れさまでした。フルサイズの先行配信は来ませんね……。
 エピローグ「令嬢達の夜会は終わらない」では特にシナリオに関して新たに明らかになったことはなかったものの、イベントSR「夜想令嬢 天空橋朋花」に印象的な台詞があったので言及。
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 「あなたが選ぶなら、私も選びます。罪を重ねることでしか生きられないのであれば、その罪は、私が引き受けます。私から貴方に、この世ならざる生命を……。エドガー。生きて……。」
 やはり「罪」とは人間にヴァンパイアとしての生命を与えることを指しているように見える。ただ「引き受ける」という表現に若干引っかかるところも。「罪を重ねることでしか生きられない」というと人間を食料とすることを言っているようにも聞こえるが、しかし行為そのものに罪悪感があるかというと(上にいくつか並べた描写から)疑問。
 
 ところで不老不死ないし圧倒的な長命の存在とモータルな存在の間に発生する感情は良いものですね。歌の最初の部分で表現されているのは、「終焉(おわり)などは訪れないさ」と語りかけるエドガーと、「永遠なら知っていますわ、十年(ずっと)百年(ずっと)獨りでいたから」と返すクリスティーナの間の「永遠」の捉え方の違い。冷たく孤独な「永遠」を生きてきたクリスティーナは若く無垢なエドガーにも「永遠」を生きてゆかせるべきか苦悩したが、最終的には共に歩める喜びを分かち合えたというストーリー。

(1/27追記2)
 日付の変わり目に上の追記部分を更新した直後に配信が来ていた。嬉しい。
 「欲しいと願うことの罪 とても贖えない」「望まぬまま堕ちることも罪と呼ばねばならぬのだろうか」「虚ろな世界 壊してしまって 作り直すの」「ねえ、とても愛していたわ。本当よ……私の愛し子」
 ミリシタサイズには含まれない意味深な言葉がたくさん入っていますね……。

(1/27追記3)
 歌の最後のエレオノーラの「愛し子」ショックがあまりにも巨大。エレオノーラが逆にクリスティーナをヴァンパイアに変えた、くらいなら考えたものの実子という可能性は考慮すらしていなかった。「まるで愛し子」(6話)だけならエレオノーラに実子がいないとしてそう表現するのも分かるが、わざわざ歌の最後に持ってくる言葉がノエルに向けたものだとは考えにくい。「本当の愛し子」がいると思ったほうが自然(あくまで楽曲とシナリオが一対一に対応しているとして)。

 何もわからない。

(3/1追記) ロコさんお誕生日おめでとうございます。
 ぎりぎりCDが発売される前と、聞いた後に新たに記事を書いた。CDのドラマパートで「答え合わせ」ができたかというと……。
 ボイスドラマではクリスティーナが男だと触れられていないことからゲームとCDは相補的な内容かと思いたいところだが、両方ともにある描写が結構違ったりするので独立したものと考えるのも一つの手かも?あまり美しくないけど。
 「正解」をはっきりさせていないのはこうして楽しませるためでもあると思うので、ただもう人々の色々な解釈を見たい。あなたの最強の「昏き星、遠い月」解釈を読ませて……。
shironetsu.hatenadiary.com
shironetsu.hatenadiary.com

*1:しかし、多くを知られすぎる前に吸血のために家に連れ込んだが女の子だと気付いて心変わりした、といった解釈もいけそう。それはそれで。

*2:死体用の床に倒れたCGモデルをわざわざ用意しなくて済むというのもある。しかしもうひとりの不良は本番ではどう扱うのだろう?

*3:より根拠が薄い想像。タイトル「昏き星、遠い月」の意味。歌の中では「昏き星」を千鶴&莉緒の貴族側が歌い、「遠い月」を朋花&恵美のヴァンパイア側が歌う。「昏き星」がヴァンパイアの支配する世界で、「遠い月」が「約束の地」だとすれば……。若干厳しいか。色々シンボリックな意味合いも含むはずだがまだよく解釈できていない